シチリア島の絶滅ゾウの小型化過程
シチリア島の絶滅ゾウの小型化過程に関する研究(Baleka et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。島での進化は、小型化や大型化など、比較的短期間でさまざまな表現型の変化を引き起こす可能性がある過程です(島嶼化)。これらの表現型の変化率を調べることは、新たな環境への適応の速度と柔軟性への洞察を提供します。しかし、この変化を正確に測定することは困難です。島への到来の正確な時期は、化石記録が不完全で、正確な年代測定がしばしば困難なため、不確実な場合が多くなります。さらに、到来した祖先の状態が不明な場合もあります。
分子年代測定は、調査中の系統の共通祖先の年代の推定が可能なので、進化率の測定の方法を提供します。しかし、絶滅した多くの島の小型および大型動物にとって、そうした島の多くが低緯度に位置するので、そうした手法の適用はDNAの保存に適さない気候条件により妨げられます。哺乳類の錐体骨は、他の骨格部分よりも内在性DNAをよく保存している、と示されてきたので、困難な保存条件からの標本抽出に適した資料となるかもしれません。同様に、ミトコンドリアDNA(mtDNA)はその固有の限界にも関わらず、細胞あたりのコピー数が多いため、保存条件の厳しい標本のDNA研究に適した標識です。本論文は、シチリア島の小型ゾウの錐体骨の標本抽出により、低緯度地域のDNAと関連する課題を克服しました。本論文はミトコンドリアゲノム配列を復元し、そのデータを用い地シチリア島の小型ゾウの系統の矮化率を推定します。
●小型化過程の推測
シチリア島の小型ゾウは、島の進化がもたらすかもしれない極端な形態変化の優れた例です(図1)。一般的には、過去100万年に存在した大きさに基づく2つの分類群が区別され、一方は体高1mのファルコネリゾウ(Palaeoloxodon falconeri)で、層序的により新しい方は体高2mの小型ゾウ(Palaeoloxodon cf. mnaidriensis)です。シチリア島の更新世の動物相の歴史では、いくつかの動物相の交代事象が示唆され、化石記録に示される小型ゾウ分類群の正確な数は議論中です。
本論文の標本は暫定的に体高2mの小型ゾウ(Palaeoloxodon cf. mnaidriensis)に分類されました。しかし、シチリア島の小型ゾウの分類は議論の対象となるので、本論文はこの標本を、シチリア島のプンタリ洞窟(Puntali Cave)で発見されたことに因んで「プンタリゾウ」と呼びます。それにも関わらず、シチリア島で見つかった全てのゾウ資料はパレオロクソドン属に分類される、という広い合意があり、推定体高2mのプンタリゾウは、ヨーロッパ本土に80万~4万年前頃に存在した推定体高3.7mで体重10tのアンティクウスゾウ(Palaeoloxodon antiquus)の直接的子孫だった、と仮定されています。プンタリゾウの祖先は、ヨーロッパ本土から20万年前頃にシチリア島に到来した、と提案されていますが、シチリア島におけるさまざまなゾウ系統の複数の移住事象と小型化事象が、この推定を複雑にしているかもしれません。以下は本論文の図1です。
実際の小型化過程はもっと早く完了したかもしれませんが、本論文ではプンタリ標本の年代が小型化過程の終了年代と定義されます。生層序学的指標に基づいて、プンタリ標本のいくつかの年代が提案されてきました(147000±28700年前、88000±19500年前、7万~2万年前頃)。これらの検証のため、DNA分析に用いられたプンタリ標本で加速器質量分析法(AMS法)による放射性炭素年代測定が行なわれました。その結果、放射性炭素年代測定法の範囲を超えていると証明され、その下限年代は5万年前頃となります。
そのため、結晶内タンパク質分解の程度を既知の問題の資料と比較することに基づく、アミノ酸地質年代測定も適用されました。プンタリゾウの歯のエナメル質から結晶内タンパク質分解データが得られ、プンタリの追加の小型ゾウおよびシチリア島のスピナガッロ(Spinagallo)遺跡のゾウ標本、イギリスの既知のゾウ標本のデータと比較されました。プンタリゾウおよび他のプンタリ洞窟のゾウ標本の結晶内タンパク質分解は、35万~23万年前頃のスピナガッロ標本よりもかなり低い、と示されました。さらに、プンタリ洞窟の標本は、海洋酸素同位体ステージ(MIS)7/6となる20万年前頃とされるイギリスのクレイフォード(Crayford)の標本と類似の結晶内タンパク質分解を示します。
