中期更新世ホモ属の新たな分類

 中期更新世ホモ属の新たな分類に関する研究(Roksandic et al., 2022)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。2019年、アメリカ生物人類学会(以前はアメリカ自然人類学会)総会で、本論文の著者たちはホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)の定義に取り組みました(関連記事)。会議の結果は以下の通りです。(1)ホモ・ハイデルベルゲンシスという分類群には誰も満足していませんでした。(2)研究者により種の意味づけが異なり、分類に用いられる全資料にさまざまな化石が含まれました。(3)この問題を無視することは、奇跡的な解決策にはつながりません。(4)中期更新世人類の系統分類学をよりよく理解するためには、この「中期の混乱」を取り除くことが重要でした。

 本論文は、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)について、定義が不充分で一貫性なく用いられてきたので、完全に破棄するよう提案します。代わりに本論文は、おもにアフリカ、および地中海東部にも存在した可能性が高い分類群として、新種ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)を提出します。本論文の主張は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の派生的特徴を示し、伝統的に狭義のホモ・ハイデルベルゲンシスに分類されてきた中期更新世人類化石は、ドイツのマウエル(Mauer)で発見され、ホモ・ハイデルベルゲンシスの正基準標本とされている下顎骨を含めてホモ・ネアンデルターレンシスに再分類され、初期ネアンデルタール人とみなされるべきである、というものです。

 分類学的区分は、進化の概念的理解に強い影響を及ぼし、先取権の規則による古い種名の復活は、中期更新世人類進化の複雑性の理解を不明瞭にするのに、重要な役割を果たすことがありました。ホモ・ハイデルベルゲンシスの復活はその好例です。観察された変異の一部を認識して分類する、新たなよく定義されていない種を導入することにより、古人類学者が中期更新世における人類進化をよりよく説明するための、より堅牢な説明モデルを構築できる基礎的部分に貢献するよう、本論文は希望します。


●ホモ・ハイデルベルゲンシスという種区分の設定による中期更新世人類進化史理解の混乱

 中期および後期更新世におけるヒト進化の研究は、最近数十年で顕著な進歩を遂げました。今では、現生人類(Homo sapiens)の起源はアフリカ、おそらくはアフリカ全域にあり、以前に考えられていたよりも古く、中期更新世後期にまでさかのぼる、と知られています(関連記事)。現生人類がアフリカから6万年以上前におそらくは複数のより小さな波で拡散し、主要な拡散が6万年前頃以後だったことも明らかです(関連記事)。さらに、たとえばホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)やホモ・ナレディ(Homo naledi)やホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)といった(関連記事1および関連記事2および関連記事3)、現生人類系統と同年代に存在したものの、現生人類の進化には殆どもしくは全く役割を果たさなかったと考えられている、過去20年間でホモ属に分類された種は、後期更新世後半のヒト進化記録の複雑さを証明しています。

 中期更新世は、諺の「中期の混乱」としてもはや退けられていませんが、地球規模で、後のヒトの形態の二つの重要な特徴の出現が見られる期間として、次第に認識されつつあります。それは、より進んだ大脳化とより小さな歯で、おそらくは地理的集団の分化でした。ホモ・ハイデルベルゲンシスの妥当性に関する最近の疑問は、後期更新世へのホモ属の進化のシナリオを仮定する能力を妨げるような、中期更新世人類を特徴づける観察可能な変異をひとまとめにすることの停滞を明らかにしています。

 古人類学の分野は、20世紀初頭にドイツのマウエルで発見された下顎骨に基づいてホモ・ハイデルベルゲンシスが提案されて以来、大きく発達しました。20世紀の最後の20年におけるホモ・ハイデルベルゲンシス化石の回収以来、さらなる重要な発見がなされてきました。残念ながら1908年において、ホモ・ハイデルベルゲンシスの報告者には進化の統合の概念がなく、分岐分類学的手法はまだ開発されていませんでした。さらに、ホモ・ハイデルベルゲンシスという分類群の復活はとくに、動物命名規約で要求されるような形態学的特徴の特定の組み合わせではなく、現代人の起源についての議論と関連した、人類の系統発生/系統分類学に関する20世紀後半の理解に起源があります。

