ホモ・フロレシエンシスについてのまとめ

 インドネシア領フローレス島で発見されたホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)についてまとめます。フロレシエンシスについては、2008年3月(関連記事)と2014年8月(関連記事)と2016年9月(関連記事)にまとめ記事を掲載しており、それから4年近く経過したので、基本的には前回のまとめ以降の知見を簡単に列挙していきます。前回までのまとめ記事で述べましたが、フロレシエンシスの遺骸はまずフローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見され(遺骸の下限年代は6万年前頃、フロレシエンシスと関連していると考えられる石器群の下限年代は5万年前頃)、その祖先かもしれない70万年前頃の人類遺骸が、フローレス島中央のソア盆地では、マタメンゲ(Mata Menge)遺跡で発見されています。

 2009年に公表されていたものの、前回までのまとめ記事では言及できなかった研究では、リアンブア洞窟において更新世のフロレシエンシスから完新世の現生人類まで類似した石器技術が継続した、と指摘されています(関連記事)。中期更新世でも前期となる70万年前頃のマタメンゲ遺跡の石器群と、中期更新世~後期更新世にかけてのリアンブア洞窟の石器群は技術的に類似している、というわけです。アジア南東部島嶼部の石器群の変遷に関しては、更新世~完新世にかけての技術的連続性が指摘されていますが、それはリアンブア洞窟でも同様というわけです。現生人類(Homo sapiens)が存在したとはとても考えられない時代から、まず間違いなく現生人類ではない人類はすでに絶滅していただろう完新世まで、人類系統の違いにも関わらず石器製作技術が共通していることは、人類史における大きな謎と言えるでしょう。

 ただ、リアンブア洞窟の石器群は、更新世と完新世とで違いも見られます。完新世になると、更新世とは石材の選択が異なっていたり、石器が研磨されるようになったり、火で加熱処理がされたりするようになります。製作技術的により複雑さの要求される手斧も製作されるようになります。リアンブア洞窟においては、石器技術では様式1(Mode 1)のオルドワン(Oldowan)的な石器技術がずっと見られ、大きな剥片を製作して洞窟に持ち込み、小さな剥片を製作するという更新世~完新世にかけての共通点とともに、上記のような相違点も見られ、それは製作者の生物学的系統の違いを反映しているのではないか、と指摘されています。

 一方、東ティモールのジェリマライ(Jerimalai)遺跡の後期更新世の石器群を分析した研究では、ジェリマライ遺跡の石器群とリアンブア洞窟の石器群とでは、再加工された有茎という類似性が認められるものの、マタメンゲ遺跡の石器群で指摘されている有茎は類型学的にはそれらと同等ではなく、偶然の産物だろう、と指摘されています(関連記事)。さらにこの研究は、ジェリマライ遺跡とリアンブア洞窟遺跡の石器群が現生人類によって製作されたか、現生人類の影響を受けて製作された可能性を提示しています。これは、スンダランドからオセアニアへといつ現生人類が到来したのか、という問題と関わっており、複数の地域から報告が提示されているものの、疑問も呈されており、確定的とはとても言えません(関連記事)。

 リアンブア洞窟では5万年前頃に動物相でも石材でも大きな変化があり、これは噴火に起因する、と推測されています(関連記事)。この研究では二つの可能性が提示されており、一方は、噴火後もフロレシエンシスがフローレス島で生き残っており、リアンブア洞窟に戻ってきた、というものです。もう一方は、フロレシエンシスは噴火後に絶滅したかフローレス島の他の場所を生活圏としたためリアンブア洞窟に戻らず、石材選好性の顕著な変化は現生人類の出現に起因する、というものです。またこの研究は、可能性は低いと指摘しつつも、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のようなフローレス島では未確認の人類が新たにリアンブア洞窟にやってきた可能性にも言及しています。

 リアンブア洞窟のネズミの身体サイズの変化を分析した研究では、リアンブア洞窟一帯は、62000年前頃以降、じゅうらいの開けた草原地帯からより閉鎖的な森林環境への移行が始まり、火山砕屑物による動物記録の空白期間(50000~47000年前頃)を挟んで、森林環境へと移行した、と推測されています(関連記事)。これは、リアンブア洞窟における動物相の変化とも一致します。ただ、リアンブア洞窟において考古学的記録から消滅した動物が絶滅したとは限らない、とも指摘されています。上述のリアンブア洞窟における動物相と石材の変化を分析した研究でも指摘されていましたが、これはフロレシエンシスに関しても当てはまるでしょう。

