『卑弥呼』第43話「冷戦」

 『ビッグコミックオリジナル』2020年8月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが鞠智彦(ククチヒコ)に、山社(ヤマト)に呼んだのは暈(クマ)との戦を布告したかったからだ、と言い放つところで終了しました。今回は、日見子(ヒミコ)たるヤノハが鞠智彦と交渉する中、テヅチ将軍が山社の外を警戒している場面から始まります。ミマアキから何をしているのか尋ねられたテヅチ将軍は、今朝届くはずの麓の邑からの米と稗の供物が届かない、と答えます。盗賊の仕業だろうか、とミマアキが案じると、山社に向かって3人が慌てて走りこもうとしていました。3人の後ろから狼と犬が多数追いかけてきており、山社へ供物を届けようとした奴婢の3人は、途中で狼と犬に襲われて主人たちが殺されたなか、逃げてきた自分たちを助けてほしい、と訴えます。テヅチ将軍の命により、警固の兵士たちは3人を山社に入れてすぐに門を閉じますが、山社は狼と犬に包囲されてしまいます。山社は裏門も狼と犬に囲まれてしまい、ミマト将軍は鞠智彦の計略と考え、狼と犬を自在に操れる志能備(シノビ)を連れてきたのだ、と考えます。わずか10名の手勢で鞠智彦が山社に来たことを不審に思っていたテヅチ将軍も、その理由を悟ります。イクメはこの事態をヤノハに報告しようとします。

 楼観では、暈に宣戦布告をする、とヤノハに言われた鞠智彦が、もう少し分別があると思ったが、がっかりした、と冷静に答えていました。山社ごとき脆弱な戦力で、暈を本気で倒せると思うのか、と鞠智彦に問われたヤノハは、那(ナ)のトメ将軍に暈軍はいとも簡単に敗れた、と答えます。すると鞠智彦は、余裕の表情で笑いながら、あれはタケル王の失策だった、タケル王亡き後、暈軍の総大将は自分だ、と言います。するとヤノハは、わざとらしく驚いた表情を浮かべ、タケル王はお隠れになったのか、誰かに殺されでもしたのか、と鞠智彦に問いかけます。鞠智彦は、自分がタケル王を殺したことは自分とイサオ王しか知らないのに、うっかり手がかりを与えてしまったことに気づき、気を引き締めます。自分の望みは平和なので、戦好きな暈とはもとより講和しない、とヤノハに言われた鞠智彦は、平和を望むのは自分も同じだが、そのために武力による統一は不可欠で、謀反人のそなたたちを皆殺ししなければ、韓(カラ、朝鮮半島を指すのでしょう)や豊秋津島(トヨアキツシマ、本州でしょうか)の侵略から筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)を守り切れない、と明言します。これに対してヤノハは、むろん山社一国で大国の暈に勝てるとは思っていないが、那や末盧(マツロ)や伊都(イト)や都萬(トマ)と足並みをそろえばどうだろうか、と鞠智彦に問いかけます。すると鞠智彦は、所詮は田舎での小娘だ、敵将をまえに作戦を暴露してしまうとは、と言ってヤノハを小馬鹿にしたように笑います。自分が日向(ヒムカ)の小さな邑の出身であることを知っているのか、とヤノハに問われた鞠智彦は、確か名前はヤノハで、そなたのことは何もかも調べているので、暈に屈する以外、生き残る道はないぞ、と改めてヤノハを脅迫します。山社の外では、ナツハが狼と犬を操る様子を、アカメが樹上から監視していました。アカメは、手練れゆえ実に惜しいが、今の自分には容易に倒せる相手だ、と言ってナツハに弩を向けます。

 そこへイクメが現れ、山社が狼と犬に包囲されていることを伝えます。苦い表情を浮かべるヤノハに、鞠智彦はわざとらしく、山社に一大事でも起きたのか、と尋ねます。ヤノハは狼と犬の件には触れず、犬鞠智彦に提案を持ちかけます。まずヤノハは鞠智彦に、平和とは何か、尋ねます。無論、戦のない世だ、と即答する鞠智彦に対して、人の性とは何か、とヤノハはさらに問いかけます。戸惑う鞠智彦に対して、人とは平和を望む以上に無類の戦好きだ、と言います。ヤノハは、子供の頃の自分を鞠智彦に語ります。ヤノハは日向の小さな邑に生まれ、近所には漢人の集落があり、結界が張られていた、と結界がなければ、自分の邑と漢人との間に殺し合いが始まるからだ、と説明します。漢人どもを殺してしまえばよかったではないか、と問いかける鞠智彦に対して、漢人は虎という巨大な生き物を飼っており、戦えば双方が全滅する、とヤノハは答えます。何を言いたいのか、と鞠智彦に問われたヤノハは、平和の秘訣だ、と答えます。ヤノハが育った邑は、海からの賊に襲われるまで、漢人との争いは一度もなく、それはお互いが相手を恐れたからだ、と説明し、鞠智彦は悟ったような表情を浮かべます。すぐそこに脅威があることこそ、平和を保つ秘訣だ、とヤノハ断言します。暈と山社が互いににらみ合っていれば、筑紫島の諸国はずっと安泰でいられるのか、と鞠智彦に問われたヤノハは、冷たい戦の下の平和とでも言うだろうか、と答えます。冷戦状態だな、と言う鞠智彦に対して、裏で和議が交わされ、絶対に戦わないとの密約は、自分と鞠智彦が生きている限り黙っていなければならない、とヤノハは説明します。すると鞠智彦は、日見子にしておくのはもったいない逸材だ、と感心したように言います。

