南アメリカ大陸先住民におけるオーストラレシア人との遺伝的類似性
南アメリカ大陸先住民におけるオーストラレシア人との遺伝的類似性に関する研究(Castro e Silva et al., 2021)が公表されました。南アメリカ大陸の現代および古代の先住民と、アジア南部の現代の先住民・オーストラリア先住民・メラネシア人との間の遺伝的類似性が、以前に報告されました(関連記事1および関連記事2)。このオーストラレシア人とアメリカ大陸先住民のつながりは、人類における最も興味深く、よく理解されていない事象の一つとして存続しています。
議論となっているこのオーストラレシア人口集団の遺伝的構成要素は、ユピケラ(Ypikuéra)人口集団もしくは「Y人口集団」構成要素と呼ばれており、現代アマゾン人口集団でのみ特定されており(関連記事)、アマゾン地域の人々の形成につながる少なくとも2つの異なる創始者の波があった、と示唆されます。その最初の波は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)停止人口集団の直接的子孫で構成されていると推測され、第二の波は、ベーリンジア人口集団ともっと新しくベーリンジアに到達したアジア南東部人の祖先の混合人口集団により形成された、と推測されました。これら両人口集団はアマゾン地域に定住し、混合したでしょう。
在来遺伝子プールへの標本抽出されていない人口集団の寄与は、オーストラレシア人と共有される祖先系統の起源につながった、と考えられています(関連記事)。この意味で、Y人口集団はアメリカ大陸最初の植民集団の一部だったでしょう。南アメリカ大陸の古代標本のデータは、1万年前頃の弱いY兆候を示します(関連記事)。この証拠は、Y祖先系統が、アジア南東部から南アメリカ大陸に入ってくる第二の波というよりはむしろ、アジア北東部に居住していたアメリカ大陸先住民の共通祖先にさかのぼるかもしれない、と示唆します。
さらに、新たな研究(Ning et al., 2021)の一連の証拠から、最初のアメリカ大陸先住民クレード(単系統群)は、ベーリンジアではなくアジア東部で分岐したと示唆されており、祖先的アジア東部人集団からのY祖先系統の遺伝子流動の可能性がさらに高まっています。しかし、現代および古代の集団間の兆候の不足は、検出の地域特有で明らかに無作為のパターンとともに、それが、アマゾン人口集団(および他の南アメリカ大陸先住民)が経てきた強い遺伝的浮動効果に起因する、偽陽性検出である可能性を高めました。しかし、逆の可能性もあります。それは、Y人口集団の兆候が一部人口集団で高い遺伝的浮動効果のために有意水準を下回った、という想定です。この問題を解明するため、南アメリカ大陸人口集団からのゲノムデータの、現時点で最も包括的な一式となるデータセットが調べられました(383個体の438443ヶ所の指標)。これらのデータは倫理的承認を経ています。
本論文の結果は、以前にアマゾン人口集団に限定されると報告されたオーストラレシア人の遺伝的兆候が、太平洋沿岸人口集団でも特定されたことを示し、南アメリカ大陸におけるより広範なY人口集団の兆候が指摘され、これは太平洋とアマゾンの住民間の古代の接触を示唆している可能性があります。さらに、この遺伝的兆候の人口集団間および人口集団内の変異の有意な量が検出されました。
この過剰なアレル(対立遺伝子)共有の存在を検証するために、D統計(ムブティ人、オーストラレシア人、Y、Z)が実行され、YとZは在来集団もしくは本論文のデータセットの個体群が対象とされました。ここでの「オーストラレシア人」とは、オーストラリア先住民とメラネシア人とアンダマン諸島のオンゲ人とパプア人です。集団間の検証では、兆候の検出がアマゾンのカリティアナ人(Karitiana)やスルイ人(Suruí)で再現されましたが、太平洋沿岸のモチカ人(Mochica)の子孫であるチョトゥナ人(Chotuna)や、ブラジル中央西部のグアラニ・カイオワ人(Guaraní Kaiowá)や、ブラジル高原中央部のシャヴァンテ人(Xavánte)でも観察されました。最大の無関係な個体群一式を用いると、Y人口集団の兆候はカリティアナ人とスルイ人とグアラニ・カイオワ人で有意な水準を失いました。しかし、この兆候は太平洋沿岸人口集団とブラジル中央部先住民でまだ明らかでした(図1)。以下、本論文の図1です。
