シクリッド類の大規模な適応放散の原動力と動態


 シクリッド類の大規模な適応放散の原動力と動態に関する研究(Ronco et al., 2021)が公表されました。適応放散は、生命における生態学的・形態的な多様性の大半の起源と考えられています。適応放散がどのように進行し、何がその規模を決定付けているのかは、多くの場合明らかにされていなません。本論文は、タンザニア西部に位置するタンガニーカ湖のカワスズメ科魚類(シクリッド類)の、驚異的な適応放散に関する詳細な調査結果について報告しています。シクリッド類は、古くから適応放散を研究する進化生物学者たちの関心を集めてきました。各湖沼には他では見られない種が数十ないし数百も存在し、それぞれが独自のニッチ(生態的地位)に適応していることから、これらの魚類が単一またはごく少数の祖先から高速で進化した、と示唆されています。

 以前の研究では、シクリッド類で種分化が最も急速に進んでいる放散はヴィクトリア湖で見られる、と指摘されています(関連記事)。また、シクリッド類の進化的に新しい種群における個体群間および種間のゲノム分岐に関する研究では、生態学的パフォーマンスや配偶者選択に影響を及ぼす単一遺伝子形質あるいは少数遺伝子形質が異なる種において顕著に局在化したゲノム分化が見られた一方で、多遺伝子形質が分岐してきた種における分化はゲノムにおいて広範に見られ、全体としてはるかに分化度が高い、と示されました(関連記事)。

 本論文は、タンガニーカ湖に固有の約240種のシクリッド類ほぼ全てに関する、全ゲノムの系統発生学的解析、生態学的に重要な3つの形質複合体(体形、上顎の形態、下咽頭顎の形状)の多変数形態計測結果、体色パターンのスコア化、生態の数値化に基づき、放散がこの湖の閉鎖的空間内で起こったことと、形態的多様化は急速な形態空間拡大という形質特異的な脈動の連続として進行したことを示します。また本論文は、適応放散がどのように進行したかに関する2つの理論的予測、すなわち「初期の爆発」シナリオ(体形について)と段階的モデル(調べた全形質について)に対する実験的な裏付けも提示します。さらに本論文は、種ごとに2セットのゲノムを解析し、放散のサブクレードにおける種の不均一な分布を利用することで、種の豊富さは個体当たりのヘテロ接合性と正に相関するものの、転位性遺伝因子の量、遺伝子重複の数、コード配列中のゲノム規模の選択レベルとは相関しないことも明らかにしています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化学:シクリッド類の大規模な適応放散の原動力と動態

進化学:タンガニーカ湖のシクリッド類の脈動的な放散

 アフリカ大湖沼のカワスズメ科魚類(シクリッド類)は、古くから適応放散を研究する進化生物学者たちの関心を集めてきた。各湖沼には他では見られない種が数十ないし数百も存在し、それぞれが独自のニッチに適応していることから、これらの魚類が単一またはごく少数の祖先から高速で進化したと示唆されている。今回W Salzburgerたちは、タンガニーカ湖の既知のシクリッド類全種を網羅する進化系統樹を構築している。得られた系統樹からは、これらのシクリッド類の適応放散が、現在の湖の閉鎖的空間内で起こったこと、漸進的でも無秩序でもなく脈動的に進行したこと、そして種の豊富さはゲノム規模の多様性と正に相関するが、正の選択、転位性遺伝因子の量、遺伝子重複のシグネチャーとは相関しないことが示された。



参考文献:
Ronco F. et al.(2021): Drivers and dynamics of a massive adaptive radiation in cichlid fishes. Nature, 589, 7840, 76–81.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2930-4

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