コーカサスの前期更新世のイヌ科動物の社会的行動
コーカサスの前期更新世のイヌ科動物の社会的行動に関する研究(Bartolini-Lucenti et al., 2021)が報道されました。野生のイヌは中型から大型のイヌ科動物で、いくつかの純肉食的な頭蓋歯の特徴と複雑な社会的および捕食的行動を有しています。つまり、社会階層的集団を構成し、自身と同等以上の大きさの脊椎動物を群れで狩ります。アフロユーラシアでは野生イヌ2種が現存しており、それはインドのアカオオカミ(Cuon alpinus)とアフリカの猟犬リカオン(Lycaon pictus)です。国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種のレッドリストによると、両者はどちらも現在、絶滅危機もしくは絶滅寸前とされています。リカオンとアカオオカミ(ドール)は、いくつかの歯の純肉食的形質や走行性群狩猟に適した骨格や高度に発達した社会的行動の組み合わせのため、それぞれの生息地で頂点捕食者の一種とされています。これら純肉食性イヌ科の進化はまだ不明で、議論されています。
さらに、絶滅した大型で純肉食性のイヌ科の分類にも大きな混乱があり、さまざまな分類法の命名で呼ばれていました。そうした学名は絶滅分類群との暗黙もしくは提案された類似性を示唆することがよくありますが、系統発生分析に基づくことはめったにありません。分子系統学の結果を考慮すると、リカオンとアカオオカミはイヌ科のクラウングループの姉妹分類群であることは明らかで、クセノキオン(Xenocyon)属の大型の構成員はリカオンとアカオオカミの両方と関連しているかもしれません。本論文は、イヌ(Canis)属とクセノキオン属の両方のうちどちらかとより密接な関係を示唆する名称を避け、より節約的な命名であるイヌ属(クセノキオン属)という名称を優先します。
純肉食性のイヌ科種の最初の記録は、チベットのザンダ盆地(Zanda Basin)で発見された381万~342万年前頃となるイヌ属(クセノキオン属)種(Canis(Xenocyon) dubius)の片方の下顎骨です(図1の28)。Canis(Xenocyon) dubiusは一般的に、ドール属の系統と関連づけられています。より新しくより完全な標本は山西省の太谷(Fan Tsun、Taigu)県(図1の32)で発見された250万年前頃のイヌ科(Canis(Xenocyon) antonii)です。Canis(Xenocyon) antoniiは大型で、純肉食性への初期の適応を示唆する明らかな歯の特徴を示します。純肉食性の特徴を有する大型イヌ科の他の記録はユーラシア全体でかなり乏しく、前期更新世のアジアにおける純肉食性イヌ科の存在を考えると、分類は困難です。
200万~180万年前頃に、アフロユーラシアのいくつかの地域でさまざまな形態のイヌ科が出現しました。これらの形態は独特の歯の特徴、つまり拡大した頬側犬歯を伴う広く頑丈な裂肉歯(顎の中央にあって食物を剪断する歯)を示し、頭蓋下顎の特徴(頑丈な下顎と発達した前頭洞)が組み合わされます。ヨーロッパ西部のイヌ科(Canis(Xenocyon)falconeri)や、アフリカのタンザニアやアルジェリアのイヌ科(Canis(Xenocyon)africanus)の西方への分散により証明されているように、歯の適応と組み合わされた大型化は、同時代の中型で中程度の肉食性のイヌ科に対する優位性を決定づけたかもしれません。Canis(Xenocyon)falconeriに分類される祖先的な野生イヌの記録も、多摩川の堆積物から報告されており、年代は210万~160万年前頃です。両分類群間の密接な関係が、現代のリカオンの祖先とみなす研究者たちにより提案されましたが、他の研究者たちから合意は得られていません。
最近、南アフリカ共和国のクーパーズ洞窟(Cooper’s Cave)で発見された190万年前頃の断片的な頭蓋と、同じく南アフリカ共和国のグラディスヴェール(Gladysvale)洞窟で発見された100万年前頃のほぼ完全な骨格に基づいて、新たなリカオン属種(Lycaon sekowei)が記載されました。しかし、正基準標本とされたクーパーズ洞窟で発見された遺骸のいくつかの形態(高い歯冠の上顎小臼歯や近心咬合面や第四小臼歯プロトコーン舌側の突起、第一大臼歯の相対的な頬舌側の長さなど)により、その分類とイヌ科集団との実際の関係には疑問が呈されています。さらに、その上顎の歯は、大型のイヌ科でおそらくはイヌ科の純肉食性系統に区分されるアジアのイヌ属種(Canis chihliensis)と類似しています。
前期更新世後半となるカラブリアン期(180万~80万年前頃)には、他のより祖先的な種がアフリカに留まった一方、より派生的な形態のイヌ属(クセノキオン属)がアフロユーラシア世界全域に出現して拡大しました(図1)。そのうちCanis(Xenocyon) lycaonoidesはCanis(Xenocyon) falconeriと似ているものの、より派生的な頭蓋歯的特徴を有する大型のイヌ科で、その最初期の記録はスペイン南部のヴェンタ・ミセナ(Venta Micena)のようです(図1の2)。その不確実な年代にも関わらず、より派生的な形態の大型イヌ科の初期の出現は、この純肉食性種の起源がアジア東部であることを示唆します。
その後、前期更新世後期および中期更新世初期となる160万~70万年前頃には、Canis(Xenocyon) lycaonoidesがユーラシアの肉食動物分類群の最も一般的で重要な種のひとつとなりました(図1)。さらに、Canis(Xenocyon) lycaonoidesはアフリカにも拡散し、アフリカ北部および東部で発見されています(図1)。頭蓋全体と歯の特徴を考慮して、以前の研究ではCanis(Xenocyon) lycaonoidesは現生リカオン(Lycaon pictus)の近縁と分類されました。この解釈を支持しない研究者もいますが、類似の結論を提示する研究者もおり、現生のアフリカの猟犬の起源がユーラシアにあることを支持しています。