また、一部の個体が同じ人口集団の他者よりも多数の有意な検証を示すのかどうか、検出することも目的とされました。これは、陽性人口集団内の不均一な遺伝的祖先系統を示唆しているかもしれません。じっさい本論文の分析では、一部の個体が過剰なアレル共有を示すより多くの検証を示しましたが、一部は他者との比較でこの祖先の有意な不足を示す可能性も高い、と明らかになりました(図2)。これらの結果から、完全な一式から最大限無関係な標本一式までの変化における兆候の重要性の喪失が、最初の場所で検証された標本間の関連性により引き起こされた偏りの除去というよりもむしろ、オーストラレシア人と共有しているアレルのより高い水準を有する特定の個体群の除外により起きたことは明らかです。以下、本論文の図2です。
これは、この兆候の有意な変動が人口集団間水準だけではなく、同じ人口集団の個体間でも存在する、という強い証拠を提供します。これらの結果は、この兆候の人口集団内の変動が稀ではなく(図2)、アパライ人(Apalai)やグアラニ・ニャンデヴァ人(Guaraní Nãndeva)やカリティアナ人やムンドゥルク人(Munduruku)やパラカナ人(Parakanã)やシャヴァンテ人といった、いくつかの集団で観察されることを示唆します。最も有意な検証では、トゥピ(Tupí)語族話者個体群でこの過剰な兆候が検出されましたが、その兆候は主要な全言語集団でも検出され、同時に、南アメリカ大陸内で広範な地理的分布を示しました(図1)。逆に、かなりの数の標本が、オーストラレシア人と共有するアレルの欠損を有している、と推測されました(図2)。一際目立つのは、パラカナ人の1個体(PAR137)で、有意な検証の極端に高い割合(31.64%)を示し、相対的な不足を示唆します。PAR137は、アメリカ大陸先住民標本の主成分分析でも、欠測率に関しても、無関係で混合されていない下部一式の標本間の対の遺伝的距離MDS(多次元尺度構成法)でも、外れ値ではありません。さらに、南アメリカ大陸の現代先住民集団間のY人口集団祖先系統分布は、民族言語的多様性もしくは地理的位置との関係を示しませんでした。
中央および南アメリカ大陸先住民集団の祖先系統をさらに特徴づけるため、qpWaveで実行された以前の一連の検証(関連記事)が再現され、これら人口集団の形成に必要な祖先系統の波の最小限の数が調べられました。基本的に、世界の6地域(サハラ砂漠以南のアフリカ、ヨーロッパ西部、アジア東部、アジア南部、シベリアおよびアジア中央部、オセアニア)のそれぞれの4人口集団を外群として、混合されておらず無関係な3個体以上のアメリカ大陸先住民14集団が検証集団として選択されました。これらの集団はいくつかの組み合わせで検証されました。その結果、以前の検証により得られた推定値が再現され、中央および南アメリカ大陸先住民人口集団の現代の遺伝的多様性を説明するには、少なくとも2つの移住の波が必要と示唆されます。
太平洋沿岸のチョトゥナ人も、D統計(ムブティ人、オーストラレシア人、Y、Z)により推定されるようにオーストラレシア人と共有する過剰なアレルを示したので(図1)、以前の研究(関連記事)に基づいて、セチュラ人(Sechura)とチョトゥナ人とナリフアラ人(Narihuala)という太平洋沿岸集団を追加して、混合グラフモデルが作成されました(図3A)。最適モデルでは、カリティアナ人やスルイ人でも観察されたように、太平洋沿岸は、南アメリカ大陸祖先系統と、オンゲ人との姉妹系統と関連する小さな非アメリカ大陸先住民の寄与の混合集団である、と示されました(図3C)。シャヴァンテ人が分析に含まれると、最適モデルは、太平洋沿岸におけるオーストラレシア人構成要素の直接的寄与を示し、その後、この兆候の強い浮動が続き、アマゾン集団が形成されました(図3D)。図3Dはオーストラレシア人関連祖先系統からの独立した2回の混合事象を示唆しますが、このモデルの結節点間の小さな遺伝的距離は、単一の混合事象の証拠を強固にしました。Treemix分析も、太平洋沿岸とアンデス集団がまず分岐し、続いてアンデス東部斜面人口集団が、最後にアマゾン集団と他の南アメリカ大陸東部集団が分岐した、という多様化のパターンを示しました。これらの知見から、Y人口集団の寄与はアマゾン系統の形成前にもちらされ、太平洋沿岸およびアマゾン人口集団の祖先だった可能性が高い、と示唆されます。以下、本論文の図3です。
南アメリカ大陸へのさまざまな移住経路が以前に提案され、証明されてきました。考古学的および遺伝学的データでは、太平洋沿岸と内陸部の両経路が最初の移民に用いられた可能性が高い、と示されました。本論文のモデルは、太平洋沿岸とアマゾンの人口集団間の古代の遺伝的類似性を指摘し、それは両地域集団のY祖先系統の存在により説明できます。さらに、この共有された祖先系統の導入は、太平洋沿岸系統とアマゾン系統の分離に先行するようで、西岸からの拡散と、ブラジルの人口集団における遺伝的浮動の連続事象が続く、と示されます。南アメリカ大陸太平洋沿岸におけるY祖先系統の遺伝的証拠から、この祖先系統は太平洋沿岸経路でこの地域に到達した可能性が高いので、これまでに研究された北および中央アメリカ大陸の人口集団におけるこの遺伝的構成要素の欠如を説明できる、と示唆されます。
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、アマゾン地域の現代先住民集団の一部と、ブラジルのラゴアサンタ(Lagoa Santa)で発見された10400年前頃の1個体で確認されていた、オーストラレシア人と密接に関係するゲノム領域(Y祖先系統)が、南アメリカ大陸太平洋沿岸にも広範に見られることを示しました。この問題はひじょうに謎めいており、以前から注目されていたので、新たな手がかりを提示した点で、本論文の意義は大きいと思います。本論文でも、このY祖先系統の正確な起源はまだ明らかになっていませんが、南アメリカ大陸で太平洋沿岸集団とアマゾン集団が分離する前にすでにもたらされていたようですから、南アメリカ大陸への(現代の南アメリカ大陸先住民集団の主要な祖先である)人類集団の初期の移住の時点で、Y祖先系統がすでに存在していた可能性は高そうです。
最近のアジア東部における古代DNA研究の進展(関連記事)を踏まえると、Y祖先系統はユーラシア東部沿岸部祖先系統に分類されると考えられます。ユーラシア東部沿岸部祖先系統は、西遼河地域の古代農耕民や「縄文人」にも影響を与えており、とくに「縄文人」では大きな影響(44%)を有する、と推定されています。ユーラシア東部沿岸部祖先系統を有する集団が後期更新世にアジア東部沿岸を北上していき、アメリカ大陸先住民の主要な祖先集団の一部と混合し、アメリカ大陸を太平洋沿岸経路で南進して南アメリカ大陸に拡散した、と考えられます。北および中央アメリカ大陸の先住民集団でY祖先系統が確認されないのは、Y祖先系統を有する集団が北および中央アメリカ大陸にはほとんど留まらず急速に南アメリカ大陸に拡散したか、北および中央アメリカ大陸に留まったものの、後にY祖先系統を有さないアメリカ大陸先住民集団に置換されたか、ヨーロッパ勢力の侵略後の大規模な人口減少の過程で消滅した、と推測できます。もちろん、これは現時点での推測にすぎず、この問題の解明には、現代アメリカ大陸先住民のさらに広範囲なゲノム分析と、何よりも古代DNA研究のさらなる進展が必要になるでしょう。
参考文献:
Castro e Silva MA. et al.(2021): Deep genetic affinity between coastal Pacific and Amazonian natives evidenced by Australasian ancestry. PNAS, 118, 14, e2025739118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2025739118
Ning C. et al.(2021): The genomic formation of First American ancestors in East and Northeast Asia. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.10.12.336628
議論となっているこのオーストラレシア人口集団の遺伝的構成要素は、ユピケラ(Ypikuéra)人口集団もしくは「Y人口集団」構成要素と呼ばれており、現代アマゾン人口集団でのみ特定されており(関連記事)、アマゾン地域の人々の形成につながる少なくとも2つの異なる創始者の波があった、と示唆されます。その最初の波は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)停止人口集団の直接的子孫で構成されていると推測され、第二の波は、ベーリンジア人口集団ともっと新しくベーリンジアに到達したアジア南東部人の祖先の混合人口集団により形成された、と推測されました。これら両人口集団はアマゾン地域に定住し、混合したでしょう。
在来遺伝子プールへの標本抽出されていない人口集団の寄与は、オーストラレシア人と共有される祖先系統の起源につながった、と考えられています(関連記事)。この意味で、Y人口集団はアメリカ大陸最初の植民集団の一部だったでしょう。南アメリカ大陸の古代標本のデータは、1万年前頃の弱いY兆候を示します(関連記事)。この証拠は、Y祖先系統が、アジア南東部から南アメリカ大陸に入ってくる第二の波というよりはむしろ、アジア北東部に居住していたアメリカ大陸先住民の共通祖先にさかのぼるかもしれない、と示唆します。
さらに、新たな研究(Ning et al., 2021)の一連の証拠から、最初のアメリカ大陸先住民クレード(単系統群)は、ベーリンジアではなくアジア東部で分岐したと示唆されており、祖先的アジア東部人集団からのY祖先系統の遺伝子流動の可能性がさらに高まっています。しかし、現代および古代の集団間の兆候の不足は、検出の地域特有で明らかに無作為のパターンとともに、それが、アマゾン人口集団(および他の南アメリカ大陸先住民)が経てきた強い遺伝的浮動効果に起因する、偽陽性検出である可能性を高めました。しかし、逆の可能性もあります。それは、Y人口集団の兆候が一部人口集団で高い遺伝的浮動効果のために有意水準を下回った、という想定です。この問題を解明するため、南アメリカ大陸人口集団からのゲノムデータの、現時点で最も包括的な一式となるデータセットが調べられました(383個体の438443ヶ所の指標)。これらのデータは倫理的承認を経ています。
本論文の結果は、以前にアマゾン人口集団に限定されると報告されたオーストラレシア人の遺伝的兆候が、太平洋沿岸人口集団でも特定されたことを示し、南アメリカ大陸におけるより広範なY人口集団の兆候が指摘され、これは太平洋とアマゾンの住民間の古代の接触を示唆している可能性があります。さらに、この遺伝的兆候の人口集団間および人口集団内の変異の有意な量が検出されました。
この過剰なアレル(対立遺伝子)共有の存在を検証するために、D統計(ムブティ人、オーストラレシア人、Y、Z)が実行され、YとZは在来集団もしくは本論文のデータセットの個体群が対象とされました。ここでの「オーストラレシア人」とは、オーストラリア先住民とメラネシア人とアンダマン諸島のオンゲ人とパプア人です。集団間の検証では、兆候の検出がアマゾンのカリティアナ人(Karitiana)やスルイ人(Suruí)で再現されましたが、太平洋沿岸のモチカ人(Mochica)の子孫であるチョトゥナ人(Chotuna)や、ブラジル中央西部のグアラニ・カイオワ人(Guaraní Kaiowá)や、ブラジル高原中央部のシャヴァンテ人(Xavánte)でも観察されました。最大の無関係な個体群一式を用いると、Y人口集団の兆候はカリティアナ人とスルイ人とグアラニ・カイオワ人で有意な水準を失いました。しかし、この兆候は太平洋沿岸人口集団とブラジル中央部先住民でまだ明らかでした(図1)。以下、本論文の図1です。
