ホモ・ナレディの下顎小臼歯の分析と比較

 ホモ・ナレディ(Homo naledi)の下顎小臼歯の分析と比較に関する研究(Davies et al., 2020)が公表されました。ホモ・ナレディは南アフリカ共和国のライジングスター洞窟群(Rising Star Cave)で発見され、2015年に公表されたホモ属の新種です。ライジングスター洞窟においては、ディナレディ空洞(Dinaledi Chamber)で新生児から高齢個体まで少なくとも15個体分の化石が発見され、レセディ空洞(Lesedi Chamber)では成体と未成体を含む少なくとも3個体分の化石が確認されており、その年代は、中期更新世後期となる335000~226000年前頃と推定されています(関連記事)。

 ナレディは、個々の形態では他の人類系統と類似したものを示しますが、その組み合わせが独特なので、系統学的位置づけは困難です。ナレディは平均身長が約150cm(男性)、体重は約40kg~56kg、脳容量は推定465ml~560mlと推定されています(関連記事)。ナレディの脳容量はほとんどのホモ属の下限を下回りますが、頭蓋形態に関しては他のホモ属との類似性が指摘されています(関連記事)。ナレディの足と手に関しては、現代人的(派生的)特徴と祖先的特徴との混在が指摘されており(関連記事)、指や四肢や骨盤ではアウストラロピテクス属的な祖先的特徴が指摘されています。

 ナレディの歯も独特な組み合わせを示し、犬歯よりも後列の永久歯ではアフリカの他の人類のような特徴がない一方で、乳歯ではパラントロプス属のような特徴を示し、大臼歯の歯根ではホモ・ハビリス(Homo habilis)との類似性が見られます。下顎小臼歯の形態は人類の分類で有用とされており、ナレディの第1小臼歯(P3)はひじょうに特徴的と示唆されています。下顎小臼歯に関して、最近ではEDJ(象牙質とエナメル質の接合部)の形態が人類の分類にひじょうに有効かもしれない、と示されています。

 そこで本論文は、ナレディの小臼歯のEDJとCEJ(セメント-エナメル境)の形態を、アウストラロピテクス属・パラントロプス属・ホモ属と比較します。アウストラロピテクス属はアフリカ南部のアフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス属はアフリカ南部のロブストス(Paranthropus robustus)、ホモ属は、ハビリスやエレクトス(Homo erectus)などアフリカ南部および東部の初期ホモ属と、ヨーロッパのネアンデルタール人と、さまざまな地域の現生人類(Homo sapiens)で、その他に分類の曖昧な人類遺骸が比較対象となります。この曖昧な分類の人類遺骸は、いずれも南アフリカ共和国で発見された、Stw 151とSK 96(通常はパラントロプス属に分類されます)と炉床洞窟(Cave of Hearths)個体です。

 EDJとCEJの形態の主成分分析により、ナレディのP3は他の人類系統分類群とは異なる、と明らかになりました。PC1軸では、ナレディはネアンデルタール人および現生人類と明確に区別され、PC2軸ではアウストラロピテクス・アフリカヌスやホモ・エレクトスと明確に区別されます。ナレディに最も近いのはパラントロプス・ロブストスで、非対称的な歯冠や高い近心側辺縁隆線(mesial marginal ridge)などの共有に起因します。しかし、PC3軸ではナレディとパラントロプス・ロブストスは明確に区別されます。

 第2小臼歯(P4)の主成分分析では、P3の主成分分析と同様にPC1軸で現生人類およびネアンデルタール人が他の分類群と明確に異なり、PC2軸でネアンデルタール人と現生人類が区別されます。ナレディはPC1軸ではネアンデルタール人および現生人類と他の分類群との中間に位置します。PC2軸ではアウストラロピテクス・アフリカヌスとパラントロプス・ボイセイが区別されず、ナレディはエレクトスなど他の早期ホモ属と区別されます。

 小臼歯のサイズに関しては、P3・P4ともに、ナレディは現生人類よりもかなり大きく、ネアンデルタール人とほぼ同じです。本論文の検証対象となった人類系統において、ナレディはP3よりもP4の方が平均して小さい唯一の分類群で、しかもその違いは著しく、これは特異的です。ただ、ホモ属標本の中には、ナレディに近いパターンを示すものもあります。アフリカ東部のKNM-ER 992およびKNM-ER 1507はP3よりもP4の方がやや小さく、これらはエレクトスに分類されます。Stw 151はP3よりもP4の方がやや大きく、STW 80はナレディのようにP3よりもP4の方が著しく小さくなっています。ネアンデルタール人と現生人類の個体でも、P3とP4のサイズが重なる場合もあります。

 本論文はこれらの分析から、ナレディの食性の生態的地位は他の人類集団とは異なるものだったもと推測します。以前の研究では、他の人類系統分類群と比較して、ナレディは内部の変異水準が低い、と指摘されています。小臼歯のEDJ形態は、ディナレディ空洞個体群内でもレセディ空洞個体群内でも均一です。歯の形態は遺伝性が高いと考えられており、ナレディの遺伝的多様性の低さを反映しているかもしれません。これは、既知のナレディ個体が、単一集団において相互に関連している可能性を示唆します。ただ、標本数の増加によりナレディの小臼歯の多様性が増加する可能性もあります。

