ホモ・エレクトスと現生人類の頭蓋進化の比較

 ホモ・エレクトス(Homo erectus)と現生人類(Homo sapiens)の頭蓋進化を比較した研究(Baab., 2021)が公表されました。ホモ・エレクトス(Homo erectus)は人類進化史において中心的な位置を占めています。古代DNAからの種分岐の年代測定の進歩により、エレクトス(もしくはこの系統の一部)は、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の最終共通祖先候補として位置づけられます。ネアンデルタール人とデニソワ人が70万~50万年前頃以前に分岐したならば(関連記事)、これは他の共通祖先候補に分類されている化石、つまり広義のホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)の大半よりも後になります。エレクトスと比較的最近の現生人類は、地理的に最も広範な人類種でもあります。この研究は、27個のエレクトス頭蓋化石と現生人類約300個体の比較標本への人口史理論に基づく方法の適用により、と相対的な遺伝的多様性と、エレクトスの種分化を伴う小進化過程への新たな洞察を提供します。

 エレクトスは現生人類と進化史のいくつかの重要な特徴を共有しており、それにはアフリカからの移住とユーラシア全域のより季節性で温暖な生息地の居住が含まれます。したがって、現生人類はエレクトスの人口史について考察するさいの有用なモデルとして機能します。現生人類の遺伝的景観は、主要な出アフリカ人口ボトルネック(瓶首効果)、連続創始者効果、分布範囲全域での限定的な遺伝子流動、地域的適応により形成されました。これらの同じ人口史事象は、種の頭蓋表現型に痕跡を残しました(関連記事)。

 エレクトスは広く定義されており、年代は180万年前頃以降、地域はアフリカとユーラシアの南緯25度から北緯40度に及びます。従来の通念では、エレクトスの起源は190万年前頃のアフリカ東部にあり、そこには最古級のいくつかのエレクトス遺跡と、より古いホモ属種の豊富な証拠があります(図1)。アフリカのエレクトスはアジアへと東方に拡散し、これはコーカサスなどアジア西部における180万年以上前(関連記事)、また中国南部の170万年前頃(関連記事)の(一時的かもしれない)分布も含まれます。アジア東部(中国)および南東部(ジャワ島)の集団は相互に、通常は単一の移住事象の結果とみなされています。多くの想定では、遺伝的浮動および/あるいは環境適応を通じての、しかし、種の結合を維持する充分な遺伝子流動を有する、各地域での系統発生的変化を促進した地域的な孤立の期間が示唆されます。一部の研究者は、アジアにおける表現型変動の南北の勾配を識別します。ほとんどの研究者は、これら時空間的変動を、種水準としてよりもむしろ、集団もしくは亜種とみなしています。

 しかし、エレクトスのアルファ分類に関しては長い議論があります。極端な場合、初期現生人類やエレクトスなどいくつかの初期ホモ属種の包摂を主張したり、伝統的なエレクトス標本を多くの異なる種に分割したりする、少数の研究者がいます。しかし、ほとんどの研究者は、エレクトスを広く分布した多型の種か、特殊化したアジア系統とみなしています。後者の立場では、早期のアフリカおよびジョージア(グルジア)の化石は、別の種ホモ・エルガスター(Homo ergaster)に分類されます。エレクトスの形態的変動の程度は、現生種で記録されている範囲の上限にありますが、時空間的範囲を考慮すると比較的低く、さらに、その神経頭蓋形態は、それ以前および以後の両方の古代型ホモ属種と異なります。さらに、歯や顎の形態はとくに、単純な東西の二分法で把握されるよりも、時間の経過に伴う地域集団間のより複雑な一連の関係を示唆します。これらの理由のため本論文では、エレクトスはアフリカとユーラシア(西部)とアジア東部および南東部の化石を含むものとして定義され、他の尤もな分類仮説がある、と認識されます。

 エレクトスと最近の現生人類が人口史でどの程度収束したのか、これまで調査されてきませんでした。人口史に基づく統計モデルは、これらの人口史シナリオで現れる小進化過程の過去の兆候を検出する、強力な手法一式を提供します。定量的遺伝学は、頭蓋形態のような多遺伝子性遺伝により決定される表現型特徴を含む、複雑な特徴の進化と関連します。定量的遺伝学から改良された進化的形態分析は、すでに人類進化への貴重な洞察をもたらしており、それには人類進化における中立的過程(たとえば遺伝的浮動)により大きな役割を果たしたとの認識も含まれますが、人類の顔面と頭蓋以外の骨格の進化における選択も裏づけます。

 現在の研究は、共有された進化史と関連する、類似のおもに中立的な小進化要因がエレクトスと最近の現生人類の頭蓋形態を形成した、という仮説を評価します。しかし、この仮説は単純化しすぎています。それは、人口規模や遺伝子流動や遺伝的浮動や変異や選択の詳細が、確実に種間で異なっていたからです。しかし、予測は詳細というよりもむしろ一般化されており、人口史の微妙な詳細ではなく、経時的な最も一般的パターンを反映するでしょう。

