霊長類の脳の進化
霊長類の脳の進化に関する二つの研究が公表されました。一方の研究(Shibata et al., 2021A)は、レチノイン酸シグナル伝達による霊長類の脳発達推進を報告しています。前頭前野(PFC)とその視床背内側核との結合は、認知の柔軟性や作業記憶に重要であり、自閉症や統合失調症などの障害で変化している、と考えられています。齧歯類では、大脳皮質の領域的パターン形成を支配する発達機構が明らかになっていますが、霊長類で、PFC–視床背内側核間結合の発達や、顆粒細胞からなる明瞭な第4層を伴うPFCの側方拡張の基盤となる機構は解明されていません。
この研究は、神経の発達と機能を調節するシグナル伝達分子であるレチノイン酸の、前方(前頭部)から後方(側頭部)に向かいPFCで増加する勾配の存在を報告し、ヒトおよびアカゲザルの新皮質で、胎児や胎仔の発生の初期および中期にレチノイン酸によって制御される遺伝子群を明らかにしています。霊長類では、マウスと比較してレチノイン酸合成酵素が特異的に発現して皮質中で広がっていることなど、レチノイン酸源の候補が複数観察されました。また、レチノイン酸シグナル伝達は、レチノイン酸異化酵素であるCYP26B1によるPFC予定域におおむね限局していました。CYP26B1は、運動皮質予定域で発現上昇しています。
マウスでの遺伝子欠失実験で、レチノイン酸受容体のRXRGとRARBを介したレチノイン酸シグナル伝達とCYP26B1依存的異化作用が、前頭前野および運動野の正しい分子パターン形成やPFC–視床背内側核結合の発達、PFC内部での樹状突起スパイン形成、皮質第4層マーカーRORBの発現に関与している、と明らかになりました。これらの知見から、レチノイン酸シグナル伝達が、PFCの発達と、おそらく進化に伴うPFCの拡大に重要な役割を持っている、と明らかになりました。
もう一方の研究(Shibata et al., 2021B)は、ヒトとアカゲザルのPFCの違いを報告しています。さまざまな動物種の神経系の間の類似と相違は、発生的な制約と特異的な適応に起因します。高次認知機能や複雑な社会的行動に関わる大脳皮質領域であるPFCの比較解析から、真にヒト特異的、あるいはヒト特異的である可能性のある構造的・分子的特殊化が明らかにされており、たとえば、肥大したPFCで増加した樹状突起スパイン密度の前後勾配などが知られています。これらの変化は、おそらく時空間的な遺伝子調節の相違によって仲介され、この相違はヒトの胎児中期の大脳皮質でとくに顕著です。
この研究は、ヒトとアカゲザルのトランスクリプトームデータを解析し、シナプス形成開始と同時期である胎児や胎仔の発生中期に、ニューレキシン(NRXN)とグルタミン酸受容体δ(GRID/GluD)が関連するシナプスオーガナイザーであるセレベリン2(CBLN2)の、一過的にPFCで増加する層特異的な発現上昇が見られることを明らかにしました。さらに、CBLN2の発現レベルや層分布の種間の差は、少なくとも部分的には、レチノイン酸応答性CBLN2エンハンサー内のSOX5結合部位を含むヒトに特異的な欠失によることが明らかになりました。
マウスのCbln2エンハンサーをin situで遺伝的にヒト化すると、Cbln2発現の増加や異所的な層での発現が促され、PFCの樹状突起スパイン形成が亢進しました。これらの知見は、大脳皮質の前後勾配やヒトのPFCの樹状突起スパインの不均衡な増加の遺伝的・分子的基盤、およびNRXN–GRID–CBLN2複合体の機能不全と神経精神疾患の病因とを結びつける可能性がある発生の機構を示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
神経科学:レチノイン酸による前頭前野のパターン形成と神経結合形成の調節
神経科学:レチノイン酸シグナル伝達が霊長類の脳発達を推進する
大脳皮質–視床の神経結合形成の発達機構は、齧歯類では詳しく調べられているものの、霊長類の同じ発達プログラムについてはあまり分かっていない。今回N Sestanたちは、霊長類に特異的なレチノイン酸シグナル伝達経路を発見し、これが霊長類の前頭前野の発達に重要な役割を持つことを明らかにしている。これはおそらく、霊長類の脳の進化的拡大における重要な機構上の岐路の1つであったと考えられる。
神経科学:CBLN2のヒト族特異的な調節が前頭前野のスパイン形成を増加させる
神経科学:樹状突起スパインがヒトとアカゲザルを分ける
近縁関係にあるヒトとアカゲザルの前頭前野(PFC)の間に見られる構造的・機能的な違いの1つは、PFCニューロン上の樹状突起スパイン密度の高さである。しかし、このような明確な差異を生み出す多くの空間的・時間的な遺伝子調節機構は不明である。N Sestanたちは今回、ヒトのPFCニューロンで樹状突起スパインの不均衡な増加を促進する、レチノイン酸シグナル伝達応答性の遺伝的エレメントを特定した。おそらくこれが、アカゲザルよりもヒトの計算能力が高いことに寄与していると考えられる。
参考文献:
Shibata M. et al.(2021A): Regulation of prefrontal patterning and connectivity by retinoic acid. Nature, 598, 7881, 483–488.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03953-x