現生食肉目のうち、リカオン(Lycaon pictus)は最も複雑で構造化された独特な社会的行動を示す動物種の一つです。リカオンに最も近い分類群の一つとされるCanis(Xenocyon) lycaonoidesはユーラシアの猟犬で、リカオンに匹敵する複雑な社会性を有していたかもしれません。以前の研究では、大型種(21.5kg以上)では代謝エネルギー要件により、自身より大きな獲物を捕食しなければならないので、純肉食性イヌ科では協力して狩りをする必要がある、と示されました。このように、直接的証拠が限られていても、絶滅した純肉食性イヌ科の社会的行動を判断できます。それにも関わらず、間接的で推論的な証拠とは別に、ユーラシアの猟犬の社会的行動の直接的証拠が報告されてきました。
本論文は、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡(図1の22)における最初の野生イヌの証拠を報告します。ドマニシ遺跡は骨格遺骸の豊富さと完全性および保存状態の点で優れた化石記録を保持しており、それは177万年前頃となるサイの歯の化石に基づく分子系統樹を報告した研究により証明されています(関連記事)。本論文は新たに発見された遺骸(177万~176万年前頃)を報告し、それらを分類学的に同定して、イヌ属(クセノキオン属)の前期更新世の多様性の枠内で解釈しました。
さらに、ドマニシ遺跡では出アフリカ人類のユーラシアにおける最初の直接的(人類遺骸)証拠が得られており(関連記事1および関連記事2)、この集団の複雑な社会性も示唆されています。180万年前頃に同じ場所で社会性の高い2種(人類と野生イヌ)が共存していたことになり、この時期にはこの2クレード(単系統群)がその起源地の中心(人類はアフリカ、野生イヌはアジア東部)から極端に多様化して拡大していることから、これらの種の地理的拡大における社会的行動および互恵的協力の果たした役割が注目されます。以下は本論文の図1です。
ドマニシ遺跡における大型イヌ科の発見は重要な発見を表しており、前期更新世後半(カラブリアン期)におけるイヌ科の放散に関する現在の知識に重要な情報を追加します。標本の断片化された性質にも関わらず、大型イヌ科標本(D6327)の一連の特徴(図2)により、おそらくは現生アフリカ猟犬の祖先であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesに確実に分類できます。D6327はユーラシアの猟犬の最古の記録となり、カラブリアン期におけるアフロユーラシア世界全体の猟犬の拡散爆発に先行します。以下は本論文の図2です。
●ドマニシ遺跡の猟犬の食性選好
ドマニシ遺跡の猟犬および他の前期更新世動物の食性適応を検証するため、現生イヌ科(32種247標本)で線形判別分析が行なわれ、2つの摂食集団に分類されました。それは、雑食動物(食性に占める脊椎動物の肉の割合が70%未満で、中~低度の肉食性、27現生種210標本)と、食性がほぼ完全に脊椎動物の肉で構成され、自身以上のサイズの獲物を群で狩る純肉食性動物(4現生種34標本)です。このデータセットのうち、ドマニシ遺跡標本において測定値が利用可能だった7つの指標変数が分析に用いられました。それは、下顎第三小臼歯の長さと幅、下顎裂肉歯の三角錐の長さと幅、第三小臼歯と第四小臼歯の間で測定される顎の深さです。交差検証の結果、判別関数(図3)は98.8%の標本をそれぞれの摂食集団に正しく分類できました(図3)。
純肉食性動物は雑食性動物と比較して、第三小臼歯が相対的に近遠心側に短く、頬舌側が狭いなどといった特徴があり、以前の分析と一致します。ドマニシ遺跡の大型イヌ科標本D6327は純肉食性動物に分類され、やや新しいスペイン南部のヴェンタ・ミセナの2標本(160万年前頃)も同様ですが、D6327よりも高い純肉食性を示しました。ハラミヨ(Jaramillo)正磁極亜期(106万~90万年前頃)のドイツのウンターマスフェルト(Untermassfeld)遺跡の単一標本は、化石猟犬では最高の肉食性得点を示しており、現生アフリカ猟犬のように純肉食性への適応が進んでいることを反映しています。これらの結果は、ドマニシ遺跡のユーラシア猟犬の頭蓋の特徴が、脊椎動物の肉のみに依存する食性に適していたことを確証します。さらに、Canis(Xenocyon) lycaonoidesの最古の標本(ドマニシ遺跡のD6327)から最も派生的な標本(ドイツのウンターマスフェルト遺跡)にかけての頭蓋歯の適応の漸進的進化があった、と示され、以前の形態学的証拠を裏づけます。以下は本論文の図3です。
●考察
ドマニシはヨーロッパの門となるコーカサスに位置し、アフリカとユーラシアとの間の交差点に近いので、アフロユーラシア世界における大型動物相交替の時期における、大型動物種の拡散を説明する重要な遺跡となります。またドマニシ遺跡では、180万年前頃となる、人類のアフリカ外における存在とユーラシアへの拡散を示す最初の直接的証拠(人類遺骸)も得られています。本論文は、ユーラシアの猟犬であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesの記録を報告します。これは、より派生的で純肉食性のアジア東部起源となるイヌ科動物の拡散の始まりを証明しており、ドマニシ遺跡では、中程度の肉食性のオオカミ的な種(Canis borjgali)も発見されています。
カラブリアン期には、Canis(Xenocyon) lycaonoidesはアフロユーラシア世界全体の動物相の共通要素となっており、その時期に北アメリカ大陸にさえ到達しました。この拡散では、ユーラシア猟犬は人類とは逆方向の拡散パターンを示します(ユーラシア猟犬はアジア東部からユーラシア西部とアフリカへ、人類はアフリカからユーラシアへ)。両種の同時の拡散は、アフリカ起源のネコ科の剣歯虎(マカイロドゥス亜科)であるメガンテレオン属種(Megantereon whitei)などの大型肉食分類群とともに、生態学的条件がこの時期にこれらの種の拡散に有利であったことを示唆します。この大型肉食目は、大型の死肉漁り動物である大型ハイエナ(Pachycrocuta brevirostris)と直接的に競合する人類にとって、死肉漁りの重要な供給者として認識されてきました。