結晶内タンパク質分解の速度は、イギリスのクレイフォード標本と比較してより温暖なシチリア島では速くなるため、プンタリ標本はクレイフォード標本よりも新しく20万年前頃未満と推定され、MIS6の移住事象と一致します。しかし、限られた比較データセットしか利用できないので、結晶内タンパク質分解は現時点で、より正確な年代を提供できません。ヨーロッパ南部の追加の化石資料の結晶内タンパク質分解データが利用可能になれば、プンタリゾウの年代をより絞り込めるはずです。アミノ酸地質年代、放射性炭素年代測定、電子スピン共鳴法(ESR)年代測定により、プンタリ標本の年代は175500~50000年前頃に絞り込め、プンタリゾウの生層序学的年代推定を確証する追加の一連の証拠が提示されます。
プンタリゾウとその最も近縁なヨーロッパ本土のゾウとの分岐年代は、共通祖先が大型のアンティクウスゾウだったと仮定すると、小型化過程の最初の時点とみなせます。したがって、これは化石証拠と関係なく、プンタリゾウ系統の小型化開始の2番目の推定値を提供します。本土系統からの分岐年代を調べるため、プンタリゾウの錐体骨からmtDNA配列が回収され、ミトコンドリアゲノムの95.5%が再構築されて、平均読み取り深度は61倍に達しました。絶滅ゾウと現生ゾウの系統発生分析により、プンタリゾウはドイツのノイマルク・ノルド(Neumark-Nord)で発見されたアンティクウスゾウの姉妹系統と推定されました(図2)。BEASTでの化石で較正されたベイズスカイライン集団モデルを用いると、プンタリゾウとアンティクウスゾウのミトコンドリアゲノム間の推定平均合着(合祖)年代は、最小標本年代で402000年前頃、最大標本年代で435000年前頃となりました。これらの年代は、種分化モデルを適用した時の平均分岐年代(プンタリ標本の推定年代が、50000年前頃の場合は357000年前頃、175500年前頃の場合は398000年前頃)と密接に一致します。
遺伝子系統の合着は常に集団分離に先行するので(分岐後の遺伝子流動がない場合)、この合着年代は、プンタリゾウ系統によるシチリア島への移住の上限年代を表します。種間の分岐後の遺伝子流動は、ミトコンドリア系統発生の側系統につながる可能性があり、これは現生のアフリカゾウ2種で以前に報告されていたので、集団間の分岐年代の解釈を複雑にします。完全なミトコンドリアゲノムもしくは短いmtDNA配列において、プンタリ標本とノイマルク・ノルド標本とアフリカゾウを含むミトコンドリアの側系統の証拠は見つかりませんが、本論文で示されたゾウ標本間のmtDNAの関係が種系統樹に対応していることを確証するには、追加の標本および核DNAの分析が必要でしょう。以下は本論文の図2です。
シチリア島に移動してきたゾウの実際の起源地は、イタリア本土だった可能性が最も高そうです。イタリアより北方のドイツのゾウ集団に基づく推定合着年代は、ヨーロッパ本土の祖先からのプンタリゾウ系統の分岐というよりもむしろ、ヨーロッパ本土のアンティクウスゾウのこれら地域集団間の分岐を表しているかもしれません。ヨーロッパ本土では、アンティクウスゾウ化石は頭蓋形態で高い多様性を示し、これらの違いが南北の異なる亜種、もしくは種の指標とみなせるのではないか、との議論につながります。
mtDNAではプンタリ標本とドイツの標本は姉妹系統に位置づけられますが、プンタリ標本の頭蓋形態は南部集団に類似している一方で、ドイツの標本は北部のアンティクウスゾウの頭蓋特徴を示します。しかし、これまでに配列されたアンティクウスゾウのミトコンドリアゲノムの非単系統的性質と、頭蓋形態を決定できる化石からの追加の配列の欠如のため、これらの系統間の合着年代が、南北のアンティクウスゾウ集団間の分岐を表しているのかどうか、不明です。アンティクウスゾウの集団構造とヨーロッパ南部の島々への移動をさらに調べるには、ヨーロッパのアンティクウスゾウのさらなる徹底的な標本抽出が必要です。したがって、プンタリゾウとヨーロッパ本土のアンティクウスゾウ間の推定分子分岐は、小型化開始の上限年代とみなすべきで、最小限の矮化率につながります。
