中国南部で発見された現生人類遺骸の年代をめぐる議論
取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、以前当ブログで取り上げた(関連記事)、中国南部における複数の遺跡の7万年以上前とされる初期現生人類の年代を見直した研究(Sun et al., 2021、以下Sun論文)に対する、二つの反論と再反論が公表されました。
まず、一方の反論(Higham, and Douka., 2021、以下反論1)は、Sun論文の年代測定に疑問を呈しています。Sun論文で、中国南部への現生人類(Homo sapiens)の遅い到来を裏づけるために用いられた放射性炭素年代測定の信頼性には懸念があります。加速器質量分析(AMS)の年代を導き出すために用いられた前処理化学法は報告されておらず、年代測定された物質の性質を定義できず、限定的な分析データはほぼ完全に受容パラメータの範囲外で、精度に疑問が生じます。
Sun論文は、参考文献で概説されているコラーゲン抽出法に従った、と述べていますが、参考文献とは手順が二つ異なります。反論1は、Sun論文が限外濾過ではなく基礎的コラーゲン法を参照したのではないか、と推測します。基礎的コラーゲン法は、腐植質を結集するための基礎洗浄も、より小さな汚染されている可能性がある分子を除去するための分子限外濾過も含まれていないことに、要注意です。フミン酸塩が存在する場合、汚染は除去されていない可能性が高そうです。次に、Sun論文は「TOC(total organic carbon、全有機炭素)」と呼ばれる手法を適用しましたが、ここでもこの手法の言及はありません。反論1は、これが参考文献で用いられた手法で、本質的にはゼラチン化を伴う酸-アルカリ-酸処理だと推測します。そうした前処理技術は、過去20年間にわたって、旧石器時代の物質の放射性炭素年代を顕著に過小評価する、と示されてきており、コラーゲン生産量の少ない骨ではより深刻な問題になります。
適度に保存された骨コラーゲンの炭素と窒素の原子比率は2.9~3.5となり、炭素は40~45%、窒素は11~16%の範囲に収まるはずです。Sun論文の表S3のデータはこれらのパラメータの範囲外です。実際のコラーゲン収量は、選択された標本以外では報告されていませんが、これらはひじょうに低く、推奨される限界値1%を下回っていました。窒素の値は一様に1%未満で、ほとんどが0.01%未満でした。炭素の割合も極端に低くなっています。炭素と窒素の比率は全て最大許容範囲外で、しばしば40~50を超える一連の値を示します。これは、TOCにおけるコラーゲンもしくはコラーゲンの割合が実質的にゼロで、年代がおもに外因性(堆積物由来?)の炭素かもしれない物質で得られたことを示します。オックスフォード大学における中華人民共和国湖南省永州市(Yongzhou)道県(Daoxian)の福岩洞窟(Fuyan Cave)の動物の骨からのコラーゲン抽出の以前の試みは、全て失敗しました。
コラーゲンもしくはTOC手法のどちらかで処理された同じ標本の重複した骨の年代の分析は、問題の程度を確認します。16点の年代のうち、75%は統計的に異なる結果を示し、信頼性についてのさらなる疑問を提起します。炭の年代測定も同様に問題があります。Sun論文の図S2の炭の単一の斑点など、区画から採取された資料は、ヒトの居住に厳密には関連づけられず、自然事象に由来する可能性があります。しかし、重要なのは、古い炭に適した高度な酸化に基づく前処理手順の欠如です。放射性炭素年代は本質的に信頼性が低く、その結果は下限年代とみなされるべきです。Sun論文で取り上げられた遺跡群の年代の問題を解決するには、より高い基準に従って、より多くの研究が必要です。それまでSun論文のデータは、中国南部における現生人類の遅い出現についての結論とともに、片隅に置かれておくべきです。
もう一方の反論(Martinón-Torres et al., 2021、以下反論2)は、Sun論文の放射性炭素年代測定と古代DNA分析に疑問を呈します。Sun論文は、47点の現生人類の歯が発見されている福岩洞窟など、中国南部の5ヶ所の人類遺跡が後期更新世の年代であることに疑問を呈し、それらが完新世のものだと提案します。反論2は、福岩洞窟の2点の「ヒト」標本(FY-HT-1およびFY-HT-2)の不確実な由来および分類学的識別と、その古代DNAおよび放射性炭素年代分析の品質基準に基づいて、Sun論文の確実性に疑問を呈します。
