レヴァントの中期更新世の人類化石と石器(追記有)

 レヴァントの中期更新世の人類化石と石器に関する二つの研究が報道されました。日本語の解説記事もあります。一方の研究(Hershkovitz et al., 2021)は、レヴァントの中期更新世(77万~126000年前頃)の新たなホモ属化石を報告しています。最近の歯や下顎や遺伝(関連記事1および関連記事2)や人口統計に関する研究では、ネアンデルタール人クレード(単系統群)の進化に寄与した、まだ特定されていないアフリカもしくはアジア西部の中期更新世人口集団の存在が予測されています。これは、ヨーロッパ大陸をネアンデルタール人とその直接的祖先の唯一の起源地とみなしてきた伝統的見解とは対照的です。本論文は、最近発掘されたイスラエル中央部のネシェル・ラムラ(Nesher Ramla)開地遺跡(以下、NR)で発見された数点の化石を、石器や非ヒト動物遺骸との関連で報告します(図1)。以下は本論文の図1です。
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●NR-1標本

 NRでは、ほぼ完全な右頭頂骨1点と左頭頂骨の断片的な4点から成るNR-1化石が発見されています(図2A)。NR-2化石はほぼ完全な下顎で、左下顎枝と右側下顎枝関節突起と右下顎枝の下顎角のみが欠けています(図3)。左下顎第二大臼歯(NR-2M2)と歯根のほとんどはまだ本来の位置にあります。NR-1およびNR-2はどちらも、考古学的層位の最下層内(図1D、ユニット6)に、動物の骨や燧石製石器とともに見つかり、同一個体を表している可能性が最も高そうです。

 ユニット6は、回収された動物の電子スピン共鳴法・ウラン系列法(ESR-US)年代に基づくと、14万~12万年前頃(125800±5900年前)と推定されます。この年代は、その上層(ユニット5)の焼かれた燧石の一連の熱ルミネッセンス(TL)年代により裏づけられます。ユニット5のTL推定年代は127600±4000年前で、ESR-USによる122300±3300年前の範囲に収まります。これらの年代は、後述のNR全体の光刺激ルミネッセンス法(OSL)年代(17万~78000年前頃)と一致します。

 NR-1とNR-2は、広範な期間の人類とさまざまに解剖学的に比較されました。NR-1頭頂骨の全体的な形態は中期更新世ホモ属標本に典型的で、初期および最近の現生人類(Homo sapiens)とはかなり異なる、古代型の低い頭蓋冠を示します。一方現生人類では、顕著な隆起を伴う湾曲した頭頂骨が見られます。NR-1の古代型形態は、冠状縫合と矢状縫合により形成される角度(c/s角度)でも裏づけられます(91.1°)。この角度は更新世ホモ属において増加し、ホモ・エレクトス(Homo erectus)とアフリカの中期更新世ホモ属は平均して92.1°±2.1°、ヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人は94.9°±3.4°、初期および最近の現生人類では99.4°±4.2°です。c/s角度は、これら3集団で大きく異なります。NR-1のc/s角度は古代型ホモ属(非現生人類ホモ属、絶滅ホモ属)、とくにアフリカの中期更新世ホモ属と類似しており、現生人類の変異外に位置します。

 NR-1はおもに頭頂骨隆起領域でかなり厚くなっています。この点では、NR-1はヨーロッパの中期更新世ホモ属、たとえばスペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」(以下、SHと省略)やギリシアのペトラローナ(Petralona)の人類化石と類似しています。NR-1の頭頂骨は一般的に、イスラエル北部のアムッド洞窟(Amud Cave)やフランスのラシャペルオーサン(La Chapelle-aux-Saints)遺跡などのネアンデルタール人や、タンザニアのラエトリ(Laetoli)遺跡の30万~20万年前頃の頭蓋(LH18)とエチオピアのオモ(Omo)の頭蓋(Omo 2)を除く初期現生人類よりも薄く、最近の現生人類よりはずっと厚い、と示されます。

