ホモテリウム属個体のゲノム解析
ホモテリウム属個体のゲノム解析結果を報告した研究(Barnett et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、ネコ科の剣歯虎(マカイロドゥス亜科)のホモテリウム族の1種(Homotherium latidens)のゲノムデータを報告します。この記事では仮に「三日月刀歯虎」と訳しておきます。この1個体は、カナダのユーコン準州ドーソン(Dawson)市近郊の永久凍土堆積物から回収されました。核ゲノムの網羅率は約7倍で、エクソームの網羅率は約38倍です。この核データセットには、分析に利用できる独立した遺伝子座の大幅な増加を表しており、ホモテリウムの系統をよりよく理解し、進化的推論が可能となります。したがって、結果が系統全体を表すと解釈できる場合は、種名(Homotherium latidens)ではなく属名で記されます。このデータセットに基づくホモテリウムの系統は、以前の化石およびミトコンドリアのデータセットに基づく研究と一致しており、ホモテリウムは全ての現生ネコ科種の姉妹系統に位置づけられます。以下、ホモテリウム属と他のネコ科種との系統関係を示した本論文の図1です。
4点の化石による較正も用いて、ホモテリウムと現生ネコ科種の分岐年代は、2250万年前(95%確信区間で2780万~1740万年前)と推定され、これは2300万年前頃となる漸新世と中新世の境界に近い年代となります。この年代は、ホモテリウム属の潜在的祖先としての、後期プロアイルルス属(Proailurus)もしくは早期プセウダエルルス属(Pseudaelurus)と一致します。この推定年代は、ミトコンドリアゲノムに基づく以前の研究で提示された2000万年前と近くなっています。この深い分岐により、ホモテリウムは全ての現生ネコ科種とは異なるクレード(単系統群)に属している、と確認され、ネコ亜科とは異なる亜科としてのマカイロドゥスが裏づけられます。
ただ、こうした明確な系統関係は、ホモテリウムと現生ネコ科との完全な進化的関係を表していない可能性があります。たとえば、同じネコ科のライオン(関連記事)やネコ科と近縁なハイエナ科(関連記事)では種間交雑が指摘されており、それは食肉目(ネコ目)で以前に考えられていたよりもずっと一般的だった、と示されてきたからです。そこで、ホモテリウムと他系統との間に遺伝子流動があったのか、調べられました。ホモテリウムはアフリカ南部からユーラシア全域、さらには南北アメリカ大陸まで分布しており、剣歯虎(マカイロドゥス亜科)では最も広範に分布していたと考えられますが、同時期にこれら全地域に存在したのか、不明です。またホモテリウムは、密集した植生のジャワ島から全北区の開けたステップ・ツンドラ地帯まで、さまざまな異なる生息地に分布しました。さらに化石証拠から、ホモテリウムが他の同所性の大型ネコ科との潜在的競争にも関わらず、その分布を拡大した、と示唆されます。たとえば、ライオン(Panthera leo)や絶滅したホラアナライオン(Panthera spelaea)やヒョウ(Panthera pardus)や絶滅したメガンテレオン属種(Megantereon cultridens)とはユーラシアやアフリカ全域で、トラ(Panthera tigris)とはアジア南東部で、ジャガー(Panthera onca)やアメリカライオン(Panthera atrox)や他の絶滅したスミロドン属(Smilodon)とはアメリカ大陸で共存していました。
ホモテリウムと現生ネコ科種との間で遺伝子流動が起きたかどうか調べるため、系統樹において矛盾する系統発生の兆候が検証されました。しかし、他のネコ科では遺伝子流動の痕跡が見つかりましたが、ホモテリウムと現生ネコ科種との間では見つかりませんでした。ただ、現生ネコ科種の全系統の祖先とホモテリウム系統との間の遺伝子流動が検出されていない可能性は排除されません。ホモテリウムと現生ネコ科種との間における遺伝子流動の欠如の最も妥当な説明は、ホモテリウムと現生ネコ科種との間の深い分岐です。
現在のデータセットで検出できる遺伝子流動の最古の兆候は、1400万年前頃となるネコ亜科の分岐後に検出されます。これは、マカイロドゥス亜科とネコ亜科の間で、800万年以上にわたる遺伝子流動が検出できないことを意味します。対照的に、現生ネコ科の主要な系統の放散は過去500万年以内に起きました。この急速な放散は、繁殖能力のある交雑個体が生まれなくなるほど遺伝的に分岐する前に、これらの系統間の遺伝子流動を可能としたかもしれません。
遺伝子流動の明らかな欠如には代替的な説明も可能かもしれませんが、その可能性はずっと低そうです。一つの可能性は、ホモテリウムが、生態地理的障壁や競合相手の排除や低い集団密度のいずれかのために、単純に他のネコ科種と相互作用できなかった、というものです。しかし、生態地理的障壁は、ホモテリウムの広範な分布と異なる生態系への適応を考えると、可能性は低そうです。ホモテリウムの化石はヒョウ属化石とも同じ場所で発見されるため、競合相手の排除も起きそうにありません。ホモテリウムの化石記録は、スミロドン族やヒョウ属を含む他の同年代の大型ネコ科よりもずっと断片的なので、集団密度が低い、との解釈が示唆されています。しかし、集団密度が低くとも、同所性の他種との時折の接触が妨げられることはありません。
別の代替的な説明は、行動的および/もしくは他の生態学的メカニズムが交雑を妨げた、というものです。これは、現生のライオンとヒョウの間で見られます。両者はしばしば同じ地域に存在しますが、ヒョウは積極的にライオンを避けます。ホモテリウムと他の同所性ネコ科との間で、同様の行動的および/もしくは生態学的な回避メカニズムが起きかもしれません。遺伝子流動欠如のさらなる証拠となるのは、人類(関連記事)やボノボ(関連記事)で明らかになった、現生哺乳類種と未知のまだ標本抽出されていない系統との間の交雑を検出した手法でも、現生ネコ科種とホモテリウムと同じくらい前に分岐した未知の系統との間の古代の混合の兆候が、以前の研究では検出されなかったことです。
したがって、この相違は、これらの系統が相互に分岐した時にどのような遺伝的適応が起きたのか、という問題につながります。どのゲノム基盤がホモテリウム固有の特徴をもたらしたのか解明するために、比較ゲノム分析が行なわれ、ゲノム全域でいくつかのタンパク質コード領域における正の選択の兆候が明らかになりました。2191ヶ所の1:1で対応する相同的な遺伝子座(orthologous loci)のうち230個の遺伝子で正の選択の証拠が見つかりました。これら230個の遺伝子のうち、31個はひじょうに重要とみなされ、推定機能と表現型の役割についてさらに調べられました。いくつかのひじょうに重要な正の選択を受けた遺伝子は、ホモテリウムの推定される昼行性行動と一致していました。網膜変性や網膜色素変性症や水晶体タンパク質の加水分解や視角処理を含む既知の表現型を有する、視覚に関連する遺伝子(B3GALNT2や AGBL5やCAPNS2やSLC1A7)で、強い正の選択が検証されました。また、概日時計リズムの同調とマスター調節と関連する遺伝子(SFPQとPer1)における正の選択の証拠も見つかりました。とくに同じ遺伝子ありませんが、以前の研究では、概日時計調節遺伝子の多型が昼行性の選好と関連している、と示されており、概日遺伝子と昼行性の行動との関連が強化されます。推測となりますが、これらの結果は、薄明もしくは夜行性の多くの現生ネコ科種とは異なり、ホモテリウムが日中に狩猟した、という見解を支持します。この仮説は、拡大した眼球や大きくて複雑な視覚野を含む、いくつかの解剖学的特徴によりさらに裏づけられます。
