ヴァイキング時代の単年精度の放射性炭素年代測定

 ヴァイキング時代の単年精度の放射性炭素年代測定に関する研究(Nyakatura et al., 2022)が公表されました。太陽粒子事象に関連して大気中炭素14濃度が急速に変化した、と近年になって発見され、放射性炭素年代測定用の年単位の新たな較正データセットの構築に拍車がかかりました。そうして得られた一連のデータセットにより、放射性炭素年代測定法は、以前の較正データセットでは得られなかった分解能の年代が求められる都市遺跡にも、使えるようになっています。

 本論文は、単年精度の放射性炭素較正曲線を用いて、ヴァイキング時代の交易拠点の考古学的層序の年代を特定しました。本論文は、遠くは北極圏ノルウェーおよび中東からの長距離交易の拡大を示す人工物の発見に関して、絶対年代の明らかな証拠を提示します。こうした交易の拡大は、ヴァイキング時代の初頭である紀元後790±10年という年代と結びつけられました。この開発された手法は、世界各地の考古学的層序において、ヒトの相互作用や、文化的・気候的・環境的な変化の比較を可能にします。


 氷床や湖の堆積物や洞穴内生成物などの自然層序は、過去の環境変化についての高精細データを提供します。人為的層序(居住堆積物)はひじょうに不規則な堆積パターンを示すので、自然層序をヒトの文化的反応に関連づけることは困難です。利用可能な年代測定法は、年代測定可能な物質の偶然の存続に依拠するか、広範な年代不確実性で機能します。本論文は、追加の高解像度較正データで補足された1年単位の較正放射性炭素曲線であるIntCal20(関連記事)を用いて、ヴァイキング時代の世界的な交易循環の始まりに、普遍的な高精細な固定点を提供します。

 ヴァイキング時代は、これまでユーラシア北部では見られなかった接続性の期間で(関連記事)、前近代的な世界化理論の試金石です。しかし、長距離の相互作用の時期と動態は、広く議論されています。この理論の支持者は、中東で急発展しているイスラム教帝国に焦点を当て、世界的な交易循環の出現は、シャルルマーニュ(カール大帝)治下のヨーロッパ西部の繁栄とヴァイキングの交易に経済的触媒を提供した、と主張します。このモデルでは、イスラム教勢力の銀や他の商品が、ヨーロッパロシアやスカンジナビア半島と取引され、790年代に始まるヴァイキング時代の襲撃は、この流れに応じた交易経路の激しい競争の結果だった、と提案されます。

 このモデルに対する批判者は、この交易の年代と影響に疑問を呈し、ヴァイキング時代のスカンジナビア半島とカロリング帝国における発展はおもに地域的だった、と主張します。この論争は、イスラム教世界とのつながりがすでに760年代と770年代に活発だったのか、それとも西方の襲撃と並行して後に出現したのか判断できる、正確な年表によってのみ解決できます。放射性炭素年代測定は、この論争を解決する可能性がある、絶対年代の最も用途が広い手法です。しかし以前は、較正曲線が10年単位の標本に基づいていた、という事実により、精度が制約されていました。


●単年精度の放射性炭素年代測定

 1年単位の標本を用いる新たな枠組みは、較正曲線IntCal20により設定されます。IntCal20の重要な特徴は、大気中の炭素14水準が完新世に何回か(紀元前5480年や紀元後775年や紀元後993年など)急速に変動した、との認識です。この変動の要因は、極端な太陽フレアにおけるコロナ質量放出により生成された太陽粒子現象(SPE)に起因します。これらは約1000年ごとに出現し、大気中の炭素14含有量の急上昇を引き起こす可能性があり、11年の太陽周期の通常の2~3%の変動よりもずっと大きくなります。考古学的な年輪記録が見つかれば、単年の暦年代を得られることさえあります(関連記事)。11年の太陽周期の放射性炭素変動も、1年単位で分解される較正曲線で認識でき、太陽粒子現象もしくは類似の現象のない期間でも高精度の較正が可能です。

 IntCal20の1年単位の炭素14年輪データの密度は紀元後775年および紀元後994年周辺で高いものの、IntCal20には、紀元後820~965年もしくは紀元後720年以前の1年単位の炭素14年輪データが含まれません。較正曲線を補足するために、本論文の年輪年代で2年ごとに分析することにより、紀元後650~902年の期間にまたがる追加の2年単位の炭素14年輪データが作成されました(図1)。この高解像度放射性炭素較正曲線が、デンマークのリベ(Ribe)にあるヴァイキング時代の遺跡の最近の発掘調査の微細層序に適用されます。