 NR-1と時空間的に広範囲のホモ属標本との3D GM分析による比較も(図2C)、NR-1の古代型形態を確証します。最初の3主成分で全体の形態分散の74.5%を説明します。PC1軸(34.9%)は、矢状面と冠状面の両方に沿った顕著な湾曲により、初期および最近の現生人類を他のホモ属集団と区別します(図2C)。PC2軸(21.3%)からは分類学的に情報が得られません。PC3軸(18.3%)は頭頂骨隆起の相対的発達とその相対的な前後の位置に基づいて、アジアのホモ・エレクトスおよびアフリカの中期更新世ホモ属をネアンデルタール人およびヨーロッパの中期更新世ホモ属と分離します(図2C)。ヨーロッパの中期更新世ホモ属集団は、前後左右に平坦な頭頂骨が特徴です(図2C)。NR-1は現生人類とは異なり、ネアンデルタール人と中期更新世ホモ属のクラスタ間の中間に位置します(図2C)。各集団の平均形態に基づく系統発生分析では、NR-1はアフリカの中期更新世ホモ属につながる分枝の起源近くと、ホモ・エレクトスからの分枝およびヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人(SH集団を含みます)の近くに位置し、初期および最近の現生人類からは遠く離れています(図2B)。以下は本論文の図2です。
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 頭頂骨内表面の形状に関して、NR-1は多角形、つまりその表面が異なる3平面に沿って明確に配置されています。代わりに、ネアンデルタール人と現生人類はアーチ型の頭頂骨内表面を示します。NR-1の仮想頭蓋内鋳型に見られる上頭頂小葉の平坦性は、中期更新世ホモ属の最も独特な特徴の一つです。NR-1の頭蓋内鋳型の他の重要な特徴で、中期更新世ホモ属に典型的なのは、第一側頭部脳回の上部における最大頭蓋内鋳型の幅のひじょうに低い位置と、ひじょうに短い頭頂葉と、最大頭蓋内鋳型の幅および頭頂骨内の幅のさまざまな長さと、頭頂骨上の後部の位置です。これらの特徴はネアンデルタール人にも見られる場合があります。逆に、最近の現生人類標本では、頭蓋内鋳型および頭頂骨内の幅が最大値以下で、NR-1よりもはるかに高く、より前方に位置しています。

 NR-1の中硬膜血管のパターンは単純です。他の中期更新世ホモ属とネアンデルタール人のように、わずかで短い支脈が見られ、吻合は存在しません、NR-1の中硬膜血管の後方支脈は前方支脈のように発達しており、中期更新世ホモ属で持続するパターンです。ネアンデルタール人と最近の現生人類の両方が、前方支脈の優勢を示しており、最近の現生人類は複雑な血管頭蓋内鋳型の痕跡を示します。


●NR-2標本

 NR-2標本は頑丈な下顎骨で(図3)、中から外側に広く、皮質骨は厚くなっています。その最も顕著な特徴は、高さと比較して短い下顎枝で、頑丈で低く幅広い冠顎骨突起を有しています。NR-2標本は、中期更新世ホモ属に見られる古代型の特徴、たとえば下顎頤の欠如や広い下顎切痕や発達した歯槽平面を示します(関連記事)。

 分類学的に関連する下顎の特徴が、階層的クラスタ化分析と組み合わされました。現代および更新世のホモ属は主要な2クラスタを形成します。NR-2は、SH集団やアフリカ北西部のティゲニフ(Tighenif)標本(ティゲニフ3)やアラゴ(Arago)の標本(アラゴ8号)やネアンデルタール人1標本とともに、更新世標本の側枝に位置づけられます。これらの分離した特徴は、NR-2下顎骨のモザイク性を強調し、いくつかのネアンデルタール人的特徴とともに古代型の形態を示します。

 NR-2下顎骨の癒合領域は16.6mmとかなり厚く、ヨーロッパの中期更新世ホモ属(16.9±2.1mm)に近くなっており、33.7mmとやや高く、ネアンデルタール人の平均(34.0±4.6mm)に近くなっています。第一大臼歯と第二大臼歯の間で測定された体部は17.7mmと厚く、ヨーロッパの中期更新世ホモ属の範囲内(18.1±3.1mm)に収まりますが、32.7mmとヨーロッパの中期更新世ホモ属(30.2±1.6mm)およびネアンデルタール人(29.9±3.3mm)よりも高く、初期現生人類(33.0±4.0mm)に近くなっています。

 NR-2下顎骨の3D GM分析結果(図3C)では、最初の2主成分で全体の分散の47.5%を説明します。PC1軸沿いの変異(37.9%)は、下顎体の長さと、下顎枝の形態(古代型ホモ属間ではより短く広くなっています)と、顎領域の表現の変化により表されます。PC2軸沿いの変異(9.6%)は、下顎体の高さ(おもに顎領域)の変化と、下顎体の平行歯槽および基底の縁から後方に収束する縁への移行における変化を反映しています。PC1軸とPC2軸では、初期および最近の現生人類は他のホモ属と分離していますが、ヨーロッパの中期更新世ホモ属とSH集団は、レヴァントのアムッド1号およびアジアのホモ・エレクトスを含むネアンデルタール人と区別されます。

