ホモ・フロレシエンシス頭蓋の生体力学と摂食能力

 ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)頭蓋の生体力学と摂食能力に関する研究(Cook et al., 2021)が公表されました。本論文の概要は、すでに今年(2021年)4月7日~4月28日にかけて、オンラインで開催された第90回アメリカ自然人類学会総会にて報告されていました(関連記事)。インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見された小柄な人類はホモ属の新種ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)と分類され、その頭蓋下顎や歯の形態は広く研究されてきましたが、その機能と接触生体力学に関する議論は続いています。

 フロレシエンシス遺骸の年代は10万~6万年前頃で(関連記事)、その頭蓋歯形態には、食性の生態的地位についての手がかりを提供する多くの祖先的特徴があります。以前の研究では、フロレシエンシスの上下の横溝を有する頑丈な下顎枝と下顎結合が示されました。これらアウストラロピテクス属にも存在する特徴は、硬い種子やナッツを割る時など、高い咀嚼圧力に対して顔面を「強化する」と考えられています。ホモ・フロレシエンシスはホモ・ハビリス(Homo habilis)と類似した小臼歯も示しており、おそらくは小臼歯が関わる摂食行動中の強い咬合を示唆します。しかし、ホモ・フロレシエンシスの大臼歯サイズは縮小しており、とくに上下の第一大臼歯が短く、より頑丈な人類種と比較して、咬合負荷の減少が示唆されます。さらに、ホモ・フロレシエンシス頭蓋の顔面中央骨格は顕著なサイズ縮小を示しており、後のホモ属と類似した華奢化を伴います。

 現生人類(Homo sapiens)の顔面中央に見られる類似の華奢化は、石器の開発とそれに伴う口腔前処理の増加に伴う負荷軽減の結果と主張されています。これらの適応的移行は、力学的に強化された頭蓋歯的適応に対する選択圧の緩和と相関していた、と示唆されています。さらに、増大した筋力を受けると、現生人類は臼歯の咬合時に顎関節(TMJ)脱臼の危険性がある伸張反作用力を示します。これらの結果は、より柔らかい食物への移行および/または現生人類による口腔前処理の仮説をさらに裏づけ、それにより強力な咀嚼の力学的圧力に耐えられるような顔面形態の選択圧を緩和します。一方、別の研究では、他の人類に匹敵する咬合反作用力を生成もしくは維持するさいに、人類の頭蓋はさほど頑丈でなくともよく、強力な咬合行動がホモ属の頭蓋形成において選択的に重要だった可能性を指摘します。後のホモ属の華奢化につながる選択圧はまだ不明ですが、これらの仮説はホモ・フロレシエンシスの頭蓋の外見上の華奢化について情報をもたらすかもしれません。

 さらに、ホモ・フロレシエンシスの食物選択の証拠が不足しています。ホモ・フロレシエンシス遺骸のLB1とLB6の下顎歯の摩耗は、関連する動物遺骸がリアンブア洞窟に残っていることと合わせて肉への依存を示唆しますが、エナメル質の同位体特性や歯の微視的使用痕など、食性再構築に関する他の形式のデータはまだ収集されていません。以前の研究では、ホモ・フロレシエンシスは繰り返しの負荷には耐えられたかもしれないものの、咀嚼力はアウストラロピテクス属ほど高くなかった、と指摘されています。ただ現生人類と比較すると、ホモ・フロレシエンシスは比較的頑丈で、咀嚼に関連する負荷の増加が示唆されています。

 本論文は有限要素解析(FEA)を用いて、ホモ・フロレシエンシスの正基準標本であるLB1の頭蓋における摂食生体力学を、アウストラロピテクス属および現代人およびチンパンジー(Pan troglodytes)と比較して調べます。ホモ・フロレシエンシスの咀嚼負荷は、アウストラロピテクス属よりも減少したものの、現代人を上回っている、との以前提示された仮説を本論文は検証します。そうした検証は、ホモ・フロレシエンシスが処理できただろう食物についていくつかの推論を可能にし、生体力学的接触パターンの進化に知見をもたらします。

 LB1の新たな仮想再構築に基づいて、ホモ・フロレシエンシスの有限要素モデル(FEM)が構築されました(図1)。LB1における第三小臼歯(P3)と第二大臼歯(M2)の咬合のさいの顔面の力みの度合と梃子比が分析され、現代のチンパンジーや最近の現生人類やアウストラロピテクス属と比較されました。アウストラロピテクス属には、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)標本(Sts 5)やアウストラロピテクス・セディバ(Australopithecus sediba)標本のMH1(関連記事)が含まれ、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)標本(OH5)も比較対象となりました。以下は本論文の図1です
画像


