ネアンデルタール人とデニソワ人のABO式血液型関連遺伝子(追記有)

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のABO式血液型関連遺伝子に関する研究(Villanea et al., 2020)が公表されました。本論文は査読前なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、ひじょうに興味深い内容なので取り上げます。本論文は、今年(2020年)4月のアメリカ自然人類学会総会における報告(関連記事)が元になっています。

 ABOは人類において発見された最初の血液型で、その識別はABO式血液型遺伝子によりコードされています。ABO式血液型は化学的検定により識別できるので、ABO式血液型遺伝子の変異は、DNA配列技術の出現前には遺伝的情報源として重要でした。たとえば、1960年代の研究では、血清学に基づくABO式血液型の決定を用いて、ABO式血液型遺伝子のアレル(対立遺伝子)頻度が正確に人類の移住パターンを再現するのか、決定されました。

 DNA配列技術の進歩により、集団固有の稀な多様体を含む、ABO式血液型遺伝子座の変異の解像度が向上しました。稀な多様体は、集団移住史を理解する手法として役立ちます。たとえば、アメリカ大陸先住民集団において系統の情報標識であるO型多様体(O1V542)や、特定の人類集団に固有の多数の稀な多様体です。さらに、マラリアやノロウイルスや天然痘などの病原体との歴史的な相互作用に起因する自然選択についても、ABO式血液型遺伝子の稀な多様体は有益だと推測されており、稀なABO式血液型遺伝子の変異の重要性が強調されます。

 現代人では、ABO式血液型遺伝子の変異は、ハプロタイプ多様性の予想よりも高い水準の維持により特徴づけられ、これは平衡選択の古典的痕跡です。ABO式血液型遺伝子ハプロタイプは共通の機能タイプ(AとBとO)を有しており、それは平衡選択の効果により集団で保持されます。より細かい規模では、稀な変異は突然変異を通じて蓄積し、同一の機能タイプのアレルに対して、分岐するハプロタイプを生成します。ネアンデルタール人とデニソワ人(関連記事)という非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)にとって、高網羅率ゲノムの最近の配列決定は、古代型ホモ属種におけるABO式血液型遺伝子の多様性がどのようなものだったのか、研究する可能性を開きます。

 現生人類(Homo sapiens)はアフリカから拡散すると、さまざまな古代型ホモ属集団と遭遇して交雑した、と知られています(関連記事)。古代型ホモ属と現代人のゲノムの直接的比較から、現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人との間の複雑な混合が明らかになってきました(関連記事)。現代人で見られる遺伝子の大半では、負の選択が古代型ホモ属に由来するタイプを除去してきました(関連記事)。しかし、古代型ホモ属に由来する遺伝子には有益なタイプもあり、正の選択を通じて現生人類では高頻度に上昇しました(関連記事)。その場合、古代型ホモ属のABO式血液型遺伝子の多様体が現生人類に継承され、現生人類集団において選択の標的になった可能性があります。

 本論文は、1000ゲノム計画で収集された現代人のゲノムと、古代型ホモ属の高品質なゲノムデータを組み合わせて(28集団2500人)、ABO式血液型遺伝子の集団特有の稀な変異を調べます。対象となる古代型ホモ属個体は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)で発見されたネアンデルタール人個体、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見されたネアンデルタール人個体、デニソワ洞窟で発見されたデニソワ人個体です。

 ABO式血液型の古代型ホモ属のアレルに関しては、現代人のABO式血液型のアレルと類似した機能を有する一般的な機能タイプと、稀なハプロタイプ多様体を生じさせる変異が見つかる、と予想されました。デニソワ人個体は、アフリカ系と非アフリカ系両方の現代人で見つかるABO式血液型遺伝子のハプロタイプと類似した多様体を示し、おそらくはデニソワ人系統と現生人類系統の分岐前から保持されている、と明らかになりました。デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体はすべて、固有のネアンデルタール人ABO式血液型遺伝子のハプロタイプを示します。さらに、これらのネアンデルタール人の多様体は、現生人類とネアンデルタール人との混合の結果として、選択された非アフリカ系現代人集団に見られます。遺伝子移入されたネアンデルタール人のABO式血液型遺伝子のハプロタイプで観察された高い配列の相違は、平衡選択の結果と一致している、と明らかになりました。