 NR-2はネアンデルタール人とSHを含むヨーロッパの中期更新世ホモ属との間に位置し、現生人類の範囲外となります。各人類集団の下顎平均形態に基づく系統発生分析では、NR-2はイスラエルのタブン(Tabun)遺跡の個体(タブンC1)とともに別の分枝に位置づけられ、ヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人との間の分岐近くに位置し、ホモ・エレクトスやアフリカの中期更新世ホモ属や現生人類からは遠くに位置します(図3B)。この結果は計測にのみ基づいており、離散特性に基づいたクラスタ分析の結果とほぼ一致しており、NR-2はネアンデルタール人との類似性を有する古代型集団に属する、と確証します。以下は本論文の図3です。
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 NR-2の下顎第二大臼歯(NR-2 M2)は完全な状態で、象牙質角のわずかな露出を引き起こす、いくつかの咬合摩耗を示します(図4A)。NR-2 M2の咬合面は4つのよく発達した咬頭と次小錐(hypoconulid)を示します。5つの主要な咬頭の存在は、SH集団とネアンデルタール人のほとんど(70%)で典型的です。NR-2 M2は象牙質表面に明確な連続的中三角頂と不連続な遠位三角頂を有しており、以前の研究の等級3に対応します。中三角頂はネアンデルタール人とSH集団の90%以上に存在します。NR-2 M2のように、中三角頂の等級3の発現は、ネアンデルタール人標本のほぼ60%に存在しますが、現生人類には欠けています。イスラエルのケセム洞窟(Qesem Cave)の第二大臼歯標本(QC-J15)は、連続的中三角頂と不連続な遠位三角頂の類似パターンを示します。ドイツのエーリングスドルフ(Ehringsdorf)遺跡の標本(エーリングスドルフG)は中三角頂のみを示しますが、ドイツのマウエル(Mauer)遺跡標本は中三角頂を全く示しません。

 NR-2 M2は、歯根の第4先端で分岐する、単一のピラミッド型歯根を有しています(図4C・D)。大きな歯髄腔は歯根の中央部まで伸びており、頂点まで伸びる短い歯根管へと分岐し、これは牛歯化(taurodontism)として知られる歯根構成です(図4)。牛歯化歯随腔を有するこのピラミッド型歯根は、ネアンデルタール人ではよく見られます。現代人では、下顎第二大臼歯は歯根管でいくらかの変異がある分離した近心および遠心の歯根を有します。NR-2 M2の歯根(図4)は16.4mmと比較的長く、上部旧石器時代現生人類(11.3~16.8mm)およびネアンデルタール人(14.3~16.5mm)の変異範囲の上限に位置します。以下は本論文の図4です。
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 EDJ(象牙質とエナメル質の接合部)とCEJ(セメント質とエナメル質の接合部)の情報を組み合わせた標識構成である、歯冠形態の3D GM分析では、NR-2M2はネアンデルタール人の範囲の上側の遠端に位置し、クロアチアのクラピナ(Krapina)標本やエーリングスドルフGに近い、と示されました。PC1軸に沿った形態変異(全分散の30.6%)は、歯冠の相対的高さと象牙質の輪郭に対するEDJの頬舌の拡張に起因します。ネアンデルタール人と現生人類の第二大臼歯のように、NR-2M2は比較的高い歯冠と頬舌の拡張したEDJを示します。

 PC2軸(14.7%)に沿って、NR-2M2は現生人類やSH集団やアフリカの中期更新世ホモ属標本とは反対の、分布の最も極端な範囲に向かって投影されます。関連する形態は、象牙質歯冠の遠位面の拡張、NR-2M2がクラピナ遺跡やエルシドロン(El Sidrón)遺跡の何点かのネアンデルタール人標本と共有する特徴、ヨーロッパの中期更新世ホモ属(エーリングスドルフG)により特徴づけられます。頭頂骨や下顎骨とは異なり、CEJ-EDJデータの組み合わせ(図4B)に基づいて、無根系統発生樹はNR-2M2とネアンデルタール人との明確な関係をもたらしましたが、QC-J15はSH集団と関連しました。歯冠サイズに関しては、NR-2M2は現代人の範囲外です。