(1)FY-HT-1およびFY-HT-2は、2019年に孫(Xue-feng Sun)氏と同僚により回収されましたが、福岩洞窟の発掘を率いる主要な研究者の監督はありませんでした。孫氏たちは、両標本が、反論2の著者たちの以前の研究(関連記事)と同じ標本に属する、と主張します。その根拠は、両標本が「明確に解剖学的現代人で、福岩洞窟遺跡のより早期の発見物の範囲内で計測的および形態的に合致している」からです。しかし両標本は、この主張を維持するような形態計測データも、歯の発見場所の主張について正確な情報も提供しません。重要なことに、反論2は、FY-HT-2がヒトではなく草食動物に属していることを確証します(図1)。摩耗はおもに歯の切端ではなく舌側にあります。歯の切端と舌側の摩耗の程度に関わらず、目に見える隣接摩耗面はありません。歯冠は高くて狭くなっています。歯根に対する歯冠の傾きは、シカなど一部の草食動物に典型的です。ひどいことに、その非ヒト的性質にも関わらず、Sun論文は「ユーラシア現代人系統の変異内に収まる」ヒト古代DNAが得られた、と主張します。明らかに、これらの結果はSun論文の厳密さと品質に疑問を呈します。以下は反論2の図1です。
(2)Sun論文では、AMS放射性炭素年代測定について、参考文献に記載されている手順の適用前に、TOC測定の前処理があるのかどうか、不明です。なぜならば、堆積後の炭酸塩は、通常の酸-アルカリ-酸処理手法での除去が困難だからです。コラーゲン以外のどの種類の成分がTOCに含まれていたのかも不明です。なぜならば、その炭素と窒素の比率が、たとえばFY-HT-2では、放射性炭素年代測定に適切なコラーゲン(2.9~3.6もしくは3.1~3.5)よりもずっと高いからです(46.2)。FY-HT-1における炭素の割合は約2.3%で、現代のエナメル質(0.1~0.8%)よりもずっと高くなっています。全体的に、Sun論文のこれらの標本は、堆積後の変質および/もしくは汚染を受けており、その放射性炭素年代は疑わしいように見えます。さらにSun論文は、後期更新世の動物相も、反論2の著者たちが得た43000年以上AMS放射性炭素年代測定結果も議論していません。
(3)FY-HT-1については、反論2の著者たちの以前の研究における標本の深刻な歯根変質とは対照的に、歯根端のひじょうに良好な保存状態が浮き彫りになります。二つの異なる分類学的来歴の可能性は、全ての歯を同じ標本に関連づけることに、疑問を呈します。
文脈化されておらず、汚染されている可能性が高い標本の、疑わしい古代DNAと放射性炭素年代分析を除いて、二次生成物のウラン-トリウム法年代測定と、化石を覆っている堆積物の光刺激ルミネセンス(optically stimulated luminescence、略してOSL)法は、福岩洞窟標本の後期更新世の年代を確証します。非ヒト動物の歯からヒトの古代DNAを得たことは、Sun論文の信頼性に深刻な疑問を投げかけます。中国における現生人類の早期の存在との反論2の著者たちの提案は、依然として揺るぎありません。
これに対して再反論(Curnoe et al., 2021、以下再反論)は、反論2がSun論文を誤って再解釈しており、訂正が必要だと主張します。FY-HT-1およびFY-HT-2は2011~2013年の発掘調査の区画壁から収集され、その出所の詳細はSun論文で報告されています。FY-HT-2のエナメル質の舌側面の全ておよび咬合側と近心側表面のほとんどは失われています(図1A)。したがって、反論2で主張されている、「シカのような」摩耗の復元は、単純に歯の保存の現実とは似ていません。さまざまなシカの切歯の画像とFY-HT-2との比較にも、困惑させられます(反論2の図1A)。確証の偏り(確証バイアス)はさておき、適切な比較は、Sun論文において古代DNA分析により確証されたように、最近のヒトとの類似性を示唆しています(図1A)。FY-HT-1に関しては、その保存状態は既存の標本と視覚的に区別できません。しかし、動的な堆積史の文脈内の不均一な化石生成過程を考えると、Sun論文で示されたように、標本内では変異は明確であり、予測されます。
