徳之島出土人骨のmtDNA分析
本論文(篠田他.,2021)は、「新学術領域研究(研究領域提案型)計画研究B01【調査研究活動報告2019年度(1)】考古学データによるヤポネシア人の歴史の解明」の研究成果の一環となります。鹿児島県徳之島は、奄美群島のほぼ中央に位置する離島の一つで、その位置から、南方より日本列島への流入経路と考えられるだけではなく、古来より沖縄本島と九州南部をつなぐ交流の要所にもなっています。徳之島には縄文時代にさかのぼる遺跡も存在し、人骨も出土しています。したがって、この地域の「縄文人」のDNAは、古代人の移動経路と交流の範囲やその実態を知る鍵になると考えられます。本論文は、これまでの琉球列島や九州南部の「縄文人」のDNAデータを徳之島の「縄文人」と比較することで、この地域の集団の移住や拡散の状況を解明します。
DNA解析に用いられたのは、徳之島伊仙町の面縄第1貝塚とトマチン遺跡、天城町の下原洞穴遺跡の人骨です。面縄貝塚は貝塚時代前1期(縄文時代早期~前期並行期)からグスク時代(中世並行期)に欠けての複合遺跡で、面縄第1貝塚では1982年の発掘で石棺墓から保存状態良好な人骨が1体出土しています。その後、2007~2015年の調査でも合計3体の人骨が出土しています。トマチン遺跡は1992年に最初の調査が行なわれ、2004~2009年の発掘で石棺墓3基と土壙墓1基が発見され、石棺墓からは複数の人骨が出土しています。共伴遺物から、年代は貝塚時代前5期末(縄文時代晩期末~弥生時代前期並行期)と推測されています。下原洞穴遺跡では、2016年度の調査で縄文時代晩期末(2500年前頃)の爪形文土器や貝装飾品を伴った、1次葬骨と見られる男女2体を含む複数の人骨が出土しています。
これまで、トマチン遺跡から出土した人骨2体についてはミトコンドリアDNA(mtDNA)の予備的研究が行なわれていますが、面縄第1貝塚と下原洞穴遺跡で出土した人骨についてはDNA分析が行なわれていません。本論文は、次世代シークエンサ(Next Generation Sequencer、NGSを用いての、この3ヶ所の遺跡の人骨のmtDNA解析結果を報告します。分析に用いられた人骨は、面縄第1貝塚がC-5トレンチ5層標本(壮年男性)、トマチン遺跡が2号(熟年男性)・3(壮年男性)・4号(壮年女性)、下原洞穴遺跡が第2トレンチ人骨(性別不明)です。
APLP法(Amplified Product-Length Polymorphism method)によるmtDNA分析では、mtDNAハプログループ(mtHg)は、面縄第1貝塚C-5トレンチ5層標本がMで、その他の4個体はM7a1と分類されました。NGSを用いた解析でのmtHgは、面縄第1貝塚C-5トレンチ5層標本がM7a1a、トマチン遺跡2号がM7a1a*、トマチン遺跡3号がM7a1a8、トマチン遺跡4号がM7a1a*、下原洞穴遺跡が第2トレンチ人骨がM7a1a*で、いずれもmtHg-M7a1aに分類されました。
トマチン遺跡では同一の石棺に複数個体が埋葬されており、その血縁関係が問題となります。mtDNAは母系遺伝なので、同一の配列を有する個体同士は母系の血縁関係にある、と推定されます。しかし、全塩基配列を用いた系統解析からは、トマチン遺跡の3個体のmtDNA配列は細部で異なっている、と明らかになりました。したがって、これら3個体間には母系の血縁関係はなかったことになります。しかし、トマチン遺跡2号とトマチン遺跡4号は1塩基が異なるだけなので、ひじょうに近い関係にあると考えられます。
これら徳之島の遺跡の5個体のmtHgは全てM7a1aで、沖縄本島の貝塚前期の遺跡から出土した人骨のほとんども、mtHg-M7a1aと明らかになっています。九州本土の「縄文人」や「縄文人」の子孫と考えられる西北九州「弥生人」でも、mtHg-M7a1が確認されていますが(関連記事)、沖縄と九州本土のこれらの個体は、同じmtHg-M7a1でも異なる系統と示されており、これまで九州と南西諸島で共通する系統は報告されていません。
mtDNAの全配列が読めているトマチン遺跡の3個体について、他のmtHg-M7a1aの個体との系統解析が行なわれ、トマチン遺跡の3個体は2系統に分かれており、それぞれと同じ系統に南西諸島の人骨が含まれ、九州北部集団とは別の系統に属す、と示されました。したがって、徳之島の縄文時代相当期集団は、基本的には南西諸島集団の一部だった、と推測されます。mtHg-M7a1aの系統樹から、九州北部集団と南西諸島集団の分岐は10985±1442年前となる、縄文時代早期の初め頃と推定されます。mtHg-M7a1aからは、この頃に九州から南西諸島に人々が到来し、その後に独自集団として拡散していった、と推測されます。
九州南部の「縄文人」である鹿児島県出水市の出水貝塚で出土した人骨3体のmtDNAも分析されており、いずれもmtHg-M7a1aでしたが(関連記事)、そのmtHgはトマチン遺跡出土個体とは異なり、九州北部個体と同じ系統に属します。九州と南西諸島の「縄文人」との間に母系での明確な違いがあることは、この地域の「縄文人」成立を解明する重要な手がかりとなります。今後は、九州南部の「縄文人」のmtDNA解析数の蓄積とともに、核DNAの解析も期待されます。
