高橋のぼる『劉邦』第12集(小学館)
電子書籍での購入です。第11集では彭城の戦いで項羽が遠征先から戻って反撃を始めたところまで描かれており、第12集はその続きとなります。まず、たいへん気になっていたのが、彭城の戦いでの劉邦の敗走です。これは劉邦にとって最大の醜態とも言えそうなので(そのためか、『史記』の「高祖本紀」には見えず、夏侯嬰の伝記である「樊酈滕灌列伝」の方で述べられていた、と記憶しています)、本作での描写には注目していました。一方、夏侯嬰にとってこの敗走は、劉邦に事故のような形で斬りつけられたのを庇ったことも凌ぐ最大の見せ場となりそうですが、本作では鴻門の会で樊噲の功績がほぼ抹消されていただけに、この敗走で夏侯嬰がどう描かれるのか、という点も気になっていました。
漢軍の敗走では、劉邦が敗走中に郷里の沛に立ち寄った時から、劉邦と呂雉(呂后)との間に生まれた魯(魯元公主)と盈(恵帝)も王陵に助けられて劉邦と行動を共にしましたが、呂雉や劉邦の父は楚軍の捕虜となり、ここは『史記』などの記述に従っていました。劉邦は負傷している王陵から、呂一族のいる下邑に向かえ、との呂雉の伝言を聞きます。沛から下邑に向かう劉邦一行を追撃してきた楚軍の将は季布でした。夏侯嬰は戚に馬車を任せて、自身は樊噲と盧綰とともに追撃してきた楚軍と戦います。いよいよ楚軍が馬車に迫るなか、夏侯嬰や王陵の覚悟を見た魯と盈は、馬車を軽くするため馬車から飛び降ります。しかし、劉邦も馬車から降りて二人の子供を助けようとします。戚は劉邦だけでも救おうとしますが、劉邦は自分の子供を見捨てればもはや自分を失ってしまう、と言って季布と戦うものの、武勇に優れた季布に圧倒され、絶体絶命の危機に陥ります。そこへ突如砂嵐が襲ってきて、去った後には劉邦も二人の子供もその場から消えていました。
劉邦は子供たちとともに何とか下邑まで逃げ延び、紀信と再会します。紀信は張良から、黥布を楚から漢に寝返らせるよう、指示を受けており、劉邦に伝えます。劉邦は紀信とともに黥布を訪ね、項羽は命を預けられるような主君か、と紀信が言い、黥布は漢に寝返ります。劉邦は滎陽で韓信や張良などと再会し、韓信は少数の兵力で奇策により趙を攻略します。さらに韓信は配下の陳平の策略を劉邦に勧めます。それは、范増が漢に内通しているとの噂を楚に流すことで(離間の計)、猜疑心の強い項羽は范増に帰郷を勧めます。これに落胆した范増は帰郷の途中で死に、陳平の策は見事に成功して劉邦は喜びますが、猜疑心を利用する離間の計に張良は内心では批判的でした。項羽は、劉封が自分から大事なものを奪っていくものの、それは逆に自分の強さを極限まで上げるのだ、と捕虜の呂雉に言います。呂雉は、陽の力の劉邦と陰の力の項羽は真逆だと悟り、劉邦を案じます。
韓信が修武に駐屯するなか、項羽が全力で滎陽に攻め込んできて、漢軍は包囲されます。韓信は劉邦の救援に向かおうとしますが、龍且が率いる楚軍に阻まれます。絶体絶命の危機に陥った劉邦が張良に策を求めると、張良は劉邦が逃げることだ、と答えます。項羽は劉邦への個人的感情から、斉が楚に攻め入る危険を冒してまで滎陽を攻めており、劉邦が滎陽にいなければ楚軍の攻撃は止まり、全滅は避けられる、というわけです。劉邦は皆を置いて逃げない、と張良の策を退けますが、張良の意図を理解した紀信は劉邦を気絶させ、劉邦になりすまして脱出し、項羽が紀信を追撃している間に、戚や張良や盧綰は気絶した劉邦を馬車に乗せて逃亡します。紀信は項羽により焚刑(生きたまま人間を焼き続ける処刑)とされます。紀信は焼かれるなか、劉邦には絶対勝てない、と項羽を罵倒して落命します。劉邦が、紀信たち仲間のためにも天下を獲る、と、と泣きながら誓うところで第12集は終了です。