正の選択の兆候は、ホモテリウムの走行狩猟様式の持久力増大に役立つ適応と関連している、と考えられる遺伝子でも推測されました。これらには、呼吸器系や低酸素症(TMEM45A)、循環器系(F5およびMMP12)、血管新生(ECSCR)、 脂肪生成(TAF8)、呼吸・循環系(MMP12)、ミトコンドリア呼吸(AK3、ISCU、SURF)への大きな影響を有する遺伝子が含まれます。これらの遺伝子における新たな適応は、より開けた生息地における狩猟や、疲労するまで獲物を追いかけるのに必要な持続的走行を可能としました。これら様々な機能強化の相乗的相互作用は、骨石灰化(PGD遺伝子)の改善により支援されたかもしれません。改善された骨石灰化は、推定される走行性狩猟様式に必要な堅固な骨格枠組みと力強い前肢を発達させて維持するのにひじょうに貴重でした。さらに、とくにPGD遺伝子ではありませんが、骨の発達と修復に関わる2個の遺伝子(DMP1とPTN)が、多くの肉食動物のゲノムで正の選択下にある、と明らかになってきており、堅固な骨が捕食行動の適応に重要かもしれない、と示唆されます。これらの遺伝子の選択の特徴は、頭蓋後方骨格形態データにより示唆される、走行性狩猟様式への証拠を追加します。これにはより収縮性の低い爪が含まれ、それにより長距離の中間速度の追跡が改善される、と考えられています。同じことはイヌ科やハイエナ科にも当てはまり、より高い上腕指数(上腕骨に対する橈骨の比)を有しています。
社会的行動はひじょうに複雑なので、特定の遺伝的特性と直接的に結びつけることは困難ですが、認知・行動(阻害されたシナプス可塑性および社会的行動と関連するSCTR)および神経系(神経成長因子と関わるNTF3)に関わると推定される遺伝子において、正の選択の証拠が見つかりました。これらの遺伝子は、ホモテリウムが大型の獲物を狩るのに必要と示唆される協調的な社会的相互作用において役割を果たしている、と推測されますが、その確証には追加のデータが必要です。本論文の結果は、正の選択とその生態学的結果との間の決定的なつながりを提供するわけではありませんが、絶滅した超肉食動物であるホモテリウムの遺伝子と生態との間の関係に、機能的研究への出発点を提供します。本論文の調査で多くの正の選択を受けた遺伝子が見つかり、それらの既知の機能は古生物学的データを補完し、走行性狩猟戦略および昼行性行動と密接に関連しているように見えるホモテリウムの、いくつかの特有の適応の推定上の遺伝的基盤を表しています。
上述のように、ホモテリウムの化石記録はスミロドン族やヒョウ属を含む他の同年代の大型ネコ科よりもかなり断片的で、ホモテリウムの集団密度がより低かったことを示唆します。これは、ホモテリウムの断片的な化石記録が本当に低い集団密度を反映しているのか、あるいは生息地もしくは行動に起因する保存可能性に基づく確率論的な結果なのか、という疑問につながります。現生ネコ科種と比較して三日月刀歯虎(Homotherium latidens)の相対的な数を調べるため、有効集団規模と相関する遺伝的多様性が比較されました。比較は、異型接合性の程度で、15種の現生ネコ科それぞれの単一個体に対する三日月刀歯虎個体のゲノムで行なわれました。異型接合性の推定のため、常染色体全体とエクソーム全の2通りの手法が用いられました。ただ、この比較は各種の単一個体に基づいているので、各種の全体的な傾向を表していない可能性があります。比較の結果、三日月刀歯虎(Homotherium latidens)のゲノムは、他の大型ネコ科種に対して、中~高水準の遺伝的多様性を示します。以下、異型接合性の程度の比較を示した本論文の図3です。
これは、常染色体全体でもエクソーム全体でも当てはまりました。ゲノム規模の異型接合性、有効集団規模、個体数調査規模の間の関係を考えると、この知見から、三日月刀歯虎は、他の大型ネコ科と比較してミトコンドリアの遺伝的多様性が低いことに基づいて低い集団密度を想定した以前の研究とは対照的に、比較的個体数が多かった、と示唆されます。しかし、以前の研究では3個体の単一の遺伝子座のミトコンドリアゲノムに基づいていたので、多様性に関する推論は限定されていました。三日月刀歯虎における推定上の個体数の多さの発見は、アフリカ南部からユーラシア全域と南北アメリカ大陸まで、ホモテリウムがマカイロドゥス亜科で最大の地理的範囲を有する、という事実により強化されます。
