アフリカ南部の初期人類の移動様式
アフリカ南部の初期人類の移動様式に関する研究(Georgiou et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。人類系統における二足歩行の骨格適応は、少なくとも600万年前頃のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)までさかのぼる、とも指摘されています。直立二足歩行に特化した現代人は、大腿骨では非ヒト現生類人猿と比較して、骨頭部が大きくて頸部が長い、などといった特徴が見られます。しかし、オロリン・トゥゲネンシスのような最初期人類(候補)の化石は少なく断片的で、二足歩行の明確な証拠が見られるのはアウストラロピテクス属以降です。ただ、アウストラロピテクス属でも最初期のアナメンシス(Australopithecus anamensis)に関しては確たる証拠が揃っているとは言えず、確実な二足歩行人類はアナメンシスの後に出現したアファレンシス(Australopithecus afarensis)以降となります。とはいえ、アファレンシスに関してはその形態から樹上生活にかなりの時間を費やしていた、との見解もあり(関連記事)、それと整合的な骨折の痕跡も確認されています(関連記事)。
本論文は、大腿骨の外部形態ではなく、内部構造の海綿骨に焦点を当てています。これは、強い選択圧がない場合、機能的に関連のない祖先的特徴が保持される可能性を考慮しているためです。大腿骨の内部構造には常習的な姿勢の痕跡が見られるので、主にどのような移動様式を用いたのか推測できる、というわけです。本論文が分析対象とした初期人類化石は、南アフリカ共和国のスタークフォンテン洞窟群(Sterkfontein Caves)で発見された2点の大腿骨化石(StW 311およびStW 522)です。280万~200万年前頃と推定されているStW 522はアウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)に分類されています。
形態的に種区分の難しいStW 311は、StW 522よりも新しい層から発見されましたが、その年代に関しては、以前は170万~140万年前頃もしくは140万~120万年前頃と推定されており、最近の研究では218万年前頃までさかのぼる可能性が指摘されています。この層からはオルドワン(Oldowan)石器とパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)化石が発見されており、以前にはアウストラロピテクス・アフリカヌスと分類されていたStW 311は、早期ホモ属もしくはパラントロプス・ロブストスと考えられます。StW 311もStW 522も、外部形態からは習慣的な二足歩行が示唆されます。
StW 311とStW 522は、チンパンジー属16頭、ゴリラ属11頭、オランウータン属5頭、現代人11人および化石現生人類(Homo sapiens)1人と比較されました。その結果、StW 311とStW 522はともに現生人類とオランウータン属およびチンパンジー属の中間に分類されますが、StW 311はStW 522よりも非ヒト類人猿の方に近い、と明らかになりました。StW 522は、木登りのようなよじ登りを行なっていたとしても、非ヒト類人猿よりも低頻度だった、と考えられます。
一方、StW 522よりも新しいStW 311が、StW 522よりもよじ登り行動の頻度が高いと考えられることは、意外と言えるかもしれません。しかしこれは、スタークフォンテン洞窟群の周囲は、StW 522の頃よりもStW 311の頃の方が湿潤で樹木は多かった、との古気候学の研究と整合的です。本論文は、しゃがむような行為が高頻度だと、非ヒト類人猿と同様の大腿骨内部構造をもたらすかもしれないものの、その可能性は低いだろう、とも指摘しています。
本論文は、StW 311がパラントロプス属だろう、と推測しています。ただ本論文は、アフリカ東部のパラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)において、樹上性の証拠は限定的で、そうである特徴もそうでない特徴もある、と指摘します。また現時点では、アフリカのパラントロプス属において、東部と南部で頭蓋以外の証拠が重複しておらず、移動様式の共有の明確な証拠がありません。さらに、アフリカ東部の早期ホモ属(OH 62)では、頭蓋以外で樹上性の証拠が指摘されています。そのため、StW 311がホモ属である可能性もまだ排除できません。本論文は、人類系統における二足歩行への単一の移行という有力な見解の見直しを提示するとともに、人類系統における移動様式の多様性の証拠を追加します。
パラントロプス属については、アフリカ東部のエチオピクス(Paranthropus aethiopicus)から東部のボイセイと南部のロブストスが派生したのではなく、パラントロプス・エチオピクスからパラントロプス・ボイセイが、アウストラロピテクス・アフリカヌスからパラントロプス・ロブストスが派生した、との見解も提示されています(関連記事)。つまり、パラントロプス属という単系統群(クレード)は成立しないかもしれない、というわけです。しかし、最近の研究からは、アフリカ南部における230万~200万年前頃の気候変動とともに他地域から南部に移動してきた人類がロブストスに進化した可能性も考えられるので(関連記事)、やはりパラントロプス属は単系統群だったかもしれません。ただ、本論文が指摘するように、東部と南部でパラントロプス属の移動様式がどの程度共通しているのかまだ不明なので、現時点ではパラントロプス属の系統関係を断定することはできない、と言うべきでしょう。
参考文献:
Georgiou L. et al.(2020): Evidence for habitual climbing in a Pleistocene hominin in South Africa. PNAS, 117, 15, 8416–8423.
