カナダのミイラ化した後期更新世のハイイロオオカミ

 カナダのミイラ化した後期更新世のハイイロオオカミ(Canis lupus)の仔に関する研究(Meachen et al., 2020)が報道されました。本論文が取り上げるミイラ化した後期更新世のハイイロオオカミの仔(標本YG 648.1)は、2016年7月にカナダのユーコン準州のドーソン市のクロンダイク(Klondike)地域(図1A)の永久凍土層の融解により発見されました。このハイイロオオカミの仔は、地元のトロンデック・ フウェッチン(Tr’ondëk Hwëch’in)の人々のハン(Hän)語で「オオカミ」を意味するジャー(Zhùr)と名づけられました。以下、本論文の図1です。
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 ジャーは既知の更新世のハイイロオオカミで最も完全な標本です(図1C)。ジャーは、唇の乳頭突起から皮膚や毛皮まで、保存状態はきわめて良好です。ジャーは鼻から尾の付け根まで体長417mmで、重さは670gです。雌の外性器(外陰部)の存在は明確で、全ての切歯が萌出して存在します。乳歯の犬歯も、いくつかの萌出した乳歯小臼歯とともに萌出して存在しています。レントゲン写真は、骨端が癒合していない骨格を明らかにし、ジャーの死亡年齢の推定が可能となりました。椎骨と長骨には別々の骨端線が見られます。ジャーの骨化率は家畜イヌと同じくらいと推測され、それは手根骨の完全な骨化(家畜イヌでは5週齢)の骨化率に基づいており、遠位尺骨の骨化の中心が存在するものの(家畜イヌでは6週齢)、じゅうぶんには形成されていません(家畜イヌでは8週齢で形成)。

 これらのデータから、ジャーは6~7週齢で死亡した、と推定されました。現在、アラスカのオオカミは通常4月までに繁殖し、妊娠2ヶ月後の初夏に出産します。安定同位体値に基づくと、この時間尺度はベーリンジア(ベーリング陸橋)のオオカミにも当てはまります。ジャーは、7月もしくは8月上旬に死亡した可能性が高そうです。現代のオオカミの仔は生後5週齢で離乳しますから、ベーリンジアのオオカミが現代のオオカミと同じ繁殖と発達の時間尺度ならば、ジャーはおそらくすでに6~7週齢までに離乳していたでしょう。

 加速器質量分析法(AMS法)による 放射性炭素年代測定から、ジャーは5万年以上前に生きていたと明らかになり、その地質学的年代を推定するには他の手法が必要です。そのため、ジャーの10個程度の毛包からDNAが抽出され、330955のリードが生成され、そのうち4.18%が参照イヌゲノムにマッピングされました。これらのデータから、平均網羅率27倍のミトコンドリアゲノムが得られました。このミトコンドリアゲノムが29匹の古代および現代のオオカミに追加され、ミトコンドリア系統と、75000~56000年前頃というジャーの年代が推定されました。ジャーの歯のエナメル質の酸素同位体分析は、57000~29000年前頃となる海洋酸素同位体ステージ(MIS)3の亜間氷期と一致します。DNAと安定同位体の分析を組み合わせることで、ジャーの年代は57000~56000年前頃と推定されます。この時期には、現在のユーコン準州地域では、北極の氷河が一時的に後退して草地が森に変わっており、マストドンやラクダやジャイアントビーバーなども生息していました。

 ジャーのミトコンドリアゲノムは、他の古代ベーリンジアおよびロシアのハイイロオオカミのそれのクレード(単系統群)内に位置づけられます(図1B)。この基底部クレードは、ユーラシアと北アメリカ大陸の個体群を含み、動物がベーリンジア全域を移動した時に、これら大陸間で接続が維持されていた、と強調されます。この基底部クレードの共通祖先の年代は、86700~67500年前頃(平均76800年前頃)と推定されます。ジャーの属するクレードは、ユーコン準州の現在のハイイロオオカミの直接的な母系(ミトコンドリア)祖先ではないので、ジャーのミトコンドリアゲノムは、北アメリカ大陸北部における、少なくとも1回の地域的絶滅と集団置換の証拠を提供します。最初に現在のユーコン準州地域で生息していたハイイロオオカミは死滅し、その時すでに南方に進出していた集団に少なくとも母系では置換された、というわけです。

 ハイイロオオカミの化石はアラスカとユーコン準州の更新世動物相では比較的一般的で、この地域で重要な生態学的役割を果たした、と示唆されます。ジャーは、現在マスノスケ(Oncorhynchus tshawytscha)の産卵個体群がいる、ユーコン川により太平洋とつながっているクロンダイク川の近くで発見されました。以前の研究では、アラスカ内陸部の現代のオオカミの一部に関して、少なくとも季節的に、その食性の大きな割合はサケのような水産(一部は海洋)資源に由来する、と示唆されています。

 ジャーの大量で混合した特有の安定同位体値(図1D)は、その食性および母親の食性の代理における、陸上資源と比較しての水産資源の顕著な寄与を示唆します。この水産資源の寄与は、淡水生もしくは遡河性のサケだった可能性があります。水産資源のかなりの利用可能性は、亜間氷期というジャーの環境背景の推論にも適合します。個々のアミノ酸の化合物固有の窒素同位体分析に基づくと、ジャーの比較的短い生涯において栄養水準にほとんど変化は見られず、ジャーが飢えていた証拠は見つかりませんでした。証拠から示唆されるのは、ジャーが堆積物に掘られた巣穴の中で死に、巣穴の入口が崩壊し、永久凍土に埋葬された、ということです。

 ジャーの並外れた保存には、特定の化石生成論的条件が必要です。大型哺乳類のミイラ化した化石死骸はアラスカとユーコン準州では稀ですが、ホッキョクジリス(Urocitellus parryii)やクロアシイタチ(Mustela nigripes)を含む中型から小型の哺乳類の半地下の完全もしくはほぼ完全なミイラは、この特有の化石生成論的過程を強調します。これは、オオカミの仔のような穴や巣を用いた動物は、ミイラになる可能性がより高いように思われることを示唆します。シベリアやアラスカは、その緯度から古代DNA研究に適しているので、イヌ科の古代DNA解析が進められており(関連記事)、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Meachen J. et al.(2020): A mummified Pleistocene gray wolf pup. Current Biology, 30, 24, R1467–R1468.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.11.011

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