『卑弥呼』第37話「真の歴史」

 『ビッグコミックオリジナル』2020年4月20日号掲載分の感想です。前回は、体の左半分側のみ刺青の入れられたナツハという少年が、狼とともに登場したところで終了しました。今回は、霊霊(ミミ)川(現在の宮崎県を流れる、古戦場で有名な耳川でしょうか)河口で、イクメが日見子(ヒミコ)たるヤノハに、穂波(ホミ)と都萬(トマ)の関係を説明している場面から始まります。都萬と穂波は国境を接しておらず、霊霊川流域が緩衝地帯になっています。サヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の日向(ヒムカ)は都萬も含んでおり、サヌ王が東方に向かった後で独立しました。穂波はそれに反対し、両国は百年争った後に霊霊川流域の立派な建物で和議を結び、霊霊川流域が緩衝地帯とされました。その建物は、元々サヌ王が東征するさいに建てた本陣でした。これまで、旧国名では都萬が豊後、穂波が豊前と考えていたのですが、都萬は豊後南部の一部から日向(ヒュウガ)北部、穂波は豊前と豊後の大半で、日向(ヒムカ)は日向(ヒュウガ)南部と大隅の一部のようです。

 そこへ日向の邑に鉄を届けていたヌカデが到着し、猿女(サルメ)一族の阿禮(アレイ)を同行させた、と報告します。猿女は、暈(クマ)の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)とは異なる祭神である天宇賣命(アメノウズメノミコト)を祖とする巫女集団で、種智院とは異なる口伝を記憶する一族だ、とイクメとヌカデがヤノハに説明します。その説明を聞いて面白いと思ったヤノハは、阿禮と会って猿女一族に伝わるサヌ王の物語を聞きます。サヌ王は間違いなく日見彦(ヒミヒコ)でしたが、その兄のイツセ王はたいへんな暴君で、凶王と言われていました。イツセ王は筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)を統べるため、各王の妃を奪い、自らの子を産ませました。イツセ王はさらに、敵対する国の邑々を焼き払い、妊娠中の女性の腹を裂いて中を見て笑い、人を木に登らせて弓で射落とし女性を裸にして犬との性交を強要しました。これに対して筑紫の王たちは密かに集まり謀議を巡らせ、サヌ王とイツセ王とイナイ王とミケイリ王の兄弟全員を招き、宴を催しました。猿女一族もその宴に加わり、盛り上げるため裸で舞ったそうです。筑紫の王たちは、サヌ王とその兄弟4人を酔わせ、筏に身体を括りつけ、海に流しました。サヌ王は望んで東方への遠征に向かったのではなく、追放された、というわけです。海に漂うサヌ王は、我々は東の国々を平定して筑紫島に再臨する、その時はお前たちの歴史をすべて、我々勝者の歴史に塗り替える、と呪いの言葉を残したそうです。では、いずれ来るサヌ王一族の復讐に備えねばならないな、と言うヤノハに、脅威は筑紫島に潜むサヌ王の残党だ、と阿禮は忠告します。この追放から何百年も経っても、残党は、日向と都萬はもちろん、筑紫島の全ての国に潜んでいる、と言われているそうです。つまり、新たに建国された山社(ヤマト)にもいるのか、とヤノハは言います。

 霊霊川河口の建物では、恋仲のミマアキとクラトが共に夜を過ごしていました。近くの邑の日守りの預言通り、雲が出てきて雨になりそうでした。明日は百名の邑長が集まってくるので、雨だと何かと大変だ、とクラトは呟きますが、我々一族にとっては悪天候の方が好運と言われている、とミマアキは言います。ミマアキの一族の主神は雷、つまり建御雷(タケミカヅチ)です。クラトの一族の主神は、伊弉諾命(イザナギノミコト)と伊弉冉命(イザナミノミコト)の孫である国之闇戸神(クニノクラトノカミ)です。そう聞いたミマアキは、我々の一族より由緒正しい家だ、と言います。ミミズクの声が聴こえてきて、ミマアキはもう寝よう、とクラトに促しますが、クラトはもう一度見回りに行く、と言って外出します。ミマアキはそんなクラトを、どこまでも日見子(ヤノハ)様の忠臣と思っていました。クラトは大木にて、その陰に隠れている人物と密会します。ミミズクの声が合図だったのでしょうか。この人物はクラトに、天子の勅使からの指顧だ、と言います。それが誰なのか、ミマアキは問い質しますが、木陰に隠れた人物は、今は言えない、と答えます。その人物はクラトに、時は来た、明日決行せよ、と伝えます。クラトは、日見子(ヤノハ)を殺せという命令だな、と理解します。