Shibata M. et al.(2021B): Hominini-specific regulation of CBLN2 increases prefrontal spinogenesis. Nature, 598, 7881, 489–494.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03952-y
この研究は、神経の発達と機能を調節するシグナル伝達分子であるレチノイン酸の、前方(前頭部)から後方(側頭部)に向かいPFCで増加する勾配の存在を報告し、ヒトおよびアカゲザルの新皮質で、胎児や胎仔の発生の初期および中期にレチノイン酸によって制御される遺伝子群を明らかにしています。霊長類では、マウスと比較してレチノイン酸合成酵素が特異的に発現して皮質中で広がっていることなど、レチノイン酸源の候補が複数観察されました。また、レチノイン酸シグナル伝達は、レチノイン酸異化酵素であるCYP26B1によるPFC予定域におおむね限局していました。CYP26B1は、運動皮質予定域で発現上昇しています。
マウスでの遺伝子欠失実験で、レチノイン酸受容体のRXRGとRARBを介したレチノイン酸シグナル伝達とCYP26B1依存的異化作用が、前頭前野および運動野の正しい分子パターン形成やPFC–視床背内側核結合の発達、PFC内部での樹状突起スパイン形成、皮質第4層マーカーRORBの発現に関与している、と明らかになりました。これらの知見から、レチノイン酸シグナル伝達が、PFCの発達と、おそらく進化に伴うPFCの拡大に重要な役割を持っている、と明らかになりました。
もう一方の研究(Shibata et al., 2021B)は、ヒトとアカゲザルのPFCの違いを報告しています。さまざまな動物種の神経系の間の類似と相違は、発生的な制約と特異的な適応に起因します。高次認知機能や複雑な社会的行動に関わる大脳皮質領域であるPFCの比較解析から、真にヒト特異的、あるいはヒト特異的である可能性のある構造的・分子的特殊化が明らかにされており、たとえば、肥大したPFCで増加した樹状突起スパイン密度の前後勾配などが知られています。これらの変化は、おそらく時空間的な遺伝子調節の相違によって仲介され、この相違はヒトの胎児中期の大脳皮質でとくに顕著です。
この研究は、ヒトとアカゲザルのトランスクリプトームデータを解析し、シナプス形成開始と同時期である胎児や胎仔の発生中期に、ニューレキシン(NRXN)とグルタミン酸受容体δ(GRID/GluD)が関連するシナプスオーガナイザーであるセレベリン2(CBLN2)の、一過的にPFCで増加する層特異的な発現上昇が見られることを明らかにしました。さらに、CBLN2の発現レベルや層分布の種間の差は、少なくとも部分的には、レチノイン酸応答性CBLN2エンハンサー内のSOX5結合部位を含むヒトに特異的な欠失によることが明らかになりました。
マウスのCbln2エンハンサーをin situで遺伝的にヒト化すると、Cbln2発現の増加や異所的な層での発現が促され、PFCの樹状突起スパイン形成が亢進しました。これらの知見は、大脳皮質の前後勾配やヒトのPFCの樹状突起スパインの不均衡な増加の遺伝的・分子的基盤、およびNRXN–GRID–CBLN2複合体の機能不全と神経精神疾患の病因とを結びつける可能性がある発生の機構を示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
神経科学:レチノイン酸による前頭前野のパターン形成と神経結合形成の調節
神経科学:レチノイン酸シグナル伝達が霊長類の脳発達を推進する
大脳皮質–視床の神経結合形成の発達機構は、齧歯類では詳しく調べられているものの、霊長類の同じ発達プログラムについてはあまり分かっていない。今回N Sestanたちは、霊長類に特異的なレチノイン酸シグナル伝達経路を発見し、これが霊長類の前頭前野の発達に重要な役割を持つことを明らかにしている。これはおそらく、霊長類の脳の進化的拡大における重要な機構上の岐路の1つであったと考えられる。
神経科学:CBLN2のヒト族特異的な調節が前頭前野のスパイン形成を増加させる
神経科学:樹状突起スパインがヒトとアカゲザルを分ける
近縁関係にあるヒトとアカゲザルの前頭前野(PFC)の間に見られる構造的・機能的な違いの1つは、PFCニューロン上の樹状突起スパイン密度の高さである。しかし、このような明確な差異を生み出す多くの空間的・時間的な遺伝子調節機構は不明である。N Sestanたちは今回、ヒトのPFCニューロンで樹状突起スパインの不均衡な増加を促進する、レチノイン酸シグナル伝達応答性の遺伝的エレメントを特定した。おそらくこれが、アカゲザルよりもヒトの計算能力が高いことに寄与していると考えられる。
参考文献:
Shibata M. et al.(2021A): Regulation of prefrontal patterning and connectivity by retinoic acid. Nature, 598, 7881, 483–488.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03953-x
Shibata M. et al.(2021B): Hominini-specific regulation of CBLN2 increases prefrontal spinogenesis. Nature, 598, 7881, 489–494.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03952-y
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