前期更新世後半におけるイヌ属(クセノキオン属)とホモ属の社会的行動では相互援助も重要で、社会性は相互闘争と同じくらい一般的でした。おそらく、絶滅した人類と化石猟犬との間の最も関連する共通の特徴は、両種の互恵的協力についての化石証拠です。これは、ドマニシ遺跡のほとんど歯のないホモ属化石(D3444/D3900)により報告されています。なお、ドマニシ遺跡のホモ属の分類には議論がありますが(関連記事)、本論文ではホモ・エレクトス(Homo erectus)とされています。
この年配のホモ属個体は、1個を除いて歯を失ってから数年は生きていました。この個体は頭蓋が華奢なので女性と考えられており、死の数年前には固いものや革質のものを噛めず、おそらくは家族の援助に依存していました(図4a)。以前の研究で指摘されているように、この利他的行動は生物学的利他性の形態を超えており、利他的行動や高齢者への配慮が、少なくとも200万年前頃には人類において発達した可能性を示唆します。食肉目では、強力により得られる多くの利点(繁殖成功率と個体生存率の向上、狩猟成功率の向上、より大きな獲物を殺す能力、寄生動物への抑止、仔の養育への協力)を考えると、社会的行動が頻繁に見られます。
イヌ科には、たとえばハイイロオオカミなどで、全ての哺乳類の社会組織の最もよく知られた例がいくつかあります。おそらくあまり知られていませんが、興味深いのはアフリカ猟犬(リカオン)の事例です。純肉食性のリカオンは、イヌ科でも独特のより複雑で固有の一連の行動を示します。これには、排他的な協力的狩猟、義務的な協力的繁殖、獲物への仔犬の優先的利用、動物で最も多様な発声、「くしゃみ」による合意的な意思決定などが含まれます。多くの研究者は、タイリクオオカミやアカオオカミといった他の社会性イヌ科種と比較して、リカオンでは獲物を食べている間でも、群れの構成員間の攻撃性が低いことを指摘しています。
化石イヌ科の社会性は多数調べられており、21.5kg以上の大型イヌ科には、自身よりも大きな獲物を殺すために協力して狩る必要がある、と証明されました。ユーラシア猟犬であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは、じっさい大型の純肉食性種でした。このユーラシア猟犬の推定身体サイズはリカオン(平均体重が20~25kg)と似ており、推定体重は28kgです。ドマニシ遺跡のユーラシア猟犬個体(D6327)は、若いにも関わらずかなり頑丈で、体重は30kg程度と推定されます。その体重と顕著な純肉食性から、Canis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは現生のタイリクオオカミやアカオオカミやリカオンのように協力的な狩猟戦略を採用した、との見解が支持されます。
ひじょうに社会的な集団組織のさらなる裏づけは、化石病理学的標本により提供されます。最近の研究では、中華人民共和国河北省の泥河湾盆地(The Nihewan Basin)の神庙咀(Shanshenmiaozui)で、120万年前頃となるイヌ科化石の怪我が報告されています。そのうち一方の標本は、骨など硬いものを噛んださいに起きたかもしれない歯の感染症の痕跡が見られ、もう一方の標本は脛骨の転位骨折の痕跡を示しますが、このような重症(孤立性肉食動物では致命的です)にも関わらず、外傷が治癒するまで生き延びられました。複雑骨折の治癒には長い期間を要し、外傷によりその後の捕食能力が低下したと考えられることから、社会的狩猟戦略や群れの他の構成員による食料共有といった支援が示唆されます。類似の症状は、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部の後期更新世のダイアウルフ個体群でも検出されました。ダイアウルフは最近、分類がCanis dirusからAenocyon dirusに変更されました(関連記事)。
多くの研究で現生のオオカミとリカオンの両方について報告されているように、集団の効率性の観点では負担がかかるにも関わらず、現生イヌ科の群れは集団の負傷したかあるいは病気の構成員を一時的に養っているので、更新世のイヌ科で同様の行動が見られても驚くべきことではありません。リカオンの場合いくつかの研究では、獲物を仕留めるにあたって、負傷した個体だけではなく障害を負ったか老齢の個体にも寛容だと報告されています。さらに、障害があるか老齢のリカオンは、吐き戻しを通じて群れの仲間から食べ物を受け取り、これは他のイヌ科では、血縁者やごく稀に非血縁者の仔犬や繁殖期の雌にのみ与える食物の共有方法です。
化石記録からは、絶滅狩猟犬でも同様の行動の証拠が得られます。障害個体への食料供給の利他的行動は、ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusでも報告されています(図4b)。ヴェンタ・ミセナ遺跡では、下顎骨を有するほぼ完全な頭蓋が発見されました(頭蓋VM-7000)。この頭蓋の個体の年齢は、歯の中程度から重度の摩耗を考慮して7~8歳と推定されました。この標本の最も突出した特徴は、高度な頭蓋の上下の非対称性と、上顎右側犬歯と第三小臼歯と第三大臼歯の無発生などいくつかの歯の異常です。これらの歯は、頭蓋のCTスキャンやX線写真で示されるように、個体の生前に折れたり失われたりしませんでした。上顎右側の犬歯の歯槽は、他の歯と同様にほぼ完全に欠如しています。さらに、右側第二大臼歯は欠損しており、その歯槽は一部再吸収されています。ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinus個体の奇形は、おそらくは前期更新世後半のバザ盆地に生息していた野生イヌの比較的小さな個体群における高水準の遺伝的ホモ接合性に起因します。
