2021年の古人類学界
あくまでも私の関心に基づいたものですが、年末になったので、今年(2021年)も古人類学界について振り返っていくことにします。近年ずっと繰り返していますが、今年も古代DNA研究の進展には目覚ましいものがありました。正直なところ、最新の研究動向にまったく追いついていけていないのですが、今後も少しでも多く取り上げていこう、と考えています。当ブログでもそれなりの数の古代DNA研究を取り上げましたが、知っていてもまだ取り上げていない研究も少なくありませんし、何よりも、まだ知らない研究も多いのではないか、と思います。古代DNA研究の目覚ましい進展を踏まえて、今年もネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類ホモ属(古代型ホモ属、絶滅ホモ属)と、現生人類(Homo sapiens)とに分けます。
(1)非現生人類ホモ属のDNA研究
まず大きく注目されるのが、イベリア半島北部の洞窟堆積物からネアンデルタール人の核DNAを解析し、その系統を推定した研究です。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_20.html
環境DNA研究の古代DNA研究への応用は近年大きく進展しており、その他にもこの記事でいくつか取り上げます。10万年以上前の洞窟堆積物から核DNA解析が可能となると、古代DNA研究の可能性が大きく開けてきます。日本列島のように、更新世の人類遺骸がきわめて少ない地域でも、人類集団の遺伝的構成が明らかになるのではないか、と期待され、今後の研究の進展がひじょうに楽しみです。ただ、DNAの保存状態は年代以上に環境に大きく左右されるようなので、日本列島の更新世の洞窟堆積物でDNAの解析に成功するのか、楽観はできないと思います。
デニソワ人の存在が最初に確認された、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)の堆積物でも、デニソワ人とネアンデルタール人と現生人類のミトコンドリアDNA(mtDNA)が解析され、まずデニソワ人が、続いてネアンデルタール人が恐らくは気候変動に応じて繰り返し居住し、45000年前頃に初めて現生人類がデニソワ洞窟に居住した、と示唆されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_25.html
デニソワ洞窟では新たにホモ属遺骸のDNAも解析されており、現時点では最古となるデニソワ人遺骸のミトコンドリアDNA(mtDNA)が確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_31.html
まだ論文では公表されていませんが、アルタイ山脈のネアンデルタール人14個体の核ゲノムデータを報告した研究は、解析された個体の多さとともに、ネアンデルタール人の社会構造解明の手がかりになりそうという点でも注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_20.html
(2)現生人類の古代DNA研究
●ユーラシア西部
まず更新世では、ヨーロッパ最古級の現生人類遺骸のゲノムデータが相次いで報告され、ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)では、42000年以上前の初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)と関連した現生人類個体群が、遺伝的にはヨーロッパ現代人よりもアジア東部現代人の方に近い、と明らかになりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_9.html
一方、バチョキロ洞窟でも35000年前頃の上部旧石器時代個体は、アジア東部現代人よりもヨーロッパ現代人の方と遺伝的に近縁で、人口集団置換が起きた、と考えられます。
チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された、特定の文化的技術複合に確定的に分類できない石器群と関連する、推定年代が曖昧(おそらく4万年以上前)な現生人類遺骸はズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれており、遺伝的にはユーラシア東西の共通祖先集団と分岐した出アフリカ現生人類集団と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_11.html
ルーマニアで発見された34000年前頃の現生人類女性のゲノム解析の結果、ユーラシア西部系ではあるものの、恐らくは絶滅した集団を表している、との研究も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_27.html
イタリア北部の16000年前頃の人類のDNA解析結果を報告した研究は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)からその後のヨーロッパの人口史を推測するうえで重要となりそうです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_8.html
環境DNA研究の古代DNA研究への応用では、コーカサスの上部旧石器時代層堆積物から、ホモ属とイヌ属とウシ属とヒツジ属のDNAが解析され、構成要素の違いもある程度識別できたことから、今後は他の地域や年代での応用が期待されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_16.html
ドイツの後期青銅器時代遺跡では、ヒト遺骸から周囲の石へのDNA拡散が確認されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_5.html
ユーラシア西部、とくにヨーロッパは古代DNA研究が最も進展している地域で、今年も多くの注目すべき研究が提示されましたが、研究が進展している地域だけに、親族関係や社会構造の変化や特定の表現型と関連する遺伝子頻度の変化など、他地域よりもさらに深い学際的研究が進展しているように思います。当ブログで取り上げた研究では、昨年後半の公開となりますが、ドイツ南部の銅器時代の親族と社会組織に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_5.html
後期新石器時代から鐘状ビーカー期のフランスの人類集団の遺伝的多様性を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_23.html
クロアチアの中期銅器時代の虐殺犠牲者のゲノムデータを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_17.html
デンマークの新石器時代単葬墳文化の人々の遺伝的構成に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_24.html
新石器時代アナトリア半島における親族パターンの変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_31.html
イタリア半島における銅器時代~青銅器時代の人類集団の遺伝的構造の変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_17.html
エーゲ海地域青銅器時代人類集団のゲノム解析を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_19.html