●NR化石の人類史における位置づけ

 分析された3つの解剖学的要素(頭頂骨と下顎骨と第二大臼歯)からの累積的証拠は、古代型とネアンデルタール人的な特徴の独特な組み合わせを明らかにし、中期更新世末期における局所的なレヴァント人口集団の存在を裏づけます。二次的判別分析(QDA)の結果はこの観察を裏づけており、NR化石が初期および最近の現生人類に分類される可能性はひじょうに低そうですが、NR化石が中期更新世ホモ属かネアンデルタール人かホモ・エレクトスのどれに分類される可能性が高いのか、確定することは不可能と示されます。その結果、判別関数プロットでは、NR-1の頭頂骨はホモ・エレクトスおよびアフリカの中期更新世ホモ属集団とヨーロッパの中期更新世ホモ属およびネアンデルタール人との間に収まり、分類される可能性はどちらのクラスタでも類似している可能性が高い、と示されます。

 ネアンデルタール人の特徴が識別されたレヴァントで最古となる中期更新世人類化石はケセム洞窟で発見されており、その年代は40万年前頃です(関連記事)。レヴァントで最古となる現生人類的なホモ属遺骸は18万年前頃でさかのぼり、イスラエルのミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で発見されました(関連記事)。明確なネアンデルタール人は、中東では7万年前頃には見られません。NR化石は、ひじょうに不均一ではあるものの古代型の形態を示すことにより、この記録の間隙を埋めます。NR化石の頭頂骨は脳頭蓋のかなり古代型の形態を記録し、その下顎は中期更新世ホモ属と類似しており、大臼歯はひじょうにネアンデルタール人的で、エーリングスドルフGと類似しています。

 以前の研究では、ネアンデルタール人において、脳頭蓋と比較して咀嚼器官のより早期の進化的発達が主張されました(関連記事)。同様に、アフリカ北部のジェベルイルード(Jebel Irhoud)遺跡の化石は、より祖先的な神経頭蓋を有するものの、より現生人類的な顔面と歯列を示します(関連記事)。ネアンデルタール人的な特徴を有する古代型人口集団は中期更新世にユーラシア大陸の多くにも存在し、中華人民共和国の広東省韶関市の馬壩(Maba)遺跡や河北省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県の許家窰(Xujiayao)遺跡(関連記事)や河南省許昌市(Xuchang)の霊井(Lingjing)遺跡(関連記事)のホモ属遺骸により明らかにされてきました。

 ホモ・エレクトスから著しく逸脱した中期更新世アジア人口集団の存在は、たとえば中華人民共和国貴州省桐梓(Tongzi)県の艶輝(Yanhui)洞窟のホモ属の歯(関連記事)もしくはジャワ島のサンブンマチャン(Sambungmacan)遺跡の頭蓋(サンブンマチャン3号)で繰り返し提案されてきました。サンブンマチャン3号は、ジャワ島のガンドン(Ngandong)遺跡の6号および7号とともに、NR-1の頭頂骨との強い形態学的類似性を示します。

 NR化石は、アムッド遺跡やイスラエルのケバラ(Kebara)遺跡およびアイン・カシシュ(Ein Qashish)遺跡で発見された7万~5万年前頃のレヴァントのネアンデルタール人に先行する、特徴的なアジア南西部中期更新世ホモ属集団の後期(14万~12万年前頃)の生存事例を表しているかもしれません。ネアンデルタール人の特徴をさまざまな程度で示すNR化石のモザイク状の形態に基づくと、イスラエルのケセム洞窟やズッティエ洞窟(Zuttiyeh Cave)や恐らくはタブン洞窟で発見された、分類について長く議論されてきた他の中期更新世レヴァントのホモ属化石も、この集団に分類できるかもしれません。

 本論文は以前の研究に従って、このレヴァントの中期更新世古集団を「ネシェル・ラムラ・ホモ属(Nesher Ramla Homo)」として扱うよう、提案します。「ネシェル・ラムラ・ホモ属」は42万年前頃~12万年前頃にかけて地理的に制約された地域に存在したことにより、ミスリヤ洞窟の人々のような現生人類と繰り返し交雑することが可能だったかもしれず、この見解は共有する技術的伝統にも裏づけられます。この想定は、現生人類とネアンデルタール人との間の40万~20万年前頃となる初期の遺伝子流動の証拠(関連記事1および関連記事2)と一致し、イスラエルのスフール(Skhul)遺跡やカフゼー(Qafzeh)遺跡の後のホモ属化石の歯と骨格の特徴の変動的な発現を説明するのに役立ちます。

