北アメリカ大陸の絶滅したダイアウルフのイヌ科進化史における位置づけ(追記有)
北アメリカ大陸の絶滅したダイアウルフ(Canis dirus)のイヌ科進化史における位置づけについての研究(Perri et al., 2021)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ダイアウルフは、巨大な(約68kg)オオカミのようなイヌ科で、アメリカ大陸の後期更新世大型動物相の最も一般的な絶滅した大型肉食獣の一つです。ダイアウルフは、北アメリカ大陸の古生物学の記録では少なくとも25万年前頃から、とくにより低緯度地帯では、更新世末の13000年前頃まで存在します(図1a)。後期更新世の北アメリカ大陸に存在した他のイヌ科種は、ダイアウルフよりも、わずかに小さなハイイロオオカミ(Canis lupus)、ずっと小さなコヨーテ(Canis latrans)およびドール(アカオオカミ、Cuon alpinus)がいますが、ダイアウルフの方が全体的に多かったようです。たとえば、カリフォルニア州の豊富な化石記録が残るアスファルトの池であるランチョラブレア(Rancho La Brea)のタール層だけで4000頭以上が発掘されており、ハイイロオオカミ(タイリクオオカミ)の100倍以上です。
ダイアウルフの化石が豊富であるにも関わらず、その起源・分類学的関係・絶滅の究極的な動員は不明確なままです。ダイアウルフは一般的に、ハイイロオオカミの姉妹種、あるいは同種とさえ説明されています。ダイアウルフの絶滅を説明する主要な仮説は、ハイイロオオカミやコヨーテと比較してより大きい身体サイズのため、ダイアウルフは大型の獲物の狩猟に特化しており、大型動物相の獲物の絶滅を生き残れなかった、というものです。この仮説を検証するため、この研究は700点以上の標本の幾何学的形態計測分析を実行しました。本論文の結果から、ダイアウルフとハイイロオオカミの標本は区別できるものの、その形態はひじょうに類似していた(図1b)、と示唆されます。この形態計測の類似性は、部分的には相対成長(アロメトリー)に駆動されているかもしれませんが、ハイイロオオカミとダイアウルフとの間の区別の欠如は、密接な進化的関係の結果である、と解釈されてきました。あるいは、競合する仮説では、これらの形態学的類似性は収斂の結果であり、代わりにダイアウルフは別の分類学的系統に属する種である、と主張されています。つまり、単一種属のアエノショーン(Aenocyon)に分類される、「恐ろしい(terribleもしくはdreadful)」オオカミである、というわけです。以下、本論文の図1です。
ダイアウルフの進化史を解明するため、保存されたゲノムDNAの存在について46点の半化石標本がスクリーニングされました。ハイブリダイゼーションキャプチャー法もしくはショットガン配列法を用いて、アイダホ州(DireAFRおよびDireGB)、オハイオ州(DireSP)、テネシー州(DireGWC)、ワイオミング州(DireNTC)の5点の標本が特定されました。これらの年代は50000~12900年前頃で、ミトコンドリアゲノム(網羅率は1~31倍)と低網羅率の核ゲノム(網羅率は約0.01~0.23倍)を得るのに充分な内在性DNAが存在します。これらの標本は全て、古代DNに典型的な損傷特性を示しました。ラブレアのタール層のダイアウルフ標本からのDNA配列には成功しませんでしたが、そのうち1標本は、古プロテオーム法を用いての配列に適したタイプ1コラーゲン(COL1)を含んでいました。
ダイアウルフのCOL1配列の分析から、ダイアウルフは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、アフリカンゴールデンウルフ(Canis lupaster)、もしくはイヌ(Canis familiaris)とは密接に関係していなかった、と示唆されます。しかし、これらのデータは、これらの種間の系統固有のアミノ酸変化の欠如のため、より遠い関係のイヌ科間の関係を確定的には解決できません。ミトコンドリアゲノムの系統分析からは、ダイアウルフは、ハイイロオオカミおよびコヨーテとは大きく分岐した、よく裏づけられた単系統的な集団を形成していた、と示唆され、最近の古生物学的分析とは矛盾します(図1b)。しかし、イヌ科のミトコンドリア系統は種の真の進化的関係を表していないかもしれません。なぜならば、混合と不完全な系統分類の両方が、イヌ科の系統に影響を及ぼしてきた、と示されているからです。
