出雲市猪目洞窟遺跡の古代人骨の核DNA分析
本論文(神澤他.,2021)は、「新学術領域研究(研究領域提案型)計画研究B01【調査研究活動報告2019年度(1)】考古学データによるヤポネシア人の歴史の解明」の研究成果の一環となります。日本人の成立に関して形態学的研究では、弥生時代にアジア東部大陸部から朝鮮半島経由で九州北部に到来した多数の「渡来人」が在地の「縄文系」と集団と混合して成立したという、「二重構造説」が提唱されています。その後、二重構造説き現代人や古代人を分析対象としたDNA研究でも支持されており、本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土」現代人集団の大枠を説明する、と考えられています。
一方、たとえば「弥生人」の歯の形態学的分析から、「渡来系集団」の影響と拡散の状況には地域差があると示されていますが、日本列島において弥生時代から現代までどのように混血が進行したのか、不明な点が多く残されています。本論文は、島根県出雲市猪目洞窟遺跡から出土した弥生時代中期~古墳時代の人骨のDNA解析結果を報告します。7個体でミトコンドリアDNA(mtDNA)が分析され、このうちDNAの保存状態がとくに良好な2個体の核DNAが分析されました。これらの研究成果の一部はすでに報道されていました(関連記事)。
●DNA解析
分析された7個体のうち、猪目3-3-1以外の6個体では良好なmtDNA分析結果が得られました。mtDNAハプログループ(mtHg)は、猪目3-3-1が明確に分類できず、Aの可能性が指摘されています。その他の個体はmtHgが明確に決定され、猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1がM7a1a1a、猪目3-1-1がD4g1、猪目3-1-2がN9a2a1、猪目3-2-2がD4b1a1aです。核DNA解析は、猪目3-2-1(紀元後6~7世紀)と猪目3-2-2(紀元後8~9世紀)で行なわれました。平均深度は、猪目3-2-1が0.53倍、猪目3-2-2が5.60倍です。X染色体とY染色体にマップしたリード数の比から、猪目3-2-1は女性、猪目3-2-2は男性と判定されました。猪目3-2-2のY染色体ハプログループ(YHg)はO1b2a1a1です。主成分分析でのアジア東部の現代人および古代人との比較では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人の分布範囲内に収まりました。より詳細に他集団との関係を明らかにするためのf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人よりも有意に「縄文人」に近い、と示されました。
●考察
猪目洞窟遺跡の6個体のmtHgは、在地の縄文人系統に由来するM7aと、渡来系に由来するN9a・D4b1・D4g1が見られます。父系遺伝のY染色体でも、渡来系に由来するO1b2a1a1が見られ、mtHgと矛盾しません。YHg-O1b2a1a1を含むYHg-O1b2は、日本列島本土現代人と現代韓国人においてそれぞれ29.3%と31.4%と高頻度で見られる主要なYHgで、他のアジア北東部やアジア南東部の集団でも低頻度で見られます。YHg-O1b2でも祖型とその下位区分の出現頻度は、日本列島本土現代人と現代韓国人で異なり(前者では7.7%と22.0%、後者では33.3%と4.0%)、日本列島本土現代人に特徴的なYHgは猪目洞窟遺跡の個体でも見られました。これは、猪目洞窟遺跡集団が在地の縄文人系と渡来系の混血集団であることと共に、現代日本人へ遺伝的につながる系統であることを直接的に示しています。核DNAデータを用いた主成分分析から、猪目3-2-1と猪目3-2-2の混血度合は日本列島本土現代人(東京)とほぼ同程度と推測されます。しかしf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は日本列島本土現代人(東京)よりも縄文人的だったことから、混血が充分には進んでいなかったことも明らかになりました。
猪目13号は弥生時代中期までさかのぼるので、DNAが分析された猪目洞窟遺跡の6個体の年代幅は1000年近くになります。猪目13号のDNA保存状態も良好なので、核DNA分析に適しており、猪目洞窟遺跡では弥生時代から古墳時代までの遺伝的変遷の解析も今後可能です。年代測定が行なわれていない猪目3-1-1と猪目3-1-2と猪目1-1-1も核DNA分析が可能です。今後、これらの個体の核DNA分析により、猪目洞窟遺跡集団の成立についてより詳細な解明が可能になる、と期待されます。
mtDNA分析では興味深い結果が得られました。猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1はmtHg-M7a1a1aに分類され、mtDNA全配列でも完全に同一でした。通常、1ヶ所の遺跡で複数個体から同一のmtDNA配列が確認された場合、母系で血縁関係にあると判断されますが、年代測定では、猪目13号が紀元前4~紀元前2世紀、猪目3-2-1は紀元後6~7世紀と時期が離れています。つまり、猪目洞窟遺跡では母系で遺伝的に類似の集団が長期にわたって埋葬されていた、と考えられます。また遺伝的多様性は低く、6個体のうち3個体が同一のmtHgです。対照的に、鳥取市青谷上寺遺跡の弥生時代後期人骨36個体のmtDNA分析ではさまざまなmtHgが検出されており、猪目洞窟遺跡よりも遺伝的多様性が高くなっています(関連記事)。今後、両遺跡の核DNAを比較することで、両集団の成立過程についてより詳細な検証が可能となるでしょう。
以上、本論文についてざっと見てきました。猪目洞窟遺跡集団は遺伝的に、古墳時代の個体は日本列島本土現代人集団の分布範囲内に収まるものの、縄文人の遺伝的影響は日本列島本土現代人よりもやや高いと推測されており、日本列島本土現代人集団の遺伝的構成は、西日本ではおおむね古墳時代までに形成されていたものの、その後の混合も一定以上の役割を果たした、と推測されます。猪目洞窟遺跡集団で注目されるのは、長期にわたる母系での遺伝的に類似した集団の存在ですが、当時の社会構造を推測するには、さらに多くの遺伝的および考古学的データが必要になるでしょう。
参考文献:
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡出土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340
一方、たとえば「弥生人」の歯の形態学的分析から、「渡来系集団」の影響と拡散の状況には地域差があると示されていますが、日本列島において弥生時代から現代までどのように混血が進行したのか、不明な点が多く残されています。本論文は、島根県出雲市猪目洞窟遺跡から出土した弥生時代中期~古墳時代の人骨のDNA解析結果を報告します。7個体でミトコンドリアDNA(mtDNA)が分析され、このうちDNAの保存状態がとくに良好な2個体の核DNAが分析されました。これらの研究成果の一部はすでに報道されていました(関連記事)。
●DNA解析
分析された7個体のうち、猪目3-3-1以外の6個体では良好なmtDNA分析結果が得られました。mtDNAハプログループ(mtHg)は、猪目3-3-1が明確に分類できず、Aの可能性が指摘されています。その他の個体はmtHgが明確に決定され、猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1がM7a1a1a、猪目3-1-1がD4g1、猪目3-1-2がN9a2a1、猪目3-2-2がD4b1a1aです。核DNA解析は、猪目3-2-1(紀元後6~7世紀)と猪目3-2-2(紀元後8~9世紀)で行なわれました。平均深度は、猪目3-2-1が0.53倍、猪目3-2-2が5.60倍です。X染色体とY染色体にマップしたリード数の比から、猪目3-2-1は女性、猪目3-2-2は男性と判定されました。猪目3-2-2のY染色体ハプログループ(YHg)はO1b2a1a1です。主成分分析でのアジア東部の現代人および古代人との比較では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人の分布範囲内に収まりました。より詳細に他集団との関係を明らかにするためのf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は現代日本人よりも有意に「縄文人」に近い、と示されました。
●考察
猪目洞窟遺跡の6個体のmtHgは、在地の縄文人系統に由来するM7aと、渡来系に由来するN9a・D4b1・D4g1が見られます。父系遺伝のY染色体でも、渡来系に由来するO1b2a1a1が見られ、mtHgと矛盾しません。YHg-O1b2a1a1を含むYHg-O1b2は、日本列島本土現代人と現代韓国人においてそれぞれ29.3%と31.4%と高頻度で見られる主要なYHgで、他のアジア北東部やアジア南東部の集団でも低頻度で見られます。YHg-O1b2でも祖型とその下位区分の出現頻度は、日本列島本土現代人と現代韓国人で異なり(前者では7.7%と22.0%、後者では33.3%と4.0%)、日本列島本土現代人に特徴的なYHgは猪目洞窟遺跡の個体でも見られました。これは、猪目洞窟遺跡集団が在地の縄文人系と渡来系の混血集団であることと共に、現代日本人へ遺伝的につながる系統であることを直接的に示しています。核DNAデータを用いた主成分分析から、猪目3-2-1と猪目3-2-2の混血度合は日本列島本土現代人(東京)とほぼ同程度と推測されます。しかしf4統計では、猪目3-2-1と猪目3-2-2は日本列島本土現代人(東京)よりも縄文人的だったことから、混血が充分には進んでいなかったことも明らかになりました。
猪目13号は弥生時代中期までさかのぼるので、DNAが分析された猪目洞窟遺跡の6個体の年代幅は1000年近くになります。猪目13号のDNA保存状態も良好なので、核DNA分析に適しており、猪目洞窟遺跡では弥生時代から古墳時代までの遺伝的変遷の解析も今後可能です。年代測定が行なわれていない猪目3-1-1と猪目3-1-2と猪目1-1-1も核DNA分析が可能です。今後、これらの個体の核DNA分析により、猪目洞窟遺跡集団の成立についてより詳細な解明が可能になる、と期待されます。
mtDNA分析では興味深い結果が得られました。猪目13号と猪目3-2-1と猪目1-1-1はmtHg-M7a1a1aに分類され、mtDNA全配列でも完全に同一でした。通常、1ヶ所の遺跡で複数個体から同一のmtDNA配列が確認された場合、母系で血縁関係にあると判断されますが、年代測定では、猪目13号が紀元前4~紀元前2世紀、猪目3-2-1は紀元後6~7世紀と時期が離れています。つまり、猪目洞窟遺跡では母系で遺伝的に類似の集団が長期にわたって埋葬されていた、と考えられます。また遺伝的多様性は低く、6個体のうち3個体が同一のmtHgです。対照的に、鳥取市青谷上寺遺跡の弥生時代後期人骨36個体のmtDNA分析ではさまざまなmtHgが検出されており、猪目洞窟遺跡よりも遺伝的多様性が高くなっています(関連記事)。今後、両遺跡の核DNAを比較することで、両集団の成立過程についてより詳細な検証が可能となるでしょう。
以上、本論文についてざっと見てきました。猪目洞窟遺跡集団は遺伝的に、古墳時代の個体は日本列島本土現代人集団の分布範囲内に収まるものの、縄文人の遺伝的影響は日本列島本土現代人よりもやや高いと推測されており、日本列島本土現代人集団の遺伝的構成は、西日本ではおおむね古墳時代までに形成されていたものの、その後の混合も一定以上の役割を果たした、と推測されます。猪目洞窟遺跡集団で注目されるのは、長期にわたる母系での遺伝的に類似した集団の存在ですが、当時の社会構造を推測するには、さらに多くの遺伝的および考古学的データが必要になるでしょう。
参考文献:
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡出土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340
この記事へのコメント
今回の猪目3-2-2や長崎県下本山3号のように「YハプロがO系統且つミトコンドリアがD4系統であるものの、ゲノムは現代人および渡来系弥生人よりも有意に縄文人に近い」という事例もあることから、実際にはそんな単純な話ではないかと思います。