中期~後期更新世の人類の外耳道外骨腫

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、中期~後期更新世の人類の外耳道外骨腫に関する研究(Trinkaus et al., 2019)が報道されました。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)における骨部外耳道に生じる骨増殖性隆起は、すでに20世紀初頭の時点で指摘されていました。その後、中期更新世の人類では、ネアンデルタール人3個体、ユーラシア東部の古代型ホモ属3個体、ユーラシア東部の早期現生人類(Homo sapiens)数個体、ユーラシア西部の上部旧石器時代現生人類1個体で、この症状が確認されました。

 この外耳道外骨腫に関しては、環境および遺伝的要因が指摘されており、現代では、水中スポーツ選手でよく観察されることから、サーファーズイヤーとも呼ばれています。外耳道外骨腫の環境要因としては、冷たい水と風が指摘されており、両者が組み合わされると発達が速くなる、と示されています。ただ、こうした外部環境要因だけではなく、耳道の軟組織の炎症による発症も指摘されています。外耳道外骨腫は多くの場合自覚症状がありませんが、耳垢栓塞の発症と感染症や進行性難聴につながる可能性も指摘されています。本論文は、おもにヨーロッパおよびアジア南西部の中部旧石器時代のネアンデルタール人と上部旧石器時代の現生人類を対象に、中期更新世後期の古代型ホモ属や中部旧石器時代の現生人類も加えて、外耳道外骨腫について検証しました。

 上部旧石器時代前期~中期の現生人類の外耳道外骨腫発生頻度は、中緯度地帯の湿潤環境の標本を除いて、20.8%と現代人の変異内に収まります。なお、中期更新世後期の古代型ホモ属では20%、中部旧石器時代の早期現生人類では25%、上部旧石器時代後期の現生人類では9.5%です。一方ネアンデルタール人では、外耳道外骨腫発生頻度は56.5%(判断の曖昧な2個体を除くと47.8%)で、現生人類を大きく上回っています。外耳道外骨腫発生頻度に年齢の違いはほとんどありませんが、症状の重い一部のネアンデルタール人に関しては、加齢との関連の可能性が指摘されています。性差に関しては、現代人では男性の方が高頻度ですが、ネアンデルタール人(男性60%、女性75%)でも上部旧石器時代前期~中期の現生人類(男性16.7%、女性28.6%)でも女性の方が高くなります。しかし本論文は、有意な差ではないと指摘します。

 これまで外耳道外骨腫発生頻度に関しては、高緯度では冷水が回避され、低緯度では水温が高いため、中緯度で最も高くなる、と予想されていました。この仮説は高緯度では確認されましたが、中緯度と低緯度では状況は複雑だと明らかになりつつあります。一般的に、中緯度では外耳道外骨腫発生頻度が高くなります。しかし、中緯度と赤道地帯の両方で、沿岸・河川・湖沼では一貫して外耳道外骨腫発生頻度が高く、考古学でも同様の結果が示されています。さらに、外耳道外骨腫発生には冷水への暴露は必要なく、冷風や湿った風への暴露だけでも充分である、と明らかになりました。また、外耳道外骨腫発生には遺伝的影響の可能性も指摘されていますが、集団差はまだ確認されておらず、現代人集団の発生頻度の違いはおもに環境と行動に関連している、と考えられています。これは上部旧石器時代後期の現生人類でも例外ではなく、外耳道外骨腫発生頻度は、中緯度地帯の湿潤環境集団よりも低く、高緯度地帯の乾燥環境集団よりもやや高くなっています。上部旧石器時代前期~中期の現生人類では、外耳道外骨腫発生頻度は現代人より全体的に高くなっています。

 ネアンデルタール人の外耳道外骨腫発生頻度は、現代人よりもかなり高くなっています。本論文は、対象としたネアンデルタール人は寒冷気候から温帯気候まで広範囲に及んでおり、気候要因だけと相関させることは困難だろう、と指摘します。本論文はこれを、ネアンデルタール人が水産資源を利用していたことと関連づけています。ネアンデルタール人が海産資源を利用していたことはすでに報告されており(関連記事)、ネアンデルタール人は陸上資源も水産資源も利用し、その狩猟効率と食性の範囲は現生人類よりも劣るものではなかった、とも指摘されています(関連記事)。ただ、後期更新世のヨーロッパ北西部のネアンデルタール人(関連記事)やフランスのネアンデルタール人(関連記事)が大型草食動物に強く依存していた、と指摘されているように、ネアンデルタール人は水産資源をほとんど利用せず、陸上草食動物に強く依存していた、という研究が多いことは否定できません。これに関しては、かつて沿岸に位置していた遺跡の多くが現在は海中にあるため、考古学的証拠の入手が困難になっている、と説明できますが、この説明が妥当なのか、今後も確証を得るのは難しそうです。

 本論文は、ネアンデルタール人の外耳道外骨腫発生頻度の高さを環境要因だけで説明できず、上部旧石器時代の現生人類でも、前期~中期と比較して水産資源利用の証拠が増加する後期において外耳道外骨腫発生頻度が低下し、多様な環境のユーラシア東部の初期現生人類でも外耳道外骨腫発生頻度が上昇していることから、衛生状態や遺伝的要因も影響しているかもしれない、と指摘します。ネアンデルタール人も含めて更新世人類の外耳道外骨腫発生頻度の高さには、水産資源の利用や環境や衛生状態や遺伝など複数の要因が関与しているかもしれない、というわけです。


参考文献:
Trinkaus E, Samsel M, Villotte S (2019) External auditory exostoses among western Eurasian late Middle and Late Pleistocene humans. PLoS ONE 14(8): e0220464.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0220464

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