アフリカ西部の現代人集団に見られる未知の人類系統の遺伝的痕跡
アフリカ西部の現代人集団に見られる遺伝学的に未知の人類系統(ゴースト系統)の遺伝的痕跡に関する研究(Durvasula, and Sankararaman., 2020)が公表されました。人類史において、異なる系統間の複雑な交雑が重要な役割を果たしてきたことは、近年ますます強調されるようになってきたと思います(関連記事)。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった古代型人類と現生人類(Homo sapiens)との複数回の交雑も指摘されています(関連記事)。古代型人類の遺伝的影響は、ネアンデルタール人が非アフリカ(出アフリカ)系現代人全員に比較的似た水準で、デニソワ人がオセアニアでとくに強く、アジア南部および東部で多少残しているように、おもに非アフリカ系現代人で確認されてきました。
サハラ砂漠以南のアフリカ(以下、アフリカは基本的にサハラ砂漠以南を指します)に関しては、化石記録が稀で、その気候条件から古代DNAの解析は困難なので、古代型人類から現代人への遺伝子流動の分析は困難です。いくつかの研究ではアフリカにおける古代型人類から現生人類への遺伝子流動が指摘されています。たとえば、アフリカにおける未知の人類系統と現生人類系統との複雑な交雑の可能性を指摘した研究(関連記事)や、非アフリカ系現代人よりもアフリカ系現代人の方で未知の人類系統由来のハプロタイプがずっと多いと推測した研究です(関連記事)。しかし、アフリカにおける現生人類と未知の人類系統との交雑の詳細ははまだよく理解されていません。
本論文は、ナイジェリアのイバダン(Ibadan)のヨルバ人(YRI)、シエラレオネのメンデ(Mende)人、ナイジェリアのエサン(Esan)人、ガンビア西部のガンビア人というアフリカ西部の現代人4集団の全ゲノム配列を用いて、古代型人類との交雑を検証しました。一塩基多型の頻度分布から示されるのは、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人、さらにはデニソワ人と交雑したとされる「超古代型人類」(関連記事)とも異なる、遺伝学的に未知の人類系統との交雑を想定しないとデータを整合的に説明しにくい、ということです。この未知の人類系統は、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と102万~36万年前頃に分岐し、現代アフリカ西部集団の祖先と124000年前頃以降に交雑して、そのゲノムに2~19%ほど寄与している、と推定されています。
ヨルバ人とメンデ人のゲノムの6.6~7.0%はこの未知の人類系統に由来する、と推定されます。ヨルバ人とメンデ人のゲノムに高頻度で見られるこの古代型遺伝子としては、17番染色体上の癌抑制と関連するNF1(ヨルバ人で83%、メンデ人で85%)や、4番染色体上のホルモン調節と関連するHSD17B2(ヨルバ人で74%、メンデ人で68%)などがあります。NF1もHSD17B2も、以前の研究で正の選択の可能性が指摘されています。一方、以前の研究で古代型人類からアフリカ系現代人への遺伝子流動の可能性が指摘されていた(関連記事)、ヒトの唾液豊富に含まれるタンパク質の一つであるムチン7をコードしている、繰り返し配列のコピー数の違い(5しくは6)が見られるMUC7遺伝子に関しては、とくに頻度上昇は見られませんでした。
ゲノム解析から、アフリカ南部の石器時代の個体は他の集団と35万~26万年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。最近の研究でも、アフリカ系現代人の分岐はたいへん古く複雑だった、と指摘されています(関連記事)。本論文は、新たに得られた未知の人類系統の交雑の痕跡をこの深く複雑な分岐に適切に位置づけるには、アフリカ全体の現代人のゲノム分析とともに、アフリカの古代ゲノムの分析も必要になる、と指摘します。また、新たな手法を用いた最近の研究では、アフリカ系現代人のゲノムにも、非アフリカ系現代人ほどではないとしても、以前の推定よりずっと多いネアンデルタール人由来の領域があると推定されており(関連記事)、こうした点も踏まえて、今後の研究が進展していくのだろう、と期待されます。