 さらに、SH集団とアラゴのホモ属遺骸の歯に関する最近の研究は、中期更新世ヨーロッパにおける複数のホモ属系統の存在を示唆し、ネアンデルタール人的な特徴を有するレヴァントのホモ属集団のヨーロッパのホモ属系統への寄与を仮定します。したがって、ネアンデルタール人的特徴を有する「ネシェル・ラムラ・ホモ属」は、ヨーロッパ西部が一連の連続した移住を通じて再居住されたという、人口統計学的な「供給源と吸込み」モデルで仮定されている「供給源」人口集団を表しているかもしれません。


●求心状ルヴァロワ技法の範囲

 もう一方の研究(Zaidner et al., 2021)は、NRの石器と年代を報告します。中期更新世後期のアフリカにおける現生人類の出現と拡大は、中期石器時代を代表する複雑な行動および技術と関連しています(関連記事1および関連記事2)。中期石器時代の主要な技術革新の一つは、30万年前頃にはアフリカ大陸のほとんどに拡大していたルヴァロワ(Levallois)技術です(関連記事)。中期石器時代には、求心状ルヴァロワ技法が剥片および石刃製作の主要な様式として、アフリカおよびアジア西部の多くの遺跡で用いられていました(図1)。

 求心状ルヴァロワ技法は、一連の明確で反復的な行為を用いて実行される、適切に構造化された技術過程です。求心状ルヴァロワ技法の最初の証拠は、アフリカ東部のカプサリン(Kapthurin)層(25万~20万年前頃)およびガデモッタ(Gademotta)層(276000年前頃)の中期石器時代初期の遺跡で報告されています。一般的に中期石器時代、とくに求心状ルヴァロワ技法は、オモ・キビシュ(Omo Kibish)やヘルト(Herto)やアドゥマ(Aduma)といった遺跡では、現生人類遺骸と関連しています。

 アジア南西部における現生人類の最初の証拠は18万年前頃となり、中部旧石器インダストリーおよびルヴァロワ技術と関連しています(関連記事)。海洋酸素同位体ステージ(MIS)5(13万~71000年前頃)には、アジア西部の全ての現生人類化石は、求心状ルヴァロワ技法と関連しています。現生人類との関連における求心状ルヴァロワ技法の顕著な存在から、求心状ルヴァロワ技法はMIS5におけるアジア西部への現生人類拡散の指標としてよく用いられました。ヨーロッパ西部では、求心状ルヴァロワ技法はMIS8から散発的に見られます。ヨーロッパにおける求心状ルヴァロワ技法の体系的な使用は、MIS5末期とMIS4において記録されています。

 上述のように、NR(図1の1)では、現生人類だけが存在していたと考えられていた時期の、古代型の中部旧石器時代ホモ属の化石が発見されました。これは、現生人類と古代型ホモ属(非現生人類ホモ属)の2集団の重複期間が長かったことを示唆します。NR化石と関連するユニット6の石器群(図2B・C・D)の研究から、中部旧石器時代ホモ属は完全にルヴァロワ技術を習得していた、と示唆されます。本論文は、この新たに発見されたホモ属遺骸と関連する文化的背景と年代測定と石器群を報告します。以下は本論文の図1です。
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●NRの年代

 NRは、イスラエル中央部の後期白亜紀の白亜岩盤内にあります(図2A)。中部旧石器時代の文化的遺物は厚さ8mの系列で発見され、海抜は107.5~99.5mで、窪みの縁から約12m下にあります。文化的系列は6つの考古学的ユニット(図2B・D)から構成されます。本論文でおもに取り上げられる最下部のユニット6は厚さが約1mで、5層から構成されます。ホモ属の右頭頂骨とほぼ完全な下顎骨は、ユニット6の中間のI3層で見つかりました(図2B・D)。以下は本論文の図2です。
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 ESR-USとTLとOSLの組み合わせにより、NR遺跡とそのホモ属遺骸の年代が測定されました。ユニット6 (I2およびI3層)で発掘された3点の草食動物の歯は、堆積以降に発生したかもしれない歯の組織のウラン含有量の変化を克服するため、ESR-USの組み合わせ手法が用いられて分析されました。その加重平均年代は126000±6000年前です。同じ手法による、上層のユニット5で得られた動物の歯の加重平均年代は122000±3000年前です。図3Aには、エナメル質と象牙質の組織の等価線量と線量率とウラン取り込みパラメータとESR-USの全ての年代が示されています。

