日本人のゲノムにおけるヒトヘルペスウイルス6由来の領域
現代日本人のゲノムにおけるヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)に関する研究(Liu et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。ヒトゲノムの約8%は「内在性ウイルス配列」と呼ばれる古代のウイルス由来の配列で占められており、その多くは数百万年前にヒトの祖先のゲノムに入り込んだ、と考えられています。当初、ゲノム中の内在性ウイルス配列は機能を持たない、いわゆる「ジャンクDNA」だと考えられていました。しかし最近の研究により、内在性ウイルス配列の一部が、胎盤形成や神経伝達に関与することや、病原性ウイルスの感染を防御する因子として働く場合がある、と明らかになってきました。
内在性ウイルス配列のほとんどは、生活環の中で宿主ゲノムに組み込まれる性質を持つレトロウイルス(逆転写酵素をもつ1本鎖RNAウイルスで、複製の過程において、逆転写酵素によりウイルスゲノムRNAをDNAに変換し、宿主のゲノムに入り込むという特徴を有します)に由来しています。ヒトゲノムに存在する非レトロウイルス型の内在性ウイルス配列としては、RNAウイルスであるボルナ病ウイルスに関連するウイルス配列が知られていました。この研究は、一部のヒトゲノムから非レトロウイルス型の内在性ウイルス配列である内在性HHV-6を見つけました。内在性HHV-6は、突発性発疹の原因ウイルスであるHHV-6に由来するDNA配列です。HHV-6は、免疫抑制などにより再活性化すると知られており、さまざまな神経疾患との関連が指摘されています。
この研究は、日本で最大級の全ゲノムプロジェクトであるバイオバンク・ジャパンにより集められた日本人7485人の全ゲノム配列を解析し、約200人に1人のゲノム中にHHV-6のゲノム全長に類似したDNA(内在性HHV-6)の配列を発見しました。この研究は次に、内在性HHV-6配列と現存のHHV-6配列がどのように関連するのか、解析しました。その結果、内在性HHV-6配列の一つが、現代の中国人と日本人のゲノムにおいて、同じ染色体ゲノム上の位置に組み込まれている、と明らかになりました。HHV-6は、アジア東部大陸部と日本列島が陸続きだった3万年前頃に、中国人と日本人の共通祖先のゲノムに組み込まれ、その後、16500~11500年前頃に始まり、3220~2350年前頃に終了する(関連記事)縄文時代(当然、地域差があります)に、内在性HHV-6をゲノムに持つ人々が日本に到来した、と考えられます。これは、数万年間、内在性HHV-6がヒト染色体と共進化してきたことを示しています。
また、これらの古代ウイルスの配列は、ヒトゲノムのテロメア領域に挿入されている、と明らかになりました。テロメアとは染色体の末端部にある塩基配列で、その長さはゲノムの複製やヒトの老化に関係していると考えられています。テロメアはおもに6塩基の繰り返し配列から構成され、繰り返しの多い配列は従来のシーケンス法による決定が難しいため、この研究は、長鎖DNAの解析を得意とするナノポアシーケンス技術(膜にナノポアと呼ばれるナノサイズの穴が埋め込まれており、ナノポアをDNA分子が通り抜けるときに生じる電流の変化によって、塩基配列を解析できます)を用いて、内在性HHV-6のヒトゲノム上の位置を同定しました。
HHV-6は、塩基配列や抗原性、細胞指向性(ウイルスがどの細胞に効率良く感染するかという標的細胞への親和性)の違いから2種類(HHV-6A、HHV-6B)に分類されますが、興味深いことに、HHV-6AとHHV-6Bはどちらも、同じ22番染色体の長腕のテロメア領域に挿入されていました。このゲノム挿入部位の選択性についてはまだ詳しく分かっていませんが、HHV-6配列がこの領域に挿入されることでテロメアの長さが維持され、DNA損傷が回避されるなど、宿主であるヒトにとって有利に働いている可能性が考えられます。
また、一部のヒトゲノムに、内在性HHV-6が過去に組換えを起こして再活性化した痕跡が残されていることも明らかになりました。先行研究では、試験管内(in vitro)で内在性HHV-6が再活性化し、その痕跡として細胞のゲノムにウイルスゲノムの一部が残されている、と報告されていました。しかし、ヒトゲノムに内在性HHV-6再活性化の痕跡が直接見いだされたのは、この研究が初めてです。ヒトゲノムに入り込んだHHV-6がヒト染色体内部で組換えを起こし、感染性を回復し得る可能性が示されたことから、今後、内在性HHV-6再活性化のリスクをより詳しく調べる必要がある、と考えられます。
