氷河期の北極海が淡水化していた時期
氷河期の北極海が淡水化していた時期に関する研究(Geibert et al., 2021)が公表されました。過去に北極に棚氷が存在した可能性に関する初期の仮説を受けて、現在の海水準の下1000 mの深さにある独特な侵食地形が観測されたため、北極海中央部のロモノソフ海嶺などに厚い氷の層が存在した、と裏づけられました。最近ではモデル研究により、氷期に棚氷がどのように増大し、北極海の大部分を覆うに至った可能性があるのか、明らかにする試みが行なわれています。しかし、これまでのところ、北極域のこうした広大な棚氷に関して、海底堆積物についての反論の余地のない特性評価は行なわれておらず、氷期の状況が北極海に与えた影響について、疑問が提起されています。
この研究は、北極海および隣接するノルディック海が、広大な棚氷に覆われていただけでなく完全に淡水で満たされており、そのため海底堆積物中のトリウムが広範囲にわたり欠乏していた期間は少なくとも2回存在した、という証拠を提示します。この研究は、これらの北極の淡水期が、それぞれ海洋酸素同位体ステージ(MIS)4と6に相当する、7万~62000年前頃と15万~131000年前頃に生じていた、と推測します。北極域の堆積物記録における、石灰質ナンノ化石である円石藻(Emiliania huxleyi)の最初の出現について別の解釈をすると、より古い期間の年代がより新しい、と示唆されます。この手法は、堆積速度の解釈の相違につながり、年代測定目的の使用を妨げてきた、北極域のトリウム230記録に見られる予想外の極小値を説明します。
この同位体比の解釈を説明するには、約900万㎦の淡水が必要で、この計算は水文フラックスと境界条件の変化の見積もりにより裏づけられます。これだけの量の淡水が陸地ではなく海洋に蓄積されていたことは、淡水に敏感な安定酸素同位体に基づく海水準の再構築の見直しが必要かもしれないことと、大量の淡水が非常に短い時間スケールで北大西洋に運ばれた可能性を示唆しています。過去の北極域の気候や環境がどのようなものであったかを理解することは、将来どのように変化するのかを予測する上で役立ちます。また、淡水に敏感な安定酸素同位体に基づく海水準の再構築の見直しは、人類の拡散経路・分布の推定とも関わってくるので、この点でも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
環境科学:氷河期の北極海が淡水化していた時期
北極海とそれに隣接するノルディック海は、最近の二度の氷河期において、海水がなくなり、ほぼ淡水化していた時期が間欠的に存在し、厚い棚氷で覆われていたことを示唆する論文が、今週、Nature に掲載される。この知見は、これまでの淡水レベルの推定値に基づいた古代の海水準の再構築を修正する必要があると考えられることを示している。
過去の北極域の気候や環境がどのようなものであったかを理解することは、将来どのように変化するのかを予測する上で役立つ。これまでの研究では、過去に北極海のかなりの部分が棚氷で覆われていた可能性のあることが示唆されている。しかし、北極海の海洋堆積物コアからの試料を解釈するのは困難なため、そのような棚氷の証拠は得られていない。
今回、Walter Geibertたちは、同位体トリウム230の分析を用いて北極海の過去の状態を再構築できることを明らかにした。トリウム230は、塩水中でウランが崩壊すると生成され、海洋堆積物中に捕捉されて、海洋堆積物コアの深度に対応する時点での塩分レベルを示す。Geibertたちは、北極海とノルディック海の堆積物コアの複数の層にトリウム230が存在していないことを報告している。これは、これらの時点ではトリウム230が生成されていなかったこと、従って塩水が存在しなかったことを示している。Geibertたちは、この地域は7万~6万2000年前と約15万~13万1000年前に淡水化しており、こうした変化は比較的短い期間に起こっていたとする仮説を提示している。
Geibertたちは、淡水化していた時期に、棚氷がノルディック海まで広がっており、ノルディック海を塞いで大西洋からの塩水の流入を防いでいた可能性があるという見解を示している。また、Geibertたちは、この過程が淡水を急速に海洋に放出する手段だった可能性があり、海水準の再構築ではこの点を考慮する必要があると付け加えている。同時掲載のNews & ViewsではSharon Hoffmanが、今回の結果が今後、北極域がどれほど劇的に変化するのかについての再評価を促進する可能性があると指摘している。
古海洋学:北極海が淡水で厚い棚氷に覆われていた氷期の期間
Cover Story:塩のない北極海:堆積物コアが示唆する過去の氷期における淡水で満ちた北極海
表紙は、アイスランドのヨークルスアゥルロゥン氷河湖とダイヤモンドビーチである。北極海はかつて、その大部分が棚氷で覆われていた時期があったと考えられているが、その明確な証拠を見いだすのは困難である。今回W Geibertたちは、最近の氷期において北極海および隣接するノルディック海の大半が淡水で満たされ、厚い棚氷で覆われていたことを示す結果を報告している。海洋堆積物コアについて、海水に含まれるウランの崩壊によって生成されるトリウム230を分析したところ、北極海とノルディック海から得られたコアの複数の層にトリウム230が見られないことが分かった。著者たちは、これは海水が存在しなかったことを示していると解釈している。彼らは、棚氷が効率よくダムを作り、これによってこうした水塊が大西洋から隔てられ、7万〜6万2000年前と15万〜13万1000年前の2つの期間にこの海域が淡水で満たされたと示唆している。
参考文献:
