ブロークンヒル頭蓋の年代(追記有)

 ブロークンヒル(Broken Hill)頭蓋の年代に関する研究(Grün et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ブロークンヒル(Kabwe)頭蓋は、1921年に北ローデシア(現在のザンビア)で金属鉱石の採掘中に洞窟内堆積物から発掘されました。当初、ブロークンヒル頭蓋(E686)はホモ・ローデシエンシス(Homo rhodesiensis)の正基準標本とされましたが、その後は、ギリシアのペトラローナ(Petralona)やチオピアのボド(Bodo)などヨーロッパやアフリカの中期更新世のホモ属化石とともに、ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)に分類する見解が有力となりました。上述のように、E686は金属鉱石の採掘中に洞窟内堆積物から発見されており、考古学的発掘に基づいていないことと、採掘による遺跡の破壊のため、正確な年代測定が妨げられてきました。また、ブロークンヒル頭蓋には高濃度の重金属が含まれていたため、とくに放射性年代測定が困難でした。

 本論文は、E686が発見された直後の写真と、その翌日に頭蓋近くで間違いなく発見された脛骨(E691)および大腿骨骨幹(EM793)と方解石堆積物を分析することで、より正確な年代を測定しました。さらに本論文は、この2点と他の大腿骨や部分的骨盤から、ブロークンヒル人類を派生的特徴と祖先的特徴の混在するホモ属と指摘します。E686の年代は、アフリカ東部のオルドヴァイ(Olduvai)やアフリカ南部のエランズフォンテイン(Elandsfontein)の動物相との比較からは、中期更新世の50万年前頃と推定されていました。しかし、関連が不充分な考古資料では、もっと後の中期石器時代早期とされています。本論文は、E686や1920年代に研究者がE686から直接こすり取った試料を用いて、電子スピン共鳴法やウラン系列法により、E686の年代を299000±25000年前と推定しています。

 E686のこの年代は、アフリカにおける現生人類(Homo sapiens)の進化に関する理解とも深く関わってきます。まず、この年代は中期石器時代早期に該当し、ブロークンヒルでも中期石器時代早期の石器が発見されているので、その担い手として早期現生人類のみを想定できなくなります。また、E686の年代を50万年前頃と推定する以前の見解では、アフリカにおけるホモ・ローデシエンシスもしくはホモ・ハイデルベルゲンシスから現生人類への漸進的な進化が想定されます。

 しかし、30万年前頃というE686の新たな推定年代は、現生人類への進化の移行を反映しているのだとしたら、祖先的形態と現代的形態の中間が予想されるにも関わらず、E686には派生的な現代的形態が見られません。30万~20万年前頃のアフリカには、北部・東部・南部にE686よりも現代的な形態を示す人類が存在していましたが(関連記事)、一方で現生人類とは大きく異なるホモ・ナレディ(Homo naledi)が南部に存在していました。ホモ・ローデシエンシスもしくはホモ・ハイデルベルゲンシスと分類されることもあるブロークンヒル人類も、そうした中期石器時代早期のアフリカにおける多様なホモ属の1系統と考えられます。

 当時、ユーラシアにはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)、ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・エレクトス(Homo erectus)といった複数の人類系統が共存していましたが、アフリカも同様だっただろう、というわけです。さらに、アフリカにおける遺伝学的に未知の系統と現生人類系統との交雑の可能性が複数の研究で指摘されていますが(関連記事)、ブロークンヒル人類がその1系統だったかもしれません。

 また、ホモ・ハイデルベルゲンシスもしくはホモ・ローデシエンシスが現生人類の祖先だったとの見解は、43万年前頃のイベリア半島北部に、形態学的にも遺伝学的にも早期ネアンデルタール人と言ってよさそうな集団が存在したこと(関連記事)から、ネアンデルタール人系統と現生人類系統の分岐はそのずっと前と考えられるため、再考の必要がある、と本論文は指摘します。その可能性は顔面の進化に関する研究でも指摘されており、アフリカにおける現生人類の進化は、系統樹では的確に表現できないようなかなり複雑な過程を経た可能性が高そうです(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


化石:100年前に出土したアフリカのヒト族の頭蓋骨

 1920年代にザンビアの洞窟内堆積物(年代不明)から発掘された重要なアフリカのヒト族の頭蓋骨化石の最適年代推定値が29万9000年前であることを報告する論文が、今週、Natureに掲載される。このブロークンヒル(カブウェ)の頭蓋骨について報告した論文がNature で発表されたのは約100年前のことだったが、今回の研究結果は、ヒト族の系統樹におけるブロークンヒルの頭蓋骨の位置付けに役立つ。

 ブロークンヒルの頭蓋骨は、1921年に金属鉱石の採掘中に洞窟内堆積物から発掘され、当初は、新種ホモ・ローデシエンシスの頭蓋骨とされたが、最近になって、更新世中期にヨーロッパとアフリカで生活していたホモ・ハイデルベルゲンシスのものとする研究報告があった。出土品の年代測定は、その出土品が発見された堆積物がもはや存在しないため、困難な作業になっている。また、この化石標本には高濃度の重金属が含まれていたため、特に放射性年代測定が難しかった。そのため、ブロークンヒルの頭蓋骨の年代は、議論の的となっており、50万年前のものとする研究者もいる。

 今回、Rainer Grun、Chris Stringerたちの研究チームは、頭蓋骨が発見された翌日に同じ地域で発掘された他の骨化石(例えば、脛骨と大腿骨の断片)を分析し、1920年代に研究者が頭蓋骨から直接こすり取った試料(英国ロンドンの自然史博物館のアーカイブで最近発見された)も分析した。その結果、ブロークンヒルの頭蓋骨は約29万9000年前のものと結論付けられた。

 更新世中期のアフリカは、ヨーロッパとアジアと同様に、複数のヒト族系統が同時に存在しており、ホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・ローデシエンシスの複合体が、現生人類の妥当な共通祖先でないかもしれないことが今回の研究結果から示唆されている。



参考文献:
Grün R. et al.(2020): Dating the skull from Broken Hill, Zambia, and its position in human evolution. Nature, 580, 7803, 372–375.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2165-4


追記(2020年4月16日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



進化学:ザンビア・ブロークンヒルの頭蓋の年代測定とヒト進化におけるその位置付け

進化学:ホモ・ローデシエンシスの年代

 1921年、北ローデシアのブロークンヒル(現在のザンビア・カブウェ)の鉱石採掘場でヒト族の頭蓋が出土した。レイモンド・ダートによってアウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)の化石が発見・記載されるまで、この標本はアフリカ全土で唯一の化石ヒト族のものであり、当初はホモ・ローデシエンシス(Homo rhodesiensis)のタイプ標本とされたが、その後は一般に別の古代ヒト族であるホモ・ハイデルベルゲンシス(H. heidelbergensis)に分類されるようになった。しかしその年代は議論の的になっており、50万年前と古いものからそれよりはるかに新しい年代まで、さまざまに提唱されてきた。この頭蓋の発掘場所は採掘し尽くされて当時の堆積物がすでに存在しないことから、堆積物に基づく年代推定が容易でなく、また、標本中の重金属濃度が高い(カブウェでは鉛と亜鉛の採掘が行われてきた)ために放射年代測定法の適用も極めて困難である。今回R Grünたちは、これらの問題を克服して、この頭蓋の年代が29万9000 ± 2万5000年前であると示している。この結果は、ホモ・サピエンス(H. sapiens)が出現し始めたのと同じ時代のアフリカに、複数の古代ヒト族が存在していたことを示唆している。

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