小型化過程開始のあり得る下限年代は、シチリア島で最初に記録された小型プンタリゾウの年代に基づいてのみ制約できますが、これに関しては議論が続いています。この時点ですでにプンタリゾウは(少なくとも部分的には)小型化過程を経ているので、この年代は小型化開始の絶対的な下限と考えられ、矮化率の学際的推定の価値を浮き彫りにします。ヨーロッパ本土からシチリア島への移動は、海の障壁および/もしくは陸橋接続のため、海面低下時を伴う気候期間(氷期)に起きた可能性が高そうです。ゾウは泳げ、陸橋は島への移動の要件ではありませんが、海面が低ければ島への移動の可能性は高くなります。プンタリゾウの祖先のシチリア島への最初の移動は20万年前頃と提案されてきており、これはMIS6の20万年前頃となる海面低下と一致し、最も海面が低下したのはMIS6の16万~14万年前頃です。プンタリ標本の年代は不確実なので、シチリア島へのプンタリゾウの移動の年代として、125000年前頃となるMIS5e末の急激な海面低下の始まりと、7万年前頃となるMIS4の海面低下も考慮されました。
プンタリゾウの最新と最古の推定年代、および小型化開始の上限および下限年代を用いて、プンタリゾウ系統の平均矮化率の上限値と下限値を提供できます。中間的な標本年代と小型化の代替の開始を用いた中間的な可能性のあるシナリオは、表1に示されています。体高と体重の減少は、アンティクウスゾウが体高3.7mで体重10t、プンタリゾウが体高2mで体重1.7tと仮定して計算されました。1年間および世代ごと両方の矮化率が提示されます。アンティクウスゾウの1世代の年代として、最も密接に関連している現生種であるアフリカサバンナゾウ(Loxodonta africana africana)の例が用いられました。これは最大の推定値を表している可能性が高く、体重と1世代の年代は一般的に相関しているので、シチリア島の小型ゾウの1世代の年代は減少しているかもしれません。したがって、矮化率は小型化の総量を総年代で割って計算されます。
その結果、小型のプンタリゾウは、1年あたりでは、体重が0.02~6.48kg、体高が0.005~1.34m減少し、1世代ごとでは、体重が0.74~200.95kg、体高が0.15~41.49mm減少したことになります。これらの進化率を整理するため、1世代あたり1標準偏差分の形質の変化に対応する率の単位であるホールデンに変換されました。この方法は標本抽出間隔を補正しているので、小型化が起きたかもしれない広範囲の年代(352000~1300年前頃)にも関わらず、体高と体重の計算値は古生物学的に観察された他の進化率の範囲内(範囲の上限、つまり速いということです)に収まっています。さらに、この急速な進化の結果として生じた小型化の程度は、これまでに生息した最大級の陸生哺乳類の体格が約85%も減少したことを考えると、真に驚くべきです。
●まとめ
島での進化は、「進行中の進化」の最も印象的な事例の一つとみなされることが多く、大型動物の子孫として、絶滅した小型ゾウは島の進化の最も興味深い事例の一つです。プンタリゾウが受けた縮小の程度を考えると、現代人がアカゲザル(Rhesus macaque)程度の大きさにまで小型化したことに匹敵します。しかし、古代DNAは小型ゾウが生存していた温暖な気候では保存が困難なので、分子年代測定を用いての小型ゾウの進化の年代範囲を制約することはとくに困難です。本論文は、地中海のシチリア島の更新世のDNAを回収するさいの問題を克服し、島の種の矮化率について、分子的および生物学的に較正された初めての範囲を提供します。古代核ゲノムの復元は、温暖な気候時期の更新世標本では大きな課題ですが、単一の遺伝標識としてのmtDNA固有の限界を克服するには必要で、さらには小型化過程の選択下における機能的領域や、アンティクウスゾウの例外的な交雑起源の識別と調査を可能にするでしょう。島嶼化による小型化に関しては、人類史上少なくとも2回独立して起きた可能性が指摘されており(関連記事)、人類進化の観点からも注目される研究です。
参考文献:
Baleka S. et al.(2021): Estimating the dwarfing rate of an extinct Sicilian elephant. Current Biology, 31, 16, 3606–3612.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.05.037
分子年代測定は、調査中の系統の共通祖先の年代の推定が可能なので、進化率の測定の方法を提供します。しかし、絶滅した多くの島の小型および大型動物にとって、そうした島の多くが低緯度に位置するので、そうした手法の適用はDNAの保存に適さない気候条件により妨げられます。哺乳類の錐体骨は、他の骨格部分よりも内在性DNAをよく保存している、と示されてきたので、困難な保存条件からの標本抽出に適した資料となるかもしれません。同様に、ミトコンドリアDNA(mtDNA)はその固有の限界にも関わらず、細胞あたりのコピー数が多いため、保存条件の厳しい標本のDNA研究に適した標識です。本論文は、シチリア島の小型ゾウの錐体骨の標本抽出により、低緯度地域のDNAと関連する課題を克服しました。本論文はミトコンドリアゲノム配列を復元し、そのデータを用い地シチリア島の小型ゾウの系統の矮化率を推定します。
●小型化過程の推測
シチリア島の小型ゾウは、島の進化がもたらすかもしれない極端な形態変化の優れた例です(図1)。一般的には、過去100万年に存在した大きさに基づく2つの分類群が区別され、一方は体高1mのファルコネリゾウ(Palaeoloxodon falconeri)で、層序的により新しい方は体高2mの小型ゾウ(Palaeoloxodon cf. mnaidriensis)です。シチリア島の更新世の動物相の歴史では、いくつかの動物相の交代事象が示唆され、化石記録に示される小型ゾウ分類群の正確な数は議論中です。
本論文の標本は暫定的に体高2mの小型ゾウ(Palaeoloxodon cf. mnaidriensis)に分類されました。しかし、シチリア島の小型ゾウの分類は議論の対象となるので、本論文はこの標本を、シチリア島のプンタリ洞窟(Puntali Cave)で発見されたことに因んで「プンタリゾウ」と呼びます。それにも関わらず、シチリア島で見つかった全てのゾウ資料はパレオロクソドン属に分類される、という広い合意があり、推定体高2mのプンタリゾウは、ヨーロッパ本土に80万~4万年前頃に存在した推定体高3.7mで体重10tのアンティクウスゾウ(Palaeoloxodon antiquus)の直接的子孫だった、と仮定されています。プンタリゾウの祖先は、ヨーロッパ本土から20万年前頃にシチリア島に到来した、と提案されていますが、シチリア島におけるさまざまなゾウ系統の複数の移住事象と小型化事象が、この推定を複雑にしているかもしれません。以下は本論文の図1です。
実際の小型化過程はもっと早く完了したかもしれませんが、本論文ではプンタリ標本の年代が小型化過程の終了年代と定義されます。生層序学的指標に基づいて、プンタリ標本のいくつかの年代が提案されてきました(147000±28700年前、88000±19500年前、7万~2万年前頃)。これらの検証のため、DNA分析に用いられたプンタリ標本で加速器質量分析法(AMS法)による放射性炭素年代測定が行なわれました。その結果、放射性炭素年代測定法の範囲を超えていると証明され、その下限年代は5万年前頃となります。
そのため、結晶内タンパク質分解の程度を既知の問題の資料と比較することに基づく、アミノ酸地質年代測定も適用されました。プンタリゾウの歯のエナメル質から結晶内タンパク質分解データが得られ、プンタリの追加の小型ゾウおよびシチリア島のスピナガッロ(Spinagallo)遺跡のゾウ標本、イギリスの既知のゾウ標本のデータと比較されました。プンタリゾウおよび他のプンタリ洞窟のゾウ標本の結晶内タンパク質分解は、35万~23万年前頃のスピナガッロ標本よりもかなり低い、と示されました。さらに、プンタリ洞窟の標本は、海洋酸素同位体ステージ(MIS)7/6となる20万年前頃とされるイギリスのクレイフォード(Crayford)の標本と類似の結晶内タンパク質分解を示します。