 この問題をさらに悪化させたのは、下顎骨が通常はひじょうに可塑的と考えられ、頭蓋において関連する形態学的変化を反映している可能性もそうでない可能性もあるのに、関連頭蓋のない下顎がホモ・ハイデルベルゲンシスという分類群の正基準標本として用いられたことです。マウエル標本と、関連する頭蓋断片により表されるフランスのトータヴェル(Tautavel)のアラゴ洞窟(Caune de l'Arago)の下顎骨との間の類似性は、ホモ・ハイデルベルゲンシスの復興につながりました。次にマウエルとアラゴの集団は、ギリシアのペトラローナ(Petralona)標本や、アフリカではザンビアのブロークンヒル(Broken Hill)頭蓋と呼ばれているカブウェ1号(Kabwe 1)やエチオピアのボド(Bodo)の標本と、頭蓋の形態学的類似性を考慮して関連づけられたので、ホモ・ハイデルベルゲンシスの提案された時空間的範囲は拡大しました。

 ホモ・ハイデルベルゲンシスは後に、中国で発見された「古代型サピエンス」もホモ・ハイデルベルゲンシスに含められるかもしれない、と提起されました。残念ながら、分類名の復活が望ましい明確さをもたらすことは稀で、たとえば1945年に提案されたアウストラロピテクス・プロメテウス(Australopithecus prometheus)の再導入(関連記事)は、議論を過熱させました。ホモ・ハイデルベルゲンシスも、この点で例外ではありません。

 ホモ・ハイデルベルゲンシスを構成する化石についての、複数の、しばしば矛盾する見解は、この分類群をとくに誤解させます。他の分野の生物学者や旧石器時代考古学者など非専門家にとってさえ、ホモ・ハイデルベルゲンシスは一般化された中期更新世人類か、あるいはネアンデルタール人の系統種を表しており、時には逆説的に両方を表します。古人類学界内では、ホモ・ハイデルベルゲンシスの分類学的曖昧さは、複雑で時として分かりにくい議論を引き起こしてきました。一つの論文において、矛盾するような分類標本(hypodigm、ある集団の特徴を推測するための標本)を有する分類群の多数の記述を見つけられます。

 より厄介なことに、ホモ・エレクトス(Homo erectus)かネアンデルタール人か初期現生人類か、容易に分類できない新たに発見された中期更新世人類化石は依然として、中期更新世人類の非特異的形態を示唆する「広義」という修飾語句とともに、ホモ・ハイデルベルゲンシスというこの一律的な分類群にまとめられる傾向にあります。あるいは、そうした分類の容易ではない中期更新世人類化石は、より一般的もしくは説明的な名称である、「古代型ホモ・サピエンス」、「中期更新世ホモ属」、「ホモ属種」に分類されますが、これはその進化的位置を示すことがほとんどありません。


●人類の分類とその重要性

 人類の分類学の不確実性には多くの理由があります。重要で明確な阻害要因は均等ではない地理的範囲の稀な化石記録で、より広範な地域比較を困難にすることがよくあります。しかし、分類学、とくに人類の分類学の理論的土台は、ヒト進化の理解と個々の化石記録の進化における位置づけにとって、より深刻な妨げとなる可能性があります。理論的および方法論的考察は科学の歴史そのものに由来しているので、現在利用可能なデータの再分析ではなく、視点の変化が必要です。遺伝学は、化石分類学の問題にさらなる複雑さを追加してきました。なぜならば、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のような一部の遺伝学的によく定義された人口集団は、骨格的にはあまり定義されていないからです(関連記事1および関連記事2)。

 「種」はリンネ式二名法分類学内で設計された「動物命名法国際審議会により承認された分類の基本単位」です。このように、種は生物学的に関連する集団を形成する有機体の最下層の分類を示します。リンネ式分類学は、進化論の発展に先立って、生物の体系的分類として18世紀以来発展しました。当然、分類学的思考の歴史は、化石の数とこれら化石の変異範囲の両方が増加するにつれて、ますます複雑になりました。この問題は、化石分類学における、cf.(参照せよ)やaff.(類似)やs.l.(広義)やs.s.(狭義)など修飾語句未決定の命名法を使う必要によりさらに複雑になりました。

