クローン造血の構造パターンと選択圧
クローン造血の構造パターンと選択圧に関する二つの研究が公表されました。一方の研究(Loh et al., 2020)は、クローン選択の手段になる単一遺伝子遺伝と多遺伝子遺伝を報告しています。体細胞変異を有してクローン増殖した血液細胞(クローン性造血)は、一般に加齢に伴って獲得され、血液癌のリスクを高めくす。これまでに特定された血液クローンは、あらゆる染色体上に、多様で大規模なモザイク状の染色体変化、つまり欠失・重複・コピー数変化を伴わないヘテロ接合性の喪失(CN-LOH)を含んでいますが、ほとんどのクローンの増殖を駆動する選択優位性の源については不明です。
この研究は、変異クローンに選択優位性を与える遺伝子や変異、生物学的過程を明らかにするため、イギリスバイオバンクの登録者482789人の血液由来DNAから得た遺伝型解析データを調べました。この研究は、19632の常染色体モザイク変化を特定し、これらの変化と遺伝性の遺伝的変動との関連を解析しました。その結果、7遺伝子で、大きな効果を持つ稀な遺伝性のコーディング多様体とスプライシング多様体が52種類見つかりました。
これらの多様体は特定のCN-LOH獲得変異を持つクローン性造血に対する脆弱性の大幅な増加と関連しています。獲得変異では体系的に、MPL遺伝子における遺伝性リスク対立遺伝子の置換や、FH・NBN・MRE11・ATM・SH2B3・TM2D3遺伝子における相同染色体への複製が起きていた。それらの遺伝子のうちの3つ(MRE11・NBN・ATM)は、DNA損傷やテロメア短縮後の細胞分裂を制限するMRN–ATM経路の構成因子をコードしており、他の2つ(MPLとSH2B3)は幹細胞の自己複製を調節するタンパク質をコードしています。
さらに、ゲノム全体にわたるCN-LOH変異は、その相同な(対立遺伝子の)他方との置換により、造血細胞の増殖を促進する対立遺伝子を含む染色体部分を生じさせる傾向があり、これによって、血液細胞の増殖形質に対する多遺伝子性の駆動力を増加させる、と明らかになりました。容易に獲得された、相同な対応領域を含む染色体部分と置換を起こす変異は、広範な遺伝性の変動と相互作用して、生涯にわたり細胞形成の課題となるようです。
もう一方の研究(Terao et al., 2020)、日本における加齢に関連する造血クローン間の染色体変化を報告しています。発癌や加齢の生物学的性質が、ヒト集団を区別する要因によりどの程度形作られているのか、まだ分かっていません。変異を獲得した造血クローンは加齢に伴って増え、血液癌がんにつながる可能性があります。この研究は、バイオバンク・ジャパンのコホートの日本人参加者179417人において検出された33250の常染色体のモザイク状の染色体変化と、それらのイギリスバイオバンクの類似データとの比較に基づき、造血系細胞におけるゲノム変異とクローン選択の共通のパターンと集団特異的パターンについて報告しています。
長寿の日本人集団では、モザイク染色体変化が90歳以上の人の35.0%以上(標準誤差1.4%)で検出され、これは、こうしたクローンの存在が加齢とともに必然になる傾向を示唆しています。日本人とヨーロッパ人では、それぞれの造血クローンのゲノムで変異が存在する位置に重要な差異がある、と明らかになりました。これらの差異から、各集団における慢性リンパ球性白血病(ヨーロッパ人により多く見られます)とT細胞性白血病(日本人により多く見られます)の相対的比率が予測されました。慢性リンパ球性白血病の3種類の変異前駆体(トリソミー12、染色体13qの喪失、コピー数変化を伴わないヘテロ接合性の13qの喪失)を持つ割合は、日本人ではヨーロッパ人の1/6~1/2であることから、これら2集団では、クローンにかかる選択圧が、臨床的に明らかな慢性リンパ球性白血病を発症するずっと前から異なっている、と示唆されます。
日本人集団とイギリス人集団では、B細胞系譜およびT細胞系譜から生じるクローンの割合もひじょうに異なっており、この差異からは、各集団におけるB細胞癌およびT細胞癌の相対的比率が予測されました。この研究は、遺伝性リスク対立遺伝子の重複あるいは除去を引き起こすモザイク染色体変化の素因となる多様体を受け継いでいる、これまでに報告されていない6座位を特定しました。これらには、NBN・MRE11・CTU2遺伝子での効果の大きいまれな多様体(オッズ比28~91)が含まれます。この研究は、クローンにかかる選択圧がヒト集団に特異的な要因により調節される、と推測しています。したがって、世界中の集団について、クローン選択や癌についてのさらなるゲノム特性解析を行なう必要があります。これらの研究は、人類進化史的観点からも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:日本における加齢に関連する造血クローン間の染色体変化
遺伝学:単一遺伝子遺伝と多遺伝子遺伝はクローン選択の手段になる
遺伝学:クローン造血の構造パターンと選択圧を明らかにする
今回、2つの研究によって、クローン造血に関連する遺伝的変化が報告されている。P Lohたちは、英国バイオバンクの参加者の血液由来DNAを解析することで、クローン造血の選択を引き起こす変異や変化を明らかにしている。彼らは、モザイク染色体変化やコピー数変化を伴わないヘテロ接合性の喪失(CN-LOH)を発見し、DNA損傷チェックポイントや幹細胞の自己複製に関連する変異も見いだした。Lohたちは、多遺伝子性リスクスコアの予測法を開発することにより、CN-LOH事象が、増殖を促進する遺伝性バリアントをクローン選択する強力なドライバーであると提案している。寺尾知可史(理化学研究所ほか)たちは、日本のバイオバンクの試料のデータを調べることによって、モザイク染色体変化の共通のパターンおよび集団特異的なパターンを特定している。こうした集団間の違いによって、ヨーロッパ人集団と日本人集団における造血系悪性腫瘍の発生率の差異が説明できる可能性がある。寺尾たちは、モザイク染色体変化の選択を起こす素因となる遺伝性バリアントに加えて、集団特異的な要因が加齢に伴うクローン造血の選択圧を決めると示唆している。
参考文献:
Loh P, Genovese G, and McCarroll SA.(2020): Monogenic and polygenic inheritance become instruments for clonal selection. Nature, 584, 7819, 136–141.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2430-6
Terao C. et al.(2020): Chromosomal alterations among age-related haematopoietic clones in Japan. Nature, 584, 7819, 130–135.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2426-2
この研究は、変異クローンに選択優位性を与える遺伝子や変異、生物学的過程を明らかにするため、イギリスバイオバンクの登録者482789人の血液由来DNAから得た遺伝型解析データを調べました。この研究は、19632の常染色体モザイク変化を特定し、これらの変化と遺伝性の遺伝的変動との関連を解析しました。その結果、7遺伝子で、大きな効果を持つ稀な遺伝性のコーディング多様体とスプライシング多様体が52種類見つかりました。
これらの多様体は特定のCN-LOH獲得変異を持つクローン性造血に対する脆弱性の大幅な増加と関連しています。獲得変異では体系的に、MPL遺伝子における遺伝性リスク対立遺伝子の置換や、FH・NBN・MRE11・ATM・SH2B3・TM2D3遺伝子における相同染色体への複製が起きていた。それらの遺伝子のうちの3つ(MRE11・NBN・ATM)は、DNA損傷やテロメア短縮後の細胞分裂を制限するMRN–ATM経路の構成因子をコードしており、他の2つ(MPLとSH2B3)は幹細胞の自己複製を調節するタンパク質をコードしています。
さらに、ゲノム全体にわたるCN-LOH変異は、その相同な(対立遺伝子の)他方との置換により、造血細胞の増殖を促進する対立遺伝子を含む染色体部分を生じさせる傾向があり、これによって、血液細胞の増殖形質に対する多遺伝子性の駆動力を増加させる、と明らかになりました。容易に獲得された、相同な対応領域を含む染色体部分と置換を起こす変異は、広範な遺伝性の変動と相互作用して、生涯にわたり細胞形成の課題となるようです。
もう一方の研究(Terao et al., 2020)、日本における加齢に関連する造血クローン間の染色体変化を報告しています。発癌や加齢の生物学的性質が、ヒト集団を区別する要因によりどの程度形作られているのか、まだ分かっていません。変異を獲得した造血クローンは加齢に伴って増え、血液癌がんにつながる可能性があります。この研究は、バイオバンク・ジャパンのコホートの日本人参加者179417人において検出された33250の常染色体のモザイク状の染色体変化と、それらのイギリスバイオバンクの類似データとの比較に基づき、造血系細胞におけるゲノム変異とクローン選択の共通のパターンと集団特異的パターンについて報告しています。
長寿の日本人集団では、モザイク染色体変化が90歳以上の人の35.0%以上(標準誤差1.4%)で検出され、これは、こうしたクローンの存在が加齢とともに必然になる傾向を示唆しています。日本人とヨーロッパ人では、それぞれの造血クローンのゲノムで変異が存在する位置に重要な差異がある、と明らかになりました。これらの差異から、各集団における慢性リンパ球性白血病(ヨーロッパ人により多く見られます)とT細胞性白血病(日本人により多く見られます)の相対的比率が予測されました。慢性リンパ球性白血病の3種類の変異前駆体(トリソミー12、染色体13qの喪失、コピー数変化を伴わないヘテロ接合性の13qの喪失)を持つ割合は、日本人ではヨーロッパ人の1/6~1/2であることから、これら2集団では、クローンにかかる選択圧が、臨床的に明らかな慢性リンパ球性白血病を発症するずっと前から異なっている、と示唆されます。
日本人集団とイギリス人集団では、B細胞系譜およびT細胞系譜から生じるクローンの割合もひじょうに異なっており、この差異からは、各集団におけるB細胞癌およびT細胞癌の相対的比率が予測されました。この研究は、遺伝性リスク対立遺伝子の重複あるいは除去を引き起こすモザイク染色体変化の素因となる多様体を受け継いでいる、これまでに報告されていない6座位を特定しました。これらには、NBN・MRE11・CTU2遺伝子での効果の大きいまれな多様体(オッズ比28~91)が含まれます。この研究は、クローンにかかる選択圧がヒト集団に特異的な要因により調節される、と推測しています。したがって、世界中の集団について、クローン選択や癌についてのさらなるゲノム特性解析を行なう必要があります。これらの研究は、人類進化史的観点からも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:日本における加齢に関連する造血クローン間の染色体変化
遺伝学:単一遺伝子遺伝と多遺伝子遺伝はクローン選択の手段になる
遺伝学:クローン造血の構造パターンと選択圧を明らかにする
今回、2つの研究によって、クローン造血に関連する遺伝的変化が報告されている。P Lohたちは、英国バイオバンクの参加者の血液由来DNAを解析することで、クローン造血の選択を引き起こす変異や変化を明らかにしている。彼らは、モザイク染色体変化やコピー数変化を伴わないヘテロ接合性の喪失(CN-LOH)を発見し、DNA損傷チェックポイントや幹細胞の自己複製に関連する変異も見いだした。Lohたちは、多遺伝子性リスクスコアの予測法を開発することにより、CN-LOH事象が、増殖を促進する遺伝性バリアントをクローン選択する強力なドライバーであると提案している。寺尾知可史(理化学研究所ほか)たちは、日本のバイオバンクの試料のデータを調べることによって、モザイク染色体変化の共通のパターンおよび集団特異的なパターンを特定している。こうした集団間の違いによって、ヨーロッパ人集団と日本人集団における造血系悪性腫瘍の発生率の差異が説明できる可能性がある。寺尾たちは、モザイク染色体変化の選択を起こす素因となる遺伝性バリアントに加えて、集団特異的な要因が加齢に伴うクローン造血の選択圧を決めると示唆している。
参考文献:
Loh P, Genovese G, and McCarroll SA.(2020): Monogenic and polygenic inheritance become instruments for clonal selection. Nature, 584, 7819, 136–141.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2430-6
Terao C. et al.(2020): Chromosomal alterations among age-related haematopoietic clones in Japan. Nature, 584, 7819, 130–135.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2426-2
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