遺伝的多様性はしばしば集団規模を反映しますが、集団・種の人口史および生活史の特性も役割を果たすかもしれません。(亜)北極圏も占めるホモテリウムの遺伝的多様性のより高い水準をもたらした要因の注目すべき一つは、構造化された集団間の長距離移動でしょう。一般的に、劇的な季節変動を有するか、もしくは一次生産性の低い地域に分布する走行性捕食者を含む種は、より安定して生産性の高い地域の種よりも長距離を移動します。したがってホモテリウムは、生産性の低い(亜)北極圏に分布する走行性捕食者として、広範囲を移動し、離れた集団間の遺伝子流動の増加につながった可能性があります。しかし、ホモテリウムの広範な地理的分布と、異なる生息地に分布する明らかな能力から、ホモテリウムはひじょうに成功した分類群で、比較的個体数が多かったかもしれないという本論文の推論に適合する、と示唆されます。
ホモテリウムの明らかな成功は、なぜ現在まで存続せず絶滅したのか、という問題につながります。確かなことは不明ですが、ホモテリウムの成功につながった正確な適応・特殊化が、ホモテリウムの絶滅につながったかもしれません。後期更新世末に向かって、大型の獲物の捕獲可能性の減少は、生き残ったより小さな獲物の狩りにおいてより効率的だった可能性が高い、他のネコ科種とのより多くの直接的競合を引き起こしたかもしれません。ホモテリウムが獲得した特定の適応は突然不利になり、絶滅へとつながったのではないか、というわけです。
三日月刀歯虎(Homotherium latidens)のゲノム配列は、他の現生ネコ科種との進化的関係、およびその特有の適応の遺伝的基盤に関する理解を深めます。本論文の結果は、ホモテリウムが全ての現生ネコ科種とはひじょうに深く分岐しており(2250万年前頃)、現生ネコ科種の最初の放散(1400万年前頃)の後で現生ネコ科種との検出可能な遺伝子流動を受けなかった、と示します。これは、マカイロドゥス亜科をネコ科内の別の亜科として位置づける認識を支持します。さらに、視覚や認知機能やエネルギー消費に関わるいくつかの遺伝子において、正の選択の証拠が見つかり、これはホモテリウム系統の昼行性および狩猟・社会的行動と一致する可能性があります。三日月刀歯虎個体の遺伝的多様性は比較的高水準と明らかになり、成功した系統だっただけではなく、むしろ他の現生ネコ科種と比較して個体数が多かった、と示唆されます。本論文は、どのようにして、化石記録と古ゲノミクスを相乗的に利用し、比較のために近縁な現生分類群が存在しない絶滅種の進化と生態をよりよく理解するのか、示します。
参考文献:
Barnett R. et al.(2020): Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens. Current Biology, 30, 24, 5018–5025.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.09.051
4点の化石による較正も用いて、ホモテリウムと現生ネコ科種の分岐年代は、2250万年前(95%確信区間で2780万~1740万年前)と推定され、これは2300万年前頃となる漸新世と中新世の境界に近い年代となります。この年代は、ホモテリウム属の潜在的祖先としての、後期プロアイルルス属(Proailurus)もしくは早期プセウダエルルス属(Pseudaelurus)と一致します。この推定年代は、ミトコンドリアゲノムに基づく以前の研究で提示された2000万年前と近くなっています。この深い分岐により、ホモテリウムは全ての現生ネコ科種とは異なるクレード(単系統群)に属している、と確認され、ネコ亜科とは異なる亜科としてのマカイロドゥスが裏づけられます。
ただ、こうした明確な系統関係は、ホモテリウムと現生ネコ科との完全な進化的関係を表していない可能性があります。たとえば、同じネコ科のライオン(関連記事)やネコ科と近縁なハイエナ科(関連記事)では種間交雑が指摘されており、それは食肉目(ネコ目)で以前に考えられていたよりもずっと一般的だった、と示されてきたからです。そこで、ホモテリウムと他系統との間に遺伝子流動があったのか、調べられました。ホモテリウムはアフリカ南部からユーラシア全域、さらには南北アメリカ大陸まで分布しており、剣歯虎(マカイロドゥス亜科)では最も広範に分布していたと考えられますが、同時期にこれら全地域に存在したのか、不明です。またホモテリウムは、密集した植生のジャワ島から全北区の開けたステップ・ツンドラ地帯まで、さまざまな異なる生息地に分布しました。