●分析結果

 ミーゼス応力の大きさと分布を示す図(図2および図3)から、LB1はとくにP3の咬合中に、アウストラロピテクス属よりも一般的に高いひずみみの大きさがあった、と示されます。全体的にLB1の高いひずみの分布は、チンパンジーの方と類似している頬骨の体部と弓部を除いて、現代人と最もよく似ています。以下は本論文の図2および図3です。
画像

画像

 顔面骨格全体の14ヶ所の相同部位から収集されたひずみの程度(図4)は、図2および図3の結果を裏づけます。P3の咬合時、LB1のひずみは、背側眼窩間(DIT)と作業側背側眼窩(WDO)を除くすべての部位で、アウストラロピテクス属を上回っていました。さらに、アウストラロピテクス・アフリカヌスに分類される標本Sts 5の均衡頬骨弓(BZA)のひずみの程度は、LB1を上回っていました。この負荷事例でLB1ひずみの程度が最大なのは作業鼻縁(WNM)で、分析した他のすべての種を上回りました。M2の噛み合わせでは、結果がやや変化しました。この負荷事例では、LB1のひずみの程度は作業頬骨根(WZR)とBZAでSts 5を上回り、近郊眼窩下(BIF)ではSts 5と同程度でした。以下は本論文の図4です。
画像

 LB1のP3およびM2の負荷事例の咬合梃子比は両方とも現代人の範囲内で、本論文の標本に含まれる他の人類と同定です。LB1のP3の力学的利点(MA)はチンパンジーのMAと重なっているものの、その上限に向かっているのに対して、LB1のM2のMAはチンパンジーの範囲を超えています。LB1は、大臼歯の咬合時に作業側のTMJでかすかに引張性の関節反作用力を示し、ゼロとの差がほとんどありません。これは、筋の合成運動が両側顎関節と咬合点の3点を頂点とする三角形のすぐ外側にある、と示唆します。一方、MH1や現代人のTMJ反作用力はより強い張力ですが、Sts 5やOH5のそれは圧縮性です。


●考察

 ホモ・フロレシエンシスの正基準標本であるLB1頭蓋の本論文のモデルは、P3とM2両方の咬合におけるアウストラロピテクス属と比較しての構造的弱さを示します。いくつかの例外を除いて、LB1のミーゼスひずみの程度は、顔面頭蓋の大半において現代人で観察されたひずみの上昇に似ていますが、頬骨の体部と弓部ではチンパンジー的な水準のひずみ増加を示します。これはとくにP3負荷の場合に当てはまり、摂食咬合をシミュレートできるかもしれません。摂食行動に大きく依存している種は、吻の張力を減少させる適応を示すはずだ、と示唆されています。アウストラロピテクス・アフリカヌスの摂食生体力学のFEAでは、この化石人類種の鼻縁に沿って走る特徴的な「前柱」が、硬い種やナッツを割るときなどに小臼歯に力が加わったさいに、圧縮ひずみに抵抗する作用をする、と明らかになりました。これらのひずみは、支柱を取り除くか縮小するシミュレーションでは、ひじょうに高くなります。本論文におけるLB1のFEMでは、P3の咬合ではWNMに沿って現代人の上限値より大きなフォンミーゼスひずみが発生し、モデルサイズに合わせると、Sts 5標本を3倍近く上回ります。

 噛み砕く力が強かったという以前の結論とは対照的に、本論文の生体力学シミュレーションの結果は、ホモ・フロレシエンシスの顔面中央が後のホモ属と同様に華奢化し、それに伴って咀嚼負荷が減少したことを示す形態学的証拠と一致します。ホモ属における顔面縮小の適応的意義を説明するための理論は、食性変化の重要性を強調することが多く、通常は口腔内での処理がより少ない食物への移行を伴います。対照的に以前の研究では、現生人類の頭蓋は力強く噛めるよう適応している、と示唆されています。しかし、M2の負荷事例におけるLB1の作業側TMJの張力は、力強く噛むことの限界と、大臼歯を使うさいに関節の張力を和らげる均衡側筋肉の力を減少する必要性を示唆します。さらに、最大咬合力は歯のサイズに比例すると示されており、ホモ・フロレシエンシスの大臼歯の咬合面積が小さいことは、力強い咀嚼が少ないことを反映している、と推測するのが妥当です。

