中国貴州省のルヴァロワ石器をめぐる議論
中国南西部となる貴州省(Guizhou Province)の観音洞洞窟(Guanyindong Cave)遺跡で発見されたルヴァロワ(Levallois)石器群に関する研究(Hu et al., 2019A)を、2018年11月に当ブログで取り上げました(関連記事)。この研究(以下、Hu論文1)に対して批判(Li et al., 2019B)が公表され(以下、Li論文)、さらにこの批判に対して反論(Hu et al., 2019B)が公表されました(以下、Hu論文2)。以下、この議論について見ていきます。
更新世のルヴァロワ技術は調整石核技術のなかでもとくに有名で、伝統的な5段階の石器製作技術区分では様式3(Mode 3)となります(関連記事)。調整石核技術は、事前に調整した石核から剥片を剥離する技法で、予め剥片の形を思い浮かべ、それを剥離するために微妙な石核の調整が必要となることから、高い認知能力と器用な手先を必要とします。そのため、様式3の出現は人類史において画期的だった、とも評価されています。ルヴァロワ技術のような調整石核技術はアフリカにおいて60万~50万年前頃に開発され、ユーラシアにおいても40万~30万年前頃に出現しますが、アジア東部においてはほとんど見られず、5万年前頃以降になってようやく一部の遺跡で出現し、たとえば中華人民共和国内モンゴル自治区で確認されています(関連記事)。
しかし、Hu論文1は、観音洞遺跡において17万年前頃までさかのぼるルヴァロワ石器群が存在した、と主張します。観音洞遺跡のルヴァロワ石器群は、現時点では時空間的に孤立した事例となります。Li論文は、Hu論文1で示された観音洞遺跡の石器群の年代に関しては認めるものの、それがルヴァロワ技術であるとの主張には疑問を呈しています。Li論文は、Hu論文1が提示したルヴァロワ技術の概念は誤用されている、と指摘します。ルヴァロワ技術の定義となる6つの基準のうち1つもしくは2つのみを強調し、ルヴァロワ技術と特定しているものの、それではルヴァロワ技術と認定するには不充分である、というわけです。
またHu論文1は、石核の非対称な表面をルヴァロワ技術と一致していると主張するものの、この基準がルヴァロワ技術の概念の定義に用いられた証拠はない、とLi論文は指摘します。Li論文は、中国の他の更新世遺跡の事例を参照し、観音洞遺跡の石器群において、剥片がルヴァロワ石器と表面上は類似している場合もあるものの、その技術はルヴァロワ技術と比較してずっと単純で体系化されていない、と指摘します。Li論文は、中国南部ではまだルヴァロワ技術は確認されていない、という現時点での有力説を改めて支持し、中国南部の中期~後期更新世の石器群は、ルヴァロワ技術よりも単純な技術を用いて製作されていた、との見解を提示しています。
Hu論文2はLi論文に反論しています。Hu論文2は、Hu論文1が観音洞遺跡の石器群を石核・剥片・副産物から総合的に分析し、中でも石核を最重要視した、と指摘します。剥片ではなく石核こそルヴァロワ技術を直接的に示すからです。Hu論文2は、観音洞遺跡の石器群の石核には、教科書的なルヴァロワ石核がほとんどないものの、事前の調整技術の痕跡が認められ、Hu論文1で提示されたルヴァロワ技術の概念はじゅうらいの使用の範囲内に充分収まっている、と主張します。またHu論文2は、石核の非対称な表面がルヴァロワ技術の概念に用いられた証拠はない、とLi論文は主張するものの、石核の非対称な表面がルヴァロワ技術の概念に収まる可能性を指摘した学術文献もある、と指摘します。
Hu論文2はこれらを踏まえて、観音洞遺跡の石器群は世界の他の場所で発見されたルヴァロワ石器群の範囲内にある、との結論を提示しています。Hu論文2は、専門家たちが出土場所を知らずに観音洞遺跡の石器群を観察すれば、議論の余地なくルヴァロワ石器と分類すると確信している、と主張します。Hu論文2は、Li論文の指摘が考古学の発展において必要かつ有益だったことを認めつつ、観音洞遺跡の石器群のように、中国南部にはルヴァロワ石器は存在しない、というじゅうらいの有力説に反するような発見が、他地域で用いられてきたルヴァロワ技術の識別基準よりも厳しい基準の適用を正当化するわけではない、と指摘します。
一般論として、じゅうらいの有力説に反するような地域での発見に対して、厳しい検証が向けられるのは当然としても、だからといって、有力説に合致する他の地域での発見に適用されるよりも厳しい基準を満たすよう要求することは、不当だと言えるでしょう。Li論文とHu論文2の妥当性について、的確に評価できるだけの見識は私にはありませんが、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器である可能性は、現時点では充分検証するに値すると思います。ただ、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器だとすると、時空間的に孤立した事例であることも否定できないので、近い年代・地域でのルヴァロワ石器の確認が期待されます。また、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器に分類できるのか否かという問題をさて置くとしても、その製作者がどの人類系統なのか、という問題はたいへん興味深く、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Hu Y. et al.(2019A): Late Middle Pleistocene Levallois stone-tool technology in southwest China. Nature, 565, 7737, 82–85.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0710-1
Hu Y. et al.(2019B): Robust technological readings identify integrated structures typical of the Levallois concept in Guanyindong Cave, south China. National Science Review, 6, 6, 1096-1099.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwz192