本論文は新たな分析により得られた知見から、未知の人類系統がかなり最近までアフリカにおいて存在して現生人類と交雑した可能性とともに、もっと早期に現生人類の一部集団と交雑し、その集団が本論文で分析した現代アフリカ西部集団の祖先と交雑した可能性を提示しています。また本論文は、これらの仮説が相互に排他的ではなく、アフリカでは複数の多様な集団からの遺伝子流動が起きた可能性も指摘しています。アフリカの化石記録では、現代人的特徴を有する個体は20万年以上前から各地で見られ、現生人類の起源はアフリカ全体を対象に考察されねばならない複雑なものだった、との見解も提示されています(関連記事)。
アフリカでは、現生人類が5万年前頃にオーストラリア(更新世の寒冷期にはニューギニア島・タスマニア島は陸続きとなってサフルランドを形成していました)まで拡散した(関連記事)後にも、祖先的特徴を有する人類が確認されています。たとえば、16300~11700年前頃と推定されているナイジェリアのイウォエレル(Iwo Eleru)で発見された個体や、25000~20000年前頃と推定されているコンゴのイシャンゴ(Ishango)で発見された個体で、完全に現代的な華奢な人類が出現するのは35000年前頃との見解も提示されています。これらの個体は、古代型人類系統もしくは古代型人類系統の遺伝的影響をまだ強く残した交雑系統だったのかもしれません。
また本論文は、非アフリカ系現代人でもアジア東部(北京)やヨーロッパ北部および西部の現代人集団がアフリカ西部集団と一塩基多型の分布頻度で類似したパターンを示していることから、古代型人類由来のゲノムの一部が、アフリカ系現代人系統と非アフリカ系現代人系統の分岐前に現生人類系統において共有されていた可能性も指摘しています。古代型人類と現生人類との交雑は、非アフリカ系現代人系統がアフリカ系現代人から分岐する前に起きた可能性も考えられるわけです。こうした古代型人類からの遺伝子流動と多様な環境への適応における役割の理解には、アフリカ中の現代および古代ゲノムの分析が必要になる、と本論文は指摘します。人類史における交雑はたいへん複雑だったようで、追いついていくのは困難なのですが、私にとってかなり優先順位の高い問題なので、今後も地道に調べていくつもりです。
参考文献:
Durvasula A, and Sankararaman S.(2020): Recovering signals of ghost archaic introgression in African populations. Science Advances, 6, 7, eaax5097.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aax5097
サハラ砂漠以南のアフリカ(以下、アフリカは基本的にサハラ砂漠以南を指します)に関しては、化石記録が稀で、その気候条件から古代DNAの解析は困難なので、古代型人類から現代人への遺伝子流動の分析は困難です。いくつかの研究ではアフリカにおける古代型人類から現生人類への遺伝子流動が指摘されています。たとえば、アフリカにおける未知の人類系統と現生人類系統との複雑な交雑の可能性を指摘した研究(関連記事)や、非アフリカ系現代人よりもアフリカ系現代人の方で未知の人類系統由来のハプロタイプがずっと多いと推測した研究です(関連記事)。しかし、アフリカにおける現生人類と未知の人類系統との交雑の詳細ははまだよく理解されていません。
本論文は、ナイジェリアのイバダン(Ibadan)のヨルバ人(YRI)、シエラレオネのメンデ(Mende)人、ナイジェリアのエサン(Esan)人、ガンビア西部のガンビア人というアフリカ西部の現代人4集団の全ゲノム配列を用いて、古代型人類との交雑を検証しました。一塩基多型の頻度分布から示されるのは、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人、さらにはデニソワ人と交雑したとされる「超古代型人類」(関連記事)とも異なる、遺伝学的に未知の人類系統との交雑を想定しないとデータを整合的に説明しにくい、ということです。この未知の人類系統は、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と102万~36万年前頃に分岐し、現代アフリカ西部集団の祖先と124000年前頃以降に交雑して、そのゲノムに2~19%ほど寄与している、と推定されています。