 以前の研究では、ホモ・フロレシエンシスの下顎は摂食負荷においてアウストラロピテクス属的な構造的強さの程度を示すものの、傍矢状の曲がりに関しては現代人に近い、と明らかになりました。その研究では、ホモ・フロレシエンシスはアウストラロピテクス属と比較すると咀嚼負荷が減少している可能性は高いものの、現代人との比較では上昇している、と結論づけられました。本論文のFEAの結果は、ホモ・フロレシエンシスの頭蓋がこのパターンに従わないことを示唆します。本論文では、ホモ・フロレシエンシスの頭蓋が同程度の負荷条件では現代人と同じくらい、場合によっては弱かったことを示唆します。

 興味深いことに以前の研究では、食性に関係なく類人猿の骨形状パターンとの一致が観察されました。その研究では、さまざまな食生活(もしくは摂食行動)の力学的要求は、下顎における皮質骨の利用と配置の詳細には現れず、現生ヒト上科において皮質骨の分布と食性との間に明確な関係はない、と結論づけられています。したがって、ホモ・フロレシエンシスの下顎皮質骨の形状から摂食行動を推測できるのか、不明です。むしろ、下顎の強度を考慮するさいには、体格と比較しての体部サイズの方が関連しているかもしれません。なぜならば、アウストラロピテクス属の下顎における力学的強度は、比較的大きな体格とより高水準の骨量によりもたらされるからです。ホモ・フロレシエンシスの下顎枝のサイズが他の人類と比較して推定される身体サイズに比して小さいとの知見は、本論文の結果と一致します。

 霊長類の頭蓋形態が摂食行動に適応しているのかどうかも不明です。じっさい、頭蓋が選択圧にどのように反応し、適応するのか理解することは、頭蓋骨が果たす多くの機能により複雑になります。競合する要求は、さまざまな機能の最適化において複雑なトレードオフ(交換)をもたらし、高度に統合された構造をもたらします。頭蓋骨の歪みのデータは、それ自体では食生活を反映していない可能性もあります。しかし曲鼻亜目では、頭蓋と食性の側面との間の共変動は、下顎と食性との間のそれよりも緊密である、と以前の研究では明らかになりました。現生霊長類における食性と摂食生体力学との間の関係についての研究により、化石種の摂食適応についての理解がさらに深まるでしょう。


●まとめ

 本論文のシミュレーションと分析により、ホモ・フロレシエンシス、少なくともLB1の頭蓋は、咬合力を効率的に伝達できるものの、顔面骨格の大半に比較的高水準のひずみが生じており、力強く大臼歯を噛むと、TMJ亜脱臼もしくは脱臼の危険性がある、と示されました。これらの結果から、LB1は大きくて強力な咀嚼負荷には適しておらず、おそらく犬歯後列の最大咬合力の生成に関して制約を受けている、と示唆されます。したがって、ホモ・フロレシエンシスの頭蓋は、力強い咬合および/もしくはひじょうに反復的な咀嚼を必要とする硬いものか硬い組織を食べることへの対応で、自然選択により形成された可能性は低そうです。エナメル質の同位体(関連記事)や歯の局所分布や咬合性微視的使用痕(関連記事)や巨視的使用痕のパターンのさらなる分析により、ホモ・フロレシエンシスの食性傾向に新たな光を当てられるでしょう。

 ホモ・フロレシエンシスの摂食生体力学は、現代人で観察されるパターンとよく似ています。現生人類とホモ・フロレシエンシスの最終共通祖先において、本論文で観察されたような顔面中央の縮小と摂食生体力学の現代人的パターンがすでに存在していた、と推測するのは妥当です。ホモ・フロレシエンシスの系統的位置づけは議論されており、依然として不明ですが(関連記事)、ホモ・フロレシエンシスはホモ属の基底部構成員を表しているかもしれず、縮小した顔面中央の骨量や張力TMJ負荷のそうしたパターンは、ホモ属の初期に出現した可能性があります。頭蓋歯摂食の現代人的な生体力学パターンの進化は、このパターンが最初に進化したかもしれない、現生人類とホモ・フロレシエンシスの最終共通祖先の摂食生態と食性のさらなる研究により明らかになるかもしれません。


参考文献:
Cook RW.. et al.(2021): The cranial biomechanics and feeding performance of Homo floresiensis. Interface Focus, 11, 5, 20200083.
https://doi.org/10.1098/rsfs.2020.0083

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック