クレタ島の後期中新世の人類の足跡

 取り上げるのが送れてしまいましたが、クレタ島の後期中新世の人類の足跡に関する研究(Kirscher et al., 2021)が公表されました。人類の進化史と拡散パターンには議論があります。未解決の側面の一つは、人類系統の最初の代表の起源と特定です。アフリカ起源を示唆する多くの文献にも関わらず、最初期人類がユーラシアで進化したかもしれない、との証拠があります。ヨーロッパにおける中新世人類の存在の証拠は、身体化石と生痕化石の両方を含んでいます。以前の研究では、アテネ近郊のピグロス・ヴァッシリシッス(Pyrgos Vassilissis)で発見されたグラエコピテクス・フレイベルギ(Graecopithecus freybergi)が形態に基づいて人類の可能性がある、と特定されましたが(関連記事)、別の研究では、クレタ島西部のトラキロス(Trachilos)地域(図1)で発見された足跡の形態計測分析に基づいて、人類系統の可能性が示唆されています(関連記事)。この層はクレタ島のプラタノス盆地(Platanos Basin)およびヴリッセス群(Vrysses Group)に属しています(図1b)。以下は本論文の図1です。
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 これらの足跡は、圧出縁や引き抜き構造や爪先を引きずる跡など、一連の特徴的な生痕化石を有しており、足跡を残した動物が特徴的な足の形態をしていた、と示唆されます。この形態には、前足球や、足底の遠位で第二指に沿って位置する分岐しておらず頑丈な母趾の存在、第二指から第四指にかけてじょじょに短くなる指など、人類に特有と現在考えられている特徴が含まれます。これらの特徴は、縦方向の中間的な土踏まずの欠如、比例してより短い足底と球状でない踵など、一般的な霊長類の特徴と組み合わさっています。これらの特徴の単純な比較形態分析は、足跡を残したのが祖先的な人類で、より長くてヒト的な足底のあるタンザニアのラエトリ(Laetoli)で発見された足跡を残した動物(関連記事)にとって、系統発生的に基底部に位置すると強く主張される、と示唆しています。形態計測分析では、トラキロスの足跡は他の人類の足跡とともに同じ解剖学的空間にまとまり、明確に非人類霊長類と分離している、と示されました(関連記事)。

 この解釈は議論となり、いくつかの反対の解釈が提示されてきました。たとえば、ゴリラの足跡を参照して、トラキロスの足跡は内転した母趾を有する非人類霊長類が残した、と提案した研究があります。しかし、この比較は、トラキロスの足跡は人類が残したとの解釈を補強すると考えられます。トラキロスの足跡を非人類霊長類によるものとする研究の図では、足跡には球状の痕跡が欠けており、母趾の痕跡は第二指から後退し、かなりの間隙で分離されており、足底の痕跡の強く斜めの凹面の後方末端は、第二指から第四指の長さと指のような特徴を反映しています。これらの特徴はいずれもトラキロスの足跡と一致せず、ヒトの足跡と似ています。したがって、身体化石の欠如には要注意ですが、トラキロスの足跡は祖先的な二足歩行人類が残した、という可能性は反証されていません。トラキロスの足跡の特徴は、地理的位置および提案された年代とともに、初期人類の進化についてひじょうに多くの情報をもたらします。しかし、その科学的重要性は、遺跡の年代制約が不充分なため制限されています。トラキロスの足跡の正確な重要性も、とくにアフリカとの関連で適切に対処するため、絶対年代がきわめて重要です。

 以前の研究では、上層の礫岩との層序関係から下限年代がメッシニアン塩分危機(Messinian Salinity Crisis、略してMSC)となる560万~553万年前頃に堆積したヘレニコン群(Hellenikon Group)と解釈されましたが(関連記事)、プラタノス亜盆地でヘレニコン群堆積物が特定されず、トラキロスの足跡の上層は、固まった更新世の海岸礫岩と関連している可能性の方が高い、と指摘されています。そのため、トラキロスの足跡の年代を制約する要因は浮遊性有孔虫ですが、850万~350万年前頃とかなりの年代幅があります。ヘレニコン群の下にある足跡の層序学的近接性との誤った仮定により、以前の研究では足跡の年代がMSCの開始に近い570万年前頃と位置づけられています。しかし、トラキロスの堆積物とMSCとの間の年代欠如に関する情報がなければ、もっと古い年代の可能性もあります。年代分解能を向上させ、堆積物の由来について追加の情報を得るため有孔虫類および岩屑ジルコンとともに、磁気層序学的研究が行なわれました(図2)。以下は本論文の図2です。
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 トラキロスの足跡の層は、正磁極が特徴です。有孔虫類の生層序の結果は、640万年前頃よりも新しい、地中海生存帯MMi13d内の層(区画)の年代を示唆します。トラキロスの近くで露出し、同じ第二次流域に属する堆積物の石灰質微小プランクトンのデータは、6727000~6023000年前となる生石灰質微小プランクトン生存帯CN9bBにおける堆積を示唆します。磁気層序学と生層序学のデータを統合することにより、トラキロス層を6272000~6023000年前頃となる正磁極期C3An.1nと相関させられます。帯磁率に基づく周期層序学的データを用いて、トラキロスの足跡は605万年前頃に制約され、これは以前の想定より約35万年古くなります。8mの利用できない間隔、および正磁極がわずかにより古い期間C3An.2nを表しているかもしれない可能性と関連して、いくつかの不確実性が残ります。しかし、堆積物蓄積速度や生層序学的議論はこれらの観点に反しており、C3An.1n期の堆積を支持します。

 ケニアで発見された二足歩行のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)は、トラキロスの足跡と年代が重複しています。以前の研究では、チャドで発見された704万±18万年前頃と推定されている(関連記事)サヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)は、最初期人類と報告されましたが、最近の研究では大腿骨の形態に基づいて、慣習的な二足歩行ではなかった可能性が指摘されています。この指摘はまだ確定したわけではありませんが、もし正しければ、トラキロスの足跡を残した分類群がオロリン・トゥゲネンシスとともに二足歩行ヒト科の最古の証拠を構成する可能性が示唆されます。人類系統二足歩行の起源と、最初期人類の分布については、現時点で不明なところが多く、今後の研究の進展により解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Kirscher U. et al.(2021): Age constraints for the Trachilos footprints from Crete. Scientific Reports, 11, 19427.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-98618-0

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