反論1および2は、Sun論文のAMS放射性炭素年代測定にも異議を唱えます。Sun論文では、AMS放射性炭素年代測定の手順について説明し、これには以前に反論2の著者たちの研究(関連記事)で用いられた類似の手順が含まれていました。コラーゲンの保存が乏しいと示される、ほとんどの標本についてはSun論文で明らかです。しかし、コラーゲンと炭酸カルシウムとTOC(象牙質とエナメル質が含まれます)の結果の間の年代の不一致は一般的に小さく、少ない汚染が示唆されます。Sun論文では、FY3-1およびFY3-5の動物相標本も注目されました。重要なことに、反論2の著者たちの以前の研究におけるBA140121の炭素と窒素の比率も、最適な埋葬条件を示唆しており、信頼できる年代は8万年前頃よりずっと新しくなっています(たとえば、放射性炭素年代では39150±270年前)。北京大学研究室のAMSとTOCの歴史は、この放射性炭素年代をはるかに超えているはずです。反論2とは対照的に、BA140121の年代測定はその歴史に及ばず、じっさいにはSun論文の結果を独立して確証します。重要なのは、Sun論文の目的が、「真の」年代を得ることではなく、福岩洞窟が65000年前よりも古いヒト遺骸を含んでいるのかどうか、ということです。
反論1は、以前に刊行された基準を「信頼できる」骨の放射性炭素年代測定に適用し、Sun論文の結果は解剖学的現代人(現生人類)の65000年前頃以降の到来を裏づけない、と主張します。これらの基準は化石におけるコラーゲンの分解(もしくは保存)の指標ですが、原則として、外因性炭素が存在しない場合、コラーゲンの分解は放射性炭素年代に影響を与えないはずです。化石における分解されたコラーゲンは汚染されているかもしれませんが、これらの基準は量を推定できません。真の年代から500~1000年の偏差は、一般的に考古学的資料では受け入れられないと考えられていますが、反論1で議論されているように、不確かな放射性炭素年代は単純に、8万年以上前から完新世への放射性炭素年代における変化の結果と想定できません。
Sun論文は以前の研究に従って、現代のウシ属の骨や、考古学的資料の放射性炭素年代測定の前に年代が知られている歴史的遺跡のヒトの骨や歯について、検証を実施しました。Sun論文では、限外濾過について、ゼラチン状の骨溶液がホワットマンガラス微小繊維濾過器を用いて濾過されました。分子限外濾過を用いることができなかったのは、標本が小さすぎたからです。それにも関わらず、Sun論文の結果は、その手法が正確な年代を提供した、と示します(表1)。Sun論文で検証された人骨について、反論1はその結果を先験的に却下しました。しかし、歯のコラーゲンとTOC放射性炭素年代は、コラーゲンの分解により窒素と炭素の割合のほぼ半分が失われたにも関わらず、既知の年代とよく一致します(表1)。さらに、Sun論文における同じヒトの歯のAMS放射性炭素年代と、それとは独立したDNA先端年代の両方が一致します。通常、タンパク質配列は顕著な安定性を示し、DNAよりも古い過酷な環境で存在する可能性があります。したがって、真のDNA(古代DNA)の存在は、元々のコラーゲン(もしくは炭素)が存在したはずと示唆します。さらに、信頼できる炭素と窒素の比率を有するコラーゲンとTOCの年代の(たとえば、FY 3-5やYJP-1054やYJP-2936)の組み合わせは、これらの化石が65000年前よりずっと新しい、と示します。
反論2も、FY-HT-2からの信頼性に疑問を呈しますが、Sun論文のデータは明確に、そうではないと示します(図1)。各部位の網羅率と、各部位のコンセンサス塩基と一致する読み取りの割合は、図1Bで示されます。各部位における多数派の塩基の平均頻度は99.92%でした。一部の部位における低いコンセンサス裏づけ(50%)は、挿入/欠失もしくはCストレッチ(シトシンが連続する配列パターン)に起因していました。汚染されてない標本で予測されるように、配列の大半は明らかに単一個体に由来します。読み取りの5′末端におけるシトシンとチミンの脱アミノ化は、古代DNAでは典型的です。全てのマッピングされた読み取りの平均的な脱アミノ化パターンは、図1Cに示されます。FY-HT-2ライブラリは、最後のヌクレオチドで損傷を保持しており、それは「二本鎖部分ウラシル・DNA・グリコシラーゼ」手順で提案された閾値(3%)よりずっと大きいものでした(図1B)。以下は再反論の図1です。
Sun論文では、流華石と堆積物と炭と哺乳類およびヒト化石から絶対年代を得ることにより、遺跡の形成過程と歴史が解明され、ウラン-トリウム法年代は福岩洞窟における古人類学的資料の埋葬年代を表せない、と強調されます。堆積物のOSL年代測定もできません。既存の47点のヒトの歯の一部の直接的な放射性炭素年代測定と古代DNA分析だけが、真の年代を理解できます。再反論は反論2対して、Sun論文の知見を誤って説明するのではなく、緊急の課題として扱うよう、強く求めます。
再反論は、広範な年代測定技術と古代DNA技術を用いての、中国南部における解剖学的現代人の到来年代のさらなる研究を歓迎します。じっさい、これはSun論文の推進力でした。複数の手法と資料を用いて生成され、5ヶ所の遺跡にまたがる膨大な地質年代学的データとDNAデータを、予備検査の基準が不充分だったと主張することにより議論しようと試みることは、再反論者たちの意見では、(1)自分勝手であり、(2)中国南部における亜熱帯の古人類学的洞窟の複雑な堆積と化石生成と続成作用の現実を否定するものです。
再反論は、Sun論文の放射性炭素年代測定結果は下限年代とみなせるはずである、との見解には同意しますが、これが二次生成物のトリウム230/ウラン年代測定の使用により解剖学的現代人の年代を表すことも、以前の研究で主張されたように、それらの年代が中国南部における初期解剖学的現代人の早期定住を確証することもできません。中国南部における解剖学的現代人の出現が50000~45000年前頃であることは、分子水準の結果と一致しており、まだ反証されていません。
以上、Sun論文に対する反論と再反論についてざっと見てきました。現時点では、中国南部における6万年以上前の解剖学的現代人(現生人類)の存在が確定したとは言えないように思います。8万年前頃かそれ以前と主張された中国南部の現生人類遺骸の中に、Sun論文で主張されたように完新世のものが多い可能性も、現時点では高いように思います。ただ、ギリシアで20万年以上前となる広義の現生人類系統の遺骸が発見されていること(関連記事)などから、アフリカやレヴァントを越えて広義の現生人類が10万年以上前にユーラシアに広く拡散していたとしても不思議ではない、と私は考えています。その意味で、今後10万年以上前の現生人類遺骸が中国南部で確認される可能性もあるとは思います。
参考文献:
Curnoe D. et al.(2021): Reply to Martinón-Torres et al. and Higham and Douka: Refusal to acknowledge dating complexities of Fuyan Cave strengthens our case. PNAS, 118, 22, e2104818118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2104818118
Higham TFG, and Douka K.(2021): The reliability of late radiocarbon dates from the Paleolithic of southern China. PNAS, 118, 22, e2103798118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2103798118
Martinón-Torres M. et al.(2021): On the misidentification and unreliable context of the new “human teeth” from Fuyan Cave (China). PNAS, 118, 22, e2102961118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2102961118
Sun X. et al.(2021): Ancient DNA and multimethod dating confirm the late arrival of anatomically modern humans in southern China. PNAS, 118, 8, e2019158118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2019158118