また、一部の個体が同じ人口集団の他者よりも多数の有意な検証を示すのかどうか、検出することも目的とされました。これは、陽性人口集団内の不均一な遺伝的祖先系統を示唆しているかもしれません。じっさい本論文の分析では、一部の個体が過剰なアレル共有を示すより多くの検証を示しましたが、一部は他者との比較でこの祖先の有意な不足を示す可能性も高い、と明らかになりました(図2)。これらの結果から、完全な一式から最大限無関係な標本一式までの変化における兆候の重要性の喪失が、最初の場所で検証された標本間の関連性により引き起こされた偏りの除去というよりもむしろ、オーストラレシア人と共有しているアレルのより高い水準を有する特定の個体群の除外により起きたことは明らかです。以下、本論文の図2です。
これは、この兆候の有意な変動が人口集団間水準だけではなく、同じ人口集団の個体間でも存在する、という強い証拠を提供します。これらの結果は、この兆候の人口集団内の変動が稀ではなく(図2)、アパライ人(Apalai)やグアラニ・ニャンデヴァ人(Guaraní Nãndeva)やカリティアナ人やムンドゥルク人(Munduruku)やパラカナ人(Parakanã)やシャヴァンテ人といった、いくつかの集団で観察されることを示唆します。最も有意な検証では、トゥピ(Tupí)語族話者個体群でこの過剰な兆候が検出されましたが、その兆候は主要な全言語集団でも検出され、同時に、南アメリカ大陸内で広範な地理的分布を示しました(図1)。逆に、かなりの数の標本が、オーストラレシア人と共有するアレルの欠損を有している、と推測されました(図2)。一際目立つのは、パラカナ人の1個体(PAR137)で、有意な検証の極端に高い割合(31.64%)を示し、相対的な不足を示唆します。PAR137は、アメリカ大陸先住民標本の主成分分析でも、欠測率に関しても、無関係で混合されていない下部一式の標本間の対の遺伝的距離MDS(多次元尺度構成法)でも、外れ値ではありません。さらに、南アメリカ大陸の現代先住民集団間のY人口集団祖先系統分布は、民族言語的多様性もしくは地理的位置との関係を示しませんでした。
中央および南アメリカ大陸先住民集団の祖先系統をさらに特徴づけるため、qpWaveで実行された以前の一連の検証(関連記事)が再現され、これら人口集団の形成に必要な祖先系統の波の最小限の数が調べられました。基本的に、世界の6地域(サハラ砂漠以南のアフリカ、ヨーロッパ西部、アジア東部、アジア南部、シベリアおよびアジア中央部、オセアニア)のそれぞれの4人口集団を外群として、混合されておらず無関係な3個体以上のアメリカ大陸先住民14集団が検証集団として選択されました。これらの集団はいくつかの組み合わせで検証されました。その結果、以前の検証により得られた推定値が再現され、中央および南アメリカ大陸先住民人口集団の現代の遺伝的多様性を説明するには、少なくとも2つの移住の波が必要と示唆されます。
太平洋沿岸のチョトゥナ人も、D統計(ムブティ人、オーストラレシア人、Y、Z)により推定されるようにオーストラレシア人と共有する過剰なアレルを示したので(図1)、以前の研究(関連記事)に基づいて、セチュラ人(Sechura)とチョトゥナ人とナリフアラ人(Narihuala)という太平洋沿岸集団を追加して、混合グラフモデルが作成されました(図3A)。最適モデルでは、カリティアナ人やスルイ人でも観察されたように、太平洋沿岸は、南アメリカ大陸祖先系統と、オンゲ人との姉妹系統と関連する小さな非アメリカ大陸先住民の寄与の混合集団である、と示されました(図3C)。シャヴァンテ人が分析に含まれると、最適モデルは、太平洋沿岸におけるオーストラレシア人構成要素の直接的寄与を示し、その後、この兆候の強い浮動が続き、アマゾン集団が形成されました(図3D)。図3Dはオーストラレシア人関連祖先系統からの独立した2回の混合事象を示唆しますが、このモデルの結節点間の小さな遺伝的距離は、単一の混合事象の証拠を強固にしました。Treemix分析も、太平洋沿岸とアンデス集団がまず分岐し、続いてアンデス東部斜面人口集団が、最後にアマゾン集団と他の南アメリカ大陸東部集団が分岐した、という多様化のパターンを示しました。これらの知見から、Y人口集団の寄与はアマゾン系統の形成前にもちらされ、太平洋沿岸およびアマゾン人口集団の祖先だった可能性が高い、と示唆されます。以下、本論文の図3です。
