痛みの民族間差
痛みの民族間差に関する研究(Losin et al., 2020)が公表されました。アメリカ合衆国(米国)の奴隷制度時代から、アフリカ系米国人は「白人」の米国人よりも痛みをそれほど強く感じない、と言われてきました。この考えは、アフリカ系米国人の疼痛治療の機会が不充分だったことと関連づけられており、広範かつ持続的な人種間・民族間の健康格差の一因となっています。現実には、アフリカ系米国人、場合によってはヒスパニック系の米国人は、臨床的状況および実験的状況の両方において、非ヒスパニック系の「白人」よりも痛みを大きく訴える傾向があります。しかし、そのような違いの根底にある神経生物学的機序はこれまで不明でした。
この研究は、痛みの感受性に見られる人種集団間の違いを明らかにするため、被験者にたいして、痛みを伴う熱刺激を加える実験的な処置中にfMRIスキャンを実施し、併せて19項目の社会文化的要因を解析しました。被験者は計88人で、内訳はアフリカ系米国人28人、ヒスパニック系米国人30人、非ヒスパニック系米国人30人です。その結果、体の痛みの強さを追跡可能な脳内指標である「神経学的疼痛シグネチャー」は、3集団でほとんど変わらない、と明らかになりました。しかし、アフリカ系米国人の参加者は、差別が介在した場合に、他の集団より強い痛みを訴えました。さらに、アフリカ系米国人の被験者の脳の前頭葉-線条体回路では体の痛みを伴う刺激に対する高い反応が見られたのに対して、他の集団では反応の高さは認められないことも明らかとなりました。こうした回路の活動は、人種差別および実験者への信頼と関連していました。過去の研究では、同回路の活動は、痛みの非身体的な側面と関連づけられていました。
これらの知見は、アフリカ系米国人の感じる痛みのレベルが高いのは、一部には非身体的な痛みに関連する脳システムの違いにあるかもしれないことを示唆しています。これは、長期にわたって社会的に不当な扱いを受け続けてきた影響である可能性があります。この研究は、差別を減らして医療従事者への信頼を高めることを目的とした介入が、痛みに関する人種間の違いを小さくする有望な方法になり得る、と推奨しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
痛みの民族間差に寄与する神経的要因および社会的要因
アフリカ系米国人は、ヒスパニック系の米国人や非ヒスパニック系の白人米国人と比べて、高いレベルの痛みを感じていると報告する論文が掲載される。これは、差別の歴史によってもたらされた、痛みに関連する脳回路上の変化に起因する可能性があるという。今回の研究は、アフリカ系米国人が他の集団よりも痛みのレベルが高いことに寄与する、痛みの評価、差別、対人関係と関連する脳領域のネットワークを特定している。
米国の奴隷制度時代から、アフリカ系米国人は白人の米国人よりも痛みをそれほど強く感じないと言われてきた。この考えは、アフリカ系米国人の疼痛治療の機会が不十分であったことと関連付けられており、これが広範かつ持続的な人種間・民族間の健康格差の一因となっている。現実には、アフリカ系米国人、場合によってはヒスパニック系の米国人は、臨床的状況および実験的状況の両方において、非ヒスパニック系の白人よりも痛みを大きく訴える傾向がある。しかしながら、そのような違いの根底にある神経生物学的機序はこれまで不明であった。
Elizabeth Losinの研究チームは、痛みの感受性に見られる人種集団間の違いを明らかにするため、被験者に痛みを伴う熱刺激を加える実験的な処置中にfMRIスキャンを実施し、併せて19項目の社会文化的要因を解析した(被験者は系88人で、内訳はアフリカ系米国人28人、ヒスパニック系米国人30人、非ヒスパニック系米国人30人)。その結果、体の痛みの強さを追跡可能な脳内指標である「神経学的疼痛シグネチャー」は3つの集団でほとんど変わらないことが判明した。しかし、アフリカ系米国人の参加者は、差別が介在した場合に、他の集団より強い痛みを訴えた。さらに、アフリカ系米国人の被験者の脳の前頭葉-線条体回路では体の痛みを伴う刺激に対する高い反応が見られたのに対し、他の集団では反応の高さは認められないことも明らかとなった。そしてこの回路の活動は、人種差別および実験者への信頼と関連していた。過去の研究では、同回路の活動は、痛みの非身体的な側面と関連付られていた。
これらの知見は、アフリカ系米国人の感じる痛みのレベルが高いのは、一部には非身体的な痛みに関連する脳システムの違いにあるかもしれないことを示唆している。これは、長期にわたって社会的に不当な扱いを受け続けてきた影響である可能性がある。研究チームは、差別を減らして医療従事者への信頼を高めることを目的とした介入が、痛みに関する人種間の違いを小さくする有望な方法になり得ると推奨している。
参考文献:
Losin EAR. et al.(2020): Neural and sociocultural mediators of ethnic differences in pain. Nature Human Behaviour, 4, 5, 517–530.
