ネアンデルタール人製作の猛禽類の爪の装飾品
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)製作の猛禽類の爪の装飾品に関する研究(Radovčić et al., 2020)が公表されました。クロアチアのクラピナ(Krapina)遺跡では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とその他の動物の骨・歯やムステリアン(Mousterian)石器が多数発見されています。また、少なくとも3個体分のオジロワシ(尾白鷲)の鉤爪8個と趾骨1個も発見されており、その年代は電子スピン共鳴法とウラン系列法により海洋酸素同位体ステージ(MIS)5eの13万年前頃と推定されています。クラピナ遺跡ではネアンデルタール人以外の人類の痕跡は確認されていません。
オジロワシの鉤爪は装飾品として用いられた、と推測されています(関連記事)。オジロワシはクラピナ遺跡一帯において一般的ではなく、捕獲は容易ではありません。猛禽類の爪を装飾品として利用することは、スペインの遺跡でも確認されています(関連記事)。ただ、猛禽類の爪が複数確認されているのはクラピナ遺跡だけです。本論文は、クラピナ遺跡のオジロワシの鉤爪のうち1個(386.1)の詳細な分析結果を報告しています。この鉤爪には、半透明のケイ酸塩層の下の解体痕内に繊維がある、と明らかになりました。また鉤爪の表面には顔料の小さな点も見られ、マンガンと酸化鉄に似ています。ネアンデルタール人がこれらを着火(関連記事)や芸術(関連記事)に用いた可能性が指摘されています。本論文は、光学顕微鏡以上の強力な分析能力を有し、非破壊的な分析を可能とする手法(非侵襲的な赤外線シンクロトロン分光法)により、顔料の由来と性質を調べました。
繊維と顔料の小さな点は、半透明のケイ酸塩層の下にあります。繊維はコラーゲンと推測されます。このコラーゲンは、元々の三重螺旋構造を失っており、繊維の古さが確認されます。本論文は、この繊維が他の爪との結合のため用いられた革もしくは腱の紐だろう、と推測しています。最近、ネアンデルタール人の繊維技術が指摘されており(関連記事)、ネアンデルタール人が紐を使用していた可能性は充分考えられます。小さな点は、赤色および黄色の顔料と木炭の残骸(黒色)です。赤色および黄色の顔料は洞窟で自然に発生するわけではないので、ネアンデルタール人による意図的な痕跡だろう、と本論文は推測します。黒色の顔料は一般的に酸化マンガン起源ですが、鉤爪(386.1)では検出されません。本論文は、この鉤爪の黒色が意図的なのか否か、判断を保留しています。
本論文は、非侵襲的手法による装飾品分析の威力を示したという点で、意義深いと思います。また、ネアンデルタール人による装飾品の詳細が明らかになったという点でも、注目されます。ネアンデルタール人による装飾品の製作はもはや明らかです。もっとも、その質量は現生人類(Homo sapiens)と比較して劣るとの見解は根強いでしょうが、クラピナ遺跡のオジロワシの鉤爪は13万年前頃なので、同年代で比較すると、ネアンデルタール人の方が見劣りする、とは断定できないでしょう。
こうしたネアンデルタール人の象徴的思考能力が、現生人類と共通する遺伝的基盤に由来するのか、それとも収斂進化的なものなのか、不明です。ただ、前者だとしても、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先の時点で存在したのではなく、ネアンデルタール人系統と分岐した後の広義の現生人類系統で発達した能力で、母系(ミトコンドリア)でも父系(Y染色体)でも推測されるように(関連記事)、広義の現生人類系統からネアンデルタール人系統への遺伝子流動によりもたらされたものかもしれません。
参考文献:
Radovčić D. et al.(2020): Surface analysis of an eagle talon from Krapina. Scientific Reports, 10, 6329.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-62938-4
オジロワシの鉤爪は装飾品として用いられた、と推測されています(関連記事)。オジロワシはクラピナ遺跡一帯において一般的ではなく、捕獲は容易ではありません。猛禽類の爪を装飾品として利用することは、スペインの遺跡でも確認されています(関連記事)。ただ、猛禽類の爪が複数確認されているのはクラピナ遺跡だけです。本論文は、クラピナ遺跡のオジロワシの鉤爪のうち1個(386.1)の詳細な分析結果を報告しています。この鉤爪には、半透明のケイ酸塩層の下の解体痕内に繊維がある、と明らかになりました。また鉤爪の表面には顔料の小さな点も見られ、マンガンと酸化鉄に似ています。ネアンデルタール人がこれらを着火(関連記事)や芸術(関連記事)に用いた可能性が指摘されています。本論文は、光学顕微鏡以上の強力な分析能力を有し、非破壊的な分析を可能とする手法(非侵襲的な赤外線シンクロトロン分光法)により、顔料の由来と性質を調べました。
繊維と顔料の小さな点は、半透明のケイ酸塩層の下にあります。繊維はコラーゲンと推測されます。このコラーゲンは、元々の三重螺旋構造を失っており、繊維の古さが確認されます。本論文は、この繊維が他の爪との結合のため用いられた革もしくは腱の紐だろう、と推測しています。最近、ネアンデルタール人の繊維技術が指摘されており(関連記事)、ネアンデルタール人が紐を使用していた可能性は充分考えられます。小さな点は、赤色および黄色の顔料と木炭の残骸(黒色)です。赤色および黄色の顔料は洞窟で自然に発生するわけではないので、ネアンデルタール人による意図的な痕跡だろう、と本論文は推測します。黒色の顔料は一般的に酸化マンガン起源ですが、鉤爪(386.1)では検出されません。本論文は、この鉤爪の黒色が意図的なのか否か、判断を保留しています。
本論文は、非侵襲的手法による装飾品分析の威力を示したという点で、意義深いと思います。また、ネアンデルタール人による装飾品の詳細が明らかになったという点でも、注目されます。ネアンデルタール人による装飾品の製作はもはや明らかです。もっとも、その質量は現生人類(Homo sapiens)と比較して劣るとの見解は根強いでしょうが、クラピナ遺跡のオジロワシの鉤爪は13万年前頃なので、同年代で比較すると、ネアンデルタール人の方が見劣りする、とは断定できないでしょう。
こうしたネアンデルタール人の象徴的思考能力が、現生人類と共通する遺伝的基盤に由来するのか、それとも収斂進化的なものなのか、不明です。ただ、前者だとしても、ネアンデルタール人と現生人類の最終共通祖先の時点で存在したのではなく、ネアンデルタール人系統と分岐した後の広義の現生人類系統で発達した能力で、母系(ミトコンドリア)でも父系(Y染色体)でも推測されるように(関連記事)、広義の現生人類系統からネアンデルタール人系統への遺伝子流動によりもたらされたものかもしれません。
参考文献:
Radovčić D. et al.(2020): Surface analysis of an eagle talon from Krapina. Scientific Reports, 10, 6329.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-62938-4
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