 さらに、TL年代測定が、化石の約50cm上にあるユニット5で収集された9点の焼けた燧石標本に適用されました。TLの年代は191000±13000年前~104000±11000年前ですが、これらの標本はよく定義された20~40cmの厚さの考古学的層に属するので、同年代である可能性が高そうです。したがって、191000±13000年前という年代値は異常に見え、単純な統計的検定により確認されます。191000±13000年前という年代値が外れ値として除外される場合、その他の8点の燧石の加重平均年代は128000±4000年前です。

 さらに、これらの標本は類似した外部線量率にさらされているので、等時線分析が行なわれ、135000±13000年前という年代値が得られ、TLの加重平均年代と一致します。これは、TLの個々の年代を計算するために用いられる外部線量率がおそらく正しい、と示唆します。TLの年代は、同じユニット5で得られたESR-US年代と区別できず、ユニット5で得られたESR-USの加重平均年代126000±6000年前と一致します。これらの年代測定結果によると、ユニット6は系列全体で以前に得られたOSL年代と一致して、少なくとも12万年前頃と確信をもって推測でき、これはNRの人類による居住がMIS6~5の移行期に起きたことを示唆します。

 遺跡形成過程と石器群の研究は、放射性年代により得られた結果を裏づけます。ユニット5および6は両方、類似の堆積学的および微細形態学的特徴を示します。両ユニット間に中断や不整合は観察されませんでした。微細形態学的および堆積学的分析は、類似の堆積メカニズムによる連続的な堆積を示唆します。したがって、ユニット6とユニット5の蓄積の間に、堆積の間隙もしくは堆積環境の変化は起きなかった、と結論づけられます。

 速く継続的な堆積は、ユニット6および5の両方で類似の特徴を示し、それ故に共有された文化的伝統を有する人類により製作されたかもしれない石器でも裏づけられます。NRのインダストリーは、この地域のMIS5のインダストリーとの明確な類似性を示します。それは、27万~14万年前頃となるこの地域の前期中部旧石器時代インダストリー(関連記事)とは明確に異なります(図3B)。得られた放射性年代と堆積および文化的要素を考慮すると、NRホモ属の年代は14万~12万年前頃の可能性が最も高そうです。以下は本論文の図3です。
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●動物遺骸

 解剖学的関節接合におけるいくつかの屠殺された動物遺骸の存在と、石器の修復と、炉床や大量の灰などの遺跡の特徴は、考古学的系列の蓄積中の人類の活動を示唆します。ユニット6の動物化石は、カメと有蹄類が優占します。動物化石は多数の解体痕と敲石の打撃痕により明らかにされるように、人類の狩猟と処理により変化しました。全ての骨格部分は最大の有蹄類でも表されており、陥落孔かそのすぐ近くで起きた狩猟活動を証明します。

 解剖学的関節接合の存在と、偏りのない骨格部分の特性と、摩耗の事実上の欠如は、陥落孔内での蓄積を示唆します。動物化石は一般的に、ガゼルやウマやダチョウなどの開けた景観の分類群と、オーロックスやイノシシなどより広範な生息環境の動物で構成され、森林景観に適応したダマジカの割合は相対的に小さくなっています。これは、ユニット6におけるNR近くの景観が一般的に開けていたことを示唆します。有蹄類の構成とカメの優占は、他の下部系列ユニットでも同様です。


●NR石器群の特徴

 NRのユニット6では約6000点の2cm以上の人工物が発見されました。ユニット6のI2層からI5層の石器群は、直接的にNR化石群と関連しており、2cm以上の人工物2184点で構成されます。化石が発見された全ての調査された下位区分層は、類似の技術的特性を示します。石器群は燧石で作られています。人類は、ミシャシュ層(Mishash Formation)の地元の高品質燧石を用いました。石核と主な要素と剥片と石核維持石器の存在により示されるように、燧石は遺跡で石器製作に用いられました。石核は完全に使い尽くされており、人類が石核を最大限に活用したことを示唆します。遺跡から10km離れた場所より持ち込まれた燧石は、全ての技術分類において低頻度ですが、再加工された断片ではより高頻度で、人類がその移動用道具一式の一部として再加工された道具を有していた、と示唆されます。