ダイアウルフの系統関係を解明するため、ダイアウルフの核ゲノムが、8種の現生イヌ科の既知のゲノムデータとともに分析されました。それは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、アフリカンゴールデンウルフ、ドール(アカオオカミ)、アビシニアジャッカル(Canis simensis)、リカオン(Lycaon pictus)、クルペオギツネ(Lycalopex culpaeus)、外群としてのハイイロギツネ(Urocyon cinereoargenteus)です。これらの種のうち、ハイイロオオカミとコヨーテとドールとハイイロギツネは、更新世においてダイアウルフと生息範囲が重なっていました(図1a)。また、モンタナ州のハイイロオオカミ1頭と、アフリカ固有のジャッカル、つまりセグロジャッカル(Canis mesomelas)とヨコスジジャッカル(Canis adustus)の新たなゲノム配列も生成され、イヌ属とリカオン属とドール属とその絶滅近縁系統を含む「オオカミ的なイヌ科」クレード(単系統群)全ての現生種を確実に示しました。7万塩基対と2800万塩基対の核ゲノム配列に基づくSupermatrix分析では、ダイアウルフと他のオオカミ的なイヌ科との遠い進化的関係が確認されました(図2a)。しかし、この分析では、ダイアウルフがオオカミ的なイヌ科クレードの基底部に位置するのか、アフリカのジャッカル2種の共通祖先の後に分岐する第二の系統なのか、明確に解決できませんでした。
一連の種系統樹分析とD統計を用いて、イヌ科の系統関係とがより詳しく調べられました。これらの手法により、主要な3系統の単系統性を裏づける一致した系統樹が生成されました。つまり、ダイアウルフとアフリカのジャッカルと他の全ての現生のオオカミ的なイヌ科を含むクレードです。本論文の種系統樹では、これらの系統間の関係について曖昧な結果が提供されましたが、イヌ属のハイイロオオカミは、ともにイヌ属とされてきたダイアウルフもしくはアフリカのジャッカルよりも、アフリカのリカオン属やドール属やアビシニアジャッカルの方と密接に関連しています。この知見は、アフリカのジャッカルをルプレラ(Lupulella)属、ダイアウルフをアエノショーン(Aenocyon)属に分類する以前の提案と一致します。
主要なオオカミ的なイヌ科系統の分岐年代を評価するため、MCMCtreeを用いてベイズ時計年代測定分析が実行されました。ダイアウルフの配列は網羅率が低く、死後損傷が含まれていますが、広範なシミュレーションから、MCMCtreeにより推測される分岐推定年代に影響を及ぼす可能性は低い、と示唆されました。この分析により、主要なオオカミ的なイヌ科3系統(ダイアウルフ系統、アフリカのジャッカル系統、他の全ての現生のオオカミ的なイヌ科系統)の分岐は急速に起き、不完全な系統分類の結果として系統樹の解像度が低下する、と確認されました。ダイアウルフ系統は最後に、最高事後密度(highest posterior density、略してHPD)95%で850万~400万年前頃(570万年前頃)に現生のオオカミ的なイヌ科と共通祖先を有しており、その後でアフリカのジャッカルと510万年前頃に(HPD95%で760万~350万年前頃)に分岐しました。
同所性のイヌ科種には交雑する傾向があることを考慮し、22頭の現代の北アメリカ大陸のハイイロオオカミおよびコヨーテと、古代のイヌ3頭(関連記事)と更新世のオオカミ1頭を含むデータセットのD統計を用いて、現生の北アメリカ大陸のイヌ科種とダイアウルフとの間の混合のゲノム兆候が検証されました。具体的には、外群のハイイロギツネ、ダイアウルフ、北アメリカ大陸のイヌ科種(ハイイロオオカミもしくはコヨーテ)、アフリカおよびユーラシアのオオカミで検証されました。その結果、ダイアウルフとあらゆる現生北アメリカ大陸イヌ科種との間には、共有される派生的アレル(対立遺伝子)の有意な過剰はない、と明らかになりました。この結果から、本論文で取り上げられたダイアウルフは、ハイイロオオカミもしくはコヨーテもしくはそれらの最近の北アメリカ大陸の祖先からの系統を有していない、と示唆されます。標本抽出されていないイヌ科集団がダイアウルフの交雑系統を有している可能性は除外できませんが、リカオンは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、リカオン、ドールもしくはアビシニアジャッカルとよりも、ダイアウルフの方との派生的アレルの共有が少ない、と明らかになりました(図2c)。これは、ダイアウルフの祖先とオオカミやコヨーテやドールの祖先との間の古代の混合が、少なくとも300万年前頃に起きたことを示唆し(図2a)、それは基底部のオオカミ的なイヌ科系統の分岐順序を解決するという課題に寄与したかもしれません。以下、本論文の図2です。