●1000ゲノム計画におけるABO式血液型の多様性

 現代人では、ABO式血液型遺伝子のエクソン6および7で、共通のアレル多様性が発生し、4通りの共通の一塩基多型により機能的なアレルタイプが決定されます。エクソン6の機能喪失型(LOS)変異は、O型ハプロタイプを表します。このLOS変異は一般的に欠失(本論文では「欠失O型アレル」と表記されます)ですが、挿入や、未成熟終止コドンを生成する塩基対変異(本論文では「非欠失O型アレル」と表記されます)の結果の場合もあります。以下、古代型ホモ属4個体における血液型のアレルのタイプを示した本論文の表1です。
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 稀なハプロタイプ水準における古代型ホモ属のABO式血液型機能変異を理解するため、1000ゲノム計画の2504個体のABO式血液型遺伝子の変異を二倍体で要約し(合計5008本の染色体のコード配列)、69ヶ所の可変領域を特定し、合計で108個のハプロタイプが識別されました。A型では20タイプ(945本の染色体)、B方ではタイプ(720本の染色体)、シスAB型では1タイプ(1本の染色体)、欠失型のO型では72タイプ(3280本の染色体)、非欠失型のO型では6タイプ(17本の染色体)です。


●古代型ホモ属のABO式血液型遺伝子のハプロタイプ構造

 表1に示されるように、古代型ホモ属4個体のうちデニソワ人は欠失O型ハプロタイプを示しますが、1000ゲノム計画の個体で完全に一致するものはありません。デニソワ洞窟のネアンデルタール人は、現代人で稀な非欠失O型ハプロタイプのホモ接合型を示します。チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人も同じく非欠失O型ハプロタイプのホモ接合型を示しますが、3ヶ所(136131539でA→G、136133506で A→G、136137547で A→C)でデニソワ洞窟のネアンデルタール人とは異なります。

 ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人は、現代人では一般的な欠失O型アレルと、1000ゲノム計画の1個体(HG02537)で見られる現代人では稀なシスAB型アレルと類似した機能的アレルを、ヘテロ接合型で有します。シスAB型アレルはきわめて稀な組換えアレルで、A型およびB型抗原の混合をコードします。ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人における欠失O型アレルは以前の研究と一致しており、ヨーロッパの他のネアンデルタール人2個体でもこの欠失が見つかっています。


●現代人のABO式血液型における古代型ホモ属からの遺伝子移入の証拠

 古代型ホモ属のABO式血液型遺伝子ハプロタイプが1000ゲノム計画の個体群で見られる現代型と関連しているのかどうか調べるため、ABO式血液型遺伝子ハプロタイプ間の配列が推定され、次に現代人集団により集団化されたこれらの距離が視覚化されました。混合集団はこの分析から除外されました。その結果、全ての古代型ホモ属のハプロタイプは、現代人とほぼ同等と示されました。デニソワ人の場合、その特有のO型アレルは、現代人集団に共通する他のO型アレル、とくにアフリカの個体群で見られるものに近く、デニソワ人のO型アレルはデニソワ人と現生人類との間で共有される祖先的なものであることを示唆します。これは、平衡選択が同じABO式血液型の機能的アレルにおいて何百万年も霊長類種で維持されてきたことを考えると、あり得そうなことです。

 逆にネアンデルタール人の場合、デニソワ洞窟個体やチャギルスカヤ洞窟個体のようなO型アレルと、ヴィンディヤ洞窟個体のようなO型アレルは両方、非アフリカ系現代人集団におけるほぼ同じハプロタイプに相当します。これらのアレルの地理的パターンは、遺伝子移入の説得力がある事例で、ネアンデルタール人と、ヨーロッパやアジア南東部やアジア東部の現代人の祖先集団との間の交雑の結果と推測されます。