 翌日、大雨と落雷のなか、日向の邑々の長が霊霊川河口の建物に集まり、日見子たるヤノハに謁見しました。ヤノハは邑長たちに、ここに集まった長の邑人たちはすべて我が臣民たる山社の民である、と宣言します。邑長たちは平伏し、口々に感謝と畏敬の念を示します。ヤノハは邑長たちに鉄を受け取り、まずは農具を作り、次に与える鉄は武器とするよう、指示します。その時、邑長もしくは邑長を装っていた男性二人がヤノハに斬りかかります。そのうち一人はミマアキが斬り殺しますが、もう一人はヤノハに近づき、剣を振り下ろすところまでいきますが、寸前でクラトが抑えます。ヤノハはクラトに、刺客の男性を殺すな、と命じます。その頃、穂波の国では重臣のトモがその家臣らしき男性と話していました。首尾よくいけば、今頃日見子(ヤノハ)は古のサヌ王の呪いのもと隠れるだろうか、と尋ねられたトモは、あの程度の刺客で日見子が死ぬとは思えない、と答えます。クラトが賢ければ日見子を助け、刺客の一人を生かすはずだが、その理由はいずれ分かる、とトモは家臣らしき男性に説明します。クラトに助けられたヤノハがクラトを褒め、クラトが意味深で誇っているような表情を浮かべるところで、今回は終了です。


 今回は、ひじょうに重要な歴史的情報とともに、クラトが裏のある人物であることも明かされ、歴史ミステリーとしてもサスペンスとしてもひじょうに面白くなっていました。ヤノハが簡単に騙されるとも思えず、今後の展開がひじょうに楽しみです。猿女一族の阿禮が語ったサヌ王一族の話は、種智院で語られてきた話と大きく異なります。阿禮の話の方が真相に近いと確定したわけではありませんが、これまでの情報と整合的なのは阿禮の話だと思います。種智院では、サヌ王が東方遠征を決意したのは天照大御神の神託のためと語られていましたが、四兄弟全員が領地の日向を捨てて東方に向かい、サヌ王の血筋以外の者が日向を治めようとするなら恐ろしい死がくだる、という呪いをサヌ王がわざわざかけた理由を、どうもよく理解できませんでした。しかし、サヌ王を含む四兄弟が追放され、筑紫島の諸国にクラトやトモのようなサヌ王一族の残党が潜んでいるのだとすると、各国の重臣もしくは王自身がサヌ王一族の残党かもしれないわけで、サヌ王の呪いの意味と、暈でさえ日向を領有しようとしない理由も了解されます。イツセ王が暴君だったことも、倭国大乱は鉄を巡る利権でも、那と伊都の意地の張り合いでもなく、日見子・日見彦を擁する国の王が倭統一の欲望を抱くからだ、とのミマト将軍に対するヤノハの説明(第14話)と整合的です。

 サヌ王を含む四兄弟は筏に身体を括りつけられ、海に流されたそうですが、おそらくは筑紫島にいるサヌ王の残党に助けられたのでしょう。その後、サヌ王の一族がどうなったのか、現在も健在なのか、まだ明かされていません。しかし、追放から何百年筑紫島にもまだ残党が潜んでいるくらいですから、東方のどこかにサヌ王の一族は国を建て、勢力を拡大しているのでしょうか。現時点では紀元後207年頃のようですから、気になるのはやはり奈良県の纏向遺跡で、本作でどのような年代観が採用されているのか不明なので、207年頃の纏向遺跡の規模はよく分からないのですが、サヌ王の一族は纏向遺跡とその周辺に確たる勢力を築き、やがてヤノハを日見子(卑弥呼)としてまとまるだろう山社国(邪馬台国)連合と対峙するのでしょうか。あるいは、山社国連合と纏向遺跡のサヌ王の一族が和議を結び、山社国は東遷して纏向遺跡がさらに発展し、後のヤマト王権につながる政治勢力が確立する、という話になるのかもしれません。歴史ミステリーとしてもサスペンスとしてもひじょうに面白くなってきたので、できるだけ長く連載が続いてほしいものです。なお、とくに予告はありませんでしたが、残念ながら次号は休載のようです。

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