第12集でまず注目したのは、彭城の戦いでの劉邦の敗走でしたが、『史記』などの記述を大胆に脚色してきたように思います。夏侯嬰にとってはかなりの見せ場となるはずでしたが、途中から劉邦と離れて楚軍と戦っており、活躍場面が少なかったのは残念でした。しかし、王陵と夏侯嬰の覚悟が示されたからこそ、魯と盈が自ら馬車から飛び降りるという行動も説得的になりました。彭城の戦いでの劉邦の敗走は、『史記』などの記述とはかなり異なっており、主人公の劉邦を美化しすぎているという批判もありそうですが、これまで描かれてきた劉邦の人物像とは整合的ですし、物語としては破綻していないというか、説得的だったように思います。気になるのは、劉邦の息子の盈(恵帝)が史書で伝えられるような気力の弱い人物とはかなり異なるように見えることで、本作が劉邦の死まで描くのだとしたら、この盈の個性が劉邦の後継者争いでどのように活かされるのか、注目されます。
夏侯嬰とは対照的に、紀信には第12集で大きな見せ場がありました。紀信はこれで退場となるのに対して、夏侯嬰は劉邦よりも後に死に、すでに劉邦に事故のような形で斬りつけられたのを庇った、という見せ場もあっただけに、第12集で紀信の活躍の方が山場となったことには、納得するところもあります。注目されるのは、陳平の離間の計の成功に劉邦が無邪気に喜んでいるようなのに対して、猜疑心を利用するとして、張良が内心では批判的なことです。こうした策略は、やがて自軍の結束も弱める、と張良は危惧しているのでしょうか。本作が劉邦の最期まで描くのかまだ分かりませんが、こうした策略の使用が劉邦の性格を変えていき、やがて功臣の粛清につながっていく、という話の構造なのかもしれません。まあ、それが描かれるとしても、かなり先のことになりそうですが。第12集も楽しめたので、今後も期待できそうです。本作の過去の記事は以下の通りです。
第1集~第10集
https://sicambre.seesaa.net/article/202107article_17.html
第11集
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_4.html
漢軍の敗走では、劉邦が敗走中に郷里の沛に立ち寄った時から、劉邦と呂雉(呂后)との間に生まれた魯(魯元公主)と盈(恵帝)も王陵に助けられて劉邦と行動を共にしましたが、呂雉や劉邦の父は楚軍の捕虜となり、ここは『史記』などの記述に従っていました。劉邦は負傷している王陵から、呂一族のいる下邑に向かえ、との呂雉の伝言を聞きます。沛から下邑に向かう劉邦一行を追撃してきた楚軍の将は季布でした。夏侯嬰は戚に馬車を任せて、自身は樊噲と盧綰とともに追撃してきた楚軍と戦います。いよいよ楚軍が馬車に迫るなか、夏侯嬰や王陵の覚悟を見た魯と盈は、馬車を軽くするため馬車から飛び降ります。しかし、劉邦も馬車から降りて二人の子供を助けようとします。戚は劉邦だけでも救おうとしますが、劉邦は自分の子供を見捨てればもはや自分を失ってしまう、と言って季布と戦うものの、武勇に優れた季布に圧倒され、絶体絶命の危機に陥ります。そこへ突如砂嵐が襲ってきて、去った後には劉邦も二人の子供もその場から消えていました。
劉邦は子供たちとともに何とか下邑まで逃げ延び、紀信と再会します。紀信は張良から、黥布を楚から漢に寝返らせるよう、指示を受けており、劉邦に伝えます。劉邦は紀信とともに黥布を訪ね、項羽は命を預けられるような主君か、と紀信が言い、黥布は漢に寝返ります。劉邦は滎陽で韓信や張良などと再会し、韓信は少数の兵力で奇策により趙を攻略します。さらに韓信は配下の陳平の策略を劉邦に勧めます。それは、范増が漢に内通しているとの噂を楚に流すことで(離間の計)、猜疑心の強い項羽は范増に帰郷を勧めます。これに落胆した范増は帰郷の途中で死に、陳平の策は見事に成功して劉邦は喜びますが、猜疑心を利用する離間の計に張良は内心では批判的でした。項羽は、劉封が自分から大事なものを奪っていくものの、それは逆に自分の強さを極限まで上げるのだ、と捕虜の呂雉に言います。呂雉は、陽の力の劉邦と陰の力の項羽は真逆だと悟り、劉邦を案じます。
