森恒二『創世のタイガ』第9巻(講談社)

 本書は2021年12月に刊行されました。第9巻ではまず、第8巻の最後で明らかになった、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の側の「王」がどのように太古の世界に来たのか、描かれます。1940年代のドイツとの国境に近いフランスで、士官学校を出たばかりの新任将校であるクラウス・シュルツ少尉の率いるドイツ軍の小隊は敵軍に包囲され、シュルツは曹長のヴォルフの進言に従って森へと入ります。ドイツ軍が劣勢なようなので1944年の戦いかもしれませんが、クラウスは部下から功を焦って無茶な進軍を繰り返したと批判されているので、全体的にはドイツ軍が優勢でも、小隊が突出して敵軍に包囲されかけただけかもしれず、そうならば1940年の戦いの方かもしれません。士官学校を出たばかりのクラウスは小隊を統率できず、戦果が乏しかったものの、ヴォルフが来て小隊は戦果をあげ始めます。クラウスは、この小隊の手柄は全てヴォルフのものだと考え、隊長としての自分の存在意義に悩んでいしました。ここまで生き延びた5人は洞窟の入り口を見つけて中に入り、洞窟壁画を発見します。その壁画は戦いの様子を描いたもののようでした。ところが、一行は突然眩暈を覚えて洞窟が崩落し始め、入り口が塞がれます。一行は洞窟の中を塞がれていない方へと進み、光が入り込んでることに気づきますが、まだ午前3時であることに気づき、警戒しつつ洞窟の外へと出ます。そこは川の近くで、一行が洞窟から出た途端に洞窟が崩壊します。ここまでは、主人公のタイガたちの経験とよく似ています。

 洞窟から出た一行は野営している人々を見つけ、敵だと一瞬警戒しますが、子供もおり、「未開」の人々のようだと気づき、焦ります。「未開」の人々がクラウスたちを襲撃してきたので、クラウスたちは森へ退避しようとしますが、「未開」の人々は速く、とても逃げ切れそうにないので、銃で応戦します。「未開」の人々は銃撃にまったく対応できず、クラウスたちに怯えます。すると、ネアンデル渓谷の近くの町の出身であるデニスが、「未開」の人々はネアンデルタール人だと気づきます。一行が呆然とするなか、マンモスが2頭現れ、一行が逃げようとするなか、ヴォルフは応戦します。銃撃と手榴弾でマンモス2頭を倒し、クラウスたちは太古の世界に来たことを悟ります。ネアンデルタール人たちは、マンモス2頭をあっという間に倒したクラウスたちを神のように崇拝します。ヴォルフは、ここがドイツで、人以上の存在が我々を戦うために導いたのだと考え、最も優れた人間が地上を獲得し、最高の人種だけが支配民族たるべく招かれている、という『我が闘争』にしたがって、一つの民族と一つの国家による世界統治を目指そう、と提案します。クラウスたちはネアンデルタール人を従えて現生人類(Homo sapiens)を殺戮していき、勢力を拡大します。作中での「現在」の描写からすると、クラウスがこの世界に来てから少なくとも数年、あるいは10年以上経過しているかもしれません。

 一方、現生人類の側では同盟が拡大し、タイガの住む集落は人口が増え、煉瓦で囲壁が築かれつつありました。狩に出てネアンデルタール人の小規模な集団をすぐに撃退してきたタイガとアラタに、レンは話し合いの必要性を訴えます。このままネアンデルタール人と戦って殺すだけでは、未来に帰る手がかりを失ってしまう、というわけです。自分を戦場に連れて行け、とレンは要求しますが、レンが戦場に出れば3分ともたずに死ぬし、戦えない人間を戦場では守れない、とタイガは断ります。自分を守るくらいできる、と激昂するレンですが、試しにアラタと戦って圧倒されます。リクは傷心のレンに前に進むよう諭し、弓を渡します。レンは弓を上手く扱えますが、獣を仕留めることはできず、悩みます。そんなレンに、ティアリや子供たちは弓を習おうとします。レンはタイガから、激しい戦闘ではティアリは危険なので、弓を教えるよう、頼まれていました。レンは、戦わない自分が皆から軽蔑されていると考えていましたが、ティアリから、タイガはレンが弱いのではなく優しいと考えており、だから子供たちに慕われるのだ、と聞いて自分の居場所を見つけたようです。

 一方、レンと違って、ネアンデルタール人と戦ってネアンデルタール人を殺すことに迷いがなかったように見えるタイガにも、心境の変化が現れ始めていました。現生人類は槍盾部隊を編成してネアンデルタール人を圧倒しますが、あまりにも一方的な殺戮に疑問を抱き始めたタイガは、追い詰められたネアンデルタール人を殺さないよう仲間に言い、それに仲間たちは反発します。そこへナクムが仲裁に入り、皆殺しにするようではネアンデルタール人と変わらない、我々は人になるか獣になるか選ばねばならない、と訴えて現生人類の男性たちは団結し、タイガとアラタはナクムが本物のカリスマだと感心します。タイガは心境の変化をアラタにも打ち明けます。