紀元前三千年紀のヨーロッパ中央部人類集団における遺伝的構成と社会構造の変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_31.html
新石器時代と青銅器時代のクロアチアにおける人口史と社会構造に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_5.html
エトルリア人の起源に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_3.html
ヨーロッパ南東部前期青銅器時代における親族構造と社会的地位の相続に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_10.html
イベリア半島南部における銅器時代から青銅器時代の人類集団の遺伝的変化を報告した研究があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_28.html
現代ヨーロッパでは特異な言語を話すバスク人の起源と遺伝的構造を報告した研究も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_32.html
●ユーラシア東部
ユーラシア西部、とくにヨーロッパと比較してユーラシア東部の古代DNA研究は大きく遅れていましたが、近年の進展は目覚ましく、今年も重要な研究が相次いで公表されました。アジア北東部、とくにバイカル湖と隣接する地域とロシア極東全体の上部旧石器時代後期から中世までのゲノムデータが報告され、複雑な人口史が推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_14.html
広範な古代ゲノムデータによりアジア東部各地域集団の形成過程を扱った包括的研究は、「縄文人」の形成過程も扱っており、とくに注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_15.html
おもに現在のカザフスタンを対象に、スキタイ人を中心としてユーラシア内陸部人口集団の遺伝的構造とその経時的変化を検証し、新たな古代人100個体以上のゲノム規模データを提示した研究も、完新世におけるユーラシア内陸部の動的な人口構造を指摘した点で注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_33.html
新疆ウイグル自治区の青銅器時代人類の古代DNA研究では、牧畜の伝播が人口移動を伴った場合もそうでなかった場合もあることを示唆しており、文化伝播と人口移動の関係という考古学の重要な問題にも貢献する知見だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_14.html
ユーラシア東部でもアジア東部の古代DNA研究の大きな成果は、後期更新世のアジア東部には絶滅した現生人類集団が複数存在した、と示したことです。アジア東部北方では、3万年以上前に北京近郊やモンゴル高原やアムール川流域といった広範な地域に、ユーラシア東部系に分類できるものの、その後絶滅した集団が存在した、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_1.html
中国南部(広西チワン族自治区)で発見された末期更新世~初期完新世にかけてのホモ属遺骸は、遺伝的に現代では絶滅している集団を表している、と報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_27.html
両研究は、後期更新世のアジア東部の遺伝的多様性が現代よりも高く、絶滅した集団が少なからず存在したことを示唆します。
日本列島に関しても注目すべき研究が相次いで公表され、本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土集団の「内部二重構造」モデルを提唱した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_4.html
九州の縄文時代早期人類の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_12.html
2万年前頃となる港川人のmtDNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_15.html
佐賀県唐津市大友遺跡の弥生時代早期人骨の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_9.html
高松市茶臼山古墳の古墳時代前期人骨の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_16.html
和歌山県田辺市の磯間岩陰遺跡出土人骨のDNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_16.html
オホーツク文化人のゲノム解析結果を報告した研究があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_28.html
これらの研究も重要ですが、とくに大きな進展と言えるのは、古墳時代と縄文時代の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究で、上述の九州の縄文時代早期人類のみだった西日本の縄文時代の人類の核ゲノムデータが複数報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_20.html
日本列島や朝鮮半島も含めてのアジア北東部の学際的研究も画期的成果で、「縄文人」的な遺伝的構成の集団の文化は縄文文化に限定されていなかった、と示唆されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_12.html
●アメリカ大陸
以前から指摘されていた、南アメリカ大陸の一部の先住民集団におけるオーストラレシア人との遺伝的類似性は、より南アメリカ大陸のより広範な先住民集団で確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_2.html
この問題は依然として未解決で、今後の研究の進展が期待されます。
●アジア南東部島嶼部とワラセアとオセアニア
アジア南東部島嶼部とオセアニアへの現生人類の拡散とその後の遺伝子流動はかなり複雑だったようで、現生人類集団間でも複数の混合があり、デニソワ人関連集団から現生人類集団への複数回の遺伝子流動もあったようです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_3.html
ワラセアでは、スラウェシ島の7300~7200年前頃の現生人類遺骸が、遺伝的には大きく異なる二つの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の混合により形成され、既知の古代人および現代人には見られない独特な遺伝的構成を示し、現代人には遺伝的影響を(ほとんど)まったく残していない、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_29.html
上述のアジア東部に限らず世界各地で、後期更新世にはその後絶滅した集団が多くいたのでしょう。
●非ヒト動物の古代DNA解析