 フローレス島の更新世鳥類化石を分析した研究では、マタメンゲ遺跡でもリアンブア洞窟でも、鳥類化石と人類の痕跡との密接な関連が見られる、と指摘されています(関連記事)。しかし、マタメンゲ遺跡では、人類が鳥類を食べたり装飾品に利用したりするといった明確な直接的証拠は見つからず、これはリアンブア洞窟遺跡でも同様です。この研究は、死肉漁りをしている鳥類の観察により、人類が食料を見つけていた可能性を指摘しています。ただ、この研究では、直接的な比較データが不足しているので、あくまでも予備的な分析にすぎない、とも指摘されています。その意味で、フローレス島の非現生人類ホモ属(フロレシエンシス系統)が鳥類を直接的に利用していた可能性もあると考えるべきでしょう。

 フロレシエンシスの祖先がどの系統の人類なのか、議論が続いていますが、大別すると、ジャワ島というかスンダランドのホモ・エレクトス(Homo erectus)か、エレクトスよりもさらに祖先的、つまりアウストラロピテクス属的な特徴を有する分類群ではないか、という見解に二分されるように思います。後者の見解では、たとえば、分類に色々と議論はあるものの(関連記事)、ホモ・ハビリス(Homo habilis)から派生した、と想定されます。フロレシエンシスの形態の包括的な分析では、フロレシエンシスがエレクトスの子孫系統である可能性はほぼなく、ハビリスのみの姉妹群か、ハビリスやエレクトスやエルガスター(Homo ergaster)や現生人類を構成する系統群の姉妹群である、と指摘されています(関連記事)。この研究では、フロレシエンシスは175万年以上前に(後に現生人類が派生する)エレクトス系統と分岐し、まだ知られていない出アフリカによりアジア南東部にまで到達した、と示唆しています。この場合、アフリカでフロレシエンシスに進化してからフローレス島に到達したか、出アフリカの後、どこかでフロレシエンシスに進化したのではないか、と想定されています。

 頭蓋冠の分析・比較では、フロレシエンシスの正基準標本とされるLB1がエレクトスと区分すべきクレード(単系統群)に属する、との見解が提示されています(関連記事)。この研究では、ホモ属は、ルドルフェンシスやエルガスターや名称未定の新種群といった最初期の分類群が分岐した後、大きくエレクトスと現生人類の2系統に区分される、と推測されています。これは、フロレシエンシスの祖先をエレクトスとする説に区分されますが、この研究では、ジャワ島のガンドン(Ngandong)遺跡とサンブンマチャン(Sambungmacan)遺跡で発見された中期更新世以降(おそらく、後期更新世にまではくだらないでしょう)の人骨群が現生人類と分類されており、これには否定的な研究者が少なくなさそうですから、この研究によりフロレシエンシスの系統的位置が確定した、とは言えないでしょう。

 ヒト上科の現生種および化石標本の頭蓋データから、ヒト科の進化的放散による多様化を検証した研究では、フロレシエンシスは他のホモ属から最も早く分岐した、と推測されています(関連記事)。これは、フロレシエンシスがエレクトスよりもっと祖先的なホモ属系統、たとえばハビリスから進化した、とする見解と整合的です。この研究では、その後のホモ属の分岐で、ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)系統と他のホモ属系統が分岐する、と推測されており、ルドルフェンシスはフロレシエンシスよりも現生人類に近い系統となります。

 LB1とさまざまな人類の頭蓋形態を比較した研究では、LB1は健康な現代人のみならず病変の現代人とも明確に区別でき、全体的には非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)と類似している、と指摘されています(関連記事)。古代型ホモ属のなかでもとくにLB1と類似しているのは、広義のエレクトス、具体的には180万~170万年前頃のジョージア(グルジア)のドマニシで発見された人類遺骸です。ただ、この研究は、LB1と広義のエレクトスとの類似性が、人類進化系統樹におけるフロレシエンシスの位置づけを直ちに決定するわけではない、と慎重な姿勢を示しています。

 近年の古代DNA研究の進展には目覚ましいものがありますが、フロレシエンシスでは古代DNAの抽出・解析はまだ成功しておらず、その可能性はきわめて低そうです。ただ、タンパク質解析が成功する可能性は低くないかもしれず、フロレシエンシスの系統的位置づけを可能とする遺伝的情報が得られる可能性はあると思います(関連記事)。フロレシエンシスのDNA解析には成功していませんが、フローレス島の小柄な(平均身長約145cm)人類集団ランパササ(Rampasasa)のゲノム解析では、ランパササ集団の低身長にフロレシエンシスが遺伝的影響を与えた可能性は低い、と推測されています(関連記事)。ランパササ集団は、非アフリカ系現生人類系統において、ヨーロッパ系やアジア東部系との分岐後に、身長を低下させるような選択圧を受けてきた、と推測されています。フロレシエンシスに関しては、島嶼化による小型化の可能性が発見当初から指摘されていましたが、そのような島嶼化はランパササ集団でも起きた可能性が高く、人類史において少なくとも2回独立して起きた、と考えられます。