 予測1:エレクトスは最近の現生人類と類似の種内頭蓋変異の程度を示します。この予測は種内頭蓋変異が人類全体の中立的な遺伝的変異と相関している、との観察に基づいており、頭蓋変異形成における人口史(たとえば、遺伝的浮動や遺伝子流動)の重要な役割を示唆します。

 予測2:エレクトスは最近の現生人類集団よりも多様な集団でした。これは、エレクトス集団間の分岐以来の時間が現生人類集団よりもずっと長いことを考慮して、両種の集団分岐がおもに中立的過程(たとえば、遺伝的浮動)に起因するならば、変異・浮動平衡下の予想となります。

 予測3:中立的な進化過程(たとえば、遺伝的浮動)は、エレクトスと現生人類の集団間の表現型の分岐を説明できます。この予測は、地域的なエレクトス集団の地理的および遺伝的孤立についての長年の見解、現生人類を含む他のホモ属種における中立的な頭蓋多様化の経験的証拠と一致します。

 これらの仮説は、前頭骨および後頭骨では最大の化石標本規模で別々に評価され、モザイク状の頭蓋進化が評価されました。脳頭蓋と顔面との間のモジュール性、および/あるいは現生人類で観察された頭蓋統合が一般的に低水準であることを考慮すると、顔面と頭蓋の異なる選択が、前頭骨と後頭骨でそれぞれ異なる進化史をもたらしたかもしれません。これらの分析は、エレクトスの頭蓋変異を形成した進化過程に光を当てる、定量的遺伝学の最初の使用を表します。以下、本論文の図1です。
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●頭蓋分析

 エレクトスと最近の現生人類の後頭骨と前頭骨の形態の3次元データが分析に用いられました。エレクトス標本は、後頭骨では23個体、前頭骨では22個体で構成され(両方残存している個体が多いので合計27個体)、それぞれ時空間的に区分された2~6個体から構成される6集団に区分されました。それは、183万~177万年前頃のアジア西部(WAS)、163万~150万年前頃の初期アフリカ東部(EAF)、80万~75万年前頃の初期アジア東部(EAS)、90万~79万年前頃の初期アジア南東部(ESA)、中期更新世となる後期アジア南東部南方(LSA-S)、12万~11万年前頃となる後期アジア南東部北方(LSA-N)です。

 前頭骨と後頭骨の形態の変異の主要軸は、エレクトスと現生人類を分離しました(図2a・b)。形態の違いは、種間のよく証明された違いを反映しています。エレクトスは、より高い眼窩上隆起と眼窩上隆起後方のより大きな狭窄を伴う、より平らな前頭鱗を有している一方で、後頭骨は比較的広いものの、正中線上での角度がよりきつくなっています(図2c・e)。エレクトスの種内変異のパターンは、前頭骨と後頭骨とで異なっていました。後頭骨の形態(PC1軸)の最大の対比は、最古のWAS集団と最新のLSA-NおよびLSA-S集団との間にあります。アジアのエレクトス4集団(EASとESAとLSA-NとLSA-S)は、前頭骨の形態ではより大きな類似性を示し、最古の集団(WASとEAF)間ではより大きな変異がありました。以下、本論文の図2です。
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 予測1に関して、エレクトスの前頭骨の固有値の合計(SEV)は最近の現生人類の平均SEVより67%高く、再標本抽出された現生人類の値の100%を越えていました(図3c・d)。エレクトスの後頭骨のSEVは現生人類の平均SEVより27%大きく、それらの値の98%より高くなりました。分析をアジアの狭義のホモ・エレクトスに限定すると、同様のパターンが得られましたが、後頭骨の形態の集団内変異は、エレクトスにおいて有意にはより高くなりませんでした。予測2に関しては、前頭骨形態の集団間変異はエレクトスでは最近の現生人類の約2倍で、エレクトスの値は再標本抽出された現生人類の値の100%を超えました(図2g・h)。集団間変異はエレクトスでは後頭骨で50%高く、エレクトスの値は最近の現生人類の値の99%を超えました。分析をアジアの狭義のエレクトスに限定すると、類似の結果が得られました。予測3に関しては、エレクトスの集団間変異で最大の傾向を表すのは、前頭骨と後頭骨の傾きで、現生人類ではより緩やかになっています。アジアのエレクトスのみに限定しても、類似の結果が得られました。以下、本論文の図3です。
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●考察

 本論文は、ホモ・エレクトスと最近の現生人類両方の前頭骨および後頭骨の人口史の兆候を調べました。両種は、アフリカからの大きな移住と、その後のユーラシア全域のより多様な生息地への拡散を経験しているという点で、人類において独特です。両種は、エレクトスがほぼ200万年と現生人類よりもずっと深い化石記録を有しており、緯度の分布範囲が現生人類よりも狭いという点で異なります。本論文の結果は、エレクトスと最近の現生人類における共有された人口史と、エレクトスにおける頭蓋のモザイク状進化への、限定的な支持を示唆します。