結晶内タンパク質分解の速度は、イギリスのクレイフォード標本と比較してより温暖なシチリア島では速くなるため、プンタリ標本はクレイフォード標本よりも新しく20万年前頃未満と推定され、MIS6の移住事象と一致します。しかし、限られた比較データセットしか利用できないので、結晶内タンパク質分解は現時点で、より正確な年代を提供できません。ヨーロッパ南部の追加の化石資料の結晶内タンパク質分解データが利用可能になれば、プンタリゾウの年代をより絞り込めるはずです。アミノ酸地質年代、放射性炭素年代測定、電子スピン共鳴法(ESR)年代測定により、プンタリ標本の年代は175500~50000年前頃に絞り込め、プンタリゾウの生層序学的年代推定を確証する追加の一連の証拠が提示されます。
プンタリゾウとその最も近縁なヨーロッパ本土のゾウとの分岐年代は、共通祖先が大型のアンティクウスゾウだったと仮定すると、小型化過程の最初の時点とみなせます。したがって、これは化石証拠と関係なく、プンタリゾウ系統の小型化開始の2番目の推定値を提供します。本土系統からの分岐年代を調べるため、プンタリゾウの錐体骨からmtDNA配列が回収され、ミトコンドリアゲノムの95.5%が再構築されて、平均読み取り深度は61倍に達しました。絶滅ゾウと現生ゾウの系統発生分析により、プンタリゾウはドイツのノイマルク・ノルド(Neumark-Nord)で発見されたアンティクウスゾウの姉妹系統と推定されました(図2)。BEASTでの化石で較正されたベイズスカイライン集団モデルを用いると、プンタリゾウとアンティクウスゾウのミトコンドリアゲノム間の推定平均合着(合祖)年代は、最小標本年代で402000年前頃、最大標本年代で435000年前頃となりました。これらの年代は、種分化モデルを適用した時の平均分岐年代(プンタリ標本の推定年代が、50000年前頃の場合は357000年前頃、175500年前頃の場合は398000年前頃)と密接に一致します。
遺伝子系統の合着は常に集団分離に先行するので(分岐後の遺伝子流動がない場合)、この合着年代は、プンタリゾウ系統によるシチリア島への移住の上限年代を表します。種間の分岐後の遺伝子流動は、ミトコンドリア系統発生の側系統につながる可能性があり、これは現生のアフリカゾウ2種で以前に報告されていたので、集団間の分岐年代の解釈を複雑にします。完全なミトコンドリアゲノムもしくは短いmtDNA配列において、プンタリ標本とノイマルク・ノルド標本とアフリカゾウを含むミトコンドリアの側系統の証拠は見つかりませんが、本論文で示されたゾウ標本間のmtDNAの関係が種系統樹に対応していることを確証するには、追加の標本および核DNAの分析が必要でしょう。以下は本論文の図2です。
シチリア島に移動してきたゾウの実際の起源地は、イタリア本土だった可能性が最も高そうです。イタリアより北方のドイツのゾウ集団に基づく推定合着年代は、ヨーロッパ本土の祖先からのプンタリゾウ系統の分岐というよりもむしろ、ヨーロッパ本土のアンティクウスゾウのこれら地域集団間の分岐を表しているかもしれません。ヨーロッパ本土では、アンティクウスゾウ化石は頭蓋形態で高い多様性を示し、これらの違いが南北の異なる亜種、もしくは種の指標とみなせるのではないか、との議論につながります。
mtDNAではプンタリ標本とドイツの標本は姉妹系統に位置づけられますが、プンタリ標本の頭蓋形態は南部集団に類似している一方で、ドイツの標本は北部のアンティクウスゾウの頭蓋特徴を示します。しかし、これまでに配列されたアンティクウスゾウのミトコンドリアゲノムの非単系統的性質と、頭蓋形態を決定できる化石からの追加の配列の欠如のため、これらの系統間の合着年代が、南北のアンティクウスゾウ集団間の分岐を表しているのかどうか、不明です。アンティクウスゾウの集団構造とヨーロッパ南部の島々への移動をさらに調べるには、ヨーロッパのアンティクウスゾウのさらなる徹底的な標本抽出が必要です。したがって、プンタリゾウとヨーロッパ本土のアンティクウスゾウ間の推定分子分岐は、小型化開始の上限年代とみなすべきで、最小限の矮化率につながります。