まず、一方の反論(Higham, and Douka., 2021、以下反論1)は、Sun論文の年代測定に疑問を呈しています。Sun論文で、中国南部への現生人類(Homo sapiens)の遅い到来を裏づけるために用いられた放射性炭素年代測定の信頼性には懸念があります。加速器質量分析(AMS)の年代を導き出すために用いられた前処理化学法は報告されておらず、年代測定された物質の性質を定義できず、限定的な分析データはほぼ完全に受容パラメータの範囲外で、精度に疑問が生じます。
Sun論文は、参考文献で概説されているコラーゲン抽出法に従った、と述べていますが、参考文献とは手順が二つ異なります。反論1は、Sun論文が限外濾過ではなく基礎的コラーゲン法を参照したのではないか、と推測します。基礎的コラーゲン法は、腐植質を結集するための基礎洗浄も、より小さな汚染されている可能性がある分子を除去するための分子限外濾過も含まれていないことに、要注意です。フミン酸塩が存在する場合、汚染は除去されていない可能性が高そうです。次に、Sun論文は「TOC(total organic carbon、全有機炭素)」と呼ばれる手法を適用しましたが、ここでもこの手法の言及はありません。反論1は、これが参考文献で用いられた手法で、本質的にはゼラチン化を伴う酸-アルカリ-酸処理だと推測します。そうした前処理技術は、過去20年間にわたって、旧石器時代の物質の放射性炭素年代を顕著に過小評価する、と示されてきており、コラーゲン生産量の少ない骨ではより深刻な問題になります。
適度に保存された骨コラーゲンの炭素と窒素の原子比率は2.9~3.5となり、炭素は40~45%、窒素は11~16%の範囲に収まるはずです。Sun論文の表S3のデータはこれらのパラメータの範囲外です。実際のコラーゲン収量は、選択された標本以外では報告されていませんが、これらはひじょうに低く、推奨される限界値1%を下回っていました。窒素の値は一様に1%未満で、ほとんどが0.01%未満でした。炭素の割合も極端に低くなっています。炭素と窒素の比率は全て最大許容範囲外で、しばしば40~50を超える一連の値を示します。これは、TOCにおけるコラーゲンもしくはコラーゲンの割合が実質的にゼロで、年代がおもに外因性(堆積物由来?)の炭素かもしれない物質で得られたことを示します。オックスフォード大学における中華人民共和国湖南省永州市(Yongzhou)道県(Daoxian)の福岩洞窟(Fuyan Cave)の動物の骨からのコラーゲン抽出の以前の試みは、全て失敗しました。
コラーゲンもしくはTOC手法のどちらかで処理された同じ標本の重複した骨の年代の分析は、問題の程度を確認します。16点の年代のうち、75%は統計的に異なる結果を示し、信頼性についてのさらなる疑問を提起します。炭の年代測定も同様に問題があります。Sun論文の図S2の炭の単一の斑点など、区画から採取された資料は、ヒトの居住に厳密には関連づけられず、自然事象に由来する可能性があります。しかし、重要なのは、古い炭に適した高度な酸化に基づく前処理手順の欠如です。放射性炭素年代は本質的に信頼性が低く、その結果は下限年代とみなされるべきです。Sun論文で取り上げられた遺跡群の年代の問題を解決するには、より高い基準に従って、より多くの研究が必要です。それまでSun論文のデータは、中国南部における現生人類の遅い出現についての結論とともに、片隅に置かれておくべきです。
もう一方の反論(Martinón-Torres et al., 2021、以下反論2)は、Sun論文の放射性炭素年代測定と古代DNA分析に疑問を呈します。Sun論文は、47点の現生人類の歯が発見されている福岩洞窟など、中国南部の5ヶ所の人類遺跡が後期更新世の年代であることに疑問を呈し、それらが完新世のものだと提案します。反論2は、福岩洞窟の2点の「ヒト」標本(FY-HT-1およびFY-HT-2)の不確実な由来および分類学的識別と、その古代DNAおよび放射性炭素年代分析の品質基準に基づいて、Sun論文の確実性に疑問を呈します。