 NRホモ属は、おもに求心状ルヴァロワ技法を用いました。ユニット6の石器群は、求心状で直交性の痕跡パターンを有する、円形もしくは長方形の幅広いルヴァロワ剥片が優占します(図4)。ルヴァロワ石核の非目的製作物(debitage)表面の凸部は、求心状の調整を通じて達成および維持されました。石器群は求心状で直交性の痕跡パターンを伴うルヴァロワ背付き(débordant)剥片と、擬似ルヴァロワ尖頭器および剥片を高頻度で示します(図4)。これら求心状ルヴァロワ縮小体系の古典的な所定副産物は、ルヴァロワ石核の背部表面のこれらの凸部を維持するために使用されました。凸部の準備後、優先法と反復求心状ルヴァロワ技法により、所定の剥片が製作されました。求心状ルヴァロワ技法は、NRの考古学的系列を通じて類似の技術的特性を示します。以下は本論文の図4です。
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 ルヴァロワ尖頭器の製作は、ユニット6で記録される予備的な縮小体系です。ルヴァロワ尖頭器は遺跡の層序系列を通じてさまざまな頻度で見られますが、ユニット6において最も高頻度です。ルヴァロワ尖頭器は優先的な単方向収束ルヴァロワ技法により製作され、ほとんどは古典的なY型で、遠位凸部の修正を目的とした双方向除去の使用は稀です。尖頭器は対称的で平坦で幅広く、製作の優先的な様式から派生します。

 NR石器群のいくつかの追加の明確な特徴は、自然に背付きされたナイフの体系的製作と、部分的に再加工され形成された縁を有する横方向の扁平斧打撃技法の広範な使用です。NRインダストリーのこれら独特な特徴は、求心状ルヴァロワ技法とルヴァロワ尖頭器の製作とともに、遺跡の全考古学的系列を通じてさまざまな頻度で見られます。同じ技術の使用と同じ一連の人工物の製作は、8mの厚さの考古学的系列の蓄積におけるこの地域の文化的継続性を示唆します(図2D・E)。


●中期更新世ホモ属の石器技術と相互作用

 中期更新世ホモ属化石は、文化的背景を欠いている場合が多く、その行動と技術はあまり知られていないままです。それにも関わらず、中期更新世ホモ属はアシューリアン(Acheulian)のような下部旧石器時代インダストリーを製作していた、と一般的に提案されています。NRの証拠からは、中期更新世後期のホモ属が、つい最近まで現生人類かネアンデルタール人のいずれかと関連づけられていた発展ルヴァロワ技術を完全に習得していた、と示唆目します。NRホモ属による求心状ルヴァロワ技法の使用は、MIS5におけるアフリカ外の現生人類の存在拡散の指標として石器技術を用いることへの注意を示唆します。これは、中期更新世ホモ属がアフリカの中期石器時代インダストリーの製作者の一部だったかもしれない、と指摘する最近の見解(関連記事)と一致します。

 レヴァントにおける求心状ルヴァロワ技法の起源に関しては議論があります(関連記事)。レヴァントにおける中期更新世前期(27万~14万年前頃)インダストリーは、非ルヴァロワ層状技法で製作された石刃の優占や、収束単方向および双方向ルヴァロワ技法を用いてのルヴァロワ原形の製作を特徴とする、完全に異なる技術的一式を示します。中期更新世前期インダストリーは、求心状ルヴァロワ技法の体系的使用の証拠を示しません。したがって、レヴァントのMIS5遺跡群の求心状技術は在来起源ではなく、その最も可能性が高い起源はアフリカ東部および北部で、そこではMIS6および5における中心的な構成を表している、と提案されます。

 NRホモ属により用いられた求心状ルヴァロワ技法は、カフゼーとスフールの現生人類遺跡、アラビア半島のMIS5遺跡群、アフリカ北部および東部の中期石器時代遺跡群で用いた技術と明らかに類似しており、この中には現生人類遺骸が発見された遺跡も含まれます。類似点は、凸部を準備する同様の様式や、円形もしくは長方形の所定のルヴァロワ剥片を製作するための石核処理の類似の方法など、細部にあります。その結果、求心状ルヴァロワ石核や、求心状ルヴァロワ剥片や、求心状の痕跡パターンを伴う背付き剥片や、擬似ルヴァロワ剥片および尖頭器のような、類似の様式の石器が製作されました。

 さらに、NRホモ属は他のレヴァントのMIS5遺跡群とルヴァロワ尖頭器製作の優先的な収束単方向技法を共有していました。カフゼー洞窟とNRの両方で、優先技法は平坦で短いルヴァロワ尖頭器の製作において最も一般的な方法でした。単方向収束ルヴァロワ技法によるルヴァロワ尖頭器の製作はMIS5のアフリカでは稀で、NRの中期更新世ホモ属とカフゼーやスフールの現生人類の両方により共有された、おもにレヴァントの特徴だった、と示唆されます。

