『卑弥呼』第44話「貢ぎ物」
『ビッグコミックオリジナル』2020年8月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが鞠智彦に、暈のイサオ王はそなた以上の逸材だろうか、と問いかけるところで終了しました。今回は、アカメが弩でナツハを狙っている場面から始まります。アカメはヤノハからナツハを殺すよう指示が出るのを待っていますが、一向に指示が出ないことを不審に思っています。それどころか、山社(ヤマト)の門は開けられ、ナツハに率いられている犬と狼が攻め込むのではないか、とアカメは懸念します。しかし、狼が攻め込むことはなく、ヤノハとの会見を終えた鞠智彦(ククチヒコ)が山社の門から出て、狼と犬もナツハの指示により撤退します。アカメは、これが鞠智彦の指示だと気づきます。そのアカメへ、ヤノハはナツハを殺さないよう、指示を出します。イクメは、楼観にある鏡以外の全ての鏡を集めるよう、ヤノハに指示されたことに驚きますが、それが暈(クマ)との和議の条件だ、と大和は説明します。10日後に鞠智彦の兵が来るまでに、全ての鏡を宝殿に移すよう、ヤノハはイクメに指示します。それは和議ではなく敗北だ、と反対するイクメに対して、那(ナ)・伊都(イト)・末盧(マツロ)・都萬(トマ)の各国の王に、自分が会見したいと書状を送るよう、ヤノハはイクメに命じます。訝るイクメに対して、これは同盟の申し出で、長い睨み合いの始まりだ、とヤノハは説明します。
阿閇島(アヒノシマ、現在の藍島と思われます)では、ワニという男性と穂波(ホミ)の重臣であるトモが会見していました。阿閇島のひび割れた岩は、月読命(ツクヨノミコト)が兎に化身し、跳ねた跡と言われている、とワニがトモに説明します。その話は月読命を奉ずるウサ一族の伝説ではないのか、とトモに問われたワニは、天照大御神を奉ずるワニ一族が、この一帯に巣くう月の兎を蹴散らす前の話だ、とワニは答えます。それ以来、阿閇島はワニ一族の領地になったのか、とトモに問われたワニは、ここにはどの国も近づけない、と答え、那の厳しい監視を突破して阿閇島まで来たワニを称えます。決死の覚悟だった、と言うトモに、そこまでして自分に会いに来たのは、日向(ヒムカ)を侵した不届き者、つまり山社を建国した日見子(ヒミコ)と名乗るヤノハのことだな、とワニに問われたトモは肯きます。すでに刺客を放ったと聞いたが、とワニに問われたトモは、日見子(卑弥呼)と名乗る女子(ヤノハ)は予想以上にしたたかで、千穂の鬼を制した日見子はサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の末裔なので、戦いを回避すべしと言う五支族の方々もいる、と答えます。古の五支族の結束を鈍らせるとは、聞きしに勝る曲者だな、とワニは言います。現状打開を模索するトモは、五支族再結束のため、サヌ王宗家のお言葉が必要だ、とワニに願い出ます。サヌ王が築いたとされる日下(ヒノモト)に参じたいのか、とワニに問われたトモは肯きます。しかし、穴門(アナト、現在の山口県でしょうか)の国から東は戦乱の真っただ中で、海路を選ぼうとも内海(ウチウミ、瀬戸内海でしょうか)には無数の海賊が跋扈しており、日下に生きて到達するのは万に一つも不可能だ、とワニは懸念します。するとトモは、だからワニの力が必要だ、と懇願します。古の五支族の中で、軍事力と航海術を併せ持つのはワニとアズミの二家だが、アズミは小舟での戦に長けた一族で、長い航海はワニ一族のみのお家芸だから、というわけです。しかし、外海(ソトウミ)に位置する阿閇島から内海に出るには難所中の難所である穴門の関を抜けねばならない、と懸念するワニに対して、その難所を抜ける秘密の航路を知るのもワニ一族と聞いている、とトモは言います。トモの決意が堅そうなのを見て、ワニも決意を固めます。ワニ一族が日下の国に向かうのは百年ぶりとのことで、ワニも日下がいかなる国となっているのか、知りません。
山社では、神聖な鏡を全て暈に差し出すことに、クラトが疑問を抱いていましたが、日見子(ヤノハ)には自分たちの見えない景色が見えるので案ずるな、とミマアキは言います。ヤノハはこの決断にまだ不満なイクメに対して、それ以上の貢ぎ物を鞠智彦から受け取るのだ、と説明します。それは、犬と狼を率いるナツハでした。ヤノハは参上したナツハに、獣を自在に操る技は見事だった、と声をかけます。まだ少年のナツハが犬と狼を率いていることに、ミマト将軍もヌカデも驚きます。身体の左側半分だけ黥を入れられているナツハは、この時代の価値観では醜いとされますが、醜いどころかなかなか美しいではないか、とヤノハがナツハに声をかけ、ヤノハが不敵な表情を浮かべるところで、今回は終了です。
今回は、ヤノハとナツハとの対面までが描かれました。まず気になるのは、イサオ王を殺すよう、ヤノハに示唆された鞠智彦の返答ですが、今回は明示されず、鞠智彦の思惑は今後明かされていくのでしょう。作中ではトメ将軍とともに屈指の大物と描写されている鞠智彦ですが、イサオ王は鞠智彦を上回るような大物で、鞠智彦も畏れているような場面がありましたから、鞠智彦がヤノハの提案を受けて、イサオ王にどう対処するのか、注目されます。暈は『三国志』の狗奴国でしょうから、ヤノハが建てた山社国(邪馬台国)とは対立する、と予想されます。しかし、ヤノハの鞠智彦への提案からは、両者の対立は表向きで、裏では和議が結ばれている、とも考えられます。そうすると、鞠智彦がイサオ王を殺すか失脚させるのかもしれません。ただ、『三国志』によると、卑弥呼(日見子)を擁立する国々と狗奴国は戦っていたとありますから、鞠智彦はイサオ王を殺せず、山社と暈との戦いが始まり、長く続くのでしょうか。もっとも、これも山社というかヤノハが魏にそう説明しただけで、実際は山社と暈との間で「冷戦」が続いているのかもしれません。
トモとワニとの会見は、サヌ王が建てたとされる日下がいよいよ作中で登場することを予感させ、たいへん楽しみです。ただ、日下が現在どうなっているのか、九州の人々は知らないようです。本作では邪馬台国は現在の宮崎県にあったと設定されているようですが、最終的に倭国の「首都」は現在の奈良県、具体的には纏向遺跡一帯に移るのではないか、とも考えられます。日下がどこにあるのか、まだ作中では明示されていませんが、おそらくは現在の奈良県にあり、ヤノハの存命中に両者は接触し、何らかの和議が結ばれ、暈など一部を除き、西日本全域を統合する政治勢力(数十年前に一般的だった用語で言うと大和朝廷)が成立するのではないか、と予想しています。
ヤノハとナツハがついに対面したことも注目されます。ナツハはヤノハの弟であるチカラオだと予想しているのですが、ナツハを見たヤノハは、ナツハが弟だと気づいていないようです。ヤノハは弟の顔を忘れてしまったようですから(第17話)、単に気づいていないだけかもしれませんが、ナツハがヤノハとは無関係の人物である可能性も考えられます。ナツハの方も、ヤノハを見てもとくに動揺した様子を見せません。ナツハも、姉の顔を忘れてしまった可能性もありますが、郷里を海賊に襲われたさい、義母を見殺しにして自分を見捨てた、と姉のヤノハを恨んでおり、そのため、ヤノハに復讐しようとしているのかもしれません。ナツハが、ヤノハを深く恨んでいるヒルメを慕っているのも、単に亡き義母の面影を追いかけているのではなく、ヤノハへの強い憎悪を抱く「同志」だからなのかもしれません。また、ナツハが驚愕した、ヒルメから与えられた使命がどのようなものなのかも気になります。もっとも、ナツハがヤノハの弟ではない可能性もあるので、また別の背景があるのかもしれませんが。今回は、サヌ王一族が近いうちに登場することを予感させる描写もありましたし、今後ますます壮大な話が展開されるのではないか、と期待されます。次回もたいへん楽しみです。
阿閇島(アヒノシマ、現在の藍島と思われます)では、ワニという男性と穂波(ホミ)の重臣であるトモが会見していました。阿閇島のひび割れた岩は、月読命(ツクヨノミコト)が兎に化身し、跳ねた跡と言われている、とワニがトモに説明します。その話は月読命を奉ずるウサ一族の伝説ではないのか、とトモに問われたワニは、天照大御神を奉ずるワニ一族が、この一帯に巣くう月の兎を蹴散らす前の話だ、とワニは答えます。それ以来、阿閇島はワニ一族の領地になったのか、とトモに問われたワニは、ここにはどの国も近づけない、と答え、那の厳しい監視を突破して阿閇島まで来たワニを称えます。決死の覚悟だった、と言うトモに、そこまでして自分に会いに来たのは、日向(ヒムカ)を侵した不届き者、つまり山社を建国した日見子(ヒミコ)と名乗るヤノハのことだな、とワニに問われたトモは肯きます。すでに刺客を放ったと聞いたが、とワニに問われたトモは、日見子(卑弥呼)と名乗る女子(ヤノハ)は予想以上にしたたかで、千穂の鬼を制した日見子はサヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の末裔なので、戦いを回避すべしと言う五支族の方々もいる、と答えます。古の五支族の結束を鈍らせるとは、聞きしに勝る曲者だな、とワニは言います。現状打開を模索するトモは、五支族再結束のため、サヌ王宗家のお言葉が必要だ、とワニに願い出ます。サヌ王が築いたとされる日下(ヒノモト)に参じたいのか、とワニに問われたトモは肯きます。しかし、穴門(アナト、現在の山口県でしょうか)の国から東は戦乱の真っただ中で、海路を選ぼうとも内海(ウチウミ、瀬戸内海でしょうか)には無数の海賊が跋扈しており、日下に生きて到達するのは万に一つも不可能だ、とワニは懸念します。