中国陝西省の石峁遺跡の発掘成果

 中国陝西省の石峁(Shimao)遺跡の発掘成果について報道されました。紀元前2300~紀元前1800年頃の石峁遺跡では、高台にある長方形の20段のピラミッド状建築物(ギザの大ピラミッドと比較して、高さは半分ですが、底面積は4倍とのことです)やその周囲を取り囲む全長10km以上の防壁、壁画や翡翠といった工芸品、生贄の証拠が見つかっているそうです。高台の最上部には、専用の貯水槽や工房、儀式用の神殿と見られる建造物を備えた複合施設もあったそうです。翡翠の産地は、石峁遺跡から最も近くても1600km離れているそうです。石には70個の浮き彫り細工(レリーフ)も見つかり、大蛇や怪物や半人半獣などの図像があり、中華地域における後の青銅器時代のものに似ているそうです。

 陝西省北部では、石峁遺跡と同じ時代の石造りの町が、70以上も発掘されているそうで、そのうち10の町は石峁遺跡と同じく禿尾河流域にあり、こうした衛星都市が強固な社会基盤となり、初期の石峁を形成していた可能性が指摘されています。石垣の内側では革新的な技術が見つかりました。それは、補強に使われた木の梁で、年代測定の結果、紀元前2300年の木と明らかになりましたが、こうした工法は以前には、後の漢王朝の時代に考案されたと考えられてきました。

 東壁の下では、6つの穴に80個もの人間の頭蓋骨が詰め込まれていましたが、体の骨は見つかりませんでした。頭蓋骨の数や配置から、壁の基礎を敷設するさいの儀式で首を切られた、と示唆されています。これは、中国史上最古の人身御供の事例となりそうです。犠牲者のほぼ全員が少女で、おそらくは敵対勢力に属していた捕虜だろう、と推測されています。これが、後の殷(商)王朝による大規模な人の生贄につながっていったのかもしれません。

 この記事は、僻地とも思える場所に紀元前2300年~紀元前1800年頃にこうした大規模な都市が栄えていたことは意外であるかのように示唆しますが、これは近世以降の関中の状況を当てはめた偏見のように思います。古代から中世にかけて、現代の陝西省一帯にはたびたび王朝の都が置かれましたし、先史時代においては、西方世界に近いその位置は、「先進的な」文化の導入に有利だった、とも考えられます。この記事でも、石峁が、東方の黄海沿岸地域だけではなく、西方のアルタイ地域も負決めてさまざまな地域との文化・技術・物資の交換していた、と指摘されています。ウシ・ヒツジなどの家畜や冶金技術など、中華地域は西方世界から「先進的な」文化を多く取り入れ、「発展」していった、と考えられます。

 石峁遺跡が紀元前1800年頃に放棄された理由については、地震・洪水・疫病ではなく、気候変動だった、と推測されています。紀元前2300年頃には、気候が比較的温暖・湿潤で、黄土高原に人口が流入していましたが、紀元前2000年から紀元前1700年にかけて急激な気候変動が起こり、乾燥した寒冷な気候になって、湖は干上がり、森は消え、砂漠が広がった、と推測されています。石峁遺跡については、経済がどう機能していたのか、その他の同時代文化とどのように交流していたのか、文字はあったのか、といった問題があり、今後の研究の進展が期待されます。

 後期新石器時代となる石峁遺跡については、最近注目していたので、この報道を取り上げました。それは、石峁遺跡の人類遺骸からゲノムデータが得られているためです(関連記事)。石峁遺跡の後期新石器時代個体群は、遺伝的には黄河中流域の中期新石器時代個体群と類似しています。この黄河流域新石器時代個体群と類似した遺伝的構成の集団が、現代のチベット人および日本人の主要な遺伝的祖先と推測されています(関連記事)。チベット人の形成過程については、最近より詳しく検証した研究が公表されています(関連記事)。

 黄河流域新石器時代集団がどのように形成されたのか、アジア東部の更新世人類のゲノムデータがほとんど得られていないため、不明です。日本列島やチベットと黄河流域の農耕開始の年代差から考えると、まず黄河流域で農耕集団が確立し、日本列島やチベットへと拡散していった、と想定するのが妥当でしょう。これら古代ゲノム研究により、シナ・チベット語族の起源は黄河流域新石器時代集団にある、と推測されています。

 一方、日本語はシナ・チベット語族とは大きく異なり、系統関係を追うことができません。同じく黄河流域新石器時代集団の遺伝的影響を強く受けているのに、日本列島の言語がシナ・チベット語族とは大きく異なる日本語である理由は、最近取り上げてみたものの(関連記事)、私の知見・能力ではよく分かりませんでした。この問題は、永久に確証が得られないかもしれませんが、古代ゲノム研究の進展に伴いより妥当な推測が可能かもしれず、その点でも今後の古代ゲノム研究に注目しています。

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