マウンテンゴリラの雄の子育て
取り上げるのが遅れてしまいましたが、マウンテンゴリラ(Gorilla beringei beringei)の雄の子育てに関する研究(Rosenbaum et al., 2019)が報道されました。哺乳類では雄の子育ては稀ですが、ヒヒやゴリラやヒトなどで観察されています。これには、栄養状態の改善や子殺し・捕食などからの保護といった効果があり、乳児の生存率を高めています。雄は子育てにより自身の子の適応度を高められますし、あるいは自身の子ではなくとも、子の母親との交配機会を増やす効果があるかもしれません。
本論文は、マウンテンゴリラにおける雄の子育ての機能を検証しています。マウンテンゴリラ集団の過半数は1頭の雄と雌および両者の間の子供から構成されますが(単雄複雌)、40%ほどでは繁殖年齢の複数の雄(最大では9頭ほど)が、雌やその仔と共存しています(複雄複雌)。マウンテンゴリラ集団の子の大半は支配的な雄が父親ですが、他の雄にも繁殖機会があります。マウンテンゴリラ集団では、乳児の死亡の20%ほどが殺害によるもので、ほとんどは外部集団によるものですが、集団内での殺害も稀にあります。この割合は社会的不安定期には37%にまで上昇します。
複雄複雌のマウンテンゴリラ集団では、雄は自分の子か否かに関わらず、子育てに関わります。これには繁殖機会の増加という効果があるとも指摘されており、本論文はそれを検証します。本論文が調査した結果、子育てへの関与度合で下位1/3の雄の子の数に対して、中位1/3の雄は1.16倍、上位1/3は5.50倍である、と明らかになりました。雄の年齢や集団内の順位を考慮しても、子育てへの関与度合と子の数との間には強い相関が確認されました。本論文のデータは、子育てと繁殖成功の直接的要因を示すわけではありませんが、交配努力仮説と一致しています。雌は、乳児と最も関わる、またはとくに寛容な雄と優先的に交配する、というわけです。子育てに積極的に関わる社交的な雄は、雌により社会的に魅力的とみなされ、交配の機会が増加する、と考えられます。雌の選択は、交配システムや社会的集団構造と同じように、進化的には重要です。
また本論文は、マウンテンゴリラ集団ではごく最近になって、雄の子育てと繁殖成功との関係が強化された可能性を指摘しています。マウンテンゴリラ集団はもともと、その顕著な性的二形や体格と比較しての精巣の小ささなどから、単雄複雌だった、と指摘されています。マウンテンゴリラと近縁で、175万年前頃に分岐したと推定されている(関連記事)ニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)集団は、ほぼ単雄複雌です。また、ヴィルンガ山地のマウンテンゴリラに関する初期の記録では、集団はおもに単雄複雌です。複雄複雌のマウンテンゴリラ集団は、1990年代から2000年代初頭まで定期的には観察されませんでした。
本論文はこれら複数の証拠から、マウンテンゴリラの複雄複雌集団はごく最近になって出現した、と推測します。いくつかの霊長類種では、雌が定期的に集団外の雄と交配しますが、行動観察データと遺伝的データからは、マウンテンゴリラでもニシローランドゴリラでも、雌が集団外の雄と交配することはひじょうに稀と確認されています。マウンテンゴリラにおける父系識別の明らかな欠如は、雄にとって自分の子の識別を可能とする単雄複雌の歴史が長かったという進化史の副産物で、その結果として現在の「誤った」父親の子育てパターンが生じたのかもしれない、と本論文は推測しています。
集団のかなりの割合が進化的に新しい交配システムにいる場合、雄が自分の子を識別できない(しにくい)関係は、新たな進化の結果をもたらすかもしれない、と本論文は指摘します。既存の社会生態学的理論では、こうした関係が雄にコストをもたらす場合、識別メカニズムが進化するか、雄と乳児との相互作用の割合が低下する、と予測します。しかし、本論文のデータはそうした予測とは対照的に、雄と乳児との相互作用が識別の欠如において積極的に選択され得る、という証拠を提供します。これは、行動の柔軟性、この場合は社会的集団構造の変化がどのように、選択されて活性化していく新たな表現型多様性を生成するのかを示す、具体例となります。