 ヨーロッパとアジア南東部とアジア東部で見つかったネアンデルタール人的なABO式血液型アレルが遺伝子移入の結果なのかどうか確認するため、以前の研究(関連記事)で報告された、遺伝子移入されたゲノム断片の一覧が検索されました。その結果、ABO式血液型遺伝子のゲノム座標と重なる遺伝子移入されたゲノム断片が、1000ゲノム計画の7集団で見つかり、ネアンデルタール人と現代人との間で共有されるABO式血液型ハプロタイプは遺伝子移入による可能性が高い、と示されます。


●多様な遺伝子移入されたネアンデルタール人のハプロタイプ

 現代人において、2つの異なる遺伝子移入されたネアンデルタール人的なO型ハプロタイプが見つかりました。一方は、ヨーロッパおよびアジア南東部現代人で見られるアルタイ地域(デニソワ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟)のネアンデルタール人的なO型アレルで、もう一方は、アジア東部現代人集団で見られるクロアチア(ヴィンディヤ洞窟)のネアンデルタール人的なO型アレルです。このパターンは、地理的位置とは反対となります。そこで、ヴィンディヤ洞窟とアルタイ地域のネアンデルタール人のABO式血液型の遺伝子移入されたハプロタイプの類似性が、ヨーロッパ人(イベリア半島)およびアジア東部人(日本人)集団のゲノムにおける他の全ての遺伝子移入された断片の類似性と比較されました。

 その結果、ヨーロッパおよびアジア南東部の遺伝子移入された非欠失O型ハプロタイプは、アルタイ地域のネアンデルタール人とより密接に類似しており、アジア東部の遺伝子移入された欠失O型ハプロタイプは、クロアチアのネアンデルタール人とより密接に類似している、と確認されましたが、いずれも、遺伝子移入されたハプロタイプはそれぞれ、アルタイ地域とクロアチアのネアンデルタール人型と同一ではありませんでした。また、遺伝子移入されたABO式血液型ハプロタイプは、ヨーロッパにおける他の遺伝子移入されたゲノム断片の多様性の外と、アジア東部における他の遺伝子移入されたゲノム断片の端に位置します。このパターンから、遺伝子移入されたABO式血液型ハプロタイプは、他の遺伝子移入されたゲノム断片と比較して予想以上に多様である、と示唆されます。


●考察

 古代型ホモ属は特有のABO式血液型ハプロタイプを有しており、それは構造的に現代人のABO式血液型アレルと類似し、いくつかの事例では遺伝子移入を通じて現代人でも見られる、と明らかになりました。コード領域に見られる類似性から、それらのアレルは機能的に現代人のABO式血液型アレルと同一と示唆されます。古代型ホモ属特有のABO式血液型ハプロタイプの選択的背景について推測することは困難ですが、機能的遺伝子のネアンデルタール人型に対する強い選択の説得力ある証拠があるので、現代人において中程度の頻度でネアンデルタール人のABO式血液型アレルが見つかるのは興味深いことです。最も可能性が高い説明は、本論文で特定されたネアンデルタール人のO型アレルは両方、現代人のO型アレルと比較して選択的に中立で、したがって現代人における頻度は中立的な人口統計学的効果の結果にすぎない、というものです。

 現代人集団におけるネアンデルタール人のO型アレルの地理的分布は、アルタイ地域(デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟)個体のものがヨーロッパとアジア南東部で、クロアチア(ヴィンディヤ洞窟)個体のものがアジア東部で見られ、独立したネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入事象と一致します。この結果は、他のゲノム領域での発見と一致しており、痛覚感受性関連遺伝子(関連記事)と欠失多型(関連記事)という少なくとも2つのネアンデルタール人の多様体で、異なる地理的分布を有する現代人集団で見つかっています。しかし、本論文で明らかになった地理的パターンは、ヨーロッパ(クロアチア)のネアンデルタール人型はアジア東部で、ユーラシア東部(アルタイ地域)のネアンデルタール人型はヨーロッパ(およびアジア南東部)と、地理的には逆になっており、ネアンデルタール人のO型アレルは両方、同じネアンデルタール人集団もしくは現生人類と混合した集団で維持されていた可能性があります。