無歯症と頭蓋の両側の非対称性は両方とも、ポーランドなどで、深刻なボトルネック(瓶首効果)と近親交配の対象となる小規模のオオカミの現生集団で記録されています。現代のリカオンの場合、博物館の頭蓋の研究は、前世紀のサハラ砂漠以南のアフリカにおける種の個体数の劇的な減少を記録しており、集団のホモ接合性水準の増加の結果として頭蓋の非対称性の顕著な増加が示されてきました。これは、ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinus頭蓋の奇形が、地理的に他の集団から孤立していた、バザ盆地の猟犬の比較的小さな集団における遺伝的ホモ接合性の高水準の結果としての発達不安定性を反映している、と示唆します。
さらに、現代のリカオンの有効集団規模は通常、下位個体の繁殖抑制と不均等な性比により、調査された個体数の20~35%にまで減少しています。ヴェンタ・ミセナ遺跡の場合、これもさらなる近親交配とホモ接合性を促進したでしょう。しかし、多くの先天的障害にもかかわらず、VM-7000個体は成体に達することができ、それはおそらく、群れの狩猟活動における能力に影響を及ぼし、あるいは妨げさえしました(図4b)。これは、家族集団の他の構成員からの協力的行動と食料供給こそ、VM-7000個体が成体まで生き延びた唯一の方法だった、と示唆します。家族からの利他的な助けと世話により老齢に達したドマニシ遺跡の人類と同様に、VM-7000個体は成体に達しました。この真に利他的な行動はおそらく、ドマニシ遺跡の猟犬集団にも当てはまりますが、ドマニシ遺跡におけるこの種の記録が少ないため、直接的推論はできません。以下は本論文の図4です。
したがって、これらの知見は、協力的で利他的な行動の増加が、アフリカとユーラシアと北アメリカ大陸の開けた環境における、ヒトと大型の社会的肉食動物両方の生存と拡散の重要な原因だった、と示唆しているようです。興味深いことに、現時点で、食料共有も含めて集団の他の構成員への利他的行動が証明されている、前期更新世後半のひじょうに社会的な種は猟犬と人類だけです。上述のように、そうした利他的行動は現生のアフリカ猟犬でとくに発達しており、遺伝的異常や病気や高齢から生じる制約のある個体は、家族の他の構成員により助けられ、支えられています。
Canis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは、群れの構成員に対して協力的で利他的な類似のパターンを示します。ドマニシ遺跡におけるユーラシア猟犬の出現は、この大型であり群れで狩猟をするイヌ科の、最初の、年代のより限定された記録を示しています。他の大型イヌ科が到達したことはない、大陸横断的な広範囲の拡散の成功は、種の構成員間の協力につながる進化的傾向の結果として、これら絶滅猟犬の互恵的協力と利他的性質の利点と関連しているかもしれません。それは、「個体にとって有利になる最良の経路」だった、というわけです。ホモ属とひじょうに社会的なイヌ科はともに、ひじょうに社会的な祖先の子孫で、その祖先は集団で暮らしていました。これは選択ではなく不可欠な生存戦略で、そこから相互援助が出現しました。
以上、本論文についてざっと見てきました。180万年前頃のドマニシ遺跡の人類がイヌ科動物を家畜化していたわけではありませんが、死肉漁りなどにおいて、人類にとってイヌ科動物は身近で競合的な存在だったと考えられ、200万年前頃かそれ以前からの長期にわたって観察機会が多かったのではないか、と推測されます。イヌは人類にとって最初の家畜化動物で、それも他の種よりもずっと早かったと考えられますが、これはイヌ科動物が人類にとって長きにわたって身近な存在だったからなのでしょう。また本論文は、社会性の発達が大きく異なる種で独立して起きることを改めて示しています。上述のように、ドマニシ遺跡で発見された177万年前頃のサイの化石ではプロテオーム解析に成功しており、ドマニシ遺跡のイヌ科遺骸でも成功すれば、本論文では曖昧とされた進化系統樹における位置づけをより明確にできるかもしれないので、今後の研究の進展が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生物学:ヨーロッパにおいて、有史以前の猟犬は初期人類のそばで暮らしていた可能性
ジョージアのドマニシで最近発見された有史以前の猟犬の遺骸が、ヨーロッパに猟犬が到来したことを示す最古の証拠なのではないかという知見を示した論文が、Scientific Reports に掲載される。この知見は、この猟犬が、同じ場所で発見された初期人類のそばで生活していた可能性を示唆している。
今回、Saverio Bartolini-Lucentiたちの研究チームは、177万~176万年前と年代決定された大型犬の遺骸を分析した。この遺骸の標本は、ヨーロッパに近い地域での最古の猟犬の事例で、猟犬がアジアからヨーロッパとアフリカへと広範囲にわたる移動をした更新世カラブリアン期(180万年前~80万年前)より古いものとされる。
Bartolini-Lucentiたちは、このドマニシ犬が、東アジアに起源を持っていて現生アフリカ猟犬の祖先と思われるユーラシア猟犬のCanis(Xenocion)lycaonoides種に分類できることを示唆する、独特な歯の構造を持つことを突き止めた。また、このドマニシ犬の歯の特徴は、肉食性の強いこと(食餌の70%以上が肉であること)が明らかになっている同時代の他のCanid(野生の犬に似た動物種)や現代のCanidとも類似している。これらのCanidの歯の特徴としては、雑食動物よりも幅が狭く、短い第3小臼歯や大きく鋭利な裂肉歯(顎の中央にあって食物をせん断する歯)などがある。しかし、ドマニシ犬の歯には、著しい摩耗が認められなかったため、大型の若齢成体であることが示唆され、体重は約30キログラムと推定された。
これまでにドマニシで発見されたヒトの遺骸は、約180万年前に初期人類がアフリカから移動したことを示す最も古い直接証拠となっているため、今回の研究結果は、ドマニシで猟犬が初期人類のそばで生活していたことを示唆している。ユーラシア猟犬はその後、アフリカ、アジア、ヨーロッパに分散し、化石記録上、最も広く分布した肉食動物の1つとなった可能性がある。
