現代人におけるネアンデルタール人由来のプロゲステロン受容体関連遺伝子
現代人におけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来のプロゲステロン受容体(PGR)関連遺伝子に関する研究(Zeberg et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。プロゲステロンは卵巣・胎盤・副腎で産生されるステロイド性ホルモンで、胎盤哺乳類において妊娠・月経周期・性欲・胚形成に関わっています。プロゲステロンは11番染色体のプロゲステロン受容体(PGR)遺伝子にコードされており、子宮内膜で最も高度に発現します。プロゲステロンもしくは合成プロゲスチンの受容体への結合は、子宮内膜を分泌段階に変換し、子宮着床を準備して、妊娠維持を助けます。また、プロゲステロンは妊娠中の乳腺の刺激にも関わっています。プロゲステロンは脳内の神経ステロイドとしても機能しますが、まだあまり理解されていません。
エクソン4のミスセンス置換(アミノ酸置換をもたらす変異)V660Lと、エクソン7と8の間のAlu挿入を有するPGRの多型多様体は現代人集団で見られ、最大20%の頻度に達します。V660LとAlu挿入を含むハプロタイプは、エクソン5の同義変異H770Hと同様に、早産・卵巣および子宮内膜癌・偏頭痛・子宮内膜症と関連しています。2つの機能的研究は、受容体の多様体の感受性とその安定性に関して、矛盾する結果を提示しましたが、これはおそらく使用された特定の多様体と細胞タイプに起因しています。
V660Lにおけるバリンからロイシンへの置換は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とクロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見された高網羅率のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)2個体のゲノムにおいてホモ接合性で存在する一方、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)には存在しません。この置換は、南シベリアのアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人個体の高網羅率のゲノム(関連記事)と、低網羅率の複数のネアンデルタール人ゲノムにも存在します。早産との関連は、ネアンデルタール人に進化的不利益を与えたと示唆されており、なぜ現代人集団で頻度が上昇したのか、疑問が呈されています。本論文は、最近のデータを参照して、ネアンデルタール人のPGRを検証します。
V660L多様体は、ヨーロッパ人とアメリカ大陸先住民とアジア人の一部で2~22%の頻度で存在し、ヨーロッパではおおむね同じ頻度でやや高く、アメリカ大陸先住民では頻度の差が大きく、アジア東部では低頻度なのが特徴です。V660L多様体は、ネアンデルタール人から現生人類へ遺伝子移入された少なくとも56000塩基対のDNA領域上に位置します。V660Lに加えて、ネアンデルタール人ハプロタイプには、H770H同義多様体とS344Tミスセンス多様体があり、両者はネアンデルタール人では多型ですが、デニソワ人の高網羅率ゲノムには存在しません。Alu配列はネアンデルタール人のハプロタイプに組み込まれていますが、V660LはAlu挿入と完全には共分離していません。
Alu配列がある場合とない場合のネアンデルタール人ハプロタイプは、非アフリカ系現代人の全ての主要集団に存在します。これは、Alu挿入がネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入の後で早期に起きたか、もしくはネアンデルタール人の間で多型だったことと、少なくとも2つのネアンデルタール人のハプロタイプが現生人類へと伝わったことを示唆します。Alu挿入がネアンデルタール人の間で多型だったのか決定するため、Alu挿入部位に近接する高網羅率のネアンデルタール人3個体のゲノムデータが分析されました。その結果、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人個体のゲノムでは、Alu配列がホモ接合性で存在する、と示唆されます。デニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人個体のゲノムでは、Alu挿入がヘテロ接合性で存在する、と示唆されます。したがって、ネアンデルタール人のPRGハプロタイプには、Alu配列の有無で2つの多様体が存在し、ともに現生人類の遺伝子プールに導入されました。
古代の現生人類ゲノムデータが増加するにつれて、現生人類における経時的な遺伝子多様体の頻度の変化を追跡することが可能になってきています。ネアンデルタール人由来のV660L多様体を有する最古の現生人類個体は、4万年前頃となる北京の南西56kmにある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)の男性個体です。ネアンデルタール人由来のV660L多様体はウラル山脈西方のいくつかの更新世個体に存在し、その後は次第にユーラシア西部で一般的になっていきます。アジア東部人類集団の利用可能な古代ゲノムが増加すれば、この増加がアジア東部でなぜ見られないのか、解明できるかもしれません。
ネアンデルタール人のハプロタイプが現代人の保有者の表現型に影響を与えているのかどうか決定するため、英国バイオバンクの452264人のV660L多型と表現型の間の関連が調べられました。妊娠・出産・産褥に関連する22の入院診断症状のうち、ネアンデルタール人アレル(対立遺伝子)と妊娠早期の出血との間に負の関連が見られました。また、ネアンデルタール人のアレルの保有者は、流産が少なくなっています。また、繁殖能力の代用としてキョウダイの数を用いるネアンデルタール人のV660Lアレルを有する個体群では、祖先的アレルの個体群よりも多くの子供を有する、と示唆する結果が得られました。これらの知見は、PGRのネアンデルタール人の多様体が繁殖能力増加と関連している、と示唆します。
V660LがPGRの発現に影響を与えるのか、調べられ、V660Lがプロゲステロン受容体のより高いmRNA発現と関連している、と明らかになりました。経口投与されたプロゲステロンは、自然流産の割合を減らし、妊娠初期の出血と流産の再発を経験した女性の繁殖力を改善する、と示されてきました。妊娠の維持におけるプロゲステロンの役割を考えると、ネアンデルタール人のPGRハプロタイプのいくつかの効果、とくにプロゲステロンのより高い発現は、繁殖力(妊孕性)増加との関連と、ヨーロッパおよびアメリカ大陸において時間の経過とともにこのハプロタイプ頻度が上昇したように見える理由を説明するかもしれません。この頻度増加は、明らかに早産との関連と矛盾します。しかし、ネアンデルタール人のPGR多様体には、それがなければ終わってしまうだろう妊娠を維持しているかもしれません。現代人に見られるネアンデルタール人由来のPGR多様体は、他のネアンデルタール人由来の多様体の約10倍になるという点からも、現生人類において一定以上適応度の向上をもたらしてきた、と考えられます。
PGR多様体のネアンデルタール人タイプがネアンデルタール人に選択的不利益をもたらした、と推定する根拠もないようで、より多くの出生数との関連は、これらの派生的変化のいくつかが、ネアンデルタール人で高頻度もしくは固定されていたように見える理由を説明するかもしれません。しかし、おそらくは現生人類と比較して、ネアンデルタール人の有効人口規模は小さく、それがネアンデルタール人における選択の有効性を減少させたかもしれません。最近の研究では、現代人の表現型におけるネアンデルタール人の遺伝的影響はひじょうに小さい、と示唆されていますが(関連記事)、中には、一定以上適応度の向上をもたらしたものもあった可能性は高そうです。
参考文献:
Zeberg H, Kelso J, and Pääbo S.(2020): The Neandertal Progesterone Receptor. Molecular Biology and Evolution, 37, 9, 2655–2660.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaa119
エクソン4のミスセンス置換(アミノ酸置換をもたらす変異)V660Lと、エクソン7と8の間のAlu挿入を有するPGRの多型多様体は現代人集団で見られ、最大20%の頻度に達します。V660LとAlu挿入を含むハプロタイプは、エクソン5の同義変異H770Hと同様に、早産・卵巣および子宮内膜癌・偏頭痛・子宮内膜症と関連しています。2つの機能的研究は、受容体の多様体の感受性とその安定性に関して、矛盾する結果を提示しましたが、これはおそらく使用された特定の多様体と細胞タイプに起因しています。
V660Lにおけるバリンからロイシンへの置換は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)とクロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見された高網羅率のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)2個体のゲノムにおいてホモ接合性で存在する一方、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)には存在しません。この置換は、南シベリアのアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人個体の高網羅率のゲノム(関連記事)と、低網羅率の複数のネアンデルタール人ゲノムにも存在します。早産との関連は、ネアンデルタール人に進化的不利益を与えたと示唆されており、なぜ現代人集団で頻度が上昇したのか、疑問が呈されています。本論文は、最近のデータを参照して、ネアンデルタール人のPGRを検証します。
V660L多様体は、ヨーロッパ人とアメリカ大陸先住民とアジア人の一部で2~22%の頻度で存在し、ヨーロッパではおおむね同じ頻度でやや高く、アメリカ大陸先住民では頻度の差が大きく、アジア東部では低頻度なのが特徴です。V660L多様体は、ネアンデルタール人から現生人類へ遺伝子移入された少なくとも56000塩基対のDNA領域上に位置します。V660Lに加えて、ネアンデルタール人ハプロタイプには、H770H同義多様体とS344Tミスセンス多様体があり、両者はネアンデルタール人では多型ですが、デニソワ人の高網羅率ゲノムには存在しません。Alu配列はネアンデルタール人のハプロタイプに組み込まれていますが、V660LはAlu挿入と完全には共分離していません。