交雑は、生息範囲が重なる時、オオカミ的なイヌ科系統間では一般的です。たとえば、現代のハイイロオオカミとコヨーテは北アメリカ大陸では容易に交雑します。ゲノムデータでも、更新世にドールとリカオンとの間の遺伝子流動が起き、それは両者の分岐から数百万年後だった、と示唆されています。その結果、後期更新世におけるダイアウルフとのかなりの生息範囲の重なりにも関わらず、ダイアウルフとハイイロオオカミもしくはコヨーテもしくはそれらの共通祖先との間の遺伝子流動の証拠はない、という本論文の知見からは、ハイイロオオカミとコヨーテの共通祖先はおそらく、ダイアウルフ系統とは地理的に孤立して進化した、と示唆されます。この結果は、ダイアウルフはアメリカ大陸に起源があり、おそらくは絶滅したアームブラスターオオカミ(Canis armbrusteri)と同じ系統に属する、という仮説と一致します。
アメリカ大陸におけるダイアウルフ系統の長期の孤立から、コヨーテの近縁と提案されているエドワードオオカミ(Canis edwardii)のような他のアメリカ大陸の化石分類群が、代わりにダイアウルフ系統に属するかもしれない、と示唆されます。したがって、現生のオオカミ的なイヌ科の多様化は、おそらくアメリカ大陸外で並行して起き、多分じゅうらいの仮説よりも早く始まりました。現生イヌ科種は、絶滅したユーショーン属の「旧世界」系統の子孫かもしれず、中新世末にアフリカとユーラシアの化石記録に初めて出現するようです。中新世以来の地理的孤立は、本論文におけるダイアウルフ系統の分枝推定年代と一致し、ダイアウルフは、後期更新世の北アメリカ大陸におけるハイイロオオカミやコヨーテやドールやゼノショーン属(Xenocyon、別の絶滅したオオカミ的なイヌ科)の到来前に、ある程度の生殖隔離を進化させていたかもしれません。
全体的な表現型の類似性にも関わらず、ハイイロオオカミとコヨーテは後期更新世の大型動物相絶滅を生き残りましたが、ダイアウルフは絶滅しました。考えられる理由の一つは、ハイイロオオカミとコヨーテは両方、より大きな形態的可塑性と食性柔軟性を有していたので、北アメリカ大陸において絶滅を避けられ、支配的な陸生捕食者になった、というものです。このシナリオは、テネシー州の標本(DireGWC)から得られた、12820~12720年前頃となる較正年代により裏づけられます。これが示唆するのは、ダイアウルフは少なくともヤンガードライアス期の寒の戻りまで生き残っていた、ということです。ヤンガードライアスは、アメリカライオン(Panthera atrox)や巨大短面クマ(Arctodus simus)のような他の特殊化した北アメリカ大陸の大型捕食者が、最後に記録に見られる時期です。
あるいは、ハイイロオオカミとコヨーテは、他のイヌ科との交雑する能力の結果として生き残ったかもしれません。イヌとの適応的遺伝子移入を通じて、北アメリカ大陸のハイイロオオカミは経路や低酸素症や免疫反応に関連する特性を獲得した、と知られています。具体的には、免疫力の強化により、ハイイロオオカミは新たに到来した「旧世界」分類群の有する病気に抵抗できたかもしれません。本論文の結果は、ダイアウルフがあらゆる他のオオカミ的なイヌ科種系統に由来しないことを示したので、生殖隔離がダイアウルフに完新世での生存を可能とする特性の獲得を妨げた、と考えられます。本論文は、形態に基づく絶滅動物の分類の難しさと、古代DNA研究の威力を改めて示しており、注目されます。イヌ科の古代DNA研究も進んでおり(関連記事)、今後もじゅうらいの有力説が修正されることは多そうです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:ダイアウルフは進化的に孤立したために窮地に追い込まれた
絶滅したダイアウルフ(Canis dirus)とオオカミ似の現生動物種の直近の共通祖先は、約570万年前までさかのぼることを明らかにした論文が、今週、Nature に掲載される。今回の遺伝子解析の結果はまた、ダイアウルフはアメリカ大陸起源だが、タイリクオオカミ(Canis lupus)とコヨーテ(Canis latrans)とドール(Cuon alpinus)の祖先はユーラシアで進化し、その後、北米に定着したことを示唆している。
