新型コロナウイルスに関する研究

 現在、世界規模で大問題となっている新型コロナウイルスに関する二つの研究が公表されました。一方の研究(Wu et al., 2020)は、1人の患者についての調査を報告しています。重症急性呼吸器症候群(SARS)やジカウイルス感染症などの新興感染症は、公衆衛生にとって大きな脅威です。精力的な研究の取り組みにも関わらず、新しい疾患が、いつ、どこで、どのように出現するのか分からないことが、大きな不確実性の原因となっています。最近になって、中華人民共和国湖北省武漢市で重篤な呼吸器疾患が報告されました。2019年12月12日に最初の患者が入院してから、2020年1月25日の時点で少なくとも1975例が報告されています。疫学調査では、この集団発生は武漢の海鮮市場に関連がある、と示唆されています。

 本論文は、この海鮮市場で働いていて、発熱・眩暈・咳を含む重症の呼吸症候群に罹患し、2019年12月26日に武漢中央病院に入院した1人の患者についての研究を報告します。この患者の気管支肺胞洗浄液試料のメタゲノムRNA塩基配列解読から、コロナウイルス科(Coronaviridae)の新しいRNAウイルス株が特定され、「WH-Human 1」コロナウイルスと命名されました(「2019-nCoV」とも呼ばれます)。完全なウイルスゲノム(29903ヌクレオチド)の系統発生解析から、このウイルスは、これまでに中国のコウモリに見つかっているSARS様コロナウイルスのグループ(ベータコロナウイルス属、Sarbecovirus亜属)に最も近縁(ヌクレオチド類似性89.1%)と明らかになりました。この集団発生は、ウイルスが動物から波及し、ヒトで重篤な疾患を引き起こす能力を保持している、と浮き彫りにしています。

 もう一方の研究(Zhou et al., 2020)は、新型コロナウイルスの起源を検証しました。2002年の重症急性呼吸器症候群の集団発生以来、原因ウイルスを保有する自然宿主であるコウモリからは、多数のSARS関連コロナウイルス(SARSr-CoV)が発見されてきました。これまでの研究で、一部のコウモリSARSr-CoVはヒトに感染し得る、と明らかにされています。本論文は、武漢市でヒトに急性呼吸器症候群のエピデミックを引き起こした新型コロナウイルス(2019-nCoV)の特定と特性解析の結果を報告しています。このエピデミックは2019年12月12日に始まり、2020年1月26日までに、検査で確定したのは2794例(うち死亡は80例)に達しました。

 集団発生の初期段階で、5人の患者から完全長のゲノム塩基配列が得られました。これら5例の塩基配列はほぼ同一で、SARS-CoVとは塩基配列に79.6%の同一性が見られました。本論文はまた、2019-nCoVが、コウモリコロナウイルスの1つと全ゲノムレベルで96%の同一性を持つ、と示しています。保存された7つの非構造タンパク質の配列に対してペアワイズ解析を行なったところ、このウイルスがSARSr-CoV種に属する、と分かりました。さらに、1人の重症患者の気管支肺胞洗浄液から単離した2019-nCoVが、数人の患者の血清により中和できました。注目すべき知見として、2019-nCoVは、細胞への侵入にSARS-CoVと同一の受容体、すなわちアンギオテンシン変換酵素II(ACE2)を用いていることも確認されました。


参考文献:
Wu F. et al.(2020): A new coronavirus associated with human respiratory disease in China. Nature, 579, 7798, 265–269.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2008-3

Zhou P. et al.(2020): A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature, 579, 7798, 270–273.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2012-7

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