小型化過程開始のあり得る下限年代は、シチリア島で最初に記録された小型プンタリゾウの年代に基づいてのみ制約できますが、これに関しては議論が続いています。この時点ですでにプンタリゾウは(少なくとも部分的には)小型化過程を経ているので、この年代は小型化開始の絶対的な下限と考えられ、矮化率の学際的推定の価値を浮き彫りにします。ヨーロッパ本土からシチリア島への移動は、海の障壁および/もしくは陸橋接続のため、海面低下時を伴う気候期間(氷期)に起きた可能性が高そうです。ゾウは泳げ、陸橋は島への移動の要件ではありませんが、海面が低ければ島への移動の可能性は高くなります。プンタリゾウの祖先のシチリア島への最初の移動は20万年前頃と提案されてきており、これはMIS6の20万年前頃となる海面低下と一致し、最も海面が低下したのはMIS6の16万~14万年前頃です。プンタリ標本の年代は不確実なので、シチリア島へのプンタリゾウの移動の年代として、125000年前頃となるMIS5e末の急激な海面低下の始まりと、7万年前頃となるMIS4の海面低下も考慮されました。
プンタリゾウの最新と最古の推定年代、および小型化開始の上限および下限年代を用いて、プンタリゾウ系統の平均矮化率の上限値と下限値を提供できます。中間的な標本年代と小型化の代替の開始を用いた中間的な可能性のあるシナリオは、表1に示されています。体高と体重の減少は、アンティクウスゾウが体高3.7mで体重10t、プンタリゾウが体高2mで体重1.7tと仮定して計算されました。1年間および世代ごと両方の矮化率が提示されます。アンティクウスゾウの1世代の年代として、最も密接に関連している現生種であるアフリカサバンナゾウ(Loxodonta africana africana)の例が用いられました。これは最大の推定値を表している可能性が高く、体重と1世代の年代は一般的に相関しているので、シチリア島の小型ゾウの1世代の年代は減少しているかもしれません。したがって、矮化率は小型化の総量を総年代で割って計算されます。
その結果、小型のプンタリゾウは、1年あたりでは、体重が0.02~6.48kg、体高が0.005~1.34m減少し、1世代ごとでは、体重が0.74~200.95kg、体高が0.15~41.49mm減少したことになります。これらの進化率を整理するため、1世代あたり1標準偏差分の形質の変化に対応する率の単位であるホールデンに変換されました。この方法は標本抽出間隔を補正しているので、小型化が起きたかもしれない広範囲の年代(352000~1300年前頃)にも関わらず、体高と体重の計算値は古生物学的に観察された他の進化率の範囲内(範囲の上限、つまり速いということです)に収まっています。さらに、この急速な進化の結果として生じた小型化の程度は、これまでに生息した最大級の陸生哺乳類の体格が約85%も減少したことを考えると、真に驚くべきです。
●まとめ
島での進化は、「進行中の進化」の最も印象的な事例の一つとみなされることが多く、大型動物の子孫として、絶滅した小型ゾウは島の進化の最も興味深い事例の一つです。プンタリゾウが受けた縮小の程度を考えると、現代人がアカゲザル(Rhesus macaque)程度の大きさにまで小型化したことに匹敵します。しかし、古代DNAは小型ゾウが生存していた温暖な気候では保存が困難なので、分子年代測定を用いての小型ゾウの進化の年代範囲を制約することはとくに困難です。本論文は、地中海のシチリア島の更新世のDNAを回収するさいの問題を克服し、島の種の矮化率について、分子的および生物学的に較正された初めての範囲を提供します。古代核ゲノムの復元は、温暖な気候時期の更新世標本では大きな課題ですが、単一の遺伝標識としてのmtDNA固有の限界を克服するには必要で、さらには小型化過程の選択下における機能的領域や、アンティクウスゾウの例外的な交雑起源の識別と調査を可能にするでしょう。島嶼化による小型化に関しては、人類史上少なくとも2回独立して起きた可能性が指摘されており(関連記事)、人類進化の観点からも注目される研究です。
参考文献:
Baleka S. et al.(2021): Estimating the dwarfing rate of an extinct Sicilian elephant. Current Biology, 31, 16, 3606–3612.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.05.037
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