 そんな戦いの中で、現生人類の言葉を解するネアンデルタール人が捕虜となり、ナクムがカシンとタイガとアラタとともに尋問します。全能の神の意志に基づいて自分たちの王が「色つき」、つまり現生人類を滅ぼすことに従うだけだ、と言うネアンデルタール人の捕虜に、これからも大勢が死ぬのになぜ戦い続けるのか、とタイガは問いかけます。するとネアンデルタール人の捕虜は、光の風が氷を運んできて、長い冬が訪れたところに王が現れ、「春は来ない」と予言し、その通り氷に閉ざされたが、王の導きで獣と敵を倒して南進し、生き延びた、と答えます(まあ、寒冷化のような気候変動はヒトの一生から見ると長期的なので、1年単位で氷河の劇的な出現・消滅のような大きな変化が起きることはないと思いますが)。その王が「色つきは災い」で、我々「白き者」が大地を支配せよと言ったので、ネアンデルタール人は現生人類と戦い続けねばならない、というわけです。アラタは、ネアンデルタール人側の王が(タイガたちの視点で)現代人で、白人至上主義者だろう、と推測します。現生人類を滅ぼしたら人類も滅ぶのではないか、とチヒロが疑問を呈すと、ネアンデルタール人側の王は現生人類アフリカ単一起源説ではなく多地域進化説を信じており、ネアンデルタール人がヨーロッパ人に進化したと考えているかもしれない、とアラタは推測します。

 タイガは悩みつつも、再び攻めてきたネアンデルタール人を皆殺しにするよう訴え、新たに仲間となった別の現生人類部族の最強の戦士だったカイザは賛同します。しかし、アラタやナクムはタイガの悩みに気づいていたようで、ナクムはタイガに、ネアンデルタール人の偵察ではなくともに狩りに行くよう指示します。それでもネアンデルタール人との戦いになるかもしれないから、と言って偵察に行こうとするタイガに、お前は俺を王と認めたのではないか、と諭します。タイガの狩りの腕を認めたナクムは、良き戦士より良き狩人になりたい、とタイガに言います。自分は何になりたいのか分からない、と悩むタイガを、タイガには猛る狼のような一面と父鹿のように優しい一面があり、どちらも必要だ、とナクムは諭します。戦いのために生きてはいけない、との賢者ムジャンジャの言葉に従うナクムは、自分たちは狩人であり、敵をいくら殺しても幸せにならない、とタイガに言い、妹のティアリと結婚するよう勧めます。タイガは悩みつつもティアリと狩りに出て、ティアリが弓で獲物を射て、それで仕留められずともウルフが血の跡を追って仕留める、という方法が有効だと気づきます。ウルフが別の狼と仲良くしているのを見たタイガとティアリは喜びますが、タイガはこれから来る冬にネアンデルタール人が南下してきて、現生人類にとって未知の戦いが始まることを懸念していました。


 第9巻はここまでとなりますが、ついにネアンデルタール人の側の王の正体が描かれ、謎解きはかなり進んだように思います。普遍的な物語の側面では、疎外感を強めていたレンがこの太古の世界での自分の存在意義を見つけ、一方で迷いを振り切って戦っていたように見えるタイガが深刻に悩み始め、まだ割り切れていないものの、ナクムに諭されて再度自分の方向性を見つめ直しつつあるようです。ネアンデルタール人側の「現代人」というか「未来人」は、作中の「現在」ではまだクラウス以外描かれておらず、あるいは仲間割れや戦死などでクラウスしか生き残っていないのかもしれません。

 アラタはクラウスたちが現生人類多地域進化説を信じているのではないか、と推測していますが、1940年代には、多地域進化説的な見解は主流ではなかったと思います(関連記事)。ただクラウスたちが、多地域進化説を信じていなくとも、白人至上主義的な考えから、肌の色が薄いネアンデルタール人を自分たちの祖先もしくは仲間と考え、肌の色の濃いナクムたち現生人類を蔑視・敵視している、とも解釈できるかもしれません。タイガたちがタイムスリップして以降、クラウスが前線に出てくることはなかったようなので、タイガとクラウスが遭遇するとしてもかなり先になるかもしれませんが、二人の接触は本作の山場となりそうなので、注目されます。第9巻も、謎解きと普遍的な物語が描かれ、楽しめました。今後の展開も期待しています。なお、第1巻~第8巻までの記事は以下の通りです。

第1巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_27.html

第2巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201801article_28.html

第3巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201806article_42.html

第4巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201810article_57.html

第5巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201905article_44.html

第6巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201911article_41.html

第7巻
https://sicambre.seesaa.net/article/202009article_22.html

第8巻
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_2.html

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