するとトモは、だからワニの力が必要だ、と懇願します。古の五支族の中で、軍事力と航海術を併せ持つのはワニとアズミの二家だが、アズミは小舟での戦に長けた一族で、長い航海はワニ一族のみのお家芸だから、というわけです。しかし、外海(ソトウミ)に位置する阿閇島から内海に出るには難所中の難所である穴門の関を抜けねばならない、と懸念するワニに対して、その難所を抜ける秘密の航路を知るのもワニ一族と聞いている、とトモは言います。トモの決意が堅そうなのを見て、ワニも決意を固めます。ワニ一族が日下の国に向かうのは百年ぶりとのことで、ワニも日下がいかなる国となっているのか、知りません。
山社では、神聖な鏡を全て暈に差し出すことに、クラトが疑問を抱いていましたが、日見子(ヤノハ)には自分たちの見えない景色が見えるので案ずるな、とミマアキは言います。ヤノハはこの決断にまだ不満なイクメに対して、それ以上の貢ぎ物を鞠智彦から受け取るのだ、と説明します。それは、犬と狼を率いるナツハでした。ヤノハは参上したナツハに、獣を自在に操る技は見事だった、と声をかけます。まだ少年のナツハが犬と狼を率いていることに、ミマト将軍もヌカデも驚きます。身体の左側半分だけ黥を入れられているナツハは、この時代の価値観では醜いとされますが、醜いどころかなかなか美しいではないか、とヤノハがナツハに声をかけ、ヤノハが不敵な表情を浮かべるところで、今回は終了です。
今回は、ヤノハとナツハとの対面までが描かれました。まず気になるのは、イサオ王を殺すよう、ヤノハに示唆された鞠智彦の返答ですが、今回は明示されず、鞠智彦の思惑は今後明かされていくのでしょう。作中ではトメ将軍とともに屈指の大物と描写されている鞠智彦ですが、イサオ王は鞠智彦を上回るような大物で、鞠智彦も畏れているような場面がありましたから、鞠智彦がヤノハの提案を受けて、イサオ王にどう対処するのか、注目されます。暈は『三国志』の狗奴国でしょうから、ヤノハが建てた山社国(邪馬台国)とは対立する、と予想されます。しかし、ヤノハの鞠智彦への提案からは、両者の対立は表向きで、裏では和議が結ばれている、とも考えられます。そうすると、鞠智彦がイサオ王を殺すか失脚させるのかもしれません。ただ、『三国志』によると、卑弥呼(日見子)を擁立する国々と狗奴国は戦っていたとありますから、鞠智彦はイサオ王を殺せず、山社と暈との戦いが始まり、長く続くのでしょうか。もっとも、これも山社というかヤノハが魏にそう説明しただけで、実際は山社と暈との間で「冷戦」が続いているのかもしれません。
トモとワニとの会見は、サヌ王が建てたとされる日下がいよいよ作中で登場することを予感させ、たいへん楽しみです。ただ、日下が現在どうなっているのか、九州の人々は知らないようです。本作では邪馬台国は現在の宮崎県にあったと設定されているようですが、最終的に倭国の「首都」は現在の奈良県、具体的には纏向遺跡一帯に移るのではないか、とも考えられます。日下がどこにあるのか、まだ作中では明示されていませんが、おそらくは現在の奈良県にあり、ヤノハの存命中に両者は接触し、何らかの和議が結ばれ、暈など一部を除き、西日本全域を統合する政治勢力(数十年前に一般的だった用語で言うと大和朝廷)が成立するのではないか、と予想しています。
ヤノハとナツハがついに対面したことも注目されます。ナツハはヤノハの弟であるチカラオだと予想しているのですが、ナツハを見たヤノハは、ナツハが弟だと気づいていないようです。ヤノハは弟の顔を忘れてしまったようですから(第17話)、単に気づいていないだけかもしれませんが、ナツハがヤノハとは無関係の人物である可能性も考えられます。ナツハの方も、ヤノハを見てもとくに動揺した様子を見せません。ナツハも、姉の顔を忘れてしまった可能性もありますが、郷里を海賊に襲われたさい、義母を見殺しにして自分を見捨てた、と姉のヤノハを恨んでおり、そのため、ヤノハに復讐しようとしているのかもしれません。ナツハが、ヤノハを深く恨んでいるヒルメを慕っているのも、単に亡き義母の面影を追いかけているのではなく、ヤノハへの強い憎悪を抱く「同志」だからなのかもしれません。また、ナツハが驚愕した、ヒルメから与えられた使命がどのようなものなのかも気になります。もっとも、ナツハがヤノハの弟ではない可能性もあるので、また別の背景があるのかもしれませんが。今回は、サヌ王一族が近いうちに登場することを予感させる描写もありましたし、今後ますます壮大な話が展開されるのではないか、と期待されます。次回もたいへん楽しみです。
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