イヌの家畜化の初期段階
イヌの家畜化の初期段階に関する研究(Lahtinen et al., 2021)が公表されました。イヌ(Canis familiaris)はヒトにより家畜化された最初の動物で、遊動性の狩猟採集民により家畜化された唯一の動物です。イヌの家畜化への関心は高く、その起源地と年代と家畜化過程、さらには単一起源なのか複数起源なのかをめぐって、長く議論が続いています。近年では、イヌの古代DNA研究も進展しており、イヌの進化史における包括的な研究では、完新世の始まりまでに少なくとも5系統が存在していた、と指摘されています(関連記事)。以下、旧石器時代におけるイヌ遺骸の場所を示した本論文の図1です。
イヌの起源がオオカミ(Canis lupus)であることはほぼ確実ですが、その家畜化過程に関しては議論が続いています。ヒトとオオカミのどちらも、執拗に大型動物を集団で狩る分類群です。ヒトとオオカミの生態的地位は部分的に重なっていた可能性があり、一定以上競合関係にあったかもしれません。本論文は、そのような関係のヒトとオオカミがどのように関わり、ヒトがオオカミを家畜化していったのか、という問題を肉の消費の観点から検証しています。
本論文は単純なエネルギー含有量の計算を行ない、最終氷期の終わり頃(29000~14000年前頃)にヒトが狩猟対象にしていたと考えられ、オオカミの典型的な被食種でもあった動物(ウマやヘラジカやシカなど)の肉のうち、ヒトが食べ残した分のエネルギー量を推計しました。本論文は、もしオオカミとヒトが厳しい冬に同じ動物を狩っていたとのであれば、ヒトはオオカミを家畜化するのではなく、競争を減らすために殺していただろう、という仮説を立てました。
計算の結果、ヒトが捕食していた全ての動物種(イタチなどのイタチ科動物を除きます)によりもたらされるタンパク質量は、ヒトが消費可能な量を上回ることが明らかだったので、ヒトが余り物の赤身肉をオオカミに与えていた可能性があり、それによって獲物を巡る争いが減った、と本論文は推測しています。ヒトは肉食に完全には適応しておらず、肉の摂取量は、タンパク質を代謝する肝臓の能力により制約を受けます。一方、オオカミは何ヶ月も赤身の肉で生きていけます。
ヒトは植物性の食物が少なくなる冬に動物性の食餌に頼っていたかもしれませんが、タンパク質だけの食餌に完全には適応していなかったので、油脂分が少なくタンパク質の多い肉よりも油脂分の多い肉を好んでいた可能性があり、余った赤身肉をオオカミに与えたことが、イヌの家畜化の初期段階にあったのではないか、というわけです。ヒトが余った肉を餌としてオオカミに与えることで、捕獲したオオカミと共同生活をしやすくなった可能性があり、オオカミを狩猟に同行させ、狩猟の護衛にすることで、家畜化過程がさらに促進され、最終的にはイヌの完全家畜化につながった可能性がある、と本論文は指摘します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:ヒトが食べ残しの肉をオオカミに与えたことがイヌの家畜化の初期段階に寄与したかもしれない
最終氷期の終わり頃(2万9000~1万4000年前)、厳しい冬の間に、ヒトが食べ残しの赤身肉をオオカミに与えたことが、イヌの家畜化の初期段階に関係していた可能性のあることを示した論文が、Scientific Reports に掲載される。
今回、Maria Lahtinenたちの研究チームは、単純なエネルギー含有量の計算を行い、2万9000~1万4000年前に人間が狩猟対象にしていたと考えられていて、オオカミの典型的な被食種でもあった動物(ウマ、ヘラジカ、シカなど)の肉のうち、ヒトが食べ残した分のエネルギー量を推計した。Lahtinenたちは、もしオオカミとヒトが厳しい冬に同じ動物の狩猟を行っていたのであれば、ヒトは、オオカミを家畜化するのではなく、競争を減らすために殺していただろうという仮説を立てた。計算の結果、ヒトが捕食していた全ての動物種(ただしイタチなどのイタチ科動物を除く)によってもたらされるタンパク質量はヒトが消費可能な量を上回ることが明らかになり、Lahtinenたちは、ヒトが余り物の赤身肉をオオカミに与えていた可能性があり、それによって獲物を巡る争いが減ったと考えている。
今回の論文によれば、ヒトは、植物性の食物が少なくなる冬に、動物性の食餌に頼っていたかもしれないが、タンパク質だけの食餌に適応していなかった可能性が非常に高く、油脂分が少なくタンパク質の多い肉よりも油脂分の多い肉を好んでいた可能性がある。オオカミはタンパク質だけの食餌で何か月も生き延びることができるので、ヒトは、飼っていたオオカミに余った赤身肉を与えていた可能性があり、それによって過酷な冬期においてもヒトとオオカミの交わりが可能だったと考えられる。余った肉を餌としてオオカミに与えることで、捕獲したオオカミと共同生活をしやすくなった可能性があり、オオカミを狩猟に同行させ、狩猟の護衛にすることで、家畜化過程がさらに促進され、最終的にはイヌの完全家畜化につながった可能性がある。
参考文献:
Lahtinen M. et al.(2021): Excess protein enabled dog domestication during severe Ice Age winters. Scientific Reports, 11, 7.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-78214-4
イヌの起源がオオカミ(Canis lupus)であることはほぼ確実ですが、その家畜化過程に関しては議論が続いています。ヒトとオオカミのどちらも、執拗に大型動物を集団で狩る分類群です。ヒトとオオカミの生態的地位は部分的に重なっていた可能性があり、一定以上競合関係にあったかもしれません。本論文は、そのような関係のヒトとオオカミがどのように関わり、ヒトがオオカミを家畜化していったのか、という問題を肉の消費の観点から検証しています。
本論文は単純なエネルギー含有量の計算を行ない、最終氷期の終わり頃(29000~14000年前頃)にヒトが狩猟対象にしていたと考えられ、オオカミの典型的な被食種でもあった動物(ウマやヘラジカやシカなど)の肉のうち、ヒトが食べ残した分のエネルギー量を推計しました。本論文は、もしオオカミとヒトが厳しい冬に同じ動物を狩っていたとのであれば、ヒトはオオカミを家畜化するのではなく、競争を減らすために殺していただろう、という仮説を立てました。
計算の結果、ヒトが捕食していた全ての動物種(イタチなどのイタチ科動物を除きます)によりもたらされるタンパク質量は、ヒトが消費可能な量を上回ることが明らかだったので、ヒトが余り物の赤身肉をオオカミに与えていた可能性があり、それによって獲物を巡る争いが減った、と本論文は推測しています。ヒトは肉食に完全には適応しておらず、肉の摂取量は、タンパク質を代謝する肝臓の能力により制約を受けます。一方、オオカミは何ヶ月も赤身の肉で生きていけます。
ヒトは植物性の食物が少なくなる冬に動物性の食餌に頼っていたかもしれませんが、タンパク質だけの食餌に完全には適応していなかったので、油脂分が少なくタンパク質の多い肉よりも油脂分の多い肉を好んでいた可能性があり、余った赤身肉をオオカミに与えたことが、イヌの家畜化の初期段階にあったのではないか、というわけです。ヒトが余った肉を餌としてオオカミに与えることで、捕獲したオオカミと共同生活をしやすくなった可能性があり、オオカミを狩猟に同行させ、狩猟の護衛にすることで、家畜化過程がさらに促進され、最終的にはイヌの完全家畜化につながった可能性がある、と本論文は指摘します。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:ヒトが食べ残しの肉をオオカミに与えたことがイヌの家畜化の初期段階に寄与したかもしれない
最終氷期の終わり頃(2万9000~1万4000年前)、厳しい冬の間に、ヒトが食べ残しの赤身肉をオオカミに与えたことが、イヌの家畜化の初期段階に関係していた可能性のあることを示した論文が、Scientific Reports に掲載される。
今回、Maria Lahtinenたちの研究チームは、単純なエネルギー含有量の計算を行い、2万9000~1万4000年前に人間が狩猟対象にしていたと考えられていて、オオカミの典型的な被食種でもあった動物(ウマ、ヘラジカ、シカなど)の肉のうち、ヒトが食べ残した分のエネルギー量を推計した。Lahtinenたちは、もしオオカミとヒトが厳しい冬に同じ動物の狩猟を行っていたのであれば、ヒトは、オオカミを家畜化するのではなく、競争を減らすために殺していただろうという仮説を立てた。計算の結果、ヒトが捕食していた全ての動物種(ただしイタチなどのイタチ科動物を除く)によってもたらされるタンパク質量はヒトが消費可能な量を上回ることが明らかになり、Lahtinenたちは、ヒトが余り物の赤身肉をオオカミに与えていた可能性があり、それによって獲物を巡る争いが減ったと考えている。
今回の論文によれば、ヒトは、植物性の食物が少なくなる冬に、動物性の食餌に頼っていたかもしれないが、タンパク質だけの食餌に適応していなかった可能性が非常に高く、油脂分が少なくタンパク質の多い肉よりも油脂分の多い肉を好んでいた可能性がある。オオカミはタンパク質だけの食餌で何か月も生き延びることができるので、ヒトは、飼っていたオオカミに余った赤身肉を与えていた可能性があり、それによって過酷な冬期においてもヒトとオオカミの交わりが可能だったと考えられる。余った肉を餌としてオオカミに与えることで、捕獲したオオカミと共同生活をしやすくなった可能性があり、オオカミを狩猟に同行させ、狩猟の護衛にすることで、家畜化過程がさらに促進され、最終的にはイヌの完全家畜化につながった可能性がある。
参考文献:
Lahtinen M. et al.(2021): Excess protein enabled dog domestication during severe Ice Age winters. Scientific Reports, 11, 7.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-78214-4
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