ヨルバ人とメンデ人のゲノムの6.6~7.0%はこの未知の人類系統に由来する、と推定されます。ヨルバ人とメンデ人のゲノムに高頻度で見られるこの古代型遺伝子としては、17番染色体上の癌抑制と関連するNF1(ヨルバ人で83%、メンデ人で85%)や、4番染色体上のホルモン調節と関連するHSD17B2(ヨルバ人で74%、メンデ人で68%)などがあります。NF1もHSD17B2も、以前の研究で正の選択の可能性が指摘されています。一方、以前の研究で古代型人類からアフリカ系現代人への遺伝子流動の可能性が指摘されていた(関連記事)、ヒトの唾液豊富に含まれるタンパク質の一つであるムチン7をコードしている、繰り返し配列のコピー数の違い(5しくは6)が見られるMUC7遺伝子に関しては、とくに頻度上昇は見られませんでした。
ゲノム解析から、アフリカ南部の石器時代の個体は他の集団と35万~26万年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。最近の研究でも、アフリカ系現代人の分岐はたいへん古く複雑だった、と指摘されています(関連記事)。本論文は、新たに得られた未知の人類系統の交雑の痕跡をこの深く複雑な分岐に適切に位置づけるには、アフリカ全体の現代人のゲノム分析とともに、アフリカの古代ゲノムの分析も必要になる、と指摘します。また、新たな手法を用いた最近の研究では、アフリカ系現代人のゲノムにも、非アフリカ系現代人ほどではないとしても、以前の推定よりずっと多いネアンデルタール人由来の領域があると推定されており(関連記事)、こうした点も踏まえて、今後の研究が進展していくのだろう、と期待されます。
本論文は新たな分析により得られた知見から、未知の人類系統がかなり最近までアフリカにおいて存在して現生人類と交雑した可能性とともに、もっと早期に現生人類の一部集団と交雑し、その集団が本論文で分析した現代アフリカ西部集団の祖先と交雑した可能性を提示しています。また本論文は、これらの仮説が相互に排他的ではなく、アフリカでは複数の多様な集団からの遺伝子流動が起きた可能性も指摘しています。アフリカの化石記録では、現代人的特徴を有する個体は20万年以上前から各地で見られ、現生人類の起源はアフリカ全体を対象に考察されねばならない複雑なものだった、との見解も提示されています(関連記事)。
アフリカでは、現生人類が5万年前頃にオーストラリア(更新世の寒冷期にはニューギニア島・タスマニア島は陸続きとなってサフルランドを形成していました)まで拡散した(関連記事)後にも、祖先的特徴を有する人類が確認されています。たとえば、16300~11700年前頃と推定されているナイジェリアのイウォエレル(Iwo Eleru)で発見された個体や、25000~20000年前頃と推定されているコンゴのイシャンゴ(Ishango)で発見された個体で、完全に現代的な華奢な人類が出現するのは35000年前頃との見解も提示されています。これらの個体は、古代型人類系統もしくは古代型人類系統の遺伝的影響をまだ強く残した交雑系統だったのかもしれません。
また本論文は、非アフリカ系現代人でもアジア東部(北京)やヨーロッパ北部および西部の現代人集団がアフリカ西部集団と一塩基多型の分布頻度で類似したパターンを示していることから、古代型人類由来のゲノムの一部が、アフリカ系現代人系統と非アフリカ系現代人系統の分岐前に現生人類系統において共有されていた可能性も指摘しています。古代型人類と現生人類との交雑は、非アフリカ系現代人系統がアフリカ系現代人から分岐する前に起きた可能性も考えられるわけです。こうした古代型人類からの遺伝子流動と多様な環境への適応における役割の理解には、アフリカ中の現代および古代ゲノムの分析が必要になる、と本論文は指摘します。人類史における交雑はたいへん複雑だったようで、追いついていくのは困難なのですが、私にとってかなり優先順位の高い問題なので、今後も地道に調べていくつもりです。
参考文献:
Durvasula A, and Sankararaman S.(2020): Recovering signals of ghost archaic introgression in African populations. Science Advances, 6, 7, eaax5097.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aax5097
この記事へのコメント
学術秘書
池田です。
日テレ、特別報道番組を放送へ
https://www.ntv.co.jp/
※ムチン騒乱とは:
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では。
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