アジア東部の中期~後期更新世ホモ属の頭蓋における外傷

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、アジア東部の中期~後期更新世ホモ属の頭蓋における外傷についての研究(Wu et al., 2011)が報道されました。本論文は、中華人民共和国広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)馬壩(Maba)町の洞窟で発見されたホモ属頭蓋(馬壩1)の外傷を分析しました。馬壩1と共伴した動物化石から、年代は中期更新後期もしくは後期更新世と推測されています。共伴した脊椎動物の歯は、ウラン系列法により135000~129000年前と推定されていますが、これが馬壩1の正確な年代なのか、明確ではありません。ウラン-トリウム法では馬壩洞窟の流華石の年代が237000年前と推定されていますが、馬壩1との層序的関係は確定的ではありません。現時点では、馬壩1の年代は中期更新後期もしくは後期更新世前期の可能性が高そうです。

 馬壩1は当初、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)頭蓋との形態的類似性が主張されていましたが、その後は両者の相違が主張され、現在では馬壩1と中華人民共和国陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡で発見されたほぼ完全な頭蓋との類似性が指摘されており、馬壩1はアジア東部の現生人類(Homo sapiens)ではない後期ホモ属と考えられています。馬壩1が種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に分類される可能性もありますが、現時点では明確にはなっていません(関連記事)。

 馬壩1には平行な溝があり、大型齧歯類、おそらくはヤマアラシによるものと推測されています。しかし、馬壩1でそれ以上に注目されるのは、打撃による外傷で、前頭骨右側には窪みが見られます。この外傷の周囲では、骨髄炎や外膜感染の証拠は見られませんでした。この外傷は、局所的な鈍力打撃によるものと推測されます。また、この外傷は生前のもので、その後にある程度治癒し、馬壩1個体が長期間生存したことも推測されています。馬壩1個体はこの外傷のために出血し、脳震盪を起こした可能性が高く、それにより吐き気・嘔吐を覚え、さらには脳に損傷を被った可能性もあり、ほとんど動けなくなったかもしれないもと推測されています。それでもその後、馬壩1個体は長期間生存していたわけですから、介護があったと考えられます。

 こうした外傷の要因として、本論文は転んで岩に頭をぶつけてしまったというような事故の可能性も排除していませんが、最も可能性が高いのは対人暴力だろう、と指摘します。その場合、石器も含む石や、重い骨・木などで殴られた可能性が高い、と推測されています。中期~後期更新世の人類頭蓋の外傷は珍しくなく、本論文刊行後の研究では、43万年前頃のスペイン北部のホモ属頭蓋で、対人暴力による死亡事例が確認されています(関連記事)。おそらく更新世の人類において対人暴力は珍しくなく、それにより死亡することもあれば、介護を受けて一定以上の期間生き延びることもあったのでしょう。


参考文献:
Wu M. et al.(2011): Antemortem trauma and survival in the late Middle Pleistocene human cranium from Maba, South China. PNAS, 108, 49, 19558-19562.
https://doi.org/10.1073/pnas.1117113108

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