 フロレシエンシスの脳および身体サイズの進化に関する研究では、その小柄な体格は島嶼化による選択圧のためだろう、と推測されています(関連記事)。ただ、フロレシエンシスにおいて脳サイズの進化パターンが身体サイズのそれとは異なる、とも推測されています。島嶼化は脳と身体のサイズにおいて、それぞれ異なる進化パターンを引き起こすかもしれない、というわけです。この研究では、フロレシエンシスの脳サイズに関して、脳の可塑性により縮小したにも関わらず認知能力が維持されたか、複雑な脳機能の再編により認知能力がそのまま維持された、と推測されています。この研究では、フロレシエンシスの祖先がエレクトスとは断定されていないものの、フロレシエンシスの祖先として、エレクトスよりも祖先的で小柄なアフリカの人類集団を想定することは倹約的ではない、とも指摘されています。総合的に考えると、フロレシエンシスの脳および身体サイズの縮小の最も倹約的な説明は島嶼化で、フロレシエンシスの祖先はアジア南東部のエレクトスである可能性が最も高い、というわけです。

 フロレシエンシスの足に関する研究では、現代人の死体の研究に基づくと191mmと推定されていたLB1の「最大の足の長さ」が再検証されています(関連記事)。生前には筋肉や皮膚などで平均2.73%長くなるので、LB1の生前の足は196mmと推定されます。LB1の大腿骨の最大長は280mmなので、生前のLB1の足の大腿骨に対する長さの割合は0.7となります。これは、平均0.542(0.493~0.589)という現代人の割合をはるかに超えているため、フロレシエンシス固有の特徴と考えられました。しかし、この研究は、LB1に分類された人骨群が本当にすべてLB1のものなのか、再検証し、LB1の足の長さは175mm(生前は180mm)と推定しています。これは、大腿骨との長さの比率では0.64とまだ現代人の範囲を超えていますが、以前の推定値をずっと下回っています。また、この研究は、推定されたLB1の足の骨のいくつかは現代人の手の骨とひじょうによく似ていると指摘し、リアンブア洞窟で発見された人骨群の各個体への分類と復元の見直しと、LB1を病変の現生人類とする見解も考慮して、リアンブア洞窟の人骨群を再検証するよう、提案しています。LB1を含めてフローレス島の6万年前頃までの人類化石群を病変の現生人類と考えることは無理があると思いますが、個々の遺骸の各個体への分類や、その結果としてのLB1の復元が妥当だったのか、という検証は必要になってくるかもしれません。

 フロレシエンシスとの関連で注目されるのは、ルソン島北部のカラオ洞窟(Callao Cave)で発見された67000~50000年以上前の人類遺骸で、の歯・手・足の形態の組み合わせがひじょうに独特であることから、ホモ属の新種ルゾネンシス(Homo luzonensis)と分類されました(関連記事)。ルゾネンシスは、手と足の形態がアウストラロピテクス属のアファレンシス(Australopithecus afarensis)やアフリカヌス(Australopithecus africanus)と類似しており、歯はさらにさまざまな人類との類似性が指摘されています。ルゾネンシスの大臼歯はかなり小さく、歯冠の比較からも、アジアのエレクトスや南シベリアのデニソワ人(Denisovan)とは異なるものの、第一大臼歯には、インドネシアのいくつかのエレクトス化石との類似性が見られるそうです。ルゾネンシスの大臼歯の外部形態は現生人類と類似していますが、歯冠・EDJ(象牙質とエナメル質の接合部)・歯根には祖先的特徴が見られ、アウストラロピテクス属とパラントロプス属を含む早期人類と類似しています。ルゾネンシスのEDJは、フロレシエンシス以外の人類とは異なる形態を有しています。ルゾネンシスの小臼歯は他の人類と比較して大きいというか、大臼歯と小臼歯のサイズの比率が他の人類と大きく異なり、例外はパラントロプス属くらいです。

 ルゾネンシスの系統的位置づけはフロレシエンシスよりも難しそうですが、これらの形態的類似性の中には収斂進化の結果であるものも含まれている可能性が高そうで、その場合は系統的関係の根拠とはなりません。現時点では、フロレシエンシスもルゾネンシスもスンダランドのエレクトスから派生し、島嶼化により特異な形態の組み合わせが進化したのではないか、と考えています。アジア南東部には、フロレシエンシスやルゾネンシス以外にも、特異な形態の組み合わせの人類が存在したかもしれず、フロレシエンシスとルゾネンシスの系統的位置づけも含めて、今後の研究の進展が楽しみです。

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