チベット高原の人口史

 チベット高原の人口史について、2020年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)で報告されました(Zhang et al., 2020)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P319)。砂漠・熱帯雨林・高地・北極圏といった極限環境への人類の進出は、人類の認知能力にも関わってくる問題なので、注目されてきました。平均標高が海抜4500mを超えるチベット高原は、人類にとってとくに厳しい環境なので、極限環境への人類の進出時期をめぐる議論で重要となります。

 極限環境に進出できた人類は現生人類(Homo sapiens)だけだった、との見解も提示されていましたが(関連記事)、中期更新世に種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)がチベット高原に存在した、と確認されています(関連記事)。チベット高原における現生人類の居住は、人類遺骸こそ発見されていないものの、後期更新世となる4万~3万年前頃の上部旧石器時代の石器群で確認されています(関連記事)。

 本報告は、既存の考古学的および遺伝学的データの批判的再調査に基づいて、二つの包括的なモデルを定式化しています。その一方は、全先住入植者が最新の移民に置換されたという不連続な居住モデルで、もう一方は、更新世の現生人類の到着から始まった継続的居住です。両モデルは、人類の生存と適応に関する見解が大きく異なります。両モデルとも、狩猟採集民集団がチベット高原に早期に移住した可能性を認めていますが、不連続モデルはもちろん、連続モデルでも、現代チベット人の遺伝子プールに早期狩猟採集民集団系統が一定以上の割合で存在するのか、不明とされています。

 また、現代チベット人の祖先集団とデニソワ人との間の交雑が、チベット高原への現生人類の継続的な居住の前に起きた可能性も指摘されています。現代チベット人にはデニソワ人由来と推定される高地適応関連遺伝子が確認されており(関連記事)、デニソワ人のような非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)との交雑は、高地に限らず、現生人類の多様な環境への適応を促進したかもしれません。


参考文献:
Zhang P. et al.(2020): Models for Population History of the Tibetan Plateau: Toward an Integration of Archaeology and Genetics. The 89th Annual Meeting of the AAPA.

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