 紀元後700年頃から、リベはユーラシアの交易網の市場と結節点でした。詳細な発掘と大量の考古学的資料により、リベは何十年にもわたって研究の焦点であり、その初期段階は年輪年代学により年代測定されています。しかし、740年代以降は、絶対年代が利用できませんでした。ヴァイキング時代の交易の拡大は、リベでは交易品目の4分類により識別されます。第一に、ガラス製品と陶器などヨーロッパ西部の輸入品です。第二に、砥石やトナカイの角を含むノルウェーの輸入品です。第三に、海外に輸出される金属製装飾品の製作です。第四に、中東からもたらされたガラス製ビーズです。ベイズ統計モデルで放射性炭素年代測定と年輪年代分析を組み合わせ、これら4分類の人工物の年代が決定されます。太陽粒子現象の正確な考古学的層位である、紀元後775年の「三宅現象」が特定されます。以下は本論文の図1です。
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 炭素14年輪データとベイズ機能データ分析を用いて、較正曲線が作成されました。この曲線は、連続性について両端で10年間のデータを混合することにより、IntCal20と統合されました(図1)。以下、この統合された曲線は「オーフス(Aarhus)曲線」と呼ばれます。新たな1年単位の炭素14年輪データのある両期間では、オーフス曲線は紀元後840年頃の期間のIntCal20よりも約25炭素14年高くなっています(図1)。IntCal20もしくはオーフス曲線での較正では一般的に、IntCal13を用いて得られた年代よりも、たとえば層序における標本の相対的位置とよりよく一致する年代が得られます。

 考古学的層序全体の合計で、較正プログラムOxCal v.4.2を用いて、ベイズモデルで10点の年輪年代学的年代と組み合わされた、140点の放射性炭素年代が測定されました(図2)。18点の相(F1~F18)が層序で識別され、F3~F14は継続的な居住の層状の痕跡を構成します。相が境界により分離される系列でのこれらの相を用いて、ベイズモデルが構築されました(図2c)。以下は本論文の図2です。
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 このモデルは、紀元後760~800年頃の重要期間に年代学的固定点を提供します。リベの初期相(F3~F8)では、人工物により特定される接続性は、大陸部ヨーロッパ西部にのみ向けられています。これは、二つの人工物の種類により証明されます。第一に、たとえば壊れた飲用容器もしくはローマ期のモザイクタイル(テッセラ)など、ビーズの製作に用いられた再利用されたガラス材料は、ヨーロッパ西部からの輸入を示唆します(図2d)。第二に、陶器の様式と焼成方法が、ライン川地域に典型的なものとして特定されました(図2g)。したがって、これらの資料はおそらく、北海沿岸経由でリベへもたらされました。

 ノルウェーの片岩で作られた砥石はF7相(紀元後740年頃)から出現し、海上交易が紀元後790年頃となる北海ヴァイキングの襲撃の激化前にスカンジナビア半島内で拡大していた、と示唆します。バルト海地域との交通の拡大は、F8とF9(紀元後750~790年頃)に製作された、特徴的な「ハチ型」ビーズにより証明され、スウェーデンにおける交易の中心地であるビルカ(Birka)において最古の層でも見つかりました。ヴァイキング時代の交易の他の二つの代理である、中東のビーズとバーダル(Berdal)様式の胸飾りの到来は、後のF9相で確認できます(図2e・fおよび図3c)。以下は本論文の図3です。
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 F9相の長距離交易パターンの時期を絞り込むため、層序が相の下位区分に分割されました(図3a)。各下位相は、たとえば、粘土の床もしくは灰の層など、ヒトの活動を示唆する1つの特徴的な層で構成されます。相F9cまで、全ての標本は紀元後775年の太陽粒子現象前に較正されます。家屋K21の第二の粘土の床であるF9d層で変化が起き、紀元後775年の太陽粒子現象のいずれかの側に較正される標本により示されます。したがって、その後の相は紀元後775年の後に確実に分類できます。

 F9eでは、発見物の種類が多くなります(図3)。これは、中東から輸入されたビーズとバーダル様式の胸飾りの型だけではなく、上述のノルウェーとライン川地域からの輸入品にも当てはまります。家屋K21の使用後にF9eは終わり、リベの最初のヴァイキング時代層と呼べます。モデルでは、この下位区分相の年代が紀元後785~810年に設定されます。類似の一連の人工物様式は、リベにおける以前の多数の発掘調査で観察されました。したがって、本論文で追加された絶対年代は、交易の中心地により反映されたより広範な循環パターンに適用されます。


●考察

 10年水準での正確さがある重要な交易の町であるリベの層序における考古学的相の固定により、地球規模の環境および経済傾向とのヴァイキング時代における事象の正確な相関が可能になります。これは、長距離接続性の資料の代理、以前には推定に基づいていたスカンジナビア半島全域の人工物の年代順の関連点を提供します。