 さらに、「種の概念について論じるのに使われてきた何千ものページ」にも関わらず、広く受け入れられてきたのは(少なくとも有性生殖生物については)、エルンスト・マイヤー(Ernst Mayr)の生物学的種概念(BSC)だけで、そこでは、種の基盤として末端分類群の生殖隔離が用いられます。化石種の定義にさいして、この概念は分岐分類学的分析にとって暗黙的かつ基本的です。残念ながら、化石標本に生物学的種概念を適用することには、以下のようないくつかの問題が明らかです。(1)形態学的変異は必ずしも生殖隔離を反映していません。(2)生殖隔離は、よく定義された現生霊長類と他の哺乳類でさえ絶対的ではなく、属水準でも交雑が観察されてきました。(3)時間的枠組みが含まれていないので、生物学的種概念は進化の変化の理解もしくは調査に不向きです。

 進化的種概念(ESC)は、祖先と子孫間の関係を確立する必要があるので、化石記録にはより適切と提案されました。たとえば、アウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)とアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)は、同じ向上進化的に進化する系統の一部を表している、と提案されました。しかし、この関係がより薄弱な場合、進化的種概念は循環論法になる可能性があります。さらに、年代学は系統発生において重要ですが、分類学的定義の基礎にはなり得ません。なぜならば、第一に、評価された年代が方法の改良による変化に左右され、第二に、種は一部地域において親種と娘種がり長く並存するかもしれないからです。本論文では言及されていませんが、アウストラロピテクス・アナメンシスとアウストラロピテクス・アファレンシスではその可能性が指摘されています(関連記事)。

 最近の研究では、実用的で純粋に形態学的な手法が、「診断可能な最小単位」として種に適用されました。人類の事例では、分岐分類学的分析に基づいて、属内における変異の世界的分布とあり得る祖先・子孫関係の調査が、生殖隔離の問題を仮定(もしくは考慮さえ)せずに可能となりました。類似モデルとしてヒヒ族を調べた研究では、「400万年前未満に祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が分岐したあらゆる人類種は、有利ならば拡大する可能性がある外来遺伝子を戻し交配により導入できる雑種を、以前には生めたかもしれない」と提案されました。反対の初期の主張にも関わらず、過去10年の古代DNA分析は、さまざまな人類系統間のかなりの混合を示しました(関連記事)。後期更新世における人類の末端分枝間の交雑の程度と頻度はよく確立されており、最近の研究では、中期更新世でも同様に観察できる、と示唆されています(関連記事1および関連記事2)。

 古生物学者や進化人類学者と比較して、ヒトの進化と分類学に対する古人類学者の手法の例外主義的性質から、さらなる問題が生じます。たとえば、人類種については、年代学(したがって、最終的に確立された概要)が、分類学的決定に重要な役割を果たし、動物命名規約の確立された慣行とは(理想的には)無関係に考慮されます。本論文の著者たちは最終的に、仮定としてのヒト進化を理解したいと考え、年代学と系統発生は、概要の構築と特定の分岐分類学の適切性(もしくは不適切性)の判断において重要な役割を果たします。さらに、人類、とくにホモ属は、広範に分布した多型的分類群で、人類は大きな行動的柔軟性を示し、「万能家-専門家(generalist specialist)」の生態的地位を占め(関連記事)、その生態的地位により、形態における顕著な変化なしにさまざまな環境条件を利用し、そこに適応できます。

 中期更新世人類の進化については、他の可能性があり得ることを理解したうえで、以下の二つの選択が識別されます。(1)更新世ホモ属化石全体を、分離した亜種および/もしくは系統種を有するホモ・サピエンスの単系統と見なせるか、(2)観察された形態学的変異を、「実用的」種概念内の分類学的に意味のあるものと見なせます。後期更新世のネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類が姉妹分類群を形成することを考えると、中期更新世人類の記録の変異性を再考する必要があります。観察された中期更新世の変異性が、(不明瞭に定義された)ホモ・ハイデルベルゲンシスのような単一の分類群に包摂され得る可能性は低い、と明らかになります。中期更新世の人類の変異は国際動物命名規約(ICZN)およびヒト進化の過程の理解に関する現在の進展を同時に満たす分類群の定義において、よりよく、より正確で、一貫した基準を用いて、整理される必要があります。