この研究は、HHV-6が3万年前頃にアジア東部現代人の共通祖先のゲノムに組み込まれ、縄文時代に内在性HHV-6をゲノムに持つ人々が日本列島に到来した、と推測しています。これが妥当だとすると、「縄文人(縄文文化関連個体群)」の形成との関連でも注目されます。中国陝西省やロシア極東地域や台湾など広範な地域の新石器時代個体群を中心とした研究(関連記事)のモデルでは、出アフリカ現生人類(Homo sapiens)集団はまず、ユーラシア東部系統と西部系統に分岐し、ユーラシア東部系統は南方系統と北方系統に分岐します。ユーラシア東部南方系統に位置づけられるのは、現代人ではパプア人やオーストラリア先住民やアンダマン諸島人、古代人ではアジア南東部狩猟採集民のホアビン文化(Hòabìnhian)集団です。
ユーラシア東部北方系統からアジア東部系統が分岐し、アジア東部系統はさらに南方系統と北方系統に分岐します。アジア南東部北方系統は新石器時代黄河地域集団、アジア東部南方系統は新石器時代の福建省や台湾の集団(おそらくは長江流域新石器時代集団も)に代表され、オーストロネシア語族現代人の主要な祖先集団です(関連記事)。現代において、日本人の「本土集団(本州・四国・九州とその近くの島々の人々)」や漢人やチベット人などアジア東部現代人集団の主要な遺伝的祖先はアジア東部北方系統ですが、漢人は北部から南部への遺伝的勾配で特徴づけられ、チベット人はユーラシア東部南方系統との、日本人「本土集団」は「縄文人」との混合により形成されました。「縄文人」は、ユーラシア東部南方系統(45%)とアジア東部南方系統(55%)との混合と推定されており、HHV-6は、アジア東部北方系統ではなく、アジア東部南方系統人のゲノムに3万年前頃組み込まれたのかもしれません。アジア東部南方系統集団が当時どこにいたのか、まだ不明なので、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Liu X, Kosugi S, Koide R, Kawamura Y, Ito J, Miura H, et al. (2020) Endogenization and excision of human herpesvirus 6 in human genomes. PLoS Genet 16(8): e1008915.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008915
内在性ウイルス配列のほとんどは、生活環の中で宿主ゲノムに組み込まれる性質を持つレトロウイルス(逆転写酵素をもつ1本鎖RNAウイルスで、複製の過程において、逆転写酵素によりウイルスゲノムRNAをDNAに変換し、宿主のゲノムに入り込むという特徴を有します)に由来しています。ヒトゲノムに存在する非レトロウイルス型の内在性ウイルス配列としては、RNAウイルスであるボルナ病ウイルスに関連するウイルス配列が知られていました。この研究は、一部のヒトゲノムから非レトロウイルス型の内在性ウイルス配列である内在性HHV-6を見つけました。内在性HHV-6は、突発性発疹の原因ウイルスであるHHV-6に由来するDNA配列です。HHV-6は、免疫抑制などにより再活性化すると知られており、さまざまな神経疾患との関連が指摘されています。
この研究は、日本で最大級の全ゲノムプロジェクトであるバイオバンク・ジャパンにより集められた日本人7485人の全ゲノム配列を解析し、約200人に1人のゲノム中にHHV-6のゲノム全長に類似したDNA(内在性HHV-6)の配列を発見しました。この研究は次に、内在性HHV-6配列と現存のHHV-6配列がどのように関連するのか、解析しました。その結果、内在性HHV-6配列の一つが、現代の中国人と日本人のゲノムにおいて、同じ染色体ゲノム上の位置に組み込まれている、と明らかになりました。HHV-6は、アジア東部大陸部と日本列島が陸続きだった3万年前頃に、中国人と日本人の共通祖先のゲノムに組み込まれ、その後、16500~11500年前頃に始まり、3220~2350年前頃に終了する(関連記事)縄文時代(当然、地域差があります)に、内在性HHV-6をゲノムに持つ人々が日本に到来した、と考えられます。これは、数万年間、内在性HHV-6がヒト染色体と共進化してきたことを示しています。
