繁田信一『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』

 文春新書の一冊として、文藝春秋社より2020年7月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は藤原公任が『北山抄』を著したことで残った「三条家本北山抄裏文書」に基づき、平安時代中期の地方における武士の在り様を検証しています。平安時代の一般的な?印象とは異なり、とくに地方は、ひじょうに粗暴で危険な社会であり、そうした殺伐さの大きな要因として武士の存在があった、というのが本書の見通しです。平安時代の一般的?な印象は貴族の日記や物語に基づいており、偏っているのではないか、というわけです。ただ最近では、著者の他の著書などにより、都の貴族の暴力的性格も知られるようになってきていると思います。

 本書はさまざまな事件を通じて、当時の武士・豪族の在り様など、社会の特徴を浮き彫りにしていきます。一族内の対立が武力衝突に至ることは珍しくなかったようですし、国司や田堵の有り様も見えてきます。本書はおもに「三条家本北山抄裏文書」に基づいていますが、そこから当時の社会習慣や人々の行動・観念を叙述していく手腕は見事だと思います。また本書は理解が難しいとされる荘園制についての解説もなかなか充実しており、この点でも有益だと思います。

 本書の提示するからは、平安時代にはかなり治安が悪かったように思え、じっさい当時の貴族の日記でも治安の悪さが指摘されています。ただ、現代においてそうであるように、「体感治安」と「客観的な」治安状況が一致するとは限りません。平安時代の「客観的な」治安状況を定量的に評価することは困難ですが、本書から窺える平安時代の荘園制下の農業はかなり不安定で、後世のような安定的集落はまだ広範に存在しなかっただろうことを考えると、本書で取り上げられた事件は氷山の一角で、平安時代はかなり治安状況が悪かったのではないか、と思います。また、藤原純友の乱の鎮圧後も、瀬戸内海で海賊が跋扈していた様子も窺えます。

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