『卑弥呼』第56話「祈り」

 『ビッグコミックオリジナル』2021年2月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが弟のチカラオ(ナツハ)に、ともに山社から逃げよう、と提案したところで終了しました。今回は、那(ナ)の国に舟が現れ、出雲からの事代主(コトシロヌシ)と名乗り、上陸願いの合図を送る場面から始まります。出雲は金砂国(カナスナノクニ)の聖地で、事代主は出雲の神和(カンナギ)にして金砂国の支配者です。宣戦布告かもしれない、と考えた警備兵は、那のウツヒオ王に伝令を送ります。

 山社(ヤマト)では、ヤノハが弟のチカラオ(ナツハ)に、夜になったらここを出るので、下界に降りて誰も上げないよう、指示します。山火事は、方向を変えて北西に向かっているようです。ナツハが楼観から降りると、日見子(ヒミコ)たるヤノハの朝餉をナツハが取りに来ないことをイクメが叱責します。何かあったのではないか、と懸念するイクメが楼観に入ろうとするのをナツハは阻止します。ヤノハは、森の火が消えるまで祈り続けるので楼観に上がってはならない、食物を絶ちナツハ以外とは合わない、と言ってその場を切り抜けます。山火事の現場では、ミマト将軍たちが山社への火事の侵攻を食い止めていたものの、火の手は一向に衰えず、このままでは西の里が全滅する、と案じていました。ミマト将軍は、西の邑を見捨てられないので、この場に20名を残し、残りの者には西の邑と森の境に溝を掘るよう、命じます。

 楼観で休んでいるヤノハに、夢の中でモモソが語りかけます。弟に犯されたので、天照大御神(アマテラスオホミカミ)様から見捨てられた、と自嘲するヤノハに対して、止めはしないが、眠らずに夜までやるべきことをやれ、とモモソは叱責します。目が覚めたヤノハは、楼観からイクメたちが祈っているのを見下ろし、祈って山火事がどうにかなるものではなかろう、と醒めたことを言いつつ、夜までお勤めをするか、と呟いて祈りを始めます。すると、雨が降り始め、消火に当たっていたミマト将軍たちは歓喜します。そこへ楼観にヤノハが姿を現わし、祈りを捧げていたイクメたちはヤノハを崇めます。那国では、ウツヒオ王が事代主からの書簡(木簡)を受け取っていました。事代主は、宍戸国(アナトノクニ)の弁都留島(ムトリノシマ、現在の六連島でしょうか)で日見子(ヤノハ)と2人だけで会いたい、と提案してきました。この申し出が和議なのか戦なのか、とウツヒオ王が思案するところで今回は終了です。


 今回は、山社から弟のチカラオとともに逃亡しようとしたヤノハが、モモソからの叱責を受け、本気ではないにも関わらず祈りを始めたら、雨により山火事が鎮まり、山社の人々のヤノハへの崇敬の念がさらに高まるところまで描かれました。ヤノハはモモソから叱責され、とりあえず夜まで祈りを続けることにしましたが、日見子として人々からさらに崇敬されることになり、それでも山社から逃亡しようとするのか、注目されます。ヤノハがチカラオ(ナツハ)に犯されたことは、2人が黙っていれば分からないように思いますが、妊娠すると、初期で流産しなければ隠し通すのは難しそうです。あるいは、ヤノハはチカラオに犯されたことを契機に、『三国志』に見えるように人々の前にはほとんど姿を現わさないようになり、卑弥呼(日見子)の部屋に出入りして給仕の世話をしていたというただ一人の男性がチカラオなのかもしれません。そうすると、あるいは出産しても隠し通せるかもしれません。現時点で紀元後208年頃と推測されることから、二人の子供の娘が台与なのでしょうか。

 また、出雲の事代主が日見子(ヤノハ)と接触しようとしたことも注目されます。これまで舞台は九州のみで、本州や四国の情勢は言及されるだけか、宍戸(アナト、現在の山口県でしょうか)の国のニキツミ王が会議に参加するくらいの描写でしたが、事代主が登場し、那のトメ将軍がミマアキとともにサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の一族が支配する日下(ヒノモト)の国の視察に向かっていますから、いよいよ本州や四国の情勢も本格的に描かれることになりそうで、期待されます。倭国の情勢がある程度落ち着いた後は、魏への使者の派遣も描かれそうなので、さらに壮大な話になりそうで、たいへん楽しみです。また、その前に遼東の公孫氏との関係も描かれるかもしれず、かなり長く楽しめる作品になるのではないか、と期待されます。

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