参考文献:
Bartolini-Lucenti S. et al.(2021): The early hunting dog from Dmanisi with comments on the social behaviour in Canidae and hominins. Scientific Reports, 11, 13501.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-92818-4
さらに、絶滅した大型で純肉食性のイヌ科の分類にも大きな混乱があり、さまざまな分類法の命名で呼ばれていました。そうした学名は絶滅分類群との暗黙もしくは提案された類似性を示唆することがよくありますが、系統発生分析に基づくことはめったにありません。分子系統学の結果を考慮すると、リカオンとアカオオカミはイヌ科のクラウングループの姉妹分類群であることは明らかで、クセノキオン(Xenocyon)属の大型の構成員はリカオンとアカオオカミの両方と関連しているかもしれません。本論文は、イヌ(Canis)属とクセノキオン属の両方のうちどちらかとより密接な関係を示唆する名称を避け、より節約的な命名であるイヌ属(クセノキオン属)という名称を優先します。
純肉食性のイヌ科種の最初の記録は、チベットのザンダ盆地(Zanda Basin)で発見された381万~342万年前頃となるイヌ属(クセノキオン属)種(Canis(Xenocyon) dubius)の片方の下顎骨です(図1の28)。Canis(Xenocyon) dubiusは一般的に、ドール属の系統と関連づけられています。より新しくより完全な標本は山西省の太谷(Fan Tsun、Taigu)県(図1の32)で発見された250万年前頃のイヌ科(Canis(Xenocyon) antonii)です。Canis(Xenocyon) antoniiは大型で、純肉食性への初期の適応を示唆する明らかな歯の特徴を示します。純肉食性の特徴を有する大型イヌ科の他の記録はユーラシア全体でかなり乏しく、前期更新世のアジアにおける純肉食性イヌ科の存在を考えると、分類は困難です。
200万~180万年前頃に、アフロユーラシアのいくつかの地域でさまざまな形態のイヌ科が出現しました。これらの形態は独特の歯の特徴、つまり拡大した頬側犬歯を伴う広く頑丈な裂肉歯(顎の中央にあって食物を剪断する歯)を示し、頭蓋下顎の特徴(頑丈な下顎と発達した前頭洞)が組み合わされます。ヨーロッパ西部のイヌ科(Canis(Xenocyon)falconeri)や、アフリカのタンザニアやアルジェリアのイヌ科(Canis(Xenocyon)africanus)の西方への分散により証明されているように、歯の適応と組み合わされた大型化は、同時代の中型で中程度の肉食性のイヌ科に対する優位性を決定づけたかもしれません。Canis(Xenocyon)falconeriに分類される祖先的な野生イヌの記録も、多摩川の堆積物から報告されており、年代は210万~160万年前頃です。両分類群間の密接な関係が、現代のリカオンの祖先とみなす研究者たちにより提案されましたが、他の研究者たちから合意は得られていません。
最近、南アフリカ共和国のクーパーズ洞窟(Cooper’s Cave)で発見された190万年前頃の断片的な頭蓋と、同じく南アフリカ共和国のグラディスヴェール(Gladysvale)洞窟で発見された100万年前頃のほぼ完全な骨格に基づいて、新たなリカオン属種(Lycaon sekowei)が記載されました。しかし、正基準標本とされたクーパーズ洞窟で発見された遺骸のいくつかの形態(高い歯冠の上顎小臼歯や近心咬合面や第四小臼歯プロトコーン舌側の突起、第一大臼歯の相対的な頬舌側の長さなど)により、その分類とイヌ科集団との実際の関係には疑問が呈されています。さらに、その上顎の歯は、大型のイヌ科でおそらくはイヌ科の純肉食性系統に区分されるアジアのイヌ属種(Canis chihliensis)と類似しています。
前期更新世後半となるカラブリアン期(180万~80万年前頃)には、他のより祖先的な種がアフリカに留まった一方、より派生的な形態のイヌ属(クセノキオン属)がアフロユーラシア世界全域に出現して拡大しました(図1)。そのうちCanis(Xenocyon) lycaonoidesはCanis(Xenocyon) falconeriと似ているものの、より派生的な頭蓋歯的特徴を有する大型のイヌ科で、その最初期の記録はスペイン南部のヴェンタ・ミセナ(Venta Micena)のようです(図1の2)。その不確実な年代にも関わらず、より派生的な形態の大型イヌ科の初期の出現は、この純肉食性種の起源がアジア東部であることを示唆します。
その後、前期更新世後期および中期更新世初期となる160万~70万年前頃には、Canis(Xenocyon) lycaonoidesがユーラシアの肉食動物分類群の最も一般的で重要な種のひとつとなりました(図1)。さらに、Canis(Xenocyon) lycaonoidesはアフリカにも拡散し、アフリカ北部および東部で発見されています(図1)。頭蓋全体と歯の特徴を考慮して、以前の研究ではCanis(Xenocyon) lycaonoidesは現生リカオン(Lycaon pictus)の近縁と分類されました。この解釈を支持しない研究者もいますが、類似の結論を提示する研究者もおり、現生のアフリカの猟犬の起源がユーラシアにあることを支持しています。
現生食肉目のうち、リカオン(Lycaon pictus)は最も複雑で構造化された独特な社会的行動を示す動物種の一つです。リカオンに最も近い分類群の一つとされるCanis(Xenocyon) lycaonoidesはユーラシアの猟犬で、リカオンに匹敵する複雑な社会性を有していたかもしれません。以前の研究では、大型種(21.5kg以上)では代謝エネルギー要件により、自身より大きな獲物を捕食しなければならないので、純肉食性イヌ科では協力して狩りをする必要がある、と示されました。このように、直接的証拠が限られていても、絶滅した純肉食性イヌ科の社会的行動を判断できます。それにも関わらず、間接的で推論的な証拠とは別に、ユーラシアの猟犬の社会的行動の直接的証拠が報告されてきました。
本論文は、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡(図1の22)における最初の野生イヌの証拠を報告します。ドマニシ遺跡は骨格遺骸の豊富さと完全性および保存状態の点で優れた化石記録を保持しており、それは177万年前頃となるサイの歯の化石に基づく分子系統樹を報告した研究により証明されています(関連記事)。本論文は新たに発見された遺骸(177万~176万年前頃)を報告し、それらを分類学的に同定して、イヌ属(クセノキオン属)の前期更新世の多様性の枠内で解釈しました。
さらに、ドマニシ遺跡では出アフリカ人類のユーラシアにおける最初の直接的(人類遺骸)証拠が得られており(関連記事1および関連記事2)、この集団の複雑な社会性も示唆されています。180万年前頃に同じ場所で社会性の高い2種(人類と野生イヌ)が共存していたことになり、この時期にはこの2クレード(単系統群)がその起源地の中心(人類はアフリカ、野生イヌはアジア東部)から極端に多様化して拡大していることから、これらの種の地理的拡大における社会的行動および互恵的協力の果たした役割が注目されます。以下は本論文の図1です。
ドマニシ遺跡における大型イヌ科の発見は重要な発見を表しており、前期更新世後半(カラブリアン期)におけるイヌ科の放散に関する現在の知識に重要な情報を追加します。標本の断片化された性質にも関わらず、大型イヌ科標本(D6327)の一連の特徴(図2)により、おそらくは現生アフリカ猟犬の祖先であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesに確実に分類できます。D6327はユーラシアの猟犬の最古の記録となり、カラブリアン期におけるアフロユーラシア世界全体の猟犬の拡散爆発に先行します。以下は本論文の図2です。
●ドマニシ遺跡の猟犬の食性選好
ドマニシ遺跡の猟犬および他の前期更新世動物の食性適応を検証するため、現生イヌ科(32種247標本)で線形判別分析が行なわれ、2つの摂食集団に分類されました。それは、雑食動物(食性に占める脊椎動物の肉の割合が70%未満で、中~低度の肉食性、27現生種210標本)と、食性がほぼ完全に脊椎動物の肉で構成され、自身以上のサイズの獲物を群で狩る純肉食性動物(4現生種34標本)です。このデータセットのうち、ドマニシ遺跡標本において測定値が利用可能だった7つの指標変数が分析に用いられました。それは、下顎第三小臼歯の長さと幅、下顎裂肉歯の三角錐の長さと幅、第三小臼歯と第四小臼歯の間で測定される顎の深さです。交差検証の結果、判別関数(図3)は98.8%の標本をそれぞれの摂食集団に正しく分類できました(図3)。
純肉食性動物は雑食性動物と比較して、第三小臼歯が相対的に近遠心側に短く、頬舌側が狭いなどといった特徴があり、以前の分析と一致します。ドマニシ遺跡の大型イヌ科標本D6327は純肉食性動物に分類され、やや新しいスペイン南部のヴェンタ・ミセナの2標本(160万年前頃)も同様ですが、D6327よりも高い純肉食性を示しました。ハラミヨ(Jaramillo)正磁極亜期(106万~90万年前頃)のドイツのウンターマスフェルト(Untermassfeld)遺跡の単一標本は、化石猟犬では最高の肉食性得点を示しており、現生アフリカ猟犬のように純肉食性への適応が進んでいることを反映しています。これらの結果は、ドマニシ遺跡のユーラシア猟犬の頭蓋の特徴が、脊椎動物の肉のみに依存する食性に適していたことを確証します。さらに、Canis(Xenocyon) lycaonoidesの最古の標本(ドマニシ遺跡のD6327)から最も派生的な標本(ドイツのウンターマスフェルト遺跡)にかけての頭蓋歯の適応の漸進的進化があった、と示され、以前の形態学的証拠を裏づけます。以下は本論文の図3です。
●考察
ドマニシはヨーロッパの門となるコーカサスに位置し、アフリカとユーラシアとの間の交差点に近いので、アフロユーラシア世界における大型動物相交替の時期における、大型動物種の拡散を説明する重要な遺跡となります。またドマニシ遺跡では、180万年前頃となる、人類のアフリカ外における存在とユーラシアへの拡散を示す最初の直接的証拠(人類遺骸)も得られています。本論文は、ユーラシアの猟犬であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesの記録を報告します。これは、より派生的で純肉食性のアジア東部起源となるイヌ科動物の拡散の始まりを証明しており、ドマニシ遺跡では、中程度の肉食性のオオカミ的な種(Canis borjgali)も発見されています。
カラブリアン期には、Canis(Xenocyon) lycaonoidesはアフロユーラシア世界全体の動物相の共通要素となっており、その時期に北アメリカ大陸にさえ到達しました。この拡散では、ユーラシア猟犬は人類とは逆方向の拡散パターンを示します(ユーラシア猟犬はアジア東部からユーラシア西部とアフリカへ、人類はアフリカからユーラシアへ)。両種の同時の拡散は、アフリカ起源のネコ科の剣歯虎(マカイロドゥス亜科)であるメガンテレオン属種(Megantereon whitei)などの大型肉食分類群とともに、生態学的条件がこの時期にこれらの種の拡散に有利であったことを示唆します。この大型肉食目は、大型の死肉漁り動物である大型ハイエナ(Pachycrocuta brevirostris)と直接的に競合する人類にとって、死肉漁りの重要な供給者として認識されてきました。
前期更新世後半におけるイヌ属(クセノキオン属)とホモ属の社会的行動では相互援助も重要で、社会性は相互闘争と同じくらい一般的でした。おそらく、絶滅した人類と化石猟犬との間の最も関連する共通の特徴は、両種の互恵的協力についての化石証拠です。これは、ドマニシ遺跡のほとんど歯のないホモ属化石(D3444/D3900)により報告されています。なお、ドマニシ遺跡のホモ属の分類には議論がありますが(関連記事)、本論文ではホモ・エレクトス(Homo erectus)とされています。