 本論文は、中東のビーズの到来とバーダル様式の装飾品の最初の製作が紀元後785~810年にさかのぼる、と示します。これは、ヴァイキング時代における最も注目すべき物質の特徴が、ノルウェーの輸入品で示されるように、スカンジナビア半島内の海上長距離交易に明らかに先行する、と示唆します。本論文は、櫛の製作に用いられたトナカイの角の生体分子同定と砥石の岩石学的分析により証明される、リベとノルウェーとの間の密接なつながりについて、紀元後750年頃からの絶対年代を提供しました。これらは、幅100km超のスカゲラク海峡を横断するつながりの証拠を提供し、それは海上交易の明確な指標です。したがって、海上網はスカンジナビア半島で、特定事象の前に始まりました。

 そうした事象は伝統的に、紀元後793年のリンデスファーン(Lindisfarne)へのヴァイキングの襲撃のようなヴァイキング時代の始まりとして定義され、イスラム教世界との確実なつながりの前とされてきました。リベのような商業中心地との交易は、襲撃の激化の前の数十年間スカンジナビア半島の大半に影響を及ぼし、以前に探されていた接続の事例を提供します。中東のビーズにより示されるより広範なつながりは、交易網を触媒した元々の方向性ではなく、そのさらなる拡大の証明です。

 この研究が示すのは、1ヶ所の遺跡の絶対年代が、地域と世界の発展、また考古学的発見と歴史的記録とをつなげるのに役立てる、ということです。この研究で達成された精度は、環境および社会的現象の高解像度データの直接的比較も可能とします。たとえば、紀元後775年の太陽粒子現象により起きたようなひじょうに短い時間規模の地球の気候の摂動や、そうした摂動が契機となった、あり得る社会的緊迫や文化・経済的反応です。こうして、経済と気候の傾向間のつながりの可能性(図3b)や、ヴァイキング時代のリベのような社会における長距離接続性の発展の調査を始められます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


考古学:バイキングの勢力拡大は貿易と関連していた

 デンマークにあった中世初期の商業施設に由来する人工遺物の正確な年代測定が行われ、バイキング時代の初期に、北極圏ノルウェーや中東まで遠隔地貿易が拡大していたことが明らかになった。この知見を報告する論文が、今週、Nature に掲載される。中東のガラスビーズの到来とバイキングスカンジナビアでのベルダル様式のブローチの生産についての正確な年代測定が行われ、西暦785~810年とされた。これらの知見は、バイキング時代の始まりが貿易ルートを巡る競争と関連していた可能性を示唆している。

 バイキング時代の遠隔地相互作用の時期と動態については、広く議論が交わされている。中東におけるイスラム帝国の拡大を背景にした世界的な貿易サイクルの出現が、バイキング時代の貿易とシャルルマーニュ王朝下の西ヨーロッパの繁栄にとっての経済的な触媒となったという主張がある。一方、この貿易の年代決定と影響に疑問を呈し、バイキングスカンジナビアとカロリング帝国の発展の大部分が地域内での発展にとどまっていたと主張する人もいる。

 今回、Bente Philippsenたちは、新しい単年分解能の放射性炭素年代較正曲線を用いて、デンマークのリベにあったバイキング時代の商業施設の人工遺物の正確な年代測定を行った。この年代測定モデルにより、西暦760~800年の期間について、年代順の基準点が得られた。Philippsenたちは、この期間の初期にリベがヨーロッパ大陸西部との独占的な取引を行っていた可能性があることを明らかにし、その証拠として、2種類の人工遺物を提示している。その1つは、破損した杯やローマ時代のモザイクタイルのリサイクルガラス素材でできたガラスビーズで、もう1つは、ライン地方の陶磁器だった。ノルウェーの岩石から作られた砥石の年代は、西暦740年ごろまでさかのぼることができ、これは、西暦790年に北海バイキングの襲撃がエスカレートする前にスカンジナビア内で海上貿易が増加していたことを示唆している。西暦750~790年に製造されたワスプタイプのガラスビーズは、バルト海沿岸地域との交通があったことを暗示している。また、中東のガラスビーズの到来とベルダル様式のブローチの生産は、西暦785~810年と年代決定された。

 Philippsenたちは、この年代測定モデルを使用することで、過去の急速な変化(経済動向、気候の傾向など)の関連可能性を探ることができるようになるかもしれないと結論付けている。


考古学:単年精度の放射性炭素年代測定法による、バイキング時代の交易サイクルの年代特定

考古学:バイキングは略奪ではなく交易によって拡大した

 今回B Philippsenたちは、近年発見された、宇宙線シャワーに起因する放射性炭素濃度の記録の乱れ(これらの年代は年輪年代を用いて正確に特定することができる)を利用して、デンマークの中世前期の交易拠点の詳細な考古学的層序の情報を得ている。これにより、北極圏ノルウェーから中東にわたる長距離交易の拡大を記録する人工物の年代が、極めて正確に紀元790 ± 10年と特定された。この結果は、バイキング時代の始まりが、本国からの拡張を動機とする略奪よりも、交易路を巡る競争と関連していたことを示している。



参考文献:
Philippsen B. et al.(2022): Single-year radiocarbon dating anchors Viking Age trade cycles in time. Nature, 601, 7893, 392–396.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04240-5

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