 では、秘密の和議を承諾していただけるのか、とヤノハに問われた鞠智彦は、承諾してもよいが、そなたを信じてよいという証が欲しい、と言います。日見子・日見彦(ヒミヒコ)の力の源は鏡で、鏡を武器に時として衆を惑わし、魅了する、と言う鞠智彦に、自分の鏡を望むのか、とヤノハは問いかけます。ヤノハの後ろにある大鏡や普段まじないにつかう鏡までとは言わないが、山社にあるそれら以外の鏡をすべて望む、と要求する鞠智彦に、さすがにヤノハも一瞬返答に詰まりますが、鞠智彦の提案を受け入れる、と答えます。しかしヤノハも、証が欲しい、と鞠智彦に要求します。すると鞠智彦は、10人の手勢と前付人(マエツキビト)の老人(ウガヤのことでしょうか)を伴って来ただけなので、授けるものは何もない、と答えます。武器を置いていくのか、それとも10名の兵を預けるのか、と鞠智彦に問われたヤノハは、もう一人の者を欲しい、と答えます。とぼける鞠智彦に対してヤノハは、狼と犬を自在に操る志能備だ、と言います。すると鞠智彦は、自分が去った後、その志能備にそなたを殺すよう命じているかもしれないぞ、と言います。しかしヤノハは動じず、それならば自分もそれまで運命だ、と泰然としています。その志能備は世にも醜い小童だが、と言う鞠智彦に、それでも見えるところに置いておく、とヤノハは言います。そなたの剛毅を気に入った、秘密の和議を結ぼうではないか、と言う鞠智彦に対して、ではお待ちしている、とヤノハは返答します。不審に思った鞠智彦は、何を待つのか、とヤノハに問いかけます。するとヤノハは、鞠智彦と今和議を結んでも、暈と山社に真の平和は訪れない、と答えます。なぜならば、鞠智彦は所詮大夫で、暈の二番目にすぎないからだ、とヤノハは鞠智彦に説明します。鞠智彦が早く一番になってくれなければ、和議の証にはならない、と言うヤノハに対して、何が言いたいのだ、と鞠智彦は焦って問いかけます。自分が待ち望んでいるのは、タケル王に続いてイサオ王が隠れることだ、と平然と答えるヤノハに、さすがに鞠智彦も返答に詰まります。大陸の帝は天が定めるものと言うが、はたして暈のイサオ王はそなた以上の逸材だろうか、とヤノハが鞠智彦に問いかけるところで、今回は終了です。


 今回は、ヤノハと鞠智彦の駆け引きが描かれました。鞠智彦は作中でも有数の大物として描かれてきただけに、さすがにヤノハとの駆け引きには見ごたえがありました。暈国はおそらく『三国志』の狗奴国でしょうから、けっきょく山社(邪馬台国)連合と暈とは敵対的関係を続けるのでしょうが、ヤノハの提案通りに事態が進むと、少なくともある時期までは「冷戦」的な状態が続くのかもしれません。しかし、『三国志』によると山社(邪馬台国)連合と狗奴国は戦っていますから、ある時点で状況が変わり、直接戦うようになったのでしょうか。もっとも、ヤノハの思惑通り事態が進むとは限らず、イサオ王殺害さえ示唆するヤノハに対して、鞠智彦がどう対応するのか、注目されます。鞠智彦はイサオ王を畏れているようですし、イサオ王が鞠智彦よりも大物であることを予感させる描写もありましたから(35話)、さすがに、鞠智彦がイサオ王を殺して暈の王になることは容易ではなさそうです。ヤノハがイサオ王をどこまで知っているのか分かりませんが、今後イサオ王との駆け引きも描かれるかもしれず、楽しみです。

 今回のもう一つの注目点は、ヤノハがナツハを山社に預けるよう、鞠智彦に要求したことです。おそらくナツハはヤノハの弟のチカラオでしょうから、再会時に二人がどのような反応を見せるのか、楽しみです。ナツハが、ヤノハを深く憎悪するイクメを慕い、その指示を受けてヤノハに何か酷いことをしようと企んでいることは、さすがにヤノハも気づいていないでしょうから、ヤノハがこの危機をどう切り抜けるのか、注目されます。また、ナツハがヤノハの弟だとして、現在ヤノハをどう思っているのか、ということも気になります。ヒルメがヤノハの名前を出しても、ナツハは動揺する様子を見せませんでした。ナツハは姉の名前を忘れたか、賊に襲われたさい、ヤノハが義母と自分を見捨てたと考えており、ヤノハを深く恨んでいるのかもしれません。そうすると、ヤノハに危害を加えようとするナツハにヤノハがどう対処するのか、注目されます。もっとも、ナツハとチカラオが同一人物とはまだ確定していないので、読者に誤認させるような描写にしているだけかもしれませんが。ともかく、次回もたいへん楽しみです。

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