Alu配列がある場合とない場合のネアンデルタール人ハプロタイプは、非アフリカ系現代人の全ての主要集団に存在します。これは、Alu挿入がネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入の後で早期に起きたか、もしくはネアンデルタール人の間で多型だったことと、少なくとも2つのネアンデルタール人のハプロタイプが現生人類へと伝わったことを示唆します。Alu挿入がネアンデルタール人の間で多型だったのか決定するため、Alu挿入部位に近接する高網羅率のネアンデルタール人3個体のゲノムデータが分析されました。その結果、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人個体のゲノムでは、Alu配列がホモ接合性で存在する、と示唆されます。デニソワ洞窟の12万年前頃のネアンデルタール人個体のゲノムでは、Alu挿入がヘテロ接合性で存在する、と示唆されます。したがって、ネアンデルタール人のPRGハプロタイプには、Alu配列の有無で2つの多様体が存在し、ともに現生人類の遺伝子プールに導入されました。
古代の現生人類ゲノムデータが増加するにつれて、現生人類における経時的な遺伝子多様体の頻度の変化を追跡することが可能になってきています。ネアンデルタール人由来のV660L多様体を有する最古の現生人類個体は、4万年前頃となる北京の南西56kmにある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)の男性個体です。ネアンデルタール人由来のV660L多様体はウラル山脈西方のいくつかの更新世個体に存在し、その後は次第にユーラシア西部で一般的になっていきます。アジア東部人類集団の利用可能な古代ゲノムが増加すれば、この増加がアジア東部でなぜ見られないのか、解明できるかもしれません。
ネアンデルタール人のハプロタイプが現代人の保有者の表現型に影響を与えているのかどうか決定するため、英国バイオバンクの452264人のV660L多型と表現型の間の関連が調べられました。妊娠・出産・産褥に関連する22の入院診断症状のうち、ネアンデルタール人アレル(対立遺伝子)と妊娠早期の出血との間に負の関連が見られました。また、ネアンデルタール人のアレルの保有者は、流産が少なくなっています。また、繁殖能力の代用としてキョウダイの数を用いるネアンデルタール人のV660Lアレルを有する個体群では、祖先的アレルの個体群よりも多くの子供を有する、と示唆する結果が得られました。これらの知見は、PGRのネアンデルタール人の多様体が繁殖能力増加と関連している、と示唆します。
V660LがPGRの発現に影響を与えるのか、調べられ、V660Lがプロゲステロン受容体のより高いmRNA発現と関連している、と明らかになりました。経口投与されたプロゲステロンは、自然流産の割合を減らし、妊娠初期の出血と流産の再発を経験した女性の繁殖力を改善する、と示されてきました。妊娠の維持におけるプロゲステロンの役割を考えると、ネアンデルタール人のPGRハプロタイプのいくつかの効果、とくにプロゲステロンのより高い発現は、繁殖力(妊孕性)増加との関連と、ヨーロッパおよびアメリカ大陸において時間の経過とともにこのハプロタイプ頻度が上昇したように見える理由を説明するかもしれません。この頻度増加は、明らかに早産との関連と矛盾します。しかし、ネアンデルタール人のPGR多様体には、それがなければ終わってしまうだろう妊娠を維持しているかもしれません。現代人に見られるネアンデルタール人由来のPGR多様体は、他のネアンデルタール人由来の多様体の約10倍になるという点からも、現生人類において一定以上適応度の向上をもたらしてきた、と考えられます。
PGR多様体のネアンデルタール人タイプがネアンデルタール人に選択的不利益をもたらした、と推定する根拠もないようで、より多くの出生数との関連は、これらの派生的変化のいくつかが、ネアンデルタール人で高頻度もしくは固定されていたように見える理由を説明するかもしれません。しかし、おそらくは現生人類と比較して、ネアンデルタール人の有効人口規模は小さく、それがネアンデルタール人における選択の有効性を減少させたかもしれません。最近の研究では、現代人の表現型におけるネアンデルタール人の遺伝的影響はひじょうに小さい、と示唆されていますが(関連記事)、中には、一定以上適応度の向上をもたらしたものもあった可能性は高そうです。
参考文献:
Zeberg H, Kelso J, and Pääbo S.(2020): The Neandertal Progesterone Receptor. Molecular Biology and Evolution, 37, 9, 2655–2660.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaa119
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