古代DNA研究においては、ヒトが優先される傾向にあることは否定できませんが、非ヒト動物の研究も着実に進展しています。北アメリカ大陸の絶滅したダイアウルフ(Canis dirus)はその形態的類似性からハイイロオオカミ(Canis lupus)の姉妹種と考えられてきましたが、古代DNA解析の結果、ハイイロオオカミとは570万年前頃に分岐し、その後、両系統間の遺伝子流動はなかった、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_28.html
放射性炭素年代と遺伝的データを組み合わせてマンモスの絶滅過程を推測した研究は、古代DNA研究と他分野の研究との学際的研究の典型例とも言え、今後こうした研究が増えていくでしょう。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_27.html
家畜ウマの起源に関しても、古代DNA研究と考古学を統合した学際的研究が進んでいます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_29.html
今年の古代DNA研究で最も注目されるのが、100万年以上前のマンモスのDNA解析結果を報告した研究で、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_26.html
DNA解析に成功した動物遺骸としては最古となり、永久凍土のようなDNAの保存に適した環境では、100万年以上前の動物遺骸のDNA解析が可能であることを示した点で、たいへん意義深いと思います。
●総説的論文
こうした古代人や現代人を対象としたゲノム研究の総説的な論文としては、現生人類の祖先系統の起源に関する総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_15.html
アフリカの人口史を概観した総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_2.html
上部旧石器時代のユーラシア北部のゲノム研究をまとめた概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_30.html
アメリカ大陸への人類の移住に関する総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_18.html
中東の人口史に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_9.html
アフリカ北部の人口史に関する概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_24.html
中期更新世の火の使用と(おそらくは種水準で異なる)人類集団間の文化的拡散に関する概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_12.html
学際的研究に基づくチベット高原の人口史などがあり、
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_12.html
とくに、過去10年の古代ゲノム研究の総説は有益です。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_5.html
古代DNA研究に関しては以前より倫理的問題も指摘されており、研究の倫理的指針が公表されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_24.html
まだ査読前ですが、古代DNA研究と考古学を統合して初期現生人類のアフリカからの拡散を推測した研究はたいへん注目され、検証の進展が期待されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_4.html
(3)新たなホモ属化石やホモ属の分類
レヴァントの中期更新世ホモ属化石は、後期ホモ属の複雑な進化とともにネアンデルタール人の起源を示唆していますが、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_8.html
その人類進化史における位置づけについては今後も議論が続きそうです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_26.html
黒竜江省で発見された中期更新世のホモ属頭蓋は新種ホモ・ロンギ(Homo longi)と分類されていますが、まだ広く認められているわけではないようで、またDNA解析に成功すればデニソワ人に分類される可能性が高いように思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_25.html
ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)という問題のある分類群を破棄し、新たな分類群ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)を提案した研究は、中期更新世ホモ属の進化に関する混乱を整理する契機になるのではないか、と注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_24.html
上記の3区分に当てはまりませんが、その他には、ネアンデルタール人の南限範囲の拡大と、現生人類と同様の石器技術を用いていたことを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_25.html
アフリカ西部において11000年前頃まで中期石器時代が持続していたことを明らかにした研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_24.html
スラウェシ島で45000年以上前の具象的な洞窟壁画(イノシシ)が描かれていたことを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_25.html
海洋酸素同位体ステージ(MIS)5のチベット高原における石器を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_11.html
古代DNA研究にも言及しつつ、アジア東部のホモ属に関する知見をまとめた総説的な論文も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_20.html
この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
2013年
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_33.html
2014年
https://sicambre.seesaa.net/article/201412article_32.html
2015年
https://sicambre.seesaa.net/article/201512article_31.html
2016年
https://sicambre.seesaa.net/article/201612article_29.html
2017年
https://sicambre.seesaa.net/article/201712article_29.html
2018年
https://sicambre.seesaa.net/article/201812article_42.html
2019年