 ナレディの小臼歯は先行する人類よりもおおむね小さく、ネアンデルタール人の変異幅と重なります。P3とP4のサイズに関して、P4よりもP3の方が著しく大きいという点で、上述のようにナレディは特異なパターンを示しますが、STW 80は初期ホモ属として唯一、ナレディと類似しています。ただ、P3とP4の両方を保持している個体は比較的少ないので、個体群内でのこのパターンの一貫性を調べるには、さらなる調査が必要になる、と本論文は指摘します。

 上述のように、ナレディの形態には祖先的特徴も強く見られますが、小臼歯に関しては初期ホモ属標本の大半といくつかの明確な違いを示します。一方、ホモ属としては祖先的特徴の強さが指摘されるハビリスは、主成分分析のPC2軸では中間的で、アウストラロピテクス属とより類似しています。これらの結果から、ナレディとエレクトスに表される派生的な小臼歯の形態は、より一般化されたハビリスのような祖先とは別に進化した可能性が示唆されます。

 南アフリカ共和国のスタークフォンテン(Sterkfontein)洞窟で発見されたStw 80は初期ホモ属と分類されており、南アフリカ共和国のスワートクランズ(Swartkrans)洞窟標本(SK 15)との強い類似性が指摘されてきました。上述のように、P3とP4のサイズに関してStw 80はナレディとの類似性を示します。これは、Stw 80とナレディとの系統関係を示唆しているかもしれませんが、それを確定するにはさらなる調査が必要です。

 P3の主成分分析において、PC1軸およびPC2軸でナレディに最も近い分類群は、上述のようにパラントロプス・ロブストスです。しかし、PC3軸では両者は明確に異なり、サイズにも明確な違いが見られます。そのため、両者の類似は成因的相同(相似)かもしれません。しかし、通常はパラントロプス属に分類されるSK 96(本論文では曖昧な分類とされます)を検証すると、問題は複雑になります。SK 96はP3形態では他のどの標本よりもナレディと類似していますが、上述のようにStw 80はP3とP4のサイズに関してナレディとの類似性を示し、さらにP4形態ではナレディと最も類似しています。

 SK 96などスワートクランズ洞窟の人類はナレディと系統的に関連しているかもしれませんが、Stw 80とナレディとの類似性からも同様の関連を想定できるかもしれません。スワートクランズ洞窟とスタークフォンテン洞窟の人類はナレディよりも100万年以上前と推定されており、ナレディは他のホモ属と早期に分岐した、と推測されています。炉床洞窟個体はナレディよりも数十万年古いと推定されていますが、その形態はネアンデルタール人や現生人類の方と類似しており、この点もナレディがホモ属系統において早期に分岐したことを示唆します。ただ、スワートクランズ洞窟とスタークフォンテン洞窟の人類とナレディとの類似性は、上述のように成因的相同で系統関係を意味しないかもしれません。

 ナレディの小臼歯の形態は、本論文で取り上げられた他の標本と比較すると、P3とP4の両方でよく発達した近心舌側咬頭や、強く発達した近心側辺縁隆線など、ひじょうに一貫しており均質です。これらの特徴的形態は、将来断片的な遺骸をナレディと分類するさいに役立つ可能性があります。以前にはパラントロプス・ロブストスに分類されていたSK 96は、P3のEDJ形態では異なっており、ホモ属に分類できるかもしれませんが、その詳細な関係についてはさらなる調査が必要です。

 本論文はナレディの小臼歯の形態を他の人類集団と比較し、まだ不明なところが分にあるナレディの系統関係にも言及しています。本論文の指摘のように歯は遺伝性が高いので、系統関係の分析には適した形態と言えるでしょう。しかし、標本数の少なさと個々の標本の不完全さにより、本論文でも明確な結論は提示されていません。これまでパラントロプス・ロブストスに分類されてきたSK 96が、ナレディとの類似性を示し、初期ホモ属に分類できるかもしれない、との見解は興味深く、ナレディがアフリカ南部の初期ホモ属から進化した可能性を示唆します。

 しかし、ナレディの派生的特徴を考えると、エレクトス系統とネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統が分岐した後に、ナレディが後者と分岐した、と推測する頭蓋データに基づく研究(関連記事)の方が妥当ではないか、とも思います。上述のように、ナレディはアウストラロピテクス属的な祖先的特徴を有する、と指摘されていますが、それは本論文でも可能性が指摘されている成因的相同で、創始者効果などにより特異な形態が進化し、祖先的に見えるような形態も出現した、というわけです。インドネシア領フローレス島のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)のように(関連記事)、孤立した集団の特異的な進化の結果として、祖先的に見えるような形態が出現することもあり得たのではないか、と思います。


参考文献:
Davies TW. et al.(2020): Distinct mandibular premolar crown morphology in Homo naledi and its implications for the evolution of Homo species in southern Africa. Scientific Reports, 10, 13196.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-69993-x

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