こうした動物の行動と繁殖成功との関係は、高い父性の確実性がない場合に、雄の投資の精巧な形態がどう進化するのか、一つの潜在的経路を示します。動物において雄の世話は、他のあらゆる交配システムとよりも、単雄単雌(一夫一婦)に関連していることが多くなっています。系統発生学的分析からは、成熟した雌が互いに孤独で不寛容であると、哺乳類の単雄単雌は進化する場合が多い、と示唆されます。しかしこれは、マウンテンゴリラの一部集団の事例を説明しません。
ゴリラやヒヒなどは、一方もしくは両方の適応度上昇をもたらすような雄と乳児との間の関係を示しますが、それは最も極端で精巧な形でヒト(Homo sapiens)において発生します。ヒトでは、雄の世話は義務というよりも任意ですが、子供における雄の投資水準はある程度文化的に普遍的です。しかし、ヒトの形態的特徴および行動は、化石人類と同様に、単雄単雌(一夫一婦)が進化史のほとんどで支配的ではなかった、と示唆します。ヒトも含むいくつかの非単雄単雌の霊長類種で雄の子育てが発生するという事実は、雄の世話がいくつかの代替的な経路で進化し得る、と示唆します。本論文のデータは、雄と幼児との相互作用およびその交配努力が相互補完的だったとするシナリオに、証拠を提供します。このパターンは最初に、雄と若い個体の社会的絆の形成を促進するかもしれません。
なお、ヒトの場合と同様に、ホルモンが雄の子育て行動の促進に役立つのか、調査中とのことで。ヒトの雄では、テストステロンは雄が父親になるにつれて低下し、新生児に注意を集中させるのに役立つ、と考えられています。テストステロンの低下は他の雄との競争能力を低下させるため、何らかの利益がなければならない、と考えられています。あるいはマウンテンゴリラにおいて、テストステロンが低下しない場合は、高水準のテストステロンと子育てが排他的ではないのかもしれません。
本論文の見解は、雄の子育てへの関与の進化に複数の経路があり得た可能性を提示したという意味でも興味深く、たいへん注目されます。とくに、マウンテンゴリラと近縁なヒトの配偶システムがどのように進化してきたのか、推測するうえで参考になりそうです。本論文は、マウンテンゴリラの複雄複雌集団の出現というかある程度の一般化は20世紀末から21世紀初頭になってからと推測していますが、おそらくこれはマウンテンゴリラの柔軟性に基盤があり、過去にも時として複雄複雌集団が出現していたのではないか、と思います。20世紀末から21世紀初頭のマウンテンゴリラ集団の変化は、あるいはヒトの活動による生息域の縮小や気候変動などに対応した結果なのかもしれません。
ヒトと最近縁なのはチンパンジー属で、その次がゴリラ属ですが、これら3系統の現在の社会形態から推測すると、これら3系統の最終共通祖先はおそらく単雄複雌集団で、時として複雄複雌集団も形成する柔軟性を備えていたのでしょう。そこからチンパンジー属系統は、捕食圧などから複雄複雌集団を維持しつつ、父性の確認と自身の子の世話よりも雄による精子競争に特化していき、ヒト系統はまた異なる進化を経ていったのでしょう。ヒト系統の場合、とくにホモ属以降、出産が困難になったことにより、ゴリラ属系統やチンパンジー属系統よりもずっと、単雄単雌(一夫一婦)的特徴が強くなり、父性の確実性が高くなり雄による子育ても維持・強くなっていった一方で、捕食圧への対抗などから複雄複雌集団を維持し、家族とより大規模な集団を両立させたのではないか、と考えているのですが、基本文献となる『家族進化論』も的確に整理できておらず(関連記事)、漠然とした思いつきにすぎないので、今後もこの問題は少しずつ調べていきます。
参考文献:
Rosenbaum S. et al.(2018): Caring for infants is associated with increased reproductive success for male mountain gorillas. Scientific Reports, 8, 15223.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-33380-4
本論文は、マウンテンゴリラにおける雄の子育ての機能を検証しています。マウンテンゴリラ集団の過半数は1頭の雄と雌および両者の間の子供から構成されますが(単雄複雌)、40%ほどでは繁殖年齢の複数の雄(最大では9頭ほど)が、雌やその仔と共存しています(複雄複雌)。マウンテンゴリラ集団の子の大半は支配的な雄が父親ですが、他の雄にも繁殖機会があります。マウンテンゴリラ集団では、乳児の死亡の20%ほどが殺害によるもので、ほとんどは外部集団によるものですが、集団内での殺害も稀にあります。この割合は社会的不安定期には37%にまで上昇します。
複雄複雌のマウンテンゴリラ集団では、雄は自分の子か否かに関わらず、子育てに関わります。これには繁殖機会の増加という効果があるとも指摘されており、本論文はそれを検証します。本論文が調査した結果、子育てへの関与度合で下位1/3の雄の子の数に対して、中位1/3の雄は1.16倍、上位1/3は5.50倍である、と明らかになりました。雄の年齢や集団内の順位を考慮しても、子育てへの関与度合と子の数との間には強い相関が確認されました。本論文のデータは、子育てと繁殖成功の直接的要因を示すわけではありませんが、交配努力仮説と一致しています。雌は、乳児と最も関わる、またはとくに寛容な雄と優先的に交配する、というわけです。子育てに積極的に関わる社交的な雄は、雌により社会的に魅力的とみなされ、交配の機会が増加する、と考えられます。雌の選択は、交配システムや社会的集団構造と同じように、進化的には重要です。
また本論文は、マウンテンゴリラ集団ではごく最近になって、雄の子育てと繁殖成功との関係が強化された可能性を指摘しています。マウンテンゴリラ集団はもともと、その顕著な性的二形や体格と比較しての精巣の小ささなどから、単雄複雌だった、と指摘されています。マウンテンゴリラと近縁で、175万年前頃に分岐したと推定されている(関連記事)ニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)集団は、ほぼ単雄複雌です。また、ヴィルンガ山地のマウンテンゴリラに関する初期の記録では、集団はおもに単雄複雌です。複雄複雌のマウンテンゴリラ集団は、1990年代から2000年代初頭まで定期的には観察されませんでした。
本論文はこれら複数の証拠から、マウンテンゴリラの複雄複雌集団はごく最近になって出現した、と推測します。いくつかの霊長類種では、雌が定期的に集団外の雄と交配しますが、行動観察データと遺伝的データからは、マウンテンゴリラでもニシローランドゴリラでも、雌が集団外の雄と交配することはひじょうに稀と確認されています。マウンテンゴリラにおける父系識別の明らかな欠如は、雄にとって自分の子の識別を可能とする単雄複雌の歴史が長かったという進化史の副産物で、その結果として現在の「誤った」父親の子育てパターンが生じたのかもしれない、と本論文は推測しています。
集団のかなりの割合が進化的に新しい交配システムにいる場合、雄が自分の子を識別できない(しにくい)関係は、新たな進化の結果をもたらすかもしれない、と本論文は指摘します。既存の社会生態学的理論では、こうした関係が雄にコストをもたらす場合、識別メカニズムが進化するか、雄と乳児との相互作用の割合が低下する、と予測します。しかし、本論文のデータはそうした予測とは対照的に、雄と乳児との相互作用が識別の欠如において積極的に選択され得る、という証拠を提供します。これは、行動の柔軟性、この場合は社会的集団構造の変化がどのように、選択されて活性化していく新たな表現型多様性を生成するのかを示す、具体例となります。