●分類群としてのホモ・ハイデルベルゲンシスは破棄すべきです

 問題のある分類群であるホモ・ハイデルベルゲンシスを用いると、ヒト進化の後期段階における主要な問題をどう考えて伝えるのか、複雑にし、難解にし続けるでしょう。これらの問題の解決のため本論文は、ホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・ローデシエンシス(Homo rhodesiensis)という分類群を破棄し、新たな分類群ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)を導入するよう、推奨します。

 分類群としての狭義のホモ・ハイデルベルゲンシスは、最近の遺伝学的および/もしくは形態学的データに照らして抑制し、それらの化石はホモ・ネアンデルターレンシスに再分類されるべきです。この主張を裏づける最近の一致は、スペイン北部の「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の人類をネアンデルタール人系統の初期構成員とみなすべきである、というものです(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。SH人類は、その年代が少なくとも海洋酸素同位体ステージ(MIS)12となる43万年前頃までさかのぼり、頭蓋や下顎におけるネアンデルタール人の派生的特徴とともに、ひじょうに派生的な歯列をすでに示します。

 アラゴ洞窟の人類と他の中期更新世ヨーロッパ西部の人類は、変動的ではあるものの、遍在する派生的なネアンデルタール人の特徴を示します。そのため、同じ形態を有する別の種を提起する必要はなく、同様にホモ・ハイデルベルゲンシスはホモ・ネアンデルターレンシスの下位同物異名となるので、余分です。とくに、609000±40000年前頃となるマウエルのホモ属下顎が、現在考えられているように、いくつかの派生的なネアンデルタール人の特徴を示すならば、ネアンデルタール人系統内の初期標本を表す可能性があります。しかし、ホモ・ネアンデルターレンシスとしてヨーロッパ西部中期更新世標本を認識しても、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)などヨーロッパにおける他の分類群の存在は除外されません。

 アジア、とくに中国の古代型人類のホモ・ハイデルベルゲンシスへの分類は、破棄されるべきです。中国の記録に精通している多くの研究者は、中国の化石をホモ・ハイデルベルゲンシスに分類することに満足していません。たとえば、ヨーロッパとアフリカと中国のさまざまな化石の前額部の幅の最大値と最小値の比較では、ペトラローナやボドやカブウェのような人類は比較的密接にまとまりますが、中国の化石からはずっと離れています。おそらく非計測的特徴の最も包括的な比較研究では、アフロユーラシア世界の東西の中期更新世人類間で異なる、以下のような特徴が特定されました。それは、頬骨の前蝶形骨突起、顔面上部の高さ、上顎のシャベル型切歯、インカ骨、第三大臼歯の形成不全、鼻サドルです。ほとんどの場合、中国の中期更新世ホモ属は西方の準同時代のホモ属(ホモ・ボドエンシスやホモ・ネアンデルターレンシス)から離れています。アジアにおける中期更新世人類の変異性の全体像は、当初の予想よりずっと複雑で、アジア地域において同時に複数系統が存在し、中には同定されていない系統がいたかもしれません(関連記事)。

 広義のホモ・ハイデルベルゲンシスも、一般的に全ての非特異的な中期更新世人類を含むため破棄すべきで、これはとくに情報をもたらさない手法です。広義のホモ・ハイデルベルゲンシスは以前、後期更新世人類の最終共通祖先(MRCA)、もしくは少なくともアフリカとヨーロッパの系統(つまり、それぞれ現生人類とネアンデルタール人)の共通祖先とみなされていました。現生人類系統とネアンデルタール人系統の最終共通祖先は、前期更新世後期もしくは中期更新世最初期にさかのぼるので(関連記事)、現在広義のホモ・ハイデルベルゲンシスに分類されている標本は、最終共通祖先を表しているとはみなされません。アフリカとユーラシアの人類間の分岐がデニソワ人系統とネアンデルタール人系統との間の分岐よりもずっと早かった、と最近になって提案されたこと(関連記事)を考えると、これはとくに適切な点です。そのため、広義のホモ・ハイデルベルゲンシスは、もはや全てのアフリカとヨーロッパの系統の根源とみなせません。

 前期更新世後期もしくは中期更新世最初期に最終共通祖先が出現した場合、中期更新世の地域的な地理的多様体(アフリカかヨーロッパかアジア)は、これら3系統の最終共通祖先として機能できません。しかし、前期更新世後期にさかのぼる候補が存在するかもしれません。それはエチオピアのアワッシュ川上流のメルカクンチュレ(Melka Kunture)層のゴンボレ2(Gombore II)遺跡で1973年と1975年に発見された2個の大きなホモ属の頭蓋断片の、一方は部分的な左側頭頂であるメルカクンチュレ1(MK1)で、もう一方は側頭骨の右側であるメルカクンチュレ2(MK2)です。これらの化石は興味をそそり、アフリカの中期更新世標本の祖先的形態の可能性が指摘されています(関連記事)。

 MKホモ属は、その推定頭蓋容量が1080cm³であることを考えると、中核的特徴の一つとして増大した頭蓋容量を共有する全ての中期更新世系統の最終共通祖先を表しているかもしれません。MK頭蓋遺骸は一般的に「古代型」形態を示す、と考えられています。大脳化(脳頭蓋の拡大と頭頂壁の垂直化)の兆候は、ダカ(Daka)やブイア(Buia)などより古いアフリカ東部の標本でも観察されます。現在の化石記録に基づくと、これは100万年前頃のアフリカ東部が後の中期更新世および後期更新世人類の最終共通祖先出現の、最も可能性が高い候補地であることを示唆します。


●ホモ・ローデシエンシスという分類群は抑制されるべきです

 ホモ・ローデシエンシスという分類群は1921年に提唱されて以来、古人類学で広く用いられることはありませんでした。じっさい、「Web of Science」でのクイック検索では、ホモ・ハイデルベルゲンシスの直接的言及が274件に対して、ホモ・ローデシエンシスはわずか17件です。本論文は、これには二つの要因がある、と考えています。まず、ホモ・ローデシエンシスという分類群は充分に定義されておらず、さまざまに理解されて用いられています。次に、その名称が、現代の科学共同体が自身を分離しようとしている社会政治的重荷と関連しているからです。以下、さらに詳しく説明されます。

 ホモ・ローデシエンシスはひじょうに異なる意味を有するようになりました。たとえば、ホモ・ローデシエンシスをヨーロッパの狭義のホモ・ハイデルベルゲンシスと同年代で、最終的にはアフリカでホモ・サピエンスを生み出したアフリカの中期更新世分類群とみなす研究者もいます。あるいは、ホモ・ローデシエンシスは全ての後期更新世人類系統の最終共通祖先で、現生人類とネアンデルタール人の両方の祖先とみなされました。ホモ・ローデシエンシスという分類がホモ・サピエンス系統の中期更新世の祖先として排他的にみなされる場合、現在の理解に従って、その分類標本(hypodigm)を再定義するだけでよい、と主張できるかもしれません。しかし、ホモ・ローデシエンシスという分類群は複数の方法で定義されてきたので、これらの多様な定義から分離することはできません。したがって、ホモ・ローデシエンシスを使い続けることで、不必要な混乱が生じます。

 ホモ・ローデシエンシスの形態学的記載は、1931年以前の分類学的名称の命名慣行に準拠してネアンデルタール人との違いに焦点が当てられていた、と主張できるかもしれません。しかし、その後のこの分類群の復活は、正基準標本であるカブウェ1(Kabwe 1)およびとペトラローナ標本との類似性に基づいています。同じ分類標本にカブウェとペトラローナを含めることで、アフリカとヨーロッパの分類群が生じます。アフリカとヨーロッパの最終共通祖先に広義のホモ・ハイデルベルゲンシスを用いることと並行して、中期更新世標本をこのようにまとめることは、ペトラローナ標本で観察されたネアンデルタール人の特徴、およびユーラシアの歯列パターンの初期の出現と矛盾します(関連記事)。

 ホモ・ローデシエンシスが古人類学者により広く使われるようにならなかった理由の少なくとも一部は、その致命的な政治的重荷に起因します。その名称は、ケープ植民地政府首相だったセシル・ローズ(Cecil Rhodes)とイギリスの鉱業植民地主義、およびこの自称「ローデシア(Rhodesia)」の所有者の在来先住民集団対する忌まわしい行為と関連しています。これらの考慮事項は名称却下の根本にはありませんが、小さな問題ではなく、無視すべきではありません。人類の分類群の議論は、社会的深淵では機能できません。名称が送る社会的意図の賢明な評価が必要です。なぜならば、名称は現生人類の進化における過程の理解に影響を及ぼすからです。古人類学を非植民地化することは、厳密な分類規則に優先する必要がある重要な課題です。

 国際動物命名規約の不幸な控えめさは、1937年に命名された昆虫(Anophthalmus hitleri)により例証されます。スロベニアの5ヶ所の洞窟だけで見つかっているこの歩行甲虫の分類名は、アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)に由来します。この名誉は、悪名高きドイツ首相もしくはその記念品収集家にとって失われず、記念品収集家は違法採集によりこの甲虫を絶滅寸前に追いやりました。こうした事情にも関わらず、国際動物命名規約ではその分類名は有効なままです。生物学における命名規則は中立的でも絶対的でもないので、その伝統的な厳格さへの批判が高まりつつあります。


●新たな分類群ホモ・ボドエンシス

 ホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・ローデシエンシスという二つの分類群の抑制に加えて、国際動物命名規約に準拠して明確に定義され、あらゆる社会政治的重荷を背負わない新たな人類分類群を追加する必要がある、と本論文は提案します。この分類群は、ユーラシアの分類群がネアンデルタール人とデニソワ人に分岐する前の、ヨーロッパとアジアとアフリカの中期更新世分類群の最終共通祖先に起源があり、ホモ・サピエンスの中期更新世の祖先を表しています。この中期更新世(774000~129000年前頃)、つまりチバニアン(Chibanian)の人類標本はホモ・サピエンスの直接的祖先を表し(図1)、エチオピアの旧ハラゲ県(Hararghe Province)北西部のアファール盆地(Afar Depression)に位置する、ミドルアワシュ(Middle Awash)研究地域のボド・ダール(Bodo D'ar)で発見された頭蓋に因んで、ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)と命名されます。ホモ・ボドエンシスの正基準標本はボド1号(Bodo 1)で、1976年秋に発見され、顔面と前方頭蓋が保存されており、現在はアディスアベバの国立エチオピア博物館で保管されています。年代はアルゴン-アルゴン法により60万年前頃と推定されており、アシューリアン(Acheulian)石器群と関連しています。以下は本論文の図1です。
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 ボド1号は、損傷した顔面骨格、部分的な神経頭蓋、単一個体の基底点(大後頭孔前縁と頭蓋正中線の交点)の前に位置する頭蓋底を有し、数十個の骨片から復元されました(図2)。右上顎および右頬骨の側面と、左側頭突起が失われていることを除けば、顔面は一般的によく保存されています。口蓋は第四小臼歯の後方部分が欠けており、右側大臼歯根のいくつかの小さな断片を除いて歯は保存されておらず、歯槽突起は損傷を示しています。神経頭蓋は、ほぼ完全な前頭骨、蝶形骨、左側側頭骨と両側頭頂骨の部分、後頭骨の右側部分が保存されています。頭蓋底は、部分的に保存された左側下顎窩と関節隆起、後頭骨底部、側頭骨の錐体部を含んでいます。顔面はひじょうに巨大で、大きな長方形の眼窩とひじょうに広い眼窩間領域、広い鼻根と開口部、深くて頑丈な左側頬骨、広くて深い口蓋があります。眼窩上隆起は突出して頑丈ですが、弓型で、区切られており(つまり、内側と外側に分割されています)、外側では細くなっています。眼窩上隆起は連続した骨棚を形成しませんが、むしろ顕著な眉間領域で区切られ、その背後は(溝ではなく)平坦な面になっています。

 正面から見て、とくに頭蓋冠の頭蓋骨前頂には明確な矢状竜骨があります。上顎洞は拡大し、犬歯窩はありません。前頭洞も広く、非対称です(右側の洞の方が大きくなっています)。側面から見ると、頭蓋は長くて低く、前頭部は低くて平らな形態を示します。頭頂骨角窩は顕著で、側頭鱗は高く弧を描いています。前鼻孔は側面突起でほぼ垂直です。上から見ると、頭蓋骨は梨状で、顕著な眼窩後狭窄から後方に広がります。下から見ると、大きな切歯孔が硬口蓋前方に位置し、下顎窩は浅く、間接隆起の保存された部分は平坦です。側頭骨の錐体部は、破裂孔が隙間のような形状を示すように位置しています。頭蓋内容積は1250 cm³(1200~1325 cm³)と推定されています。顔面と後頭頂部に位置する一連の解体痕は、意図的な死後の肉の切り取りと解釈されました。以下は本論文の図2です。
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 ホモ・ボドエンシスは、頭蓋の特徴の特有の組み合わせにより判断されます。ボド標本(ボド1号)はすでに、ホモ・エレクトス(Homo erectus)的特徴とホモ・サピエンス的特徴の混合を示す、と報告されてきました。ボド1号はホモ・エレクトスに似ており、それは、頑丈な中顔面、全体的な顔面下顎前突、突出した隆起と平坦で低い前頭鱗、矢状竜骨、低い頭蓋冠形態、顕著な頭頂骨角窩、厚い頭蓋冠骨、破裂孔が観察されないこと(狭い隙間として示されます)です。これらの特徴は、ホモ・エレクトスの一般的な頭蓋構造の保持に関連している可能性があります。他の中期更新世および後の人類分類群と類似する特徴は、頭蓋容量の増加および関連する特徴(より広い前頭および中頭蓋冠、減少した眼窩後狭窄、頭頂骨瘤の兆候、高くて弓形の側頭鱗)、垂直(前方傾斜ではありません)な鼻縁、硬口蓋前方の切歯管の位置です。過度に厚くて突出していますが、断片化された眉弓は、中間の眼窩と後方で細くなった眉の始まりの分割とともに、ホモ・ボドエンシスの特有の特徴と見なせるかもしれません。

 ホモ・エレクトスと比較して、ホモ・ボドエンシスは頭蓋容量の増加(ホモ・エレクトスとホモ・サピエンスの中間)と、一連の派生的特徴により異なります。その派生的特徴とは、側頭鱗の湾曲、より広い中頭蓋冠、頭頂骨瘤の兆候、比較的広い前頭骨で、前頭骨では、最大頭蓋幅が後方から見て頭蓋骨の下部1/3に位置し、より垂直な頭頂骨壁があります。

 脳容量の増加は、ホモ・ナレディやアジア南東部島嶼部で孤立していたホモ・フロレシエンシスなどを除いて、中期更新世人類のほとんどで共有されています。この特徴は、おそらく前期更新世後半の最終共通祖先においてすでに選択下にあります(関連記事1および関連記事2)。他の特徴は、ホモ・ネアンデルターレンシスや後期ホモ・エレクトスやまだ体系化されていないかもしれないアジア集団など、中期更新世の人類と共有されていません。ホモ・ボドエンシスはホモ・ネアンデルターレンシスとは異なっており、それは、中顔面突出および神経頭蓋形態と関連したネアンデルタール人特有の形態を示さないからです。両者は眉弓の特定の形態でも異なっており、ホモ・ネアンデルターレンシスの眉弓は滑らかに連続し、二重弓形となっています。

 ホモ・ボドエンシスには、多くのホモ・サピエンス特有の特徴が欠けており、別種としての命名が保証されます。これは、ホモ・ネアンデルターレンシスでは中期更新世の初期に固有派生形質が観察されることとは対照的です。しかし、後のホモ・サピエンス特有の特徴は、巨大ではあるものの断片化された眉弓(外側と内側に分割されています)など、ホモ・ボドエンシスに存在する特徴から派生し得ます。

 ホモ・ボドエンシスの分類標本(hypodigm)は、正基準標本のボド1号に加えて、遊離した下顎を除いて頭蓋が充分に保存されているものとなり、アフリカでは少なくとも、ザンビアのカブウェ1号、タンザニアのンドゥトゥー(Ndutu)人骨、南アフリカ共和国のエランズフォンテイン(Elandsfontein)のサラダンハ(Saldanha)人骨、タンザニアのラエトリのンガロバ(Ngaloba)人骨(LH 18)が含まれ、モロッコのサレ(Salé)人骨もその可能性があります。299000±25000年前と推定されているカブウェ1号は、後期ホモ・ボドエンシスを表しているかもしれません(関連記事)。イタリアのチェプラーノ(Ceprano)人骨など、ヨーロッパのいくつかの中期更新世ホモ属標本は、同様にホモ・ボドエンシスに含められるかもしれません。ホモ・ボドエンシスはアフリカ全体に分布し、地中海東部(ヨーロッパ南東部とレヴァント)にまで拡大し、氷期後にそこからヨーロッパ(おそらくはアジア中央部および東部)の人口動態吸収源の再移住に寄与したかもしれません。


●まとめ

 本論文はホモ・ボドエンシスを新種として提示し、ホモ・サピエンス(現生人類)の祖先である、と提案します。しかし、ホモ・ボドエンシスはユーラシア(ネアンデルタール人とデニソワ人)とアフリカ(現生人類)の人類の最終共通祖先と考えるべきではありません。図1で模式的に示されているように、ホモ・ボドエンシスはユーラシアの人類がネアンデルタール人とデニソワ人とおそらくは他の集団に分岐する前に、ユーラシアの人類集団と分離しました。本質的にアフリカの種であるホモ・ボドエンシスは、レヴァントとヨーロッパの人類進化史に役割を果たしたかもしれません。とくに、レヴァントとヨーロッパ(おもに地中海東部に集中しています)の中期更新世標本は、セルビアのマラ・バラニカ(Mala Balanica)や、ハゾレア(Hazorea)やナダオウイェー・アイン・アスカール(Nadaouiyeh Aïn Askar)などレヴァントのいくつかの標本など、あらゆるネアンデルタール人的特徴を示さないものがあり、ホモ・ボドエンシスとみなせる可能性があります。これらの化石はあまりにも断片的なので、現時点ではホモ・ボドエンシスの分類標本に含められませんでした。しかし、チェプラーノ標本に示されるように、ホモ・ボドエンシスは中期更新世のヨーロッパに存在した可能性があり、ヨーロッパ西部のアラゴやペトラローナの人類化石で見られる混合形態に寄与したかもしれず、それはヨーロッパ西部の他の化石でもあり得ます。

 新たに定義された種であるホモ・ボドエンシスは、ボド1号標本に基づいて記載され、明確な二つの利点があります。第一に、中期更新世人類の変異性と地理的分布を認識することです。第二に、ホモ・ネアンデルターレンシスとは異なり、ホモ・サピエンスの出現に先行する、地中海東部へと拡大したアフリカの中期更新世人類の特有の形態を記載したことです。厳密な生物学的意味で真の種ではありませんが(これら分岐した集団間の移住と遺伝子流動の強くて蓄積されつつある証拠のため)、ホモ・ボドエンシスという新たに定義された分類群は、ヨーロッパとアフリカの不適切に命名され定義された中期更新世人類の不明瞭で一貫していない使用を断ち切り、本論文で提示されたさまざまな話題について、より一貫して意味のある議論を促すはずです。


参考文献:
Roksandic M. et al.(2022): Resolving the “muddle in the middle”: The case for Homo. Evolutionary Anthropology, 31, 1, 20–29.
https://doi.org/10.1002/EVAN.21929

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