また、これらの古代ウイルスの配列は、ヒトゲノムのテロメア領域に挿入されている、と明らかになりました。テロメアとは染色体の末端部にある塩基配列で、その長さはゲノムの複製やヒトの老化に関係していると考えられています。テロメアはおもに6塩基の繰り返し配列から構成され、繰り返しの多い配列は従来のシーケンス法による決定が難しいため、この研究は、長鎖DNAの解析を得意とするナノポアシーケンス技術(膜にナノポアと呼ばれるナノサイズの穴が埋め込まれており、ナノポアをDNA分子が通り抜けるときに生じる電流の変化によって、塩基配列を解析できます)を用いて、内在性HHV-6のヒトゲノム上の位置を同定しました。
HHV-6は、塩基配列や抗原性、細胞指向性(ウイルスがどの細胞に効率良く感染するかという標的細胞への親和性)の違いから2種類(HHV-6A、HHV-6B)に分類されますが、興味深いことに、HHV-6AとHHV-6Bはどちらも、同じ22番染色体の長腕のテロメア領域に挿入されていました。このゲノム挿入部位の選択性についてはまだ詳しく分かっていませんが、HHV-6配列がこの領域に挿入されることでテロメアの長さが維持され、DNA損傷が回避されるなど、宿主であるヒトにとって有利に働いている可能性が考えられます。
また、一部のヒトゲノムに、内在性HHV-6が過去に組換えを起こして再活性化した痕跡が残されていることも明らかになりました。先行研究では、試験管内(in vitro)で内在性HHV-6が再活性化し、その痕跡として細胞のゲノムにウイルスゲノムの一部が残されている、と報告されていました。しかし、ヒトゲノムに内在性HHV-6再活性化の痕跡が直接見いだされたのは、この研究が初めてです。ヒトゲノムに入り込んだHHV-6がヒト染色体内部で組換えを起こし、感染性を回復し得る可能性が示されたことから、今後、内在性HHV-6再活性化のリスクをより詳しく調べる必要がある、と考えられます。
この研究は、HHV-6が3万年前頃にアジア東部現代人の共通祖先のゲノムに組み込まれ、縄文時代に内在性HHV-6をゲノムに持つ人々が日本列島に到来した、と推測しています。これが妥当だとすると、「縄文人(縄文文化関連個体群)」の形成との関連でも注目されます。中国陝西省やロシア極東地域や台湾など広範な地域の新石器時代個体群を中心とした研究(関連記事)のモデルでは、出アフリカ現生人類(Homo sapiens)集団はまず、ユーラシア東部系統と西部系統に分岐し、ユーラシア東部系統は南方系統と北方系統に分岐します。ユーラシア東部南方系統に位置づけられるのは、現代人ではパプア人やオーストラリア先住民やアンダマン諸島人、古代人ではアジア南東部狩猟採集民のホアビン文化(Hòabìnhian)集団です。
ユーラシア東部北方系統からアジア東部系統が分岐し、アジア東部系統はさらに南方系統と北方系統に分岐します。アジア南東部北方系統は新石器時代黄河地域集団、アジア東部南方系統は新石器時代の福建省や台湾の集団(おそらくは長江流域新石器時代集団も)に代表され、オーストロネシア語族現代人の主要な祖先集団です(関連記事)。現代において、日本人の「本土集団(本州・四国・九州とその近くの島々の人々)」や漢人やチベット人などアジア東部現代人集団の主要な遺伝的祖先はアジア東部北方系統ですが、漢人は北部から南部への遺伝的勾配で特徴づけられ、チベット人はユーラシア東部南方系統との、日本人「本土集団」は「縄文人」との混合により形成されました。「縄文人」は、ユーラシア東部南方系統(45%)とアジア東部南方系統(55%)との混合と推定されており、HHV-6は、アジア東部北方系統ではなく、アジア東部南方系統人のゲノムに3万年前頃組み込まれたのかもしれません。アジア東部南方系統集団が当時どこにいたのか、まだ不明なので、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Liu X, Kosugi S, Koide R, Kawamura Y, Ito J, Miura H, et al. (2020) Endogenization and excision of human herpesvirus 6 in human genomes. PLoS Genet 16(8): e1008915.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008915
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