 また本論文の結果は、エレクトスにおける前頭骨と後頭骨の異なる進化史を浮き彫りにします。これは、後頭骨と比較しての、集団間の前頭骨多様化における自然選択のより強い兆候と、前頭骨と後頭骨に関して集団間の形態分化の不一致パターンにより裏づけられます。エレクトスと現生人類は多かれ少なかれ、前頭骨の形状では最大限の集団内変動の軸に沿って分岐しましたが、後頭骨の形態では最大値にほぼ直行しており、これらの領域でも異なる種の歴史が示唆されます。頭蓋冠と顔面との間のモジュール性は、これらの異なる進化経路を促進したかもしれません。

 エレクトスにおける種内変異が現生人類より大きいことは、エレクトス標本の現生人類より大きな時間深度に起因すると考えたくなりますが、経験的証拠からは、これが大規模な時間枠でさえ、種内変異全体に控えめな影響をもたらした、と示唆されます。最近の現生人類と比較してのエレクトスにおけるより大きい頭蓋変異は、人類全体の頭蓋および中立の遺伝的変異の強い関連を考慮すると、それに応じて遺伝的多様性が高いことを示唆します。最近の非アフリカ系(出アフリカ系)現生人類における低い遺伝的多様性は、現生人類の出アフリカにおける大きな人口ボトルネックに起因するので、エレクトスにおけるより高い遺伝的多様性からは、エレクトスが移住にさいして同じような劇的な人口ボトルネックを経験しなかった、と示唆されます。

 エレクトスにおけるより高い集団分化の変動性は、より大きな時間深度に起因するエレクトスと現生人類両方の中立進化の仮説と一致しますが(予測2)、集団間の減少した遺伝子流動やより強い地域的適応のエレクトスといった、他の小進化過程を除外するには不充分です。中立進化の検証はいくらかの明確さを提供します。中立進化は後頭骨では却下できませんが、選択は、広義のエレクトスでは前頭骨形態の進化で示唆されます。しかし、アジア系統のエレクトスに限定されている場合は、当てはまりません。対照的に最近の現生人類は、一貫して前頭骨と後頭骨両方の形態における集団間の分岐の中立パターンを示し、これは、人類頭蓋が強い人口史兆候を保存している、と主張する以前の研究と一致します。

 これらの結果は、潜在的に興味深い方向を示します。たとえば、脳の形態発生と神経頭蓋形成との間の強い関係を考えると、脳での選択は前頭骨の変化につながる可能性があります。しかし、アフリカと中国とインドネシアのエレクトスの頭蓋内容積の分析では、脳の形態における地域的違いを識別できず、この説明はなさそうです。現生人類の頭蓋形態、とくに顔面形態における方向選択は通常、ひじょうに寒冷な気候もしくは食性の変化と関連しています。前頭骨形態、とくに眉弓の形成は、顔面上部と前方神経頭蓋の神経と骨構造の統合を反映しています。したがって、エレクトスにおける地域的選択はおそらく、顔面の気候適応と関連しており、全体的な高い多様性、より大きな集団分化、選択の兆候をもたらしたかもしれません。前頭骨での選択の証拠は基礎となる分類群次第で、エレクトスのより広範な定義にのみ適用されます。それは、アジアとアフリカとユーラシア西部の集団を含むものの、より限定的なアジアのみのエレクトスには適用されません。


●まとめ

 ホモ・エレクトスと現生人類は、重要な人口史の特徴を共有しており、それは(アメリカ大陸やオーストラリア大陸を除く)世界全域への大きな拡散において最も顕著で、おそらくは連続創始者効果や地域的適応やさまざまな遺伝子流動を伴いました。それでも、定量的な遺伝的検証は、エレクトスと現生人類の異なる進化史を明らかにします。集団間の頭蓋変異の程度は、ともに類似の地理的範囲に分布したにも関わらず、最近の現生人類よりもエレクトスの方で大きい、と明らかになりました。これは、エレクトスにおける中立選択のより顕著な役割を示唆しているかもしれません。じっさい、中立進化の検証は、エレクトス間の前頭骨多様化における自然選択の役割を明らかにしましたが、現生人類集団では違いました。これは、後頭骨で明らかになったおもに中立の兆候とは対照的で、前頭骨と後頭骨における異なる進化の軌跡を示唆します。このパターンは、前頭骨の進化が前頭骨と顔面の統合による顔面の選択への相関応答であるように、顔面と脳頭蓋との間のモジュール性により促進されたかもしれません。


参考文献:
Baab KL.(2021): Reconstructing cranial evolution in an extinct hominin. Proceedings of the Royal Society B, 288, 1943, 20202604.
https://doi.org/10.1098/rspb.2020.2604

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