ダイアウルフは、オオカミ似の大型動物種で、後期更新世(約12万6000~1万2000年前)のアメリカ大陸に生息していた最も一般的な肉食動物の一種である。ダイアウルフとタイリクオオカミは、体形が似ていることから近縁種だったと考えられているが、正確な関係は明らかになっていない。
今回Laurent Frantzたちは、ダイアウルフの進化史に関する手掛かりを得るため、5万~1万2900年前のダイアウルフの骨化石5点から得たDNAの塩基配列を解読した。その結果、ダイアウルフとオオカミ似の現生のイヌ科動物の直近の共通祖先は、約570万年前までさかのぼり、ダイアウルフは、約510万年前にアフリカに生息していたジャッカル(Canis mesomelasおよびCanis adustus)から分岐したことが明らかになった。また、ダイアウルフ、タイリクオオカミ、コヨーテの間に遺伝子流動があったことを示す証拠は得られなかった。Frantzたちによれば、このことから、混合が起こった可能性は低く、ダイアウルフがタイリクオオカミやコヨーテの祖先から地理的に孤立した状況で進化したことが示唆されるという。
Frantzたちは、ダイアウルフは、他のオオカミ似の動物種の祖先から分岐したのではなかったため、後期更新世の大型動物相の絶滅における生き残りに役立ったかもしれない形質を獲得できなかった可能性があると考えている。
参考文献:
Perri AR. et al.(2021): Dire wolves were the last of an ancient New World canid lineage. Nature, 591, 7848, 87–91.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-03082-x
追記(2020年3月4日)
本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
進化学:ダイアウルフは最後の古代新世界イヌ科系統だった
進化学:ダイアウルフとハイイロオオカミの間に遺伝子流動はなかった
ダイアウルフ(Canis dirus)は、その高い形態的類似性からハイイロオオカミ(Canis lupus)の姉妹種と考えられているが、全く別の系統を形成している可能性があると示唆する仮説も存在する。今回L Frantzたちは、1万2900年前から5万年以上前にさかのぼるダイアウルフの半化石骨標本5点から抽出されたDNAの塩基配列を解読し、現生のイヌ科動物種と共に系統発生解析を行った。その結果、3つの主要な系統(ダイアウルフ、アフリカのジャッカル類、解析した他の全ての現生のオオカミ様イヌ科動物を含むクレード)が単系統であることが明らかになり、ダイアウルフとオオカミ様イヌ科動物との最終共通祖先の年代は約570万年前と推定された。
ダイアウルフの化石が豊富であるにも関わらず、その起源・分類学的関係・絶滅の究極的な動員は不明確なままです。ダイアウルフは一般的に、ハイイロオオカミの姉妹種、あるいは同種とさえ説明されています。ダイアウルフの絶滅を説明する主要な仮説は、ハイイロオオカミやコヨーテと比較してより大きい身体サイズのため、ダイアウルフは大型の獲物の狩猟に特化しており、大型動物相の獲物の絶滅を生き残れなかった、というものです。この仮説を検証するため、この研究は700点以上の標本の幾何学的形態計測分析を実行しました。本論文の結果から、ダイアウルフとハイイロオオカミの標本は区別できるものの、その形態はひじょうに類似していた(図1b)、と示唆されます。この形態計測の類似性は、部分的には相対成長(アロメトリー)に駆動されているかもしれませんが、ハイイロオオカミとダイアウルフとの間の区別の欠如は、密接な進化的関係の結果である、と解釈されてきました。あるいは、競合する仮説では、これらの形態学的類似性は収斂の結果であり、代わりにダイアウルフは別の分類学的系統に属する種である、と主張されています。つまり、単一種属のアエノショーン(Aenocyon)に分類される、「恐ろしい(terribleもしくはdreadful)」オオカミである、というわけです。以下、本論文の図1です。
ダイアウルフの進化史を解明するため、保存されたゲノムDNAの存在について46点の半化石標本がスクリーニングされました。ハイブリダイゼーションキャプチャー法もしくはショットガン配列法を用いて、アイダホ州(DireAFRおよびDireGB)、オハイオ州(DireSP)、テネシー州(DireGWC)、ワイオミング州(DireNTC)の5点の標本が特定されました。これらの年代は50000~12900年前頃で、ミトコンドリアゲノム(網羅率は1~31倍)と低網羅率の核ゲノム(網羅率は約0.01~0.23倍)を得るのに充分な内在性DNAが存在します。これらの標本は全て、古代DNに典型的な損傷特性を示しました。ラブレアのタール層のダイアウルフ標本からのDNA配列には成功しませんでしたが、そのうち1標本は、古プロテオーム法を用いての配列に適したタイプ1コラーゲン(COL1)を含んでいました。
ダイアウルフのCOL1配列の分析から、ダイアウルフは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、アフリカンゴールデンウルフ(Canis lupaster)、もしくはイヌ(Canis familiaris)とは密接に関係していなかった、と示唆されます。しかし、これらのデータは、これらの種間の系統固有のアミノ酸変化の欠如のため、より遠い関係のイヌ科間の関係を確定的には解決できません。ミトコンドリアゲノムの系統分析からは、ダイアウルフは、ハイイロオオカミおよびコヨーテとは大きく分岐した、よく裏づけられた単系統的な集団を形成していた、と示唆され、最近の古生物学的分析とは矛盾します(図1b)。しかし、イヌ科のミトコンドリア系統は種の真の進化的関係を表していないかもしれません。なぜならば、混合と不完全な系統分類の両方が、イヌ科の系統に影響を及ぼしてきた、と示されているからです。
ダイアウルフの系統関係を解明するため、ダイアウルフの核ゲノムが、8種の現生イヌ科の既知のゲノムデータとともに分析されました。それは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、アフリカンゴールデンウルフ、ドール(アカオオカミ)、アビシニアジャッカル(Canis simensis)、リカオン(Lycaon pictus)、クルペオギツネ(Lycalopex culpaeus)、外群としてのハイイロギツネ(Urocyon cinereoargenteus)です。これらの種のうち、ハイイロオオカミとコヨーテとドールとハイイロギツネは、更新世においてダイアウルフと生息範囲が重なっていました(図1a)。また、モンタナ州のハイイロオオカミ1頭と、アフリカ固有のジャッカル、つまりセグロジャッカル(Canis mesomelas)とヨコスジジャッカル(Canis adustus)の新たなゲノム配列も生成され、イヌ属とリカオン属とドール属とその絶滅近縁系統を含む「オオカミ的なイヌ科」クレード(単系統群)全ての現生種を確実に示しました。7万塩基対と2800万塩基対の核ゲノム配列に基づくSupermatrix分析では、ダイアウルフと他のオオカミ的なイヌ科との遠い進化的関係が確認されました(図2a)。しかし、この分析では、ダイアウルフがオオカミ的なイヌ科クレードの基底部に位置するのか、アフリカのジャッカル2種の共通祖先の後に分岐する第二の系統なのか、明確に解決できませんでした。
一連の種系統樹分析とD統計を用いて、イヌ科の系統関係とがより詳しく調べられました。これらの手法により、主要な3系統の単系統性を裏づける一致した系統樹が生成されました。つまり、ダイアウルフとアフリカのジャッカルと他の全ての現生のオオカミ的なイヌ科を含むクレードです。本論文の種系統樹では、これらの系統間の関係について曖昧な結果が提供されましたが、イヌ属のハイイロオオカミは、ともにイヌ属とされてきたダイアウルフもしくはアフリカのジャッカルよりも、アフリカのリカオン属やドール属やアビシニアジャッカルの方と密接に関連しています。この知見は、アフリカのジャッカルをルプレラ(Lupulella)属、ダイアウルフをアエノショーン(Aenocyon)属に分類する以前の提案と一致します。
主要なオオカミ的なイヌ科系統の分岐年代を評価するため、MCMCtreeを用いてベイズ時計年代測定分析が実行されました。ダイアウルフの配列は網羅率が低く、死後損傷が含まれていますが、広範なシミュレーションから、MCMCtreeにより推測される分岐推定年代に影響を及ぼす可能性は低い、と示唆されました。この分析により、主要なオオカミ的なイヌ科3系統(ダイアウルフ系統、アフリカのジャッカル系統、他の全ての現生のオオカミ的なイヌ科系統)の分岐は急速に起き、不完全な系統分類の結果として系統樹の解像度が低下する、と確認されました。ダイアウルフ系統は最後に、最高事後密度(highest posterior density、略してHPD)95%で850万~400万年前頃(570万年前頃)に現生のオオカミ的なイヌ科と共通祖先を有しており、その後でアフリカのジャッカルと510万年前頃に(HPD95%で760万~350万年前頃)に分岐しました。
同所性のイヌ科種には交雑する傾向があることを考慮し、22頭の現代の北アメリカ大陸のハイイロオオカミおよびコヨーテと、古代のイヌ3頭(関連記事)と更新世のオオカミ1頭を含むデータセットのD統計を用いて、現生の北アメリカ大陸のイヌ科種とダイアウルフとの間の混合のゲノム兆候が検証されました。具体的には、外群のハイイロギツネ、ダイアウルフ、北アメリカ大陸のイヌ科種(ハイイロオオカミもしくはコヨーテ)、アフリカおよびユーラシアのオオカミで検証されました。その結果、ダイアウルフとあらゆる現生北アメリカ大陸イヌ科種との間には、共有される派生的アレル(対立遺伝子)の有意な過剰はない、と明らかになりました。この結果から、本論文で取り上げられたダイアウルフは、ハイイロオオカミもしくはコヨーテもしくはそれらの最近の北アメリカ大陸の祖先からの系統を有していない、と示唆されます。標本抽出されていないイヌ科集団がダイアウルフの交雑系統を有している可能性は除外できませんが、リカオンは、ハイイロオオカミ、コヨーテ、リカオン、ドールもしくはアビシニアジャッカルとよりも、ダイアウルフの方との派生的アレルの共有が少ない、と明らかになりました(図2c)。これは、ダイアウルフの祖先とオオカミやコヨーテやドールの祖先との間の古代の混合が、少なくとも300万年前頃に起きたことを示唆し(図2a)、それは基底部のオオカミ的なイヌ科系統の分岐順序を解決するという課題に寄与したかもしれません。以下、本論文の図2です。
交雑は、生息範囲が重なる時、オオカミ的なイヌ科系統間では一般的です。たとえば、現代のハイイロオオカミとコヨーテは北アメリカ大陸では容易に交雑します。ゲノムデータでも、更新世にドールとリカオンとの間の遺伝子流動が起き、それは両者の分岐から数百万年後だった、と示唆されています。その結果、後期更新世におけるダイアウルフとのかなりの生息範囲の重なりにも関わらず、ダイアウルフとハイイロオオカミもしくはコヨーテもしくはそれらの共通祖先との間の遺伝子流動の証拠はない、という本論文の知見からは、ハイイロオオカミとコヨーテの共通祖先はおそらく、ダイアウルフ系統とは地理的に孤立して進化した、と示唆されます。この結果は、ダイアウルフはアメリカ大陸に起源があり、おそらくは絶滅したアームブラスターオオカミ(Canis armbrusteri)と同じ系統に属する、という仮説と一致します。
アメリカ大陸におけるダイアウルフ系統の長期の孤立から、コヨーテの近縁と提案されているエドワードオオカミ(Canis edwardii)のような他のアメリカ大陸の化石分類群が、代わりにダイアウルフ系統に属するかもしれない、と示唆されます。したがって、現生のオオカミ的なイヌ科の多様化は、おそらくアメリカ大陸外で並行して起き、多分じゅうらいの仮説よりも早く始まりました。現生イヌ科種は、絶滅したユーショーン属の「旧世界」系統の子孫かもしれず、中新世末にアフリカとユーラシアの化石記録に初めて出現するようです。中新世以来の地理的孤立は、本論文におけるダイアウルフ系統の分枝推定年代と一致し、ダイアウルフは、後期更新世の北アメリカ大陸におけるハイイロオオカミやコヨーテやドールやゼノショーン属(Xenocyon、別の絶滅したオオカミ的なイヌ科)の到来前に、ある程度の生殖隔離を進化させていたかもしれません。
全体的な表現型の類似性にも関わらず、ハイイロオオカミとコヨーテは後期更新世の大型動物相絶滅を生き残りましたが、ダイアウルフは絶滅しました。考えられる理由の一つは、ハイイロオオカミとコヨーテは両方、より大きな形態的可塑性と食性柔軟性を有していたので、北アメリカ大陸において絶滅を避けられ、支配的な陸生捕食者になった、というものです。このシナリオは、テネシー州の標本(DireGWC)から得られた、12820~12720年前頃となる較正年代により裏づけられます。これが示唆するのは、ダイアウルフは少なくともヤンガードライアス期の寒の戻りまで生き残っていた、ということです。ヤンガードライアスは、アメリカライオン(Panthera atrox)や巨大短面クマ(Arctodus simus)のような他の特殊化した北アメリカ大陸の大型捕食者が、最後に記録に見られる時期です。
あるいは、ハイイロオオカミとコヨーテは、他のイヌ科との交雑する能力の結果として生き残ったかもしれません。イヌとの適応的遺伝子移入を通じて、北アメリカ大陸のハイイロオオカミは経路や低酸素症や免疫反応に関連する特性を獲得した、と知られています。具体的には、免疫力の強化により、ハイイロオオカミは新たに到来した「旧世界」分類群の有する病気に抵抗できたかもしれません。本論文の結果は、ダイアウルフがあらゆる他のオオカミ的なイヌ科種系統に由来しないことを示したので、生殖隔離がダイアウルフに完新世での生存を可能とする特性の獲得を妨げた、と考えられます。本論文は、形態に基づく絶滅動物の分類の難しさと、古代DNA研究の威力を改めて示しており、注目されます。イヌ科の古代DNA研究も進んでおり(関連記事)、今後もじゅうらいの有力説が修正されることは多そうです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:ダイアウルフは進化的に孤立したために窮地に追い込まれた
絶滅したダイアウルフ(Canis dirus)とオオカミ似の現生動物種の直近の共通祖先は、約570万年前までさかのぼることを明らかにした論文が、今週、Nature に掲載される。今回の遺伝子解析の結果はまた、ダイアウルフはアメリカ大陸起源だが、タイリクオオカミ(Canis lupus)とコヨーテ(Canis latrans)とドール(Cuon alpinus)の祖先はユーラシアで進化し、その後、北米に定着したことを示唆している。
ダイアウルフは、オオカミ似の大型動物種で、後期更新世(約12万6000~1万2000年前)のアメリカ大陸に生息していた最も一般的な肉食動物の一種である。ダイアウルフとタイリクオオカミは、体形が似ていることから近縁種だったと考えられているが、正確な関係は明らかになっていない。
今回Laurent Frantzたちは、ダイアウルフの進化史に関する手掛かりを得るため、5万~1万2900年前のダイアウルフの骨化石5点から得たDNAの塩基配列を解読した。その結果、ダイアウルフとオオカミ似の現生のイヌ科動物の直近の共通祖先は、約570万年前までさかのぼり、ダイアウルフは、約510万年前にアフリカに生息していたジャッカル(Canis mesomelasおよびCanis adustus)から分岐したことが明らかになった。また、ダイアウルフ、タイリクオオカミ、コヨーテの間に遺伝子流動があったことを示す証拠は得られなかった。Frantzたちによれば、このことから、混合が起こった可能性は低く、ダイアウルフがタイリクオオカミやコヨーテの祖先から地理的に孤立した状況で進化したことが示唆されるという。
Frantzたちは、ダイアウルフは、他のオオカミ似の動物種の祖先から分岐したのではなかったため、後期更新世の大型動物相の絶滅における生き残りに役立ったかもしれない形質を獲得できなかった可能性があると考えている。
参考文献:
Perri AR. et al.(2021): Dire wolves were the last of an ancient New World canid lineage. Nature, 591, 7848, 87–91.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-03082-x
追記(2020年3月4日)
本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
進化学:ダイアウルフは最後の古代新世界イヌ科系統だった
進化学:ダイアウルフとハイイロオオカミの間に遺伝子流動はなかった
ダイアウルフ(Canis dirus)は、その高い形態的類似性からハイイロオオカミ(Canis lupus)の姉妹種と考えられているが、全く別の系統を形成している可能性があると示唆する仮説も存在する。今回L Frantzたちは、1万2900年前から5万年以上前にさかのぼるダイアウルフの半化石骨標本5点から抽出されたDNAの塩基配列を解読し、現生のイヌ科動物種と共に系統発生解析を行った。その結果、3つの主要な系統(ダイアウルフ、アフリカのジャッカル類、解析した他の全ての現生のオオカミ様イヌ科動物を含むクレード)が単系統であることが明らかになり、ダイアウルフとオオカミ様イヌ科動物との最終共通祖先の年代は約570万年前と推定された。
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