https://sicambre.seesaa.net/article/201912article_57.html
2020年
https://sicambre.seesaa.net/article/202012article_40.html
(1)非現生人類ホモ属のDNA研究
まず大きく注目されるのが、イベリア半島北部の洞窟堆積物からネアンデルタール人の核DNAを解析し、その系統を推定した研究です。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_20.html
環境DNA研究の古代DNA研究への応用は近年大きく進展しており、その他にもこの記事でいくつか取り上げます。10万年以上前の洞窟堆積物から核DNA解析が可能となると、古代DNA研究の可能性が大きく開けてきます。日本列島のように、更新世の人類遺骸がきわめて少ない地域でも、人類集団の遺伝的構成が明らかになるのではないか、と期待され、今後の研究の進展がひじょうに楽しみです。ただ、DNAの保存状態は年代以上に環境に大きく左右されるようなので、日本列島の更新世の洞窟堆積物でDNAの解析に成功するのか、楽観はできないと思います。
デニソワ人の存在が最初に確認された、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)の堆積物でも、デニソワ人とネアンデルタール人と現生人類のミトコンドリアDNA(mtDNA)が解析され、まずデニソワ人が、続いてネアンデルタール人が恐らくは気候変動に応じて繰り返し居住し、45000年前頃に初めて現生人類がデニソワ洞窟に居住した、と示唆されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_25.html
デニソワ洞窟では新たにホモ属遺骸のDNAも解析されており、現時点では最古となるデニソワ人遺骸のミトコンドリアDNA(mtDNA)が確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_31.html
まだ論文では公表されていませんが、アルタイ山脈のネアンデルタール人14個体の核ゲノムデータを報告した研究は、解析された個体の多さとともに、ネアンデルタール人の社会構造解明の手がかりになりそうという点でも注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_20.html
(2)現生人類の古代DNA研究
●ユーラシア西部
まず更新世では、ヨーロッパ最古級の現生人類遺骸のゲノムデータが相次いで報告され、ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)では、42000年以上前の初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)と関連した現生人類個体群が、遺伝的にはヨーロッパ現代人よりもアジア東部現代人の方に近い、と明らかになりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_9.html
一方、バチョキロ洞窟でも35000年前頃の上部旧石器時代個体は、アジア東部現代人よりもヨーロッパ現代人の方と遺伝的に近縁で、人口集団置換が起きた、と考えられます。
チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された、特定の文化的技術複合に確定的に分類できない石器群と関連する、推定年代が曖昧(おそらく4万年以上前)な現生人類遺骸はズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれており、遺伝的にはユーラシア東西の共通祖先集団と分岐した出アフリカ現生人類集団と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_11.html
ルーマニアで発見された34000年前頃の現生人類女性のゲノム解析の結果、ユーラシア西部系ではあるものの、恐らくは絶滅した集団を表している、との研究も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_27.html
イタリア北部の16000年前頃の人類のDNA解析結果を報告した研究は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)からその後のヨーロッパの人口史を推測するうえで重要となりそうです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_8.html
環境DNA研究の古代DNA研究への応用では、コーカサスの上部旧石器時代層堆積物から、ホモ属とイヌ属とウシ属とヒツジ属のDNAが解析され、構成要素の違いもある程度識別できたことから、今後は他の地域や年代での応用が期待されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_16.html
ドイツの後期青銅器時代遺跡では、ヒト遺骸から周囲の石へのDNA拡散が確認されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_5.html
ユーラシア西部、とくにヨーロッパは古代DNA研究が最も進展している地域で、今年も多くの注目すべき研究が提示されましたが、研究が進展している地域だけに、親族関係や社会構造の変化や特定の表現型と関連する遺伝子頻度の変化など、他地域よりもさらに深い学際的研究が進展しているように思います。当ブログで取り上げた研究では、昨年後半の公開となりますが、ドイツ南部の銅器時代の親族と社会組織に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_5.html
後期新石器時代から鐘状ビーカー期のフランスの人類集団の遺伝的多様性を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_23.html
クロアチアの中期銅器時代の虐殺犠牲者のゲノムデータを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_17.html
デンマークの新石器時代単葬墳文化の人々の遺伝的構成に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_24.html
新石器時代アナトリア半島における親族パターンの変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_31.html
イタリア半島における銅器時代~青銅器時代の人類集団の遺伝的構造の変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_17.html
エーゲ海地域青銅器時代人類集団のゲノム解析を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_19.html
紀元前三千年紀のヨーロッパ中央部人類集団における遺伝的構成と社会構造の変化を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_31.html
新石器時代と青銅器時代のクロアチアにおける人口史と社会構造に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_5.html
エトルリア人の起源に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_3.html