Li F. et al.(2019B): A refutation of reported Levallois technology from Guanyindong Cave in south China. National Science Review, 6, 6, 1094-1096.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwz115
更新世のルヴァロワ技術は調整石核技術のなかでもとくに有名で、伝統的な5段階の石器製作技術区分では様式3(Mode 3)となります(関連記事)。調整石核技術は、事前に調整した石核から剥片を剥離する技法で、予め剥片の形を思い浮かべ、それを剥離するために微妙な石核の調整が必要となることから、高い認知能力と器用な手先を必要とします。そのため、様式3の出現は人類史において画期的だった、とも評価されています。ルヴァロワ技術のような調整石核技術はアフリカにおいて60万~50万年前頃に開発され、ユーラシアにおいても40万~30万年前頃に出現しますが、アジア東部においてはほとんど見られず、5万年前頃以降になってようやく一部の遺跡で出現し、たとえば中華人民共和国内モンゴル自治区で確認されています(関連記事)。
しかし、Hu論文1は、観音洞遺跡において17万年前頃までさかのぼるルヴァロワ石器群が存在した、と主張します。観音洞遺跡のルヴァロワ石器群は、現時点では時空間的に孤立した事例となります。Li論文は、Hu論文1で示された観音洞遺跡の石器群の年代に関しては認めるものの、それがルヴァロワ技術であるとの主張には疑問を呈しています。Li論文は、Hu論文1が提示したルヴァロワ技術の概念は誤用されている、と指摘します。ルヴァロワ技術の定義となる6つの基準のうち1つもしくは2つのみを強調し、ルヴァロワ技術と特定しているものの、それではルヴァロワ技術と認定するには不充分である、というわけです。
またHu論文1は、石核の非対称な表面をルヴァロワ技術と一致していると主張するものの、この基準がルヴァロワ技術の概念の定義に用いられた証拠はない、とLi論文は指摘します。Li論文は、中国の他の更新世遺跡の事例を参照し、観音洞遺跡の石器群において、剥片がルヴァロワ石器と表面上は類似している場合もあるものの、その技術はルヴァロワ技術と比較してずっと単純で体系化されていない、と指摘します。Li論文は、中国南部ではまだルヴァロワ技術は確認されていない、という現時点での有力説を改めて支持し、中国南部の中期~後期更新世の石器群は、ルヴァロワ技術よりも単純な技術を用いて製作されていた、との見解を提示しています。
Hu論文2はLi論文に反論しています。Hu論文2は、Hu論文1が観音洞遺跡の石器群を石核・剥片・副産物から総合的に分析し、中でも石核を最重要視した、と指摘します。剥片ではなく石核こそルヴァロワ技術を直接的に示すからです。Hu論文2は、観音洞遺跡の石器群の石核には、教科書的なルヴァロワ石核がほとんどないものの、事前の調整技術の痕跡が認められ、Hu論文1で提示されたルヴァロワ技術の概念はじゅうらいの使用の範囲内に充分収まっている、と主張します。またHu論文2は、石核の非対称な表面がルヴァロワ技術の概念に用いられた証拠はない、とLi論文は主張するものの、石核の非対称な表面がルヴァロワ技術の概念に収まる可能性を指摘した学術文献もある、と指摘します。
Hu論文2はこれらを踏まえて、観音洞遺跡の石器群は世界の他の場所で発見されたルヴァロワ石器群の範囲内にある、との結論を提示しています。Hu論文2は、専門家たちが出土場所を知らずに観音洞遺跡の石器群を観察すれば、議論の余地なくルヴァロワ石器と分類すると確信している、と主張します。Hu論文2は、Li論文の指摘が考古学の発展において必要かつ有益だったことを認めつつ、観音洞遺跡の石器群のように、中国南部にはルヴァロワ石器は存在しない、というじゅうらいの有力説に反するような発見が、他地域で用いられてきたルヴァロワ技術の識別基準よりも厳しい基準の適用を正当化するわけではない、と指摘します。
一般論として、じゅうらいの有力説に反するような地域での発見に対して、厳しい検証が向けられるのは当然としても、だからといって、有力説に合致する他の地域での発見に適用されるよりも厳しい基準を満たすよう要求することは、不当だと言えるでしょう。Li論文とHu論文2の妥当性について、的確に評価できるだけの見識は私にはありませんが、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器である可能性は、現時点では充分検証するに値すると思います。ただ、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器だとすると、時空間的に孤立した事例であることも否定できないので、近い年代・地域でのルヴァロワ石器の確認が期待されます。また、観音洞遺跡の石器群がルヴァロワ石器に分類できるのか否かという問題をさて置くとしても、その製作者がどの人類系統なのか、という問題はたいへん興味深く、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Hu Y. et al.(2019A): Late Middle Pleistocene Levallois stone-tool technology in southwest China. Nature, 565, 7737, 82–85.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0710-1
Hu Y. et al.(2019B): Robust technological readings identify integrated structures typical of the Levallois concept in Guanyindong Cave, south China. National Science Review, 6, 6, 1096-1099.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwz192
Li F. et al.(2019B): A refutation of reported Levallois technology from Guanyindong Cave in south China. National Science Review, 6, 6, 1094-1096.
https://doi.org/10.1093/nsr/nwz115
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