(1)FY-HT-1およびFY-HT-2は、2019年に孫(Xue-feng Sun)氏と同僚により回収されましたが、福岩洞窟の発掘を率いる主要な研究者の監督はありませんでした。孫氏たちは、両標本が、反論2の著者たちの以前の研究(関連記事)と同じ標本に属する、と主張します。その根拠は、両標本が「明確に解剖学的現代人で、福岩洞窟遺跡のより早期の発見物の範囲内で計測的および形態的に合致している」からです。しかし両標本は、この主張を維持するような形態計測データも、歯の発見場所の主張について正確な情報も提供しません。重要なことに、反論2は、FY-HT-2がヒトではなく草食動物に属していることを確証します(図1)。摩耗はおもに歯の切端ではなく舌側にあります。歯の切端と舌側の摩耗の程度に関わらず、目に見える隣接摩耗面はありません。歯冠は高くて狭くなっています。歯根に対する歯冠の傾きは、シカなど一部の草食動物に典型的です。ひどいことに、その非ヒト的性質にも関わらず、Sun論文は「ユーラシア現代人系統の変異内に収まる」ヒト古代DNAが得られた、と主張します。明らかに、これらの結果はSun論文の厳密さと品質に疑問を呈します。以下は反論2の図1です。
(2)Sun論文では、AMS放射性炭素年代測定について、参考文献に記載されている手順の適用前に、TOC測定の前処理があるのかどうか、不明です。なぜならば、堆積後の炭酸塩は、通常の酸-アルカリ-酸処理手法での除去が困難だからです。コラーゲン以外のどの種類の成分がTOCに含まれていたのかも不明です。なぜならば、その炭素と窒素の比率が、たとえばFY-HT-2では、放射性炭素年代測定に適切なコラーゲン(2.9~3.6もしくは3.1~3.5)よりもずっと高いからです(46.2)。FY-HT-1における炭素の割合は約2.3%で、現代のエナメル質(0.1~0.8%)よりもずっと高くなっています。全体的に、Sun論文のこれらの標本は、堆積後の変質および/もしくは汚染を受けており、その放射性炭素年代は疑わしいように見えます。さらにSun論文は、後期更新世の動物相も、反論2の著者たちが得た43000年以上AMS放射性炭素年代測定結果も議論していません。
(3)FY-HT-1については、反論2の著者たちの以前の研究における標本の深刻な歯根変質とは対照的に、歯根端のひじょうに良好な保存状態が浮き彫りになります。二つの異なる分類学的来歴の可能性は、全ての歯を同じ標本に関連づけることに、疑問を呈します。
文脈化されておらず、汚染されている可能性が高い標本の、疑わしい古代DNAと放射性炭素年代分析を除いて、二次生成物のウラン-トリウム法年代測定と、化石を覆っている堆積物の光刺激ルミネセンス(optically stimulated luminescence、略してOSL)法は、福岩洞窟標本の後期更新世の年代を確証します。非ヒト動物の歯からヒトの古代DNAを得たことは、Sun論文の信頼性に深刻な疑問を投げかけます。中国における現生人類の早期の存在との反論2の著者たちの提案は、依然として揺るぎありません。
これに対して再反論(Curnoe et al., 2021、以下再反論)は、反論2がSun論文を誤って再解釈しており、訂正が必要だと主張します。FY-HT-1およびFY-HT-2は2011~2013年の発掘調査の区画壁から収集され、その出所の詳細はSun論文で報告されています。FY-HT-2のエナメル質の舌側面の全ておよび咬合側と近心側表面のほとんどは失われています(図1A)。したがって、反論2で主張されている、「シカのような」摩耗の復元は、単純に歯の保存の現実とは似ていません。さまざまなシカの切歯の画像とFY-HT-2との比較にも、困惑させられます(反論2の図1A)。確証の偏り(確証バイアス)はさておき、適切な比較は、Sun論文において古代DNA分析により確証されたように、最近のヒトとの類似性を示唆しています(図1A)。FY-HT-1に関しては、その保存状態は既存の標本と視覚的に区別できません。しかし、動的な堆積史の文脈内の不均一な化石生成過程を考えると、Sun論文で示されたように、標本内では変異は明確であり、予測されます。
反論1および2は、Sun論文のAMS放射性炭素年代測定にも異議を唱えます。Sun論文では、AMS放射性炭素年代測定の手順について説明し、これには以前に反論2の著者たちの研究(関連記事)で用いられた類似の手順が含まれていました。コラーゲンの保存が乏しいと示される、ほとんどの標本についてはSun論文で明らかです。しかし、コラーゲンと炭酸カルシウムとTOC(象牙質とエナメル質が含まれます)の結果の間の年代の不一致は一般的に小さく、少ない汚染が示唆されます。Sun論文では、FY3-1およびFY3-5の動物相標本も注目されました。重要なことに、反論2の著者たちの以前の研究におけるBA140121の炭素と窒素の比率も、最適な埋葬条件を示唆しており、信頼できる年代は8万年前頃よりずっと新しくなっています(たとえば、放射性炭素年代では39150±270年前)。北京大学研究室のAMSとTOCの歴史は、この放射性炭素年代をはるかに超えているはずです。反論2とは対照的に、BA140121の年代測定はその歴史に及ばず、じっさいにはSun論文の結果を独立して確証します。重要なのは、Sun論文の目的が、「真の」年代を得ることではなく、福岩洞窟が65000年前よりも古いヒト遺骸を含んでいるのかどうか、ということです。
反論1は、以前に刊行された基準を「信頼できる」骨の放射性炭素年代測定に適用し、Sun論文の結果は解剖学的現代人(現生人類)の65000年前頃以降の到来を裏づけない、と主張します。これらの基準は化石におけるコラーゲンの分解(もしくは保存)の指標ですが、原則として、外因性炭素が存在しない場合、コラーゲンの分解は放射性炭素年代に影響を与えないはずです。化石における分解されたコラーゲンは汚染されているかもしれませんが、これらの基準は量を推定できません。真の年代から500~1000年の偏差は、一般的に考古学的資料では受け入れられないと考えられていますが、反論1で議論されているように、不確かな放射性炭素年代は単純に、8万年以上前から完新世への放射性炭素年代における変化の結果と想定できません。
Sun論文は以前の研究に従って、現代のウシ属の骨や、考古学的資料の放射性炭素年代測定の前に年代が知られている歴史的遺跡のヒトの骨や歯について、検証を実施しました。Sun論文では、限外濾過について、ゼラチン状の骨溶液がホワットマンガラス微小繊維濾過器を用いて濾過されました。分子限外濾過を用いることができなかったのは、標本が小さすぎたからです。それにも関わらず、Sun論文の結果は、その手法が正確な年代を提供した、と示します(表1)。Sun論文で検証された人骨について、反論1はその結果を先験的に却下しました。しかし、歯のコラーゲンとTOC放射性炭素年代は、コラーゲンの分解により窒素と炭素の割合のほぼ半分が失われたにも関わらず、既知の年代とよく一致します(表1)。さらに、Sun論文における同じヒトの歯のAMS放射性炭素年代と、それとは独立したDNA先端年代の両方が一致します。通常、タンパク質配列は顕著な安定性を示し、DNAよりも古い過酷な環境で存在する可能性があります。したがって、真のDNA(古代DNA)の存在は、元々のコラーゲン(もしくは炭素)が存在したはずと示唆します。さらに、信頼できる炭素と窒素の比率を有するコラーゲンとTOCの年代の(たとえば、FY 3-5やYJP-1054やYJP-2936)の組み合わせは、これらの化石が65000年前よりずっと新しい、と示します。
反論2も、FY-HT-2からの信頼性に疑問を呈しますが、Sun論文のデータは明確に、そうではないと示します(図1)。各部位の網羅率と、各部位のコンセンサス塩基と一致する読み取りの割合は、図1Bで示されます。各部位における多数派の塩基の平均頻度は99.92%でした。一部の部位における低いコンセンサス裏づけ(50%)は、挿入/欠失もしくはCストレッチ(シトシンが連続する配列パターン)に起因していました。汚染されてない標本で予測されるように、配列の大半は明らかに単一個体に由来します。読み取りの5′末端におけるシトシンとチミンの脱アミノ化は、古代DNAでは典型的です。全てのマッピングされた読み取りの平均的な脱アミノ化パターンは、図1Cに示されます。FY-HT-2ライブラリは、最後のヌクレオチドで損傷を保持しており、それは「二本鎖部分ウラシル・DNA・グリコシラーゼ」手順で提案された閾値(3%)よりずっと大きいものでした(図1B)。以下は再反論の図1です。
Sun論文では、流華石と堆積物と炭と哺乳類およびヒト化石から絶対年代を得ることにより、遺跡の形成過程と歴史が解明され、ウラン-トリウム法年代は福岩洞窟における古人類学的資料の埋葬年代を表せない、と強調されます。堆積物のOSL年代測定もできません。既存の47点のヒトの歯の一部の直接的な放射性炭素年代測定と古代DNA分析だけが、真の年代を理解できます。再反論は反論2対して、Sun論文の知見を誤って説明するのではなく、緊急の課題として扱うよう、強く求めます。
再反論は、広範な年代測定技術と古代DNA技術を用いての、中国南部における解剖学的現代人の到来年代のさらなる研究を歓迎します。じっさい、これはSun論文の推進力でした。複数の手法と資料を用いて生成され、5ヶ所の遺跡にまたがる膨大な地質年代学的データとDNAデータを、予備検査の基準が不充分だったと主張することにより議論しようと試みることは、再反論者たちの意見では、(1)自分勝手であり、(2)中国南部における亜熱帯の古人類学的洞窟の複雑な堆積と化石生成と続成作用の現実を否定するものです。
再反論は、Sun論文の放射性炭素年代測定結果は下限年代とみなせるはずである、との見解には同意しますが、これが二次生成物のトリウム230/ウラン年代測定の使用により解剖学的現代人の年代を表すことも、以前の研究で主張されたように、それらの年代が中国南部における初期解剖学的現代人の早期定住を確証することもできません。中国南部における解剖学的現代人の出現が50000~45000年前頃であることは、分子水準の結果と一致しており、まだ反証されていません。
以上、Sun論文に対する反論と再反論についてざっと見てきました。現時点では、中国南部における6万年以上前の解剖学的現代人(現生人類)の存在が確定したとは言えないように思います。8万年前頃かそれ以前と主張された中国南部の現生人類遺骸の中に、Sun論文で主張されたように完新世のものが多い可能性も、現時点では高いように思います。ただ、ギリシアで20万年以上前となる広義の現生人類系統の遺骸が発見されていること(関連記事)などから、アフリカやレヴァントを越えて広義の現生人類が10万年以上前にユーラシアに広く拡散していたとしても不思議ではない、と私は考えています。その意味で、今後10万年以上前の現生人類遺骸が中国南部で確認される可能性もあるとは思います。
参考文献:
Curnoe D. et al.(2021): Reply to Martinón-Torres et al. and Higham and Douka: Refusal to acknowledge dating complexities of Fuyan Cave strengthens our case. PNAS, 118, 22, e2104818118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2104818118
Higham TFG, and Douka K.(2021): The reliability of late radiocarbon dates from the Paleolithic of southern China. PNAS, 118, 22, e2103798118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2103798118
Martinón-Torres M. et al.(2021): On the misidentification and unreliable context of the new “human teeth” from Fuyan Cave (China). PNAS, 118, 22, e2102961118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2102961118
Sun X. et al.(2021): Ancient DNA and multimethod dating confirm the late arrival of anatomically modern humans in southern China. PNAS, 118, 8, e2019158118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2019158118
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