https://doi.org/10.1073/pnas.1914481117
本論文は、大腿骨の外部形態ではなく、内部構造の海綿骨に焦点を当てています。これは、強い選択圧がない場合、機能的に関連のない祖先的特徴が保持される可能性を考慮しているためです。大腿骨の内部構造には常習的な姿勢の痕跡が見られるので、主にどのような移動様式を用いたのか推測できる、というわけです。本論文が分析対象とした初期人類化石は、南アフリカ共和国のスタークフォンテン洞窟群(Sterkfontein Caves)で発見された2点の大腿骨化石(StW 311およびStW 522)です。280万~200万年前頃と推定されているStW 522はアウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)に分類されています。
形態的に種区分の難しいStW 311は、StW 522よりも新しい層から発見されましたが、その年代に関しては、以前は170万~140万年前頃もしくは140万~120万年前頃と推定されており、最近の研究では218万年前頃までさかのぼる可能性が指摘されています。この層からはオルドワン(Oldowan)石器とパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)化石が発見されており、以前にはアウストラロピテクス・アフリカヌスと分類されていたStW 311は、早期ホモ属もしくはパラントロプス・ロブストスと考えられます。StW 311もStW 522も、外部形態からは習慣的な二足歩行が示唆されます。
StW 311とStW 522は、チンパンジー属16頭、ゴリラ属11頭、オランウータン属5頭、現代人11人および化石現生人類(Homo sapiens)1人と比較されました。その結果、StW 311とStW 522はともに現生人類とオランウータン属およびチンパンジー属の中間に分類されますが、StW 311はStW 522よりも非ヒト類人猿の方に近い、と明らかになりました。StW 522は、木登りのようなよじ登りを行なっていたとしても、非ヒト類人猿よりも低頻度だった、と考えられます。
一方、StW 522よりも新しいStW 311が、StW 522よりもよじ登り行動の頻度が高いと考えられることは、意外と言えるかもしれません。しかしこれは、スタークフォンテン洞窟群の周囲は、StW 522の頃よりもStW 311の頃の方が湿潤で樹木は多かった、との古気候学の研究と整合的です。本論文は、しゃがむような行為が高頻度だと、非ヒト類人猿と同様の大腿骨内部構造をもたらすかもしれないものの、その可能性は低いだろう、とも指摘しています。
本論文は、StW 311がパラントロプス属だろう、と推測しています。ただ本論文は、アフリカ東部のパラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)において、樹上性の証拠は限定的で、そうである特徴もそうでない特徴もある、と指摘します。また現時点では、アフリカのパラントロプス属において、東部と南部で頭蓋以外の証拠が重複しておらず、移動様式の共有の明確な証拠がありません。さらに、アフリカ東部の早期ホモ属(OH 62)では、頭蓋以外で樹上性の証拠が指摘されています。そのため、StW 311がホモ属である可能性もまだ排除できません。本論文は、人類系統における二足歩行への単一の移行という有力な見解の見直しを提示するとともに、人類系統における移動様式の多様性の証拠を追加します。
パラントロプス属については、アフリカ東部のエチオピクス(Paranthropus aethiopicus)から東部のボイセイと南部のロブストスが派生したのではなく、パラントロプス・エチオピクスからパラントロプス・ボイセイが、アウストラロピテクス・アフリカヌスからパラントロプス・ロブストスが派生した、との見解も提示されています(関連記事)。つまり、パラントロプス属という単系統群(クレード)は成立しないかもしれない、というわけです。しかし、最近の研究からは、アフリカ南部における230万~200万年前頃の気候変動とともに他地域から南部に移動してきた人類がロブストスに進化した可能性も考えられるので(関連記事)、やはりパラントロプス属は単系統群だったかもしれません。ただ、本論文が指摘するように、東部と南部でパラントロプス属の移動様式がどの程度共通しているのかまだ不明なので、現時点ではパラントロプス属の系統関係を断定することはできない、と言うべきでしょう。
参考文献:
Georgiou L. et al.(2020): Evidence for habitual climbing in a Pleistocene hominin in South Africa. PNAS, 117, 15, 8416–8423.
https://doi.org/10.1073/pnas.1914481117
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