さらに化石証拠から、ホモテリウムが他の同所性の大型ネコ科との潜在的競争にも関わらず、その分布を拡大した、と示唆されます。たとえば、ライオン(Panthera leo)や絶滅したホラアナライオン(Panthera spelaea)やヒョウ(Panthera pardus)や絶滅したメガンテレオン属種(Megantereon cultridens)とはユーラシアやアフリカ全域で、トラ(Panthera tigris)とはアジア南東部で、ジャガー(Panthera onca)やアメリカライオン(Panthera atrox)や他の絶滅したスミロドン属(Smilodon)とはアメリカ大陸で共存していました。
ホモテリウムと現生ネコ科種との間で遺伝子流動が起きたかどうか調べるため、系統樹において矛盾する系統発生の兆候が検証されました。しかし、他のネコ科では遺伝子流動の痕跡が見つかりましたが、ホモテリウムと現生ネコ科種との間では見つかりませんでした。ただ、現生ネコ科種の全系統の祖先とホモテリウム系統との間の遺伝子流動が検出されていない可能性は排除されません。ホモテリウムと現生ネコ科種との間における遺伝子流動の欠如の最も妥当な説明は、ホモテリウムと現生ネコ科種との間の深い分岐です。
現在のデータセットで検出できる遺伝子流動の最古の兆候は、1400万年前頃となるネコ亜科の分岐後に検出されます。これは、マカイロドゥス亜科とネコ亜科の間で、800万年以上にわたる遺伝子流動が検出できないことを意味します。対照的に、現生ネコ科の主要な系統の放散は過去500万年以内に起きました。この急速な放散は、繁殖能力のある交雑個体が生まれなくなるほど遺伝的に分岐する前に、これらの系統間の遺伝子流動を可能としたかもしれません。
遺伝子流動の明らかな欠如には代替的な説明も可能かもしれませんが、その可能性はずっと低そうです。一つの可能性は、ホモテリウムが、生態地理的障壁や競合相手の排除や低い集団密度のいずれかのために、単純に他のネコ科種と相互作用できなかった、というものです。しかし、生態地理的障壁は、ホモテリウムの広範な分布と異なる生態系への適応を考えると、可能性は低そうです。ホモテリウムの化石はヒョウ属化石とも同じ場所で発見されるため、競合相手の排除も起きそうにありません。ホモテリウムの化石記録は、スミロドン族やヒョウ属を含む他の同年代の大型ネコ科よりもずっと断片的なので、集団密度が低い、との解釈が示唆されています。しかし、集団密度が低くとも、同所性の他種との時折の接触が妨げられることはありません。
別の代替的な説明は、行動的および/もしくは他の生態学的メカニズムが交雑を妨げた、というものです。これは、現生のライオンとヒョウの間で見られます。両者はしばしば同じ地域に存在しますが、ヒョウは積極的にライオンを避けます。ホモテリウムと他の同所性ネコ科との間で、同様の行動的および/もしくは生態学的な回避メカニズムが起きかもしれません。遺伝子流動欠如のさらなる証拠となるのは、人類(関連記事)やボノボ(関連記事)で明らかになった、現生哺乳類種と未知のまだ標本抽出されていない系統との間の交雑を検出した手法でも、現生ネコ科種とホモテリウムと同じくらい前に分岐した未知の系統との間の古代の混合の兆候が、以前の研究では検出されなかったことです。
したがって、この相違は、これらの系統が相互に分岐した時にどのような遺伝的適応が起きたのか、という問題につながります。どのゲノム基盤がホモテリウム固有の特徴をもたらしたのか解明するために、比較ゲノム分析が行なわれ、ゲノム全域でいくつかのタンパク質コード領域における正の選択の兆候が明らかになりました。2191ヶ所の1:1で対応する相同的な遺伝子座(orthologous loci)のうち230個の遺伝子で正の選択の証拠が見つかりました。これら230個の遺伝子のうち、31個はひじょうに重要とみなされ、推定機能と表現型の役割についてさらに調べられました。いくつかのひじょうに重要な正の選択を受けた遺伝子は、ホモテリウムの推定される昼行性行動と一致していました。