2021年度アメリカ自然人類学会総会(ユーラシア現代人におけるネアンデルタール人の遺伝的影響の地域差)
来月(2021年4月)7日~4月28日にかけて、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市で第90回アメリカ自然人類学会総会が開催される予定ですが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2) により起きる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のため、オンライン開催となるそうです。アメリカ自然人類学会総会では、最新の研究成果が多数報告されるだけに、古人類学に関心のある私は大いに注目しています。総会での各報告の要約はPDFファイルで公表されているのですが、まだいくつかの報告をざっと読んだだけです。とりあえず今回は、とくに興味深いと思った、ユーラシア現代人におけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺伝的影響の地域差報告(Witt et al., 2021)を取り上げます(P115)。
ネアンデルタール人由来のゲノム領域は、は全ての現代ユーラシア人口集団で見つかりますが、不均一に分布しており、アジア東部人はヨーロッパ人よりもゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域が優位に多い、と報告されています。具体的には、ヨーロッパ人も含めてユーラシア西部現代人では1.8~2.4%、アジア東部現代人では2.3~2.6%と推定されていますが(関連記事)、両者の違いはこの推定より低い、との見解も最近提示されました(関連記事)。この違いに関しては、ネアンデルタール人からのアジア東部現代人の祖先集団への追加のネアンデルタール人からの遺伝子流動や、ネアンデルタール人からの遺伝的影響をほとんど受けていない現生人類集団(基底部ユーラシア人)とユーラシア西部現代人の祖先集団との混合による「希釈」の効果(関連記事)など、複数の人口統計学的モデルがこの違いを説明するために提案されてきました(関連記事)。
この研究は、以前から報告されてきたユーラシア東西間のネアンデルタール人からの遺伝的影響の程度の違いを解明するため、1000人ゲノム計画のデータに基づいて、現代ユーラシア人口集団における古代型の一塩基多型を識別し、ヨーロッパ人口集団とアジア東部人口集団との間の個体および人口集団特有の古代型網羅率のパターンを比較しました。その結果、アジア東部人とヨーロッパ人は、人口集団全体でほぼ同じ数の古代型アレル(対立遺伝子)を有しているものの、アジア東部人は個体間で共有されるアレルの割合がより高いので、ヨーロッパ人よりも個体あたりのネアンデルタール人由来の多様体の数が多くなる、と示されました。
次に、「追加の古代型遺伝子流動」仮説および「希釈」仮説と一致する人口統計学的モデルを用いてシミュレーションが実行され、どの人口統計学的仮説が、ヨーロッパ人と比較してアジア東部人において、より多い個体あたりのアレル数があるものの、人口集団あたりのアレル数は類似していることと最も一致するのか、検証されました。その結果、どちらの人口統計学的モデルも経験的結果を個別に複製しませんが、これらのモデルの組み合わせは、ユーラシア現代人で見られるような、個体および人口集団全体のアレル分布をもたらしました。
したがって、ユーラシア現代人全体におけるネアンデルタール人由来のアレルの分布は、ネアンデルタール人と現生人類との間の複数回の相互作用、および、ネアンデルタール人の遺伝的影響を受けたユーラシア西部現代人の祖先集団と、ネアンデルタール人の遺伝的影響を受けていない仮定的な(ゴースト)人口集団(基底部ユーラシア人)との間の遺伝子流動の結果と推測されます。おそらく、本論文が指摘するように、複数の複雑な要因により、ユーラシア現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来領域の割合の地域差が生じたのでしょう。なお、アメリカ自然人類学会総会に関するこのブログの過去の記事は以下の通りです。
2020年度(第89回)
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_16.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_29.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_30.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_36.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_46.html
2019年度(第88回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_50.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_51.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_53.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_1.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_10.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_11.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_23.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_24.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_34.html
2018年度(第87回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201804article_46.html
2017年度(第86回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201705article_13.html
2016年度(第85回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201606article_23.html
2015年度(第84回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_15.html
2014年度(第83回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_7.html
2013年度(第82回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
2012年度(第81回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201204article_20.html
2011年度(第80回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201104article_27.html
2010年度(第79回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201004article_23.html
2009年度(第78回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200905article_27.html
2008年度(第77回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_32.html
2007年度(第76回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_32.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_11.html
参考文献:
Witt KE, Villanea FA, Huerta-Sánchez E.(2021): Accounting for Neanderthal ancestry differences in Eurasians using archaic SNP identification and simulations. The 90th Annual Meeting of the AAPA.
