竹花和晴「ネアンデルタール人と彼等の死、特に埋葬と墓」

 本論文は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2016-2020年度「パレオアジア文化史学」(領域番号1802)計画研究A01「アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組みの構築2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 25)に所収されています。公式サイトにて本論文をPDFファイルで読めます(P99-113)。この他にも興味深そうな論文があるので、今後読んでいくつもりです。

 本論文が対象とするネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)は、125000~37000年前頃までで、後期ネアンデルタール人と言えそうです。本論文は、ネアンデルタール人の死に関わる埋葬と、そのイメージの変遷を検証しています。ネアンデルタール人の埋葬例は、スペインからウズベキスタンまでの広範囲で確認されています。本論文は、16~19遺跡という数を提示しています。しかし本論文は、じっさいには39基の初期埋葬墓が確認されているだけと指摘します。そのうちの18基は、代表的な2遺跡に由来します。一方は、フランス西部ドルドーニュ(Dordogne)県のラフェラシー(La Ferrassie)遺跡(8基)で、もう一方はイラク北東部クルディスタン地域のシャニダール洞窟(Shanidar Cave)遺跡(10基)です。

 人類の埋葬かもしれない事例としては、後期ネアンデルタール人よりもずっとさかのぼる、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡( 以下、SHと省略)が知られています。SHは、入口からまったく光の届かない全暗黒の中、屈曲した洞内の最奥の一角となり、一度はまれば人類も多くの他の動物も脱出できません。SHでは少なくとも28個体分となる6700個以上の人骨が発見されており、その年代は43万年前頃と推定されています。非人類動物化石も発見されていますが、草食動物の骨はなく、肉食動物の骨には解体痕のような人類による消費の痕跡が確認されていません。石器は両面加工石器(biface)が1個発見されているだけです。この石器を副葬品と解釈する研究者もいます。SH集団はハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)と分類されてきましたが、形態学的にも遺伝学的にも広義の早期ネアンデルタール人と考えるのが妥当と思われます(関連記事)。

 ネアンデルタール人の埋葬に関する研究は、最初に確認されたフランスではとくに進んでいます。ラシャペルオーサン( La Chapelle-aux-Saints)遺跡のネアンデルタール人男性は脊椎骨に障害を抱えており、主要な歯も失っていたことから、介護を受けながら死に、丁寧に埋葬された、と考えられています。ラフェラシー遺跡では合計7個体のネアンデルタール人遺骸が発見されており、「集団墓地」とさえ言えそうな様相を示します。ラキーナ(La Quina)遺跡では27個体が発見されていますが、20世紀前半に発掘され、ネアンデルタール人の埋葬はなかったとの固定観念のもと、埋葬に関する研究は進まなかったそうです。

 ネアンデルタール人の人肉食は複数の遺跡で指摘されていますが(関連記事)、本論文は、民族学的な猟奇的共食い風習(cannibalisme)と単に人肉嗜食(anthropophage)を区別しなければならず、ネアンデルタール人においては後者が考えられる、と指摘します。本論文は基本的に、ネアンデルタール人における食養生上(diététique)の消費のみを対象としていますが、フランスのシャラント(Charente)県にあるマリヤック(Marillac)遺跡では、儀式などそれ以外の目的での食人の可能性が指摘されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人による埋葬を認めない研究者も、アメリカ合衆国を中心にいますが、本論文は、ネアンデルタール人に対する伝統的固定観念に囚われた、あまり生産的ではない批判と、冷ややかに評価しています。本論文は、家族的細胞構成員がその「死」を明らかに認識し、死肉漁りの肉食獣等の蹂躙から保護して、その生前の存在を、彼らの活動領域の特定の場所において象徴化もしくはモニュメント化する行為は、現生人類(Homo sapiens)のみではなくネアンデルタール人においても明確に認められる、と指摘します。19世紀以来の蔑視と先入観が学術上の弊害をもたらす要因として存在するものの、より詳細なデータ収集と正しい比較検討を継続せねばならない、と本論文は提言しています。


参考文献:
竹花和晴(2020)「ネアンデルタール人と彼等の死、特に埋葬と墓」『パレオアジア文化史学:アジアにおけるホモ・サピエンス定着プロセスの地理的編年的枠組みの構築2019年度研究報告書(PaleoAsia Project Series 25)』P99-113

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