Geibert W. et al.(2021): Glacial episodes of a freshwater Arctic Ocean covered by a thick ice shelf. Nature, 590, 7844, 97–102.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03186-y
この研究は、北極海および隣接するノルディック海が、広大な棚氷に覆われていただけでなく完全に淡水で満たされており、そのため海底堆積物中のトリウムが広範囲にわたり欠乏していた期間は少なくとも2回存在した、という証拠を提示します。この研究は、これらの北極の淡水期が、それぞれ海洋酸素同位体ステージ(MIS)4と6に相当する、7万~62000年前頃と15万~131000年前頃に生じていた、と推測します。北極域の堆積物記録における、石灰質ナンノ化石である円石藻(Emiliania huxleyi)の最初の出現について別の解釈をすると、より古い期間の年代がより新しい、と示唆されます。この手法は、堆積速度の解釈の相違につながり、年代測定目的の使用を妨げてきた、北極域のトリウム230記録に見られる予想外の極小値を説明します。
この同位体比の解釈を説明するには、約900万㎦の淡水が必要で、この計算は水文フラックスと境界条件の変化の見積もりにより裏づけられます。これだけの量の淡水が陸地ではなく海洋に蓄積されていたことは、淡水に敏感な安定酸素同位体に基づく海水準の再構築の見直しが必要かもしれないことと、大量の淡水が非常に短い時間スケールで北大西洋に運ばれた可能性を示唆しています。過去の北極域の気候や環境がどのようなものであったかを理解することは、将来どのように変化するのかを予測する上で役立ちます。また、淡水に敏感な安定酸素同位体に基づく海水準の再構築の見直しは、人類の拡散経路・分布の推定とも関わってくるので、この点でも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
環境科学:氷河期の北極海が淡水化していた時期
北極海とそれに隣接するノルディック海は、最近の二度の氷河期において、海水がなくなり、ほぼ淡水化していた時期が間欠的に存在し、厚い棚氷で覆われていたことを示唆する論文が、今週、Nature に掲載される。この知見は、これまでの淡水レベルの推定値に基づいた古代の海水準の再構築を修正する必要があると考えられることを示している。
過去の北極域の気候や環境がどのようなものであったかを理解することは、将来どのように変化するのかを予測する上で役立つ。これまでの研究では、過去に北極海のかなりの部分が棚氷で覆われていた可能性のあることが示唆されている。しかし、北極海の海洋堆積物コアからの試料を解釈するのは困難なため、そのような棚氷の証拠は得られていない。
今回、Walter Geibertたちは、同位体トリウム230の分析を用いて北極海の過去の状態を再構築できることを明らかにした。トリウム230は、塩水中でウランが崩壊すると生成され、海洋堆積物中に捕捉されて、海洋堆積物コアの深度に対応する時点での塩分レベルを示す。Geibertたちは、北極海とノルディック海の堆積物コアの複数の層にトリウム230が存在していないことを報告している。これは、これらの時点ではトリウム230が生成されていなかったこと、従って塩水が存在しなかったことを示している。Geibertたちは、この地域は7万~6万2000年前と約15万~13万1000年前に淡水化しており、こうした変化は比較的短い期間に起こっていたとする仮説を提示している。
Geibertたちは、淡水化していた時期に、棚氷がノルディック海まで広がっており、ノルディック海を塞いで大西洋からの塩水の流入を防いでいた可能性があるという見解を示している。また、Geibertたちは、この過程が淡水を急速に海洋に放出する手段だった可能性があり、海水準の再構築ではこの点を考慮する必要があると付け加えている。同時掲載のNews & ViewsではSharon Hoffmanが、今回の結果が今後、北極域がどれほど劇的に変化するのかについての再評価を促進する可能性があると指摘している。
古海洋学:北極海が淡水で厚い棚氷に覆われていた氷期の期間
Cover Story:塩のない北極海:堆積物コアが示唆する過去の氷期における淡水で満ちた北極海
表紙は、アイスランドのヨークルスアゥルロゥン氷河湖とダイヤモンドビーチである。北極海はかつて、その大部分が棚氷で覆われていた時期があったと考えられているが、その明確な証拠を見いだすのは困難である。今回W Geibertたちは、最近の氷期において北極海および隣接するノルディック海の大半が淡水で満たされ、厚い棚氷で覆われていたことを示す結果を報告している。海洋堆積物コアについて、海水に含まれるウランの崩壊によって生成されるトリウム230を分析したところ、北極海とノルディック海から得られたコアの複数の層にトリウム230が見られないことが分かった。著者たちは、これは海水が存在しなかったことを示していると解釈している。彼らは、棚氷が効率よくダムを作り、これによってこうした水塊が大西洋から隔てられ、7万〜6万2000年前と15万〜13万1000年前の2つの期間にこの海域が淡水で満たされたと示唆している。
参考文献:
Geibert W. et al.(2021): Glacial episodes of a freshwater Arctic Ocean covered by a thick ice shelf. Nature, 590, 7844, 97–102.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03186-y
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