網膜変性や網膜色素変性症や水晶体タンパク質の加水分解や視角処理を含む既知の表現型を有する、視覚に関連する遺伝子(B3GALNT2や AGBL5やCAPNS2やSLC1A7)で、強い正の選択が検証されました。また、概日時計リズムの同調とマスター調節と関連する遺伝子(SFPQとPer1)における正の選択の証拠も見つかりました。とくに同じ遺伝子ありませんが、以前の研究では、概日時計調節遺伝子の多型が昼行性の選好と関連している、と示されており、概日遺伝子と昼行性の行動との関連が強化されます。推測となりますが、これらの結果は、薄明もしくは夜行性の多くの現生ネコ科種とは異なり、ホモテリウムが日中に狩猟した、という見解を支持します。この仮説は、拡大した眼球や大きくて複雑な視覚野を含む、いくつかの解剖学的特徴によりさらに裏づけられます。
正の選択の兆候は、ホモテリウムの走行狩猟様式の持久力増大に役立つ適応と関連している、と考えられる遺伝子でも推測されました。これらには、呼吸器系や低酸素症(TMEM45A)、循環器系(F5およびMMP12)、血管新生(ECSCR)、 脂肪生成(TAF8)、呼吸・循環系(MMP12)、ミトコンドリア呼吸(AK3、ISCU、SURF)への大きな影響を有する遺伝子が含まれます。これらの遺伝子における新たな適応は、より開けた生息地における狩猟や、疲労するまで獲物を追いかけるのに必要な持続的走行を可能としました。これら様々な機能強化の相乗的相互作用は、骨石灰化(PGD遺伝子)の改善により支援されたかもしれません。改善された骨石灰化は、推定される走行性狩猟様式に必要な堅固な骨格枠組みと力強い前肢を発達させて維持するのにひじょうに貴重でした。さらに、とくにPGD遺伝子ではありませんが、骨の発達と修復に関わる2個の遺伝子(DMP1とPTN)が、多くの肉食動物のゲノムで正の選択下にある、と明らかになってきており、堅固な骨が捕食行動の適応に重要かもしれない、と示唆されます。これらの遺伝子の選択の特徴は、頭蓋後方骨格形態データにより示唆される、走行性狩猟様式への証拠を追加します。これにはより収縮性の低い爪が含まれ、それにより長距離の中間速度の追跡が改善される、と考えられています。同じことはイヌ科やハイエナ科にも当てはまり、より高い上腕指数(上腕骨に対する橈骨の比)を有しています。
社会的行動はひじょうに複雑なので、特定の遺伝的特性と直接的に結びつけることは困難ですが、認知・行動(阻害されたシナプス可塑性および社会的行動と関連するSCTR)および神経系(神経成長因子と関わるNTF3)に関わると推定される遺伝子において、正の選択の証拠が見つかりました。これらの遺伝子は、ホモテリウムが大型の獲物を狩るのに必要と示唆される協調的な社会的相互作用において役割を果たしている、と推測されますが、その確証には追加のデータが必要です。本論文の結果は、正の選択とその生態学的結果との間の決定的なつながりを提供するわけではありませんが、絶滅した超肉食動物であるホモテリウムの遺伝子と生態との間の関係に、機能的研究への出発点を提供します。本論文の調査で多くの正の選択を受けた遺伝子が見つかり、それらの既知の機能は古生物学的データを補完し、走行性狩猟戦略および昼行性行動と密接に関連しているように見えるホモテリウムの、いくつかの特有の適応の推定上の遺伝的基盤を表しています。
上述のように、ホモテリウムの化石記録はスミロドン族やヒョウ属を含む他の同年代の大型ネコ科よりもかなり断片的で、ホモテリウムの集団密度がより低かったことを示唆します。これは、ホモテリウムの断片的な化石記録が本当に低い集団密度を反映しているのか、あるいは生息地もしくは行動に起因する保存可能性に基づく確率論的な結果なのか、という疑問につながります。現生ネコ科種と比較して三日月刀歯虎(Homotherium latidens)の相対的な数を調べるため、有効集団規模と相関する遺伝的多様性が比較されました。比較は、異型接合性の程度で、15種の現生ネコ科それぞれの単一個体に対する三日月刀歯虎個体のゲノムで行なわれました。異型接合性の推定のため、常染色体全体とエクソーム全の2通りの手法が用いられました。ただ、この比較は各種の単一個体に基づいているので、各種の全体的な傾向を表していない可能性があります。比較の結果、三日月刀歯虎(Homotherium latidens)のゲノムは、他の大型ネコ科種に対して、中~高水準の遺伝的多様性を示します。以下、異型接合性の程度の比較を示した本論文の図3です。