この年配のホモ属個体は、1個を除いて歯を失ってから数年は生きていました。この個体は頭蓋が華奢なので女性と考えられており、死の数年前には固いものや革質のものを噛めず、おそらくは家族の援助に依存していました(図4a)。以前の研究で指摘されているように、この利他的行動は生物学的利他性の形態を超えており、利他的行動や高齢者への配慮が、少なくとも200万年前頃には人類において発達した可能性を示唆します。食肉目では、強力により得られる多くの利点(繁殖成功率と個体生存率の向上、狩猟成功率の向上、より大きな獲物を殺す能力、寄生動物への抑止、仔の養育への協力)を考えると、社会的行動が頻繁に見られます。
イヌ科には、たとえばハイイロオオカミなどで、全ての哺乳類の社会組織の最もよく知られた例がいくつかあります。おそらくあまり知られていませんが、興味深いのはアフリカ猟犬(リカオン)の事例です。純肉食性のリカオンは、イヌ科でも独特のより複雑で固有の一連の行動を示します。これには、排他的な協力的狩猟、義務的な協力的繁殖、獲物への仔犬の優先的利用、動物で最も多様な発声、「くしゃみ」による合意的な意思決定などが含まれます。多くの研究者は、タイリクオオカミやアカオオカミといった他の社会性イヌ科種と比較して、リカオンでは獲物を食べている間でも、群れの構成員間の攻撃性が低いことを指摘しています。
化石イヌ科の社会性は多数調べられており、21.5kg以上の大型イヌ科には、自身よりも大きな獲物を殺すために協力して狩る必要がある、と証明されました。ユーラシア猟犬であるCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは、じっさい大型の純肉食性種でした。このユーラシア猟犬の推定身体サイズはリカオン(平均体重が20~25kg)と似ており、推定体重は28kgです。ドマニシ遺跡のユーラシア猟犬個体(D6327)は、若いにも関わらずかなり頑丈で、体重は30kg程度と推定されます。その体重と顕著な純肉食性から、Canis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは現生のタイリクオオカミやアカオオカミやリカオンのように協力的な狩猟戦略を採用した、との見解が支持されます。
ひじょうに社会的な集団組織のさらなる裏づけは、化石病理学的標本により提供されます。最近の研究では、中華人民共和国河北省の泥河湾盆地(The Nihewan Basin)の神庙咀(Shanshenmiaozui)で、120万年前頃となるイヌ科化石の怪我が報告されています。そのうち一方の標本は、骨など硬いものを噛んださいに起きたかもしれない歯の感染症の痕跡が見られ、もう一方の標本は脛骨の転位骨折の痕跡を示しますが、このような重症(孤立性肉食動物では致命的です)にも関わらず、外傷が治癒するまで生き延びられました。複雑骨折の治癒には長い期間を要し、外傷によりその後の捕食能力が低下したと考えられることから、社会的狩猟戦略や群れの他の構成員による食料共有といった支援が示唆されます。類似の症状は、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部の後期更新世のダイアウルフ個体群でも検出されました。ダイアウルフは最近、分類がCanis dirusからAenocyon dirusに変更されました(関連記事)。
多くの研究で現生のオオカミとリカオンの両方について報告されているように、集団の効率性の観点では負担がかかるにも関わらず、現生イヌ科の群れは集団の負傷したかあるいは病気の構成員を一時的に養っているので、更新世のイヌ科で同様の行動が見られても驚くべきことではありません。リカオンの場合いくつかの研究では、獲物を仕留めるにあたって、負傷した個体だけではなく障害を負ったか老齢の個体にも寛容だと報告されています。さらに、障害があるか老齢のリカオンは、吐き戻しを通じて群れの仲間から食べ物を受け取り、これは他のイヌ科では、血縁者やごく稀に非血縁者の仔犬や繁殖期の雌にのみ与える食物の共有方法です。
化石記録からは、絶滅狩猟犬でも同様の行動の証拠が得られます。障害個体への食料供給の利他的行動は、ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusでも報告されています(図4b)。ヴェンタ・ミセナ遺跡では、下顎骨を有するほぼ完全な頭蓋が発見されました(頭蓋VM-7000)。この頭蓋の個体の年齢は、歯の中程度から重度の摩耗を考慮して7~8歳と推定されました。この標本の最も突出した特徴は、高度な頭蓋の上下の非対称性と、上顎右側犬歯と第三小臼歯と第三大臼歯の無発生などいくつかの歯の異常です。これらの歯は、頭蓋のCTスキャンやX線写真で示されるように、個体の生前に折れたり失われたりしませんでした。上顎右側の犬歯の歯槽は、他の歯と同様にほぼ完全に欠如しています。さらに、右側第二大臼歯は欠損しており、その歯槽は一部再吸収されています。ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinus個体の奇形は、おそらくは前期更新世後半のバザ盆地に生息していた野生イヌの比較的小さな個体群における高水準の遺伝的ホモ接合性に起因します。
無歯症と頭蓋の両側の非対称性は両方とも、ポーランドなどで、深刻なボトルネック(瓶首効果)と近親交配の対象となる小規模のオオカミの現生集団で記録されています。現代のリカオンの場合、博物館の頭蓋の研究は、前世紀のサハラ砂漠以南のアフリカにおける種の個体数の劇的な減少を記録しており、集団のホモ接合性水準の増加の結果として頭蓋の非対称性の顕著な増加が示されてきました。これは、ヴェンタ・ミセナ遺跡のCanis(Xenocyon) lycaonoidesalpinus頭蓋の奇形が、地理的に他の集団から孤立していた、バザ盆地の猟犬の比較的小さな集団における遺伝的ホモ接合性の高水準の結果としての発達不安定性を反映している、と示唆します。