韓信が修武に駐屯するなか、項羽が全力で滎陽に攻め込んできて、漢軍は包囲されます。韓信は劉邦の救援に向かおうとしますが、龍且が率いる楚軍に阻まれます。絶体絶命の危機に陥った劉邦が張良に策を求めると、張良は劉邦が逃げることだ、と答えます。項羽は劉邦への個人的感情から、斉が楚に攻め入る危険を冒してまで滎陽を攻めており、劉邦が滎陽にいなければ楚軍の攻撃は止まり、全滅は避けられる、というわけです。劉邦は皆を置いて逃げない、と張良の策を退けますが、張良の意図を理解した紀信は劉邦を気絶させ、劉邦になりすまして脱出し、項羽が紀信を追撃している間に、戚や張良や盧綰は気絶した劉邦を馬車に乗せて逃亡します。紀信は項羽により焚刑(生きたまま人間を焼き続ける処刑)とされます。紀信は焼かれるなか、劉邦には絶対勝てない、と項羽を罵倒して落命します。劉邦が、紀信たち仲間のためにも天下を獲る、と、と泣きながら誓うところで第12集は終了です。
第12集でまず注目したのは、彭城の戦いでの劉邦の敗走でしたが、『史記』などの記述を大胆に脚色してきたように思います。夏侯嬰にとってはかなりの見せ場となるはずでしたが、途中から劉邦と離れて楚軍と戦っており、活躍場面が少なかったのは残念でした。しかし、王陵と夏侯嬰の覚悟が示されたからこそ、魯と盈が自ら馬車から飛び降りるという行動も説得的になりました。彭城の戦いでの劉邦の敗走は、『史記』などの記述とはかなり異なっており、主人公の劉邦を美化しすぎているという批判もありそうですが、これまで描かれてきた劉邦の人物像とは整合的ですし、物語としては破綻していないというか、説得的だったように思います。気になるのは、劉邦の息子の盈(恵帝)が史書で伝えられるような気力の弱い人物とはかなり異なるように見えることで、本作が劉邦の死まで描くのだとしたら、この盈の個性が劉邦の後継者争いでどのように活かされるのか、注目されます。
夏侯嬰とは対照的に、紀信には第12集で大きな見せ場がありました。紀信はこれで退場となるのに対して、夏侯嬰は劉邦よりも後に死に、すでに劉邦に事故のような形で斬りつけられたのを庇った、という見せ場もあっただけに、第12集で紀信の活躍の方が山場となったことには、納得するところもあります。注目されるのは、陳平の離間の計の成功に劉邦が無邪気に喜んでいるようなのに対して、猜疑心を利用するとして、張良が内心では批判的なことです。こうした策略は、やがて自軍の結束も弱める、と張良は危惧しているのでしょうか。本作が劉邦の最期まで描くのかまだ分かりませんが、こうした策略の使用が劉邦の性格を変えていき、やがて功臣の粛清につながっていく、という話の構造なのかもしれません。まあ、それが描かれるとしても、かなり先のことになりそうですが。第12集も楽しめたので、今後も期待できそうです。本作の過去の記事は以下の通りです。
第1集~第10集
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第11集
https://sicambre.seesaa.net/article/202109article_4.html
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