これは、常染色体全体でもエクソーム全体でも当てはまりました。ゲノム規模の異型接合性、有効集団規模、個体数調査規模の間の関係を考えると、この知見から、三日月刀歯虎は、他の大型ネコ科と比較してミトコンドリアの遺伝的多様性が低いことに基づいて低い集団密度を想定した以前の研究とは対照的に、比較的個体数が多かった、と示唆されます。しかし、以前の研究では3個体の単一の遺伝子座のミトコンドリアゲノムに基づいていたので、多様性に関する推論は限定されていました。三日月刀歯虎における推定上の個体数の多さの発見は、アフリカ南部からユーラシア全域と南北アメリカ大陸まで、ホモテリウムがマカイロドゥス亜科で最大の地理的範囲を有する、という事実により強化されます。
遺伝的多様性はしばしば集団規模を反映しますが、集団・種の人口史および生活史の特性も役割を果たすかもしれません。(亜)北極圏も占めるホモテリウムの遺伝的多様性のより高い水準をもたらした要因の注目すべき一つは、構造化された集団間の長距離移動でしょう。一般的に、劇的な季節変動を有するか、もしくは一次生産性の低い地域に分布する走行性捕食者を含む種は、より安定して生産性の高い地域の種よりも長距離を移動します。したがってホモテリウムは、生産性の低い(亜)北極圏に分布する走行性捕食者として、広範囲を移動し、離れた集団間の遺伝子流動の増加につながった可能性があります。しかし、ホモテリウムの広範な地理的分布と、異なる生息地に分布する明らかな能力から、ホモテリウムはひじょうに成功した分類群で、比較的個体数が多かったかもしれないという本論文の推論に適合する、と示唆されます。
ホモテリウムの明らかな成功は、なぜ現在まで存続せず絶滅したのか、という問題につながります。確かなことは不明ですが、ホモテリウムの成功につながった正確な適応・特殊化が、ホモテリウムの絶滅につながったかもしれません。後期更新世末に向かって、大型の獲物の捕獲可能性の減少は、生き残ったより小さな獲物の狩りにおいてより効率的だった可能性が高い、他のネコ科種とのより多くの直接的競合を引き起こしたかもしれません。ホモテリウムが獲得した特定の適応は突然不利になり、絶滅へとつながったのではないか、というわけです。
三日月刀歯虎(Homotherium latidens)のゲノム配列は、他の現生ネコ科種との進化的関係、およびその特有の適応の遺伝的基盤に関する理解を深めます。本論文の結果は、ホモテリウムが全ての現生ネコ科種とはひじょうに深く分岐しており(2250万年前頃)、現生ネコ科種の最初の放散(1400万年前頃)の後で現生ネコ科種との検出可能な遺伝子流動を受けなかった、と示します。これは、マカイロドゥス亜科をネコ科内の別の亜科として位置づける認識を支持します。さらに、視覚や認知機能やエネルギー消費に関わるいくつかの遺伝子において、正の選択の証拠が見つかり、これはホモテリウム系統の昼行性および狩猟・社会的行動と一致する可能性があります。三日月刀歯虎個体の遺伝的多様性は比較的高水準と明らかになり、成功した系統だっただけではなく、むしろ他の現生ネコ科種と比較して個体数が多かった、と示唆されます。本論文は、どのようにして、化石記録と古ゲノミクスを相乗的に利用し、比較のために近縁な現生分類群が存在しない絶滅種の進化と生態をよりよく理解するのか、示します。
参考文献:
Barnett R. et al.(2020): Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens. Current Biology, 30, 24, 5018–5025.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.09.051
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