 ヨーロッパとアジア東部の個体群で見られるすべての遺伝子移入されたゲノム断片は、どのネアンデルタール人ゲノムとも似た類似性を示し、クロアチアのヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人の方へとわずかに傾斜しています。これは、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体が、アルタイ地域(デニソワ洞窟)のネアンデルタール人よりも現生人類と交雑した集団とより密接に関連しているからです(関連記事)。ヨーロッパ人に見られるアルタイ地域のネアンデルタール人的なO型アレルは、他の全てのゲノム断片の相対的な類似性において外れ値として現れます。逆に、アジア東部人で見られる、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人的な遺伝子移入されたO型アレルは、他の全てのゲノム断片の相対的な類似性の端に位置します。

 これらの結果に基づくと、ネアンデルタール人のO型ハプロタイプは両方、現生人類へと遺伝子移入された他のゲノム断片と比較してひじょうに多様で、ヴィンディヤ洞窟とアルタイ地域の間でより多く共有されているようです。ヴィンディヤ洞窟もしくはアルタイ地域のネアンデルタール人個体群のどちらも、現生人類と直接的に交雑した集団の一部ではなかった可能性が高いことを考えると、このパターンの最も一貫した説明は、これら2つのネアンデルタール人のひじょうに分岐したO型アレルは、現生人類と交雑したネアンデルタール人集団で維持されており、他のゲノム要素と比較してより大きなハプロタイプ多様性を保持していた、というものです。この場合、これらのさまざまなハプロタイプは、平衡選択により集団で維持された可能性が高そうです。平衡選択は、現代人においてABO式血液型関連遺伝子多様性を維持しているように、ゲノムの中立的領域よりもずっと長く祖先の多様性を維持すると予想されます。


●結論

 ABO式血液型遺伝子における遺伝的多様性は、人類の遺伝的多様性の古典的標識とされました。本論文は、既知の高品質なゲノムデータに基づいて、古代型ホモ属4個体におけるABO式血液型遺伝子の遺伝的多様性を詳細に報告しました。古代型ホモ属のABO式血液型ハプロタイプは、現代人のABO式血液型の機能を定義する同じ場所で多型と明らかになり、これらの古代型ホモ属のアレルは現代人のアレルと同様に機能するに違いない、と仮定されました。さらに、現代人のO型アレルと類似したデニソワ人特有のO型アレルが見つかった一方で、ネアンデルタール人特有のO型アレルは現代人のそれと比較して派生的であるものの、過去の現生人類とネアンデルタール人の混合のため、現代人に低頻度で見つかります。

 後期ネアンデルタール人で4つの異なる多様体が見つかったことは予想外です。ネアンデルタール人のゲノム全体で見られるホモ接合性の長い連続に基づくと、一般的な認識は、後期ネアンデルタール人はひじょうに近親交配の度合が高く、遺伝的多様性が減少した、というものです。本論文で見つかったネアンデルタール人の高いアレル多様性は、ABO式血液型遺伝子座における平衡選択を通じて維持された可能性が高そうです。これは、遺伝子移入されたネアンデルタール人のO型ハプロタイプがゲノム分岐の外側に位置することを示しており、平衡選択がネアンデルタール人において現生人類と同様に機能したことを示唆します。


参考文献:
Villanea FA, Huerta-Sánchez E, and Fox PK.(2020): ABO genetic variation in Neanderthals and Denisovans. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.07.27.223628


追記(2021年8月1日)
 本論文が『分子生物学と進化』誌に掲載されました。ざっと確認したところ、査読前の公開論文から内容が大きく変わったわけではないようなので、とくに補足はしません。



参考文献:
Villanea FA, Huerta-Sánchez E, and Fox PK.(2021): ABO genetic variation in Neanderthals and Denisovans. Molecular Biology and Evolution, 38, 8, 3373–3382.
https://doi.org/10.1093/molbev/msab109

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