南アメリカ大陸へのさまざまな移住経路が以前に提案され、証明されてきました。考古学的および遺伝学的データでは、太平洋沿岸と内陸部の両経路が最初の移民に用いられた可能性が高い、と示されました。本論文のモデルは、太平洋沿岸とアマゾンの人口集団間の古代の遺伝的類似性を指摘し、それは両地域集団のY祖先系統の存在により説明できます。さらに、この共有された祖先系統の導入は、太平洋沿岸系統とアマゾン系統の分離に先行するようで、西岸からの拡散と、ブラジルの人口集団における遺伝的浮動の連続事象が続く、と示されます。南アメリカ大陸太平洋沿岸におけるY祖先系統の遺伝的証拠から、この祖先系統は太平洋沿岸経路でこの地域に到達した可能性が高いので、これまでに研究された北および中央アメリカ大陸の人口集団におけるこの遺伝的構成要素の欠如を説明できる、と示唆されます。
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、アマゾン地域の現代先住民集団の一部と、ブラジルのラゴアサンタ(Lagoa Santa)で発見された10400年前頃の1個体で確認されていた、オーストラレシア人と密接に関係するゲノム領域(Y祖先系統)が、南アメリカ大陸太平洋沿岸にも広範に見られることを示しました。この問題はひじょうに謎めいており、以前から注目されていたので、新たな手がかりを提示した点で、本論文の意義は大きいと思います。本論文でも、このY祖先系統の正確な起源はまだ明らかになっていませんが、南アメリカ大陸で太平洋沿岸集団とアマゾン集団が分離する前にすでにもたらされていたようですから、南アメリカ大陸への(現代の南アメリカ大陸先住民集団の主要な祖先である)人類集団の初期の移住の時点で、Y祖先系統がすでに存在していた可能性は高そうです。
最近のアジア東部における古代DNA研究の進展(関連記事)を踏まえると、Y祖先系統はユーラシア東部沿岸部祖先系統に分類されると考えられます。ユーラシア東部沿岸部祖先系統は、西遼河地域の古代農耕民や「縄文人」にも影響を与えており、とくに「縄文人」では大きな影響(44%)を有する、と推定されています。ユーラシア東部沿岸部祖先系統を有する集団が後期更新世にアジア東部沿岸を北上していき、アメリカ大陸先住民の主要な祖先集団の一部と混合し、アメリカ大陸を太平洋沿岸経路で南進して南アメリカ大陸に拡散した、と考えられます。北および中央アメリカ大陸の先住民集団でY祖先系統が確認されないのは、Y祖先系統を有する集団が北および中央アメリカ大陸にはほとんど留まらず急速に南アメリカ大陸に拡散したか、北および中央アメリカ大陸に留まったものの、後にY祖先系統を有さないアメリカ大陸先住民集団に置換されたか、ヨーロッパ勢力の侵略後の大規模な人口減少の過程で消滅した、と推測できます。もちろん、これは現時点での推測にすぎず、この問題の解明には、現代アメリカ大陸先住民のさらに広範囲なゲノム分析と、何よりも古代DNA研究のさらなる進展が必要になるでしょう。
参考文献:
Castro e Silva MA. et al.(2021): Deep genetic affinity between coastal Pacific and Amazonian natives evidenced by Australasian ancestry. PNAS, 118, 14, e2025739118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2025739118
Ning C. et al.(2021): The genomic formation of First American ancestors in East and Northeast Asia. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.10.12.336628
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