さらに、現代のリカオンの有効集団規模は通常、下位個体の繁殖抑制と不均等な性比により、調査された個体数の20~35%にまで減少しています。ヴェンタ・ミセナ遺跡の場合、これもさらなる近親交配とホモ接合性を促進したでしょう。しかし、多くの先天的障害にもかかわらず、VM-7000個体は成体に達することができ、それはおそらく、群れの狩猟活動における能力に影響を及ぼし、あるいは妨げさえしました(図4b)。これは、家族集団の他の構成員からの協力的行動と食料供給こそ、VM-7000個体が成体まで生き延びた唯一の方法だった、と示唆します。家族からの利他的な助けと世話により老齢に達したドマニシ遺跡の人類と同様に、VM-7000個体は成体に達しました。この真に利他的な行動はおそらく、ドマニシ遺跡の猟犬集団にも当てはまりますが、ドマニシ遺跡におけるこの種の記録が少ないため、直接的推論はできません。以下は本論文の図4です。
したがって、これらの知見は、協力的で利他的な行動の増加が、アフリカとユーラシアと北アメリカ大陸の開けた環境における、ヒトと大型の社会的肉食動物両方の生存と拡散の重要な原因だった、と示唆しているようです。興味深いことに、現時点で、食料共有も含めて集団の他の構成員への利他的行動が証明されている、前期更新世後半のひじょうに社会的な種は猟犬と人類だけです。上述のように、そうした利他的行動は現生のアフリカ猟犬でとくに発達しており、遺伝的異常や病気や高齢から生じる制約のある個体は、家族の他の構成員により助けられ、支えられています。
Canis(Xenocyon) lycaonoidesalpinusは、群れの構成員に対して協力的で利他的な類似のパターンを示します。ドマニシ遺跡におけるユーラシア猟犬の出現は、この大型であり群れで狩猟をするイヌ科の、最初の、年代のより限定された記録を示しています。他の大型イヌ科が到達したことはない、大陸横断的な広範囲の拡散の成功は、種の構成員間の協力につながる進化的傾向の結果として、これら絶滅猟犬の互恵的協力と利他的性質の利点と関連しているかもしれません。それは、「個体にとって有利になる最良の経路」だった、というわけです。ホモ属とひじょうに社会的なイヌ科はともに、ひじょうに社会的な祖先の子孫で、その祖先は集団で暮らしていました。これは選択ではなく不可欠な生存戦略で、そこから相互援助が出現しました。
以上、本論文についてざっと見てきました。180万年前頃のドマニシ遺跡の人類がイヌ科動物を家畜化していたわけではありませんが、死肉漁りなどにおいて、人類にとってイヌ科動物は身近で競合的な存在だったと考えられ、200万年前頃かそれ以前からの長期にわたって観察機会が多かったのではないか、と推測されます。イヌは人類にとって最初の家畜化動物で、それも他の種よりもずっと早かったと考えられますが、これはイヌ科動物が人類にとって長きにわたって身近な存在だったからなのでしょう。また本論文は、社会性の発達が大きく異なる種で独立して起きることを改めて示しています。上述のように、ドマニシ遺跡で発見された177万年前頃のサイの化石ではプロテオーム解析に成功しており、ドマニシ遺跡のイヌ科遺骸でも成功すれば、本論文では曖昧とされた進化系統樹における位置づけをより明確にできるかもしれないので、今後の研究の進展が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生物学:ヨーロッパにおいて、有史以前の猟犬は初期人類のそばで暮らしていた可能性
ジョージアのドマニシで最近発見された有史以前の猟犬の遺骸が、ヨーロッパに猟犬が到来したことを示す最古の証拠なのではないかという知見を示した論文が、Scientific Reports に掲載される。この知見は、この猟犬が、同じ場所で発見された初期人類のそばで生活していた可能性を示唆している。
今回、Saverio Bartolini-Lucentiたちの研究チームは、177万~176万年前と年代決定された大型犬の遺骸を分析した。この遺骸の標本は、ヨーロッパに近い地域での最古の猟犬の事例で、猟犬がアジアからヨーロッパとアフリカへと広範囲にわたる移動をした更新世カラブリアン期(180万年前~80万年前)より古いものとされる。
Bartolini-Lucentiたちは、このドマニシ犬が、東アジアに起源を持っていて現生アフリカ猟犬の祖先と思われるユーラシア猟犬のCanis(Xenocion)lycaonoides種に分類できることを示唆する、独特な歯の構造を持つことを突き止めた。また、このドマニシ犬の歯の特徴は、肉食性の強いこと(食餌の70%以上が肉であること)が明らかになっている同時代の他のCanid(野生の犬に似た動物種)や現代のCanidとも類似している。これらのCanidの歯の特徴としては、雑食動物よりも幅が狭く、短い第3小臼歯や大きく鋭利な裂肉歯(顎の中央にあって食物をせん断する歯)などがある。しかし、ドマニシ犬の歯には、著しい摩耗が認められなかったため、大型の若齢成体であることが示唆され、体重は約30キログラムと推定された。
これまでにドマニシで発見されたヒトの遺骸は、約180万年前に初期人類がアフリカから移動したことを示す最も古い直接証拠となっているため、今回の研究結果は、ドマニシで猟犬が初期人類のそばで生活していたことを示唆している。ユーラシア猟犬はその後、アフリカ、アジア、ヨーロッパに分散し、化石記録上、最も広く分布した肉食動物の1つとなった可能性がある。
参考文献:
Bartolini-Lucenti S. et al.(2021): The early hunting dog from Dmanisi with comments on the social behaviour in Canidae and hominins. Scientific Reports, 11, 13501.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-92818-4
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