ヨーロッパ南東部前期青銅器時代における親族構造と社会的地位の相続に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_10.html
イベリア半島南部における銅器時代から青銅器時代の人類集団の遺伝的変化を報告した研究があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_28.html
現代ヨーロッパでは特異な言語を話すバスク人の起源と遺伝的構造を報告した研究も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_32.html
●ユーラシア東部
ユーラシア西部、とくにヨーロッパと比較してユーラシア東部の古代DNA研究は大きく遅れていましたが、近年の進展は目覚ましく、今年も重要な研究が相次いで公表されました。アジア北東部、とくにバイカル湖と隣接する地域とロシア極東全体の上部旧石器時代後期から中世までのゲノムデータが報告され、複雑な人口史が推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_14.html
広範な古代ゲノムデータによりアジア東部各地域集団の形成過程を扱った包括的研究は、「縄文人」の形成過程も扱っており、とくに注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_15.html
おもに現在のカザフスタンを対象に、スキタイ人を中心としてユーラシア内陸部人口集団の遺伝的構造とその経時的変化を検証し、新たな古代人100個体以上のゲノム規模データを提示した研究も、完新世におけるユーラシア内陸部の動的な人口構造を指摘した点で注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_33.html
新疆ウイグル自治区の青銅器時代人類の古代DNA研究では、牧畜の伝播が人口移動を伴った場合もそうでなかった場合もあることを示唆しており、文化伝播と人口移動の関係という考古学の重要な問題にも貢献する知見だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_14.html
ユーラシア東部でもアジア東部の古代DNA研究の大きな成果は、後期更新世のアジア東部には絶滅した現生人類集団が複数存在した、と示したことです。アジア東部北方では、3万年以上前に北京近郊やモンゴル高原やアムール川流域といった広範な地域に、ユーラシア東部系に分類できるものの、その後絶滅した集団が存在した、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_1.html
中国南部(広西チワン族自治区)で発見された末期更新世~初期完新世にかけてのホモ属遺骸は、遺伝的に現代では絶滅している集団を表している、と報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_27.html
両研究は、後期更新世のアジア東部の遺伝的多様性が現代よりも高く、絶滅した集団が少なからず存在したことを示唆します。
日本列島に関しても注目すべき研究が相次いで公表され、本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土集団の「内部二重構造」モデルを提唱した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_4.html
九州の縄文時代早期人類の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_12.html
2万年前頃となる港川人のmtDNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_15.html
佐賀県唐津市大友遺跡の弥生時代早期人骨の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_9.html
高松市茶臼山古墳の古墳時代前期人骨の核DNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_16.html
和歌山県田辺市の磯間岩陰遺跡出土人骨のDNA解析結果を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_16.html
オホーツク文化人のゲノム解析結果を報告した研究があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_28.html
これらの研究も重要ですが、とくに大きな進展と言えるのは、古墳時代と縄文時代の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究で、上述の九州の縄文時代早期人類のみだった西日本の縄文時代の人類の核ゲノムデータが複数報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_20.html
日本列島や朝鮮半島も含めてのアジア北東部の学際的研究も画期的成果で、「縄文人」的な遺伝的構成の集団の文化は縄文文化に限定されていなかった、と示唆されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202111article_12.html
●アメリカ大陸
以前から指摘されていた、南アメリカ大陸の一部の先住民集団におけるオーストラレシア人との遺伝的類似性は、より南アメリカ大陸のより広範な先住民集団で確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_2.html
この問題は依然として未解決で、今後の研究の進展が期待されます。
●アジア南東部島嶼部とワラセアとオセアニア
アジア南東部島嶼部とオセアニアへの現生人類の拡散とその後の遺伝子流動はかなり複雑だったようで、現生人類集団間でも複数の混合があり、デニソワ人関連集団から現生人類集団への複数回の遺伝子流動もあったようです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_3.html
ワラセアでは、スラウェシ島の7300~7200年前頃の現生人類遺骸が、遺伝的には大きく異なる二つの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の混合により形成され、既知の古代人および現代人には見られない独特な遺伝的構成を示し、現代人には遺伝的影響を(ほとんど)まったく残していない、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_29.html
上述のアジア東部に限らず世界各地で、後期更新世にはその後絶滅した集団が多くいたのでしょう。
●非ヒト動物の古代DNA解析
古代DNA研究においては、ヒトが優先される傾向にあることは否定できませんが、非ヒト動物の研究も着実に進展しています。北アメリカ大陸の絶滅したダイアウルフ(Canis dirus)はその形態的類似性からハイイロオオカミ(Canis lupus)の姉妹種と考えられてきましたが、古代DNA解析の結果、ハイイロオオカミとは570万年前頃に分岐し、その後、両系統間の遺伝子流動はなかった、と推測されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_28.html