ネアンデルタール人由来のゲノム領域は、は全ての現代ユーラシア人口集団で見つかりますが、不均一に分布しており、アジア東部人はヨーロッパ人よりもゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域が優位に多い、と報告されています。具体的には、ヨーロッパ人も含めてユーラシア西部現代人では1.8~2.4%、アジア東部現代人では2.3~2.6%と推定されていますが(関連記事)、両者の違いはこの推定より低い、との見解も最近提示されました(関連記事)。この違いに関しては、ネアンデルタール人からのアジア東部現代人の祖先集団への追加のネアンデルタール人からの遺伝子流動や、ネアンデルタール人からの遺伝的影響をほとんど受けていない現生人類集団(基底部ユーラシア人)とユーラシア西部現代人の祖先集団との混合による「希釈」の効果(関連記事)など、複数の人口統計学的モデルがこの違いを説明するために提案されてきました(関連記事)。
この研究は、以前から報告されてきたユーラシア東西間のネアンデルタール人からの遺伝的影響の程度の違いを解明するため、1000人ゲノム計画のデータに基づいて、現代ユーラシア人口集団における古代型の一塩基多型を識別し、ヨーロッパ人口集団とアジア東部人口集団との間の個体および人口集団特有の古代型網羅率のパターンを比較しました。その結果、アジア東部人とヨーロッパ人は、人口集団全体でほぼ同じ数の古代型アレル(対立遺伝子)を有しているものの、アジア東部人は個体間で共有されるアレルの割合がより高いので、ヨーロッパ人よりも個体あたりのネアンデルタール人由来の多様体の数が多くなる、と示されました。
次に、「追加の古代型遺伝子流動」仮説および「希釈」仮説と一致する人口統計学的モデルを用いてシミュレーションが実行され、どの人口統計学的仮説が、ヨーロッパ人と比較してアジア東部人において、より多い個体あたりのアレル数があるものの、人口集団あたりのアレル数は類似していることと最も一致するのか、検証されました。その結果、どちらの人口統計学的モデルも経験的結果を個別に複製しませんが、これらのモデルの組み合わせは、ユーラシア現代人で見られるような、個体および人口集団全体のアレル分布をもたらしました。
したがって、ユーラシア現代人全体におけるネアンデルタール人由来のアレルの分布は、ネアンデルタール人と現生人類との間の複数回の相互作用、および、ネアンデルタール人の遺伝的影響を受けたユーラシア西部現代人の祖先集団と、ネアンデルタール人の遺伝的影響を受けていない仮定的な(ゴースト)人口集団(基底部ユーラシア人)との間の遺伝子流動の結果と推測されます。おそらく、本論文が指摘するように、複数の複雑な要因により、ユーラシア現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来領域の割合の地域差が生じたのでしょう。なお、アメリカ自然人類学会総会に関するこのブログの過去の記事は以下の通りです。
2020年度(第89回)
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_16.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_29.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_30.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_36.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/202003article_46.html
2019年度(第88回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_50.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_51.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201903article_53.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_1.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_10.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_11.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_23.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_24.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201904article_34.html
2018年度(第87回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201804article_46.html
2017年度(第86回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201705article_13.html
2016年度(第85回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201606article_23.html
2015年度(第84回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_15.html
2014年度(第83回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_7.html
2013年度(第82回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
2012年度(第81回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201204article_20.html
2011年度(第80回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201104article_27.html
2010年度(第79回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201004article_23.html
2009年度(第78回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200905article_27.html
2008年度(第77回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_32.html
2007年度(第76回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_32.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_11.html
参考文献:
Witt KE, Villanea FA, Huerta-Sánchez E.(2021): Accounting for Neanderthal ancestry differences in Eurasians using archaic SNP identification and simulations. The 90th Annual Meeting of the AAPA.
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