池上英洋『血みどろの西洋史 狂気の1000年』

 光文社新書の一冊として、光文社より2007年11月に刊行されました。本書はまず、ヨーロッパには『ヨーロッパの歴史』という共通教科書があり、ヨーロッパの相互の利害関係を排除した中立的視点で歴史を把握しようとしているものの、ヨーロッパをあまりにも美化していることが決定的欠陥である、と指摘します。このヨーロッパ共通教科書は、日本語版で400ページ以上の大部の書でありながら、たとえば魔女狩りに言及しておらず、初期キリスト教の迫害も稀だったと評価している、というわけです。そのため、この共通教科書を読んでも、ローマにカタコンベ(地下墓所)があったとの知識は得られても、その理由まで理解することは難しい、と本書は指摘します。

 本書はこうした観点から、中世を中心に西洋史のさまざまな「暗い側面」を取り上げていきます。そのため、暴露本的な露悪趣味の側面が多分にあるようにも見えるかもしれませんが、本書のこうした構成は、歴史とは少数の人々の英雄的な物語だけではなく、圧倒的多数のごくごく普通の人々の、延々と続く物語である、との認識にも基づいています。だからといって本書は、そうした圧倒的多数のごく普通の人々がごく少数の英雄たちに虐げられるだけのか弱い存在だった、と主張しているわけではなく、普通の人々の残酷さもまた描いています。また、著者の専門分野が美術史であるため、絵画が多く取り上げられているのも本書の特徴です。

 本書の具体的な内容は、すでに知っていたものもありましたが、勉強不足のため、新たに得た知見も少なくありませんでした。魔女狩りの残酷さは有名なのでさすがにある程度は知っていましたが、具体的な拷問方法までは詳しく知りませんでした。改めて、魔女狩りのおぞましさを確認しましたが、魔女狩り裁判による処刑を楽しむ人々が少なからず存在したことは、かなり特殊な側面もあるとはいえ、人間の普遍的な心理・認知機構に基盤があるでしょうから、現代でも、形を変えてそうした愚行が存在していないか、常に自省的であるべきとは思います。

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