こうした動物の行動と繁殖成功との関係は、高い父性の確実性がない場合に、雄の投資の精巧な形態がどう進化するのか、一つの潜在的経路を示します。動物において雄の世話は、他のあらゆる交配システムとよりも、単雄単雌(一夫一婦)に関連していることが多くなっています。系統発生学的分析からは、成熟した雌が互いに孤独で不寛容であると、哺乳類の単雄単雌は進化する場合が多い、と示唆されます。しかしこれは、マウンテンゴリラの一部集団の事例を説明しません。
ゴリラやヒヒなどは、一方もしくは両方の適応度上昇をもたらすような雄と乳児との間の関係を示しますが、それは最も極端で精巧な形でヒト(Homo sapiens)において発生します。ヒトでは、雄の世話は義務というよりも任意ですが、子供における雄の投資水準はある程度文化的に普遍的です。しかし、ヒトの形態的特徴および行動は、化石人類と同様に、単雄単雌(一夫一婦)が進化史のほとんどで支配的ではなかった、と示唆します。ヒトも含むいくつかの非単雄単雌の霊長類種で雄の子育てが発生するという事実は、雄の世話がいくつかの代替的な経路で進化し得る、と示唆します。本論文のデータは、雄と幼児との相互作用およびその交配努力が相互補完的だったとするシナリオに、証拠を提供します。このパターンは最初に、雄と若い個体の社会的絆の形成を促進するかもしれません。
なお、ヒトの場合と同様に、ホルモンが雄の子育て行動の促進に役立つのか、調査中とのことで。ヒトの雄では、テストステロンは雄が父親になるにつれて低下し、新生児に注意を集中させるのに役立つ、と考えられています。テストステロンの低下は他の雄との競争能力を低下させるため、何らかの利益がなければならない、と考えられています。あるいはマウンテンゴリラにおいて、テストステロンが低下しない場合は、高水準のテストステロンと子育てが排他的ではないのかもしれません。
本論文の見解は、雄の子育てへの関与の進化に複数の経路があり得た可能性を提示したという意味でも興味深く、たいへん注目されます。とくに、マウンテンゴリラと近縁なヒトの配偶システムがどのように進化してきたのか、推測するうえで参考になりそうです。本論文は、マウンテンゴリラの複雄複雌集団の出現というかある程度の一般化は20世紀末から21世紀初頭になってからと推測していますが、おそらくこれはマウンテンゴリラの柔軟性に基盤があり、過去にも時として複雄複雌集団が出現していたのではないか、と思います。20世紀末から21世紀初頭のマウンテンゴリラ集団の変化は、あるいはヒトの活動による生息域の縮小や気候変動などに対応した結果なのかもしれません。
ヒトと最近縁なのはチンパンジー属で、その次がゴリラ属ですが、これら3系統の現在の社会形態から推測すると、これら3系統の最終共通祖先はおそらく単雄複雌集団で、時として複雄複雌集団も形成する柔軟性を備えていたのでしょう。そこからチンパンジー属系統は、捕食圧などから複雄複雌集団を維持しつつ、父性の確認と自身の子の世話よりも雄による精子競争に特化していき、ヒト系統はまた異なる進化を経ていったのでしょう。ヒト系統の場合、とくにホモ属以降、出産が困難になったことにより、ゴリラ属系統やチンパンジー属系統よりもずっと、単雄単雌(一夫一婦)的特徴が強くなり、父性の確実性が高くなり雄による子育ても維持・強くなっていった一方で、捕食圧への対抗などから複雄複雌集団を維持し、家族とより大規模な集団を両立させたのではないか、と考えているのですが、基本文献となる『家族進化論』も的確に整理できておらず(関連記事)、漠然とした思いつきにすぎないので、今後もこの問題は少しずつ調べていきます。
参考文献:
Rosenbaum S. et al.(2018): Caring for infants is associated with increased reproductive success for male mountain gorillas. Scientific Reports, 8, 15223.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-33380-4
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