鮮新世~更新世人類の上顎大臼歯のエナメル質の厚さ

 鮮新世~更新世人類の上顎大臼歯のエナメル質の厚さに関する研究(Lockey et al., 2020)が公表されました。歯冠全体のエナメル質組織の厚さと分布は、化石霊長類の分類・系統・食性適応の評価において重要な特徴となります。近年では、顕微鏡断層撮影法の利用により、大臼歯断面の相同近心面を系統的に理解できるようになりました。本論文は、鮮新世~更新世の化石人類と、現代のヒトおよび非ヒト類人猿の上顎大臼歯の平均エナメル質の厚さ(AET)と相対エナメル質の厚さ(RET)を分析しました。また、AET は歯冠の舌・咬合・頬の領域全体で調べられました。

 調査対象となったのは、鮮新世~更新世の化石人類62個体、現生非ヒト類人猿48個体、現代人29個体です。現生非ヒト類人猿にはオランウータンとゴリラとチンパンジーが、化石人類には、アウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)とアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)とアウストラロピテクス・ボイセイ(Australopithecus boisei)とアウストラロピテクス・ロブストス(Australopithecus robustus)とホモ属が含まれます。ボイセイとロブストスは、一般的にはパラントロプス属に分類されます。

 分析の結果、アウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)からアウストラロピテクス・ボイセイ(Australopithecus boisei)までの400万~200万年前頃にかけて、エナメル質の厚さが増加する傾向と、第一大臼歯から第三大臼歯の歯列に沿ってエナメル質の厚さが増加する傾向と、ホモ属では次第にエナメル質の厚さが減少する傾向を示しました。RETでは、人類では、アウストラロピテクス・アナメンシスがオランウータンとほぼ同じではあるものの、その他の化石人類と現代人はオランウータンよりも厚く、チンパンジーはオランウータンよりも薄く、ゴリラはチンパンジーよりもさらに薄い、との結果が得られました。現生非ヒト類人猿および人類の大半では歯冠全体のエナメル質の領域分布は、厚い咬合側のエナメル厚さと、さほど厚くない頬側のエナメル質と、最も薄い舌側のエナメル質で特徴づけられ、例外は咬合側より頬側が厚いゴリラと、咬合側が最も薄いチンパンジーです。

 上顎大臼歯のエナメル質の厚さの傾向は、下顎大臼歯の傾向と類似しており、アウストラロピテクス・アナメンシスからアウストラロピテクス・ボイセイまで増加する傾向にあり、早期ホモ属はアウストラロピテクス・アフリカヌスやアウストラロピテクス・ロブストスと類似したRETを示します。これは、同位体分析から示される、アウストラロピテクス属におけるC4植物消費増加の証拠と一致しています。化石人類における性的二形とエナメル質の厚さの関係については、ほとんどの化石標本で性別区分が難しいため、検証できませんでした。

 大半の分類群では、第一大臼歯から第三大臼歯にかけてのAETの増加傾向が見られます。これは、咬合力や頬骨の向きや下顎の大きさや形態など、他の形態学的特徴と関連しているかもしれません。人類系統におけるエナメル質の厚さの増加傾向は、上述のC4植物消費増加傾向で示されるように、咀嚼との関連が想定されます。化石人類には歯の摩耗が見られ、食性の変化とともに、歯を道具として利用したこととの関連も考えられます。歯は動物遺骸でもとくに残りやすい部位なので、エナメル質の厚さの研究は今後も進展していくと期待されます。


参考文献:
Lockey AL. et al.(2020): Maxillary molar enamel thickness of Plio-Pleistocene hominins. Journal of Human Evolution, 142, 102731.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102731

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