 本論文の結果は、現生人類と中期更新世ホモ属が、レヴァントのような小さな地域でMIS5に石核縮小技術を共有していた、と明確に示します。ホモ属集団間の文化的拡散と相互作用が、中期更新世ホモ属と現生人類との間のそうした密接な文化的類似性の最も可能性の高い理由である、と本論文は主張します。これらの結果は、中期更新世後期と後期更新世前期における分岐した古代型ホモ属集団と現生人類との間で遺伝子流動が存在した、と示唆する遺伝学的研究の増加と一致します(関連記事1および関連記事2)。本論文の知見は、中部旧石器時代における異なるホモ属系統間の密接な文化的相互作用への考古学的裏づけを提供し、中期更新世ホモ属と現生人類との間の接触はすでに12万年以上前に起きていた、と提案します。


 以上、NRのホモ属化石および石器群に関する研究を見てきました。NRホモ属化石の人類進化史における位置づけは、やはり形態だけではなかなか難しく、かといって中期更新世のレヴァントの化石ではDNA解析も難しそうなので、タンパク質解析に成功すれば、DNAほどの情報は得られないとしても、この問題にある程度の見通しを立てられるかもしれません。最近証拠が蓄積されつつありますが、中期~後期更新世のホモ属化石を形態のみで人類進化史に位置づけることは本当に難しいと思います(関連記事1および関連記事2)。

 Hershkovitz et al., 2021は、NRホモ属がヨーロッパの中期更新世ホモ属の起源集団(の一部)になった可能性を指摘します。NRホモ属は、現生人類ではなさそうですが、ネアンデルタール人的特徴と、現生人類でもネアンデルタール人でもない中期更新世ホモ属の特徴との混在を示します。これをどう解釈するのか、形態からのみでは困難ですが、ネアンデルタール人の主要な祖先集団の一部で、NRホモ属化石がその子孫だった可能性もじゅうぶん考えられます。また、NRホモ属はアジア東方の中期更新世ホモ属集団との類似性も示しており、それらの祖先集団の一部だった可能性も想定されます。いずれにしても、NRホモ属は、どれか特定の集団と単系統でつながる分類群ではなく、中期~後期更新世ホモ属の複雑な進化史の中に位置づけられるのでしょう。

 Hershkovitz et al., 2021は、ネアンデルタール人系統において、母系のミトコンドリアDNA(mtDNA)と父系のY染色体で置換が起きたと推測されること、NRホモ属との関連にも言及しています。後期ネアンデルタール人は、核ゲノムでは明らかに現生人類よりも種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の方と近縁ですが、mtDNAでもY染色体DNAでもデニソワ人よりも現生人類の方と近縁です(関連記事)。NRホモ属は、ネアンデルタール人系統におけるこの母系と父系の置換に重要な役割を果たした可能性も考えられます。ただ、ギリシアで21万年以上前の現生人類的な化石が発見されており(関連記事)、ネアンデルタール人系統における母系と父系の置換はヨーロッパ地中海地域で起きたかもしれません。

 Zaidner et al., 2021は石器技術の分析・比較と年代測定から、NRホモ属と現生人類との間の密接な相互作用を想定します。石器技術に関しては、ホモ属の分類群間である程度の遺伝的違いがあっても伝播することは珍しくなかったのでしょうし、石器以外の文化要素でもよくあったことなのかもしれません。もちろん、生得的な認知能力の違いにより伝達の難しい文化要素もあったでしょうが。NRホモ属と現生人類や他のホモ属との間で交雑があった可能性は高そうですが、Hershkovitz et al., 2021の想定とは逆に、ヨーロッパから南下してきたホモ属集団とNRホモ属がレヴァントも含めてアジア南西部で交雑した可能性も考えられます。NRホモ属の人類史における位置づけは今後も確定が難しそうですが、中期~後期更新世のホモ属の進化史の検証において興味深い事例を提供しており、ひじょうに意義深い研究だと思います。


参考文献:
Hershkovitz I. et al.(2021): A Middle Pleistocene Homo from Nesher Ramla, Israel. Science, 372, 6549, 1424–1428.
https://doi.org/10.1126/science.abh3169

Zaidner Y. et al.(2021): Middle Pleistocene Homo behavior and culture at 140,000 to 120,000 years ago and interactions with Homo sapiens. Science, 372, 6549, 1429–1433.
https://doi.org/10.1126/science.abh3020


追記(2021年12月26日)
 本論文に対する反論と再反論が公表されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。トラックバック機能が廃止になっていなければ、トラックバックを送るだけですんだので、本当に面倒になりました。

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