カンブリア紀前期の真節足動物

 カンブリア紀前期の真節足動物エピに関する研究(Zeng et al., 2020)が公表されました。真節足動物類の初期進化の解明は、後生動物の進化における最大の難問の一つです。カンブリア紀(約5億4100万年~4億8500万年前)のきわめて保存状態が良好な化石の数々から、この進化過程の解明に重要となる古生物学的データが得られており、系統発生学的研究からは、放射歯類(アノマロカリス類)が、頭部の第2体節に最前部付属肢(frontalmost appendage)を有する全ての真節足動物(これらはまとめてdeuteropod類と呼ばれます)に最も近縁な分類群である、と明らかにされています。しかし、カンブリア紀の主要な真節足動物群の間の相互関係については議論が続いており、放射歯類とdeuteropod類の間の進化的空白の理解が妨げられています。

 この研究は、中国雲南省のカンブリア紀前期とされる澄江生物相に由来する新属新種の真節足動物(Kylinxia zhangi)について報告しています。この名称は、中国の神話に登場するキメラ動物「麒麟」 とエビを意味する中国語との組み合わせに由来します。Kylinxiaは、融合した頭楯(head shield)、完全に体節化した(fully arthrodized)胴、関節を有する内肢といったdeuteropod類の特徴だけでなく、バージェス頁岩から発見されたオパビニア(Opabinia)に見られるような5個の眼と、放射歯類に似た捕獲用の最前部付属肢を併せ持ちます。系統発生学的な再構築の結果、Kylinxiaは放射歯類とdeuteropod類をつなぐ移行的タクソン(分類群)として位置づけられました。また、最も基部に位置するdeuteropod類は、祖先形質的な捕獲用の最前部付属肢を特徴とし、Kylinxia、大付属肢類(megacheiran)、汎鋏角類(panchelicerate)、「大付属肢」を持つ二枚貝型の真節足動物、イソキシス類(isoxyid)を含む、側系統に位置づけられました。

 この系統発生学的な樹形は、放射歯類と大付属肢類の最前部付属肢が互いに相同で、鋏角類の鋏角が大付属肢類の大付属肢を起源としており、大顎類(mandibulate)の感覚触角が祖先的な捕獲用付属肢に由来する、という見解を支持しています。このように、Kylinxiaによって、初期の真節足動物類の間の系統発生学的な関係、最前部付属肢の進化的変遷および相違、このクレード(単系統群)におけるきわめて重要な進化的新機軸の起源についての、重要な手がかりがもたらされました。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


進化学:エビに近い大きさのキメラ節足動物がもたらす進化の新知見

 節足動物の異なる分類群の特徴(例えば、5個の眼がついた眼柄)を合わせ備えた体の構造を持つ節足動物の化石の発見を記述したDiying Huangたちの論文が、今週、Nature に掲載される。この節足動物種は、Kylinxia zhangiと名付けられた。この名称は、中国の神話に登場するキメラ動物「麒麟」 とエビを意味する中国語を組み合わせて作られた。K. zhangiは、進化的形質転換とカンブリア紀前期の節足動物間の関係についての理解をさらに深めている。

 節足動物の初期進化を解明することは、進化生物学の課題の1つになっている。カンブリア紀(約5億4100万年~4億8500万年前)の保存状態の良い化石によって、ある程度の知見が得られているが、カンブリア紀の節足動物の主要分類群間の関係は不明のままだ。

 この論文には、中国雲南省の(カンブリア紀前期のものとされる)澄江生物相で発見され、これまでに報告されていない6件の節足動物種の化石標本が記述されている。この化石は、エビに近い大きさで、さまざまな節足動物の特徴を兼ね備えている。具体的には、バージェス頁岩で発見された謎の生物Opabinia regalisに見られる頭部と連結した5個の有柄複眼、アノマロカリスなどの捕食者が有する獲物を捕まえるための2つの大きな前部付属肢、そして、これとは別の絶滅した捕食性節足動物の分類群である大付属肢節足動物に似た体の構造があった。K. zhangiがこうしたキメラ形態を有していたことは、いろいろな節足動物の分類群への移行型種であった可能性のあることを示唆している。

 また、系統発生解析の結果から、K. zhangiの前部付属肢と鋏角亜門(節足動物の亜門でサソリが含まれる)の口の前にある付属肢と大顎亜門(ハチなどの昆虫を含む分類群)の触角の間に類似性があることが示唆されている。Huangたちは、このような進化的新機軸の起源に関する知見を得る上でK. zhangiが役立つと結論付けている。


古生物学:放射歯類様の捕獲用付属肢を有するカンブリア紀前期の真節足動物

古生物学:カンブリア紀の中間的な節足動物

 カンブリア紀の海は節足動物(関節のある付属肢を持つ動物)であふれていた。カンブリア紀の節足動物の多くは現在の基準からすると奇妙だが、最も奇妙な動物であっても現生の節足動物との関係性をうかがうことができる。今回H Zengたちは、中国南部の澄江動物相に由来する新種の節足動物化石Kylinxia zhangiを記載報告している。この節足動物はサイズが小型のエビほどで、バージェス頁岩から発見された有名なオパビニア(Opabinia)に見られるような眼柄を伴う眼を5個、そしてアノマロカリス類(Anomalocaris)などの捕食者と同様の前部大付属肢を2本持ち、遊泳用の肢を多数備えていた。Kylinxiaは、放射歯類(アノマロカリス類)と、より派生的な節足動物群であるdeuteropod類との間の形態的中間種であるようだ。今回の系統発生学的解析からは、鋏角類(クモ類やサソリ類など)の鋏角と、一部の絶滅節足動物が獲物の捕獲に用いていた「大付属肢」の間の相同性も示唆された。



参考文献:
Zeng H. et al.(2020): An early Cambrian euarthropod with radiodont-like raptorial appendages. Nature, 588, 7836, 101–105.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2883-7

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