https://doi.org/10.1038/s41562-020-0819-8
この研究は、痛みの感受性に見られる人種集団間の違いを明らかにするため、被験者にたいして、痛みを伴う熱刺激を加える実験的な処置中にfMRIスキャンを実施し、併せて19項目の社会文化的要因を解析しました。被験者は計88人で、内訳はアフリカ系米国人28人、ヒスパニック系米国人30人、非ヒスパニック系米国人30人です。その結果、体の痛みの強さを追跡可能な脳内指標である「神経学的疼痛シグネチャー」は、3集団でほとんど変わらない、と明らかになりました。しかし、アフリカ系米国人の参加者は、差別が介在した場合に、他の集団より強い痛みを訴えました。さらに、アフリカ系米国人の被験者の脳の前頭葉-線条体回路では体の痛みを伴う刺激に対する高い反応が見られたのに対して、他の集団では反応の高さは認められないことも明らかとなりました。こうした回路の活動は、人種差別および実験者への信頼と関連していました。過去の研究では、同回路の活動は、痛みの非身体的な側面と関連づけられていました。
これらの知見は、アフリカ系米国人の感じる痛みのレベルが高いのは、一部には非身体的な痛みに関連する脳システムの違いにあるかもしれないことを示唆しています。これは、長期にわたって社会的に不当な扱いを受け続けてきた影響である可能性があります。この研究は、差別を減らして医療従事者への信頼を高めることを目的とした介入が、痛みに関する人種間の違いを小さくする有望な方法になり得る、と推奨しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
痛みの民族間差に寄与する神経的要因および社会的要因
アフリカ系米国人は、ヒスパニック系の米国人や非ヒスパニック系の白人米国人と比べて、高いレベルの痛みを感じていると報告する論文が掲載される。これは、差別の歴史によってもたらされた、痛みに関連する脳回路上の変化に起因する可能性があるという。今回の研究は、アフリカ系米国人が他の集団よりも痛みのレベルが高いことに寄与する、痛みの評価、差別、対人関係と関連する脳領域のネットワークを特定している。
米国の奴隷制度時代から、アフリカ系米国人は白人の米国人よりも痛みをそれほど強く感じないと言われてきた。この考えは、アフリカ系米国人の疼痛治療の機会が不十分であったことと関連付けられており、これが広範かつ持続的な人種間・民族間の健康格差の一因となっている。現実には、アフリカ系米国人、場合によってはヒスパニック系の米国人は、臨床的状況および実験的状況の両方において、非ヒスパニック系の白人よりも痛みを大きく訴える傾向がある。しかしながら、そのような違いの根底にある神経生物学的機序はこれまで不明であった。
Elizabeth Losinの研究チームは、痛みの感受性に見られる人種集団間の違いを明らかにするため、被験者に痛みを伴う熱刺激を加える実験的な処置中にfMRIスキャンを実施し、併せて19項目の社会文化的要因を解析した(被験者は系88人で、内訳はアフリカ系米国人28人、ヒスパニック系米国人30人、非ヒスパニック系米国人30人)。その結果、体の痛みの強さを追跡可能な脳内指標である「神経学的疼痛シグネチャー」は3つの集団でほとんど変わらないことが判明した。しかし、アフリカ系米国人の参加者は、差別が介在した場合に、他の集団より強い痛みを訴えた。さらに、アフリカ系米国人の被験者の脳の前頭葉-線条体回路では体の痛みを伴う刺激に対する高い反応が見られたのに対し、他の集団では反応の高さは認められないことも明らかとなった。そしてこの回路の活動は、人種差別および実験者への信頼と関連していた。過去の研究では、同回路の活動は、痛みの非身体的な側面と関連付られていた。
これらの知見は、アフリカ系米国人の感じる痛みのレベルが高いのは、一部には非身体的な痛みに関連する脳システムの違いにあるかもしれないことを示唆している。これは、長期にわたって社会的に不当な扱いを受け続けてきた影響である可能性がある。研究チームは、差別を減らして医療従事者への信頼を高めることを目的とした介入が、痛みに関する人種間の違いを小さくする有望な方法になり得ると推奨している。
参考文献:
Losin EAR. et al.(2020): Neural and sociocultural mediators of ethnic differences in pain. Nature Human Behaviour, 4, 5, 517–530.
https://doi.org/10.1038/s41562-020-0819-8
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