参考文献:
篠田謙一、神澤秀明、安達登、角田恒雄、竹中正巳(2021)「鹿児島県徳之島所在遺跡出土人骨のミトコンドリアDNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P449-457
DNA解析に用いられたのは、徳之島伊仙町の面縄第1貝塚とトマチン遺跡、天城町の下原洞穴遺跡の人骨です。面縄貝塚は貝塚時代前1期(縄文時代早期~前期並行期)からグスク時代(中世並行期)に欠けての複合遺跡で、面縄第1貝塚では1982年の発掘で石棺墓から保存状態良好な人骨が1体出土しています。その後、2007~2015年の調査でも合計3体の人骨が出土しています。トマチン遺跡は1992年に最初の調査が行なわれ、2004~2009年の発掘で石棺墓3基と土壙墓1基が発見され、石棺墓からは複数の人骨が出土しています。共伴遺物から、年代は貝塚時代前5期末(縄文時代晩期末~弥生時代前期並行期)と推測されています。下原洞穴遺跡では、2016年度の調査で縄文時代晩期末(2500年前頃)の爪形文土器や貝装飾品を伴った、1次葬骨と見られる男女2体を含む複数の人骨が出土しています。
これまで、トマチン遺跡から出土した人骨2体についてはミトコンドリアDNA(mtDNA)の予備的研究が行なわれていますが、面縄第1貝塚と下原洞穴遺跡で出土した人骨についてはDNA分析が行なわれていません。本論文は、次世代シークエンサ(Next Generation Sequencer、NGSを用いての、この3ヶ所の遺跡の人骨のmtDNA解析結果を報告します。分析に用いられた人骨は、面縄第1貝塚がC-5トレンチ5層標本(壮年男性)、トマチン遺跡が2号(熟年男性)・3(壮年男性)・4号(壮年女性)、下原洞穴遺跡が第2トレンチ人骨(性別不明)です。
APLP法(Amplified Product-Length Polymorphism method)によるmtDNA分析では、mtDNAハプログループ(mtHg)は、面縄第1貝塚C-5トレンチ5層標本がMで、その他の4個体はM7a1と分類されました。NGSを用いた解析でのmtHgは、面縄第1貝塚C-5トレンチ5層標本がM7a1a、トマチン遺跡2号がM7a1a*、トマチン遺跡3号がM7a1a8、トマチン遺跡4号がM7a1a*、下原洞穴遺跡が第2トレンチ人骨がM7a1a*で、いずれもmtHg-M7a1aに分類されました。
トマチン遺跡では同一の石棺に複数個体が埋葬されており、その血縁関係が問題となります。mtDNAは母系遺伝なので、同一の配列を有する個体同士は母系の血縁関係にある、と推定されます。しかし、全塩基配列を用いた系統解析からは、トマチン遺跡の3個体のmtDNA配列は細部で異なっている、と明らかになりました。したがって、これら3個体間には母系の血縁関係はなかったことになります。しかし、トマチン遺跡2号とトマチン遺跡4号は1塩基が異なるだけなので、ひじょうに近い関係にあると考えられます。
これら徳之島の遺跡の5個体のmtHgは全てM7a1aで、沖縄本島の貝塚前期の遺跡から出土した人骨のほとんども、mtHg-M7a1aと明らかになっています。九州本土の「縄文人」や「縄文人」の子孫と考えられる西北九州「弥生人」でも、mtHg-M7a1が確認されていますが(関連記事)、沖縄と九州本土のこれらの個体は、同じmtHg-M7a1でも異なる系統と示されており、これまで九州と南西諸島で共通する系統は報告されていません。
mtDNAの全配列が読めているトマチン遺跡の3個体について、他のmtHg-M7a1aの個体との系統解析が行なわれ、トマチン遺跡の3個体は2系統に分かれており、それぞれと同じ系統に南西諸島の人骨が含まれ、九州北部集団とは別の系統に属す、と示されました。したがって、徳之島の縄文時代相当期集団は、基本的には南西諸島集団の一部だった、と推測されます。mtHg-M7a1aの系統樹から、九州北部集団と南西諸島集団の分岐は10985±1442年前となる、縄文時代早期の初め頃と推定されます。mtHg-M7a1aからは、この頃に九州から南西諸島に人々が到来し、その後に独自集団として拡散していった、と推測されます。
九州南部の「縄文人」である鹿児島県出水市の出水貝塚で出土した人骨3体のmtDNAも分析されており、いずれもmtHg-M7a1aでしたが(関連記事)、そのmtHgはトマチン遺跡出土個体とは異なり、九州北部個体と同じ系統に属します。九州と南西諸島の「縄文人」との間に母系での明確な違いがあることは、この地域の「縄文人」成立を解明する重要な手がかりとなります。今後は、九州南部の「縄文人」のmtDNA解析数の蓄積とともに、核DNAの解析も期待されます。
参考文献:
篠田謙一、神澤秀明、安達登、角田恒雄、竹中正巳(2021)「鹿児島県徳之島所在遺跡出土人骨のミトコンドリアDNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P449-457
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