放射性炭素年代と遺伝的データを組み合わせてマンモスの絶滅過程を推測した研究は、古代DNA研究と他分野の研究との学際的研究の典型例とも言え、今後こうした研究が増えていくでしょう。
https://sicambre.seesaa.net/article/202104article_27.html
家畜ウマの起源に関しても、古代DNA研究と考古学を統合した学際的研究が進んでいます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_29.html
今年の古代DNA研究で最も注目されるのが、100万年以上前のマンモスのDNA解析結果を報告した研究で、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_26.html
DNA解析に成功した動物遺骸としては最古となり、永久凍土のようなDNAの保存に適した環境では、100万年以上前の動物遺骸のDNA解析が可能であることを示した点で、たいへん意義深いと思います。
●総説的論文
こうした古代人や現代人を対象としたゲノム研究の総説的な論文としては、現生人類の祖先系統の起源に関する総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_15.html
アフリカの人口史を概観した総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202103article_2.html
上部旧石器時代のユーラシア北部のゲノム研究をまとめた概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_30.html
アメリカ大陸への人類の移住に関する総説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_18.html
中東の人口史に関する研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202108article_9.html
アフリカ北部の人口史に関する概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_24.html
中期更新世の火の使用と(おそらくは種水準で異なる)人類集団間の文化的拡散に関する概説や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_12.html
学際的研究に基づくチベット高原の人口史などがあり、
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_12.html
とくに、過去10年の古代ゲノム研究の総説は有益です。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_5.html
古代DNA研究に関しては以前より倫理的問題も指摘されており、研究の倫理的指針が公表されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/202110article_24.html
まだ査読前ですが、古代DNA研究と考古学を統合して初期現生人類のアフリカからの拡散を推測した研究はたいへん注目され、検証の進展が期待されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202106article_4.html
(3)新たなホモ属化石やホモ属の分類
レヴァントの中期更新世ホモ属化石は、後期ホモ属の複雑な進化とともにネアンデルタール人の起源を示唆していますが、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_8.html
その人類進化史における位置づけについては今後も議論が続きそうです。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_26.html
黒竜江省で発見された中期更新世のホモ属頭蓋は新種ホモ・ロンギ(Homo longi)と分類されていますが、まだ広く認められているわけではないようで、またDNA解析に成功すればデニソワ人に分類される可能性が高いように思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_25.html
ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)という問題のある分類群を破棄し、新たな分類群ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)を提案した研究は、中期更新世ホモ属の進化に関する混乱を整理する契機になるのではないか、と注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_24.html
上記の3区分に当てはまりませんが、その他には、ネアンデルタール人の南限範囲の拡大と、現生人類と同様の石器技術を用いていたことを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202102article_25.html
アフリカ西部において11000年前頃まで中期石器時代が持続していたことを明らかにした研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_24.html
スラウェシ島で45000年以上前の具象的な洞窟壁画(イノシシ)が描かれていたことを報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202101article_25.html
海洋酸素同位体ステージ(MIS)5のチベット高原における石器を報告した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_11.html
古代DNA研究にも言及しつつ、アジア東部のホモ属に関する知見をまとめた総説的な論文も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_20.html
この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
2013年
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_33.html
2014年
https://sicambre.seesaa.net/article/201412article_32.html
2015年
https://sicambre.seesaa.net/article/201512article_31.html
2016年
https://sicambre.seesaa.net/article/201612article_29.html
2017年
https://sicambre.seesaa.net/article/201712article_29.html
2018年
https://sicambre.seesaa.net/article/201812article_42.html
2019年
https://sicambre.seesaa.net/article/